ACT.5 森本ひさ子
スタート
クラッチオン → 点火 → ターボ回転上昇
うちのGTOが 地面を蹴り飛ばす。
一瞬、Gで肺が押し込まれる。
(踏め! 加速なら――MAZDA3に負けるわけなか!)
しかし――
後方から 盛大な吸気音とタイヤスキール音!
ひさちゃんのMAZDA3がドッカンとブースト入れて思った以上に ついてくる!
「……うそやろ!? ひさちゃん、本気やん!!」
ミラー越し、ひさちゃんの顔が 必死の形。
腕が揺れながらも、前だけ見ている。
「わ、わし……絶対、置いていかれたくなか!!」
(そうや。怖か、でも前に出たか。ひさちゃんの走りは、いつもそこにある。)
(ここで勝負の形見せる! インに寄せて、アクセル抜かず――トラクションで押し込む!!)
GTOが 4WDで地面に噛みつく。
重さを推力に変える走り。
ひさ子のMAZDA3――追いつけない、でも喰らいつく。
脳裏に、白ニーソのひさちゃんの足がペダルに噛みつく影 が映った気がした。
短い直線。
復路に向けてふたりの差は、数メートル。
勝敗は見えとる。
でも――走りは“気持ち”も測る。
(勝つ。ばってん――ひさちゃんを“置き去り”にはせん。背中見せんと、人は育たん。かなさんが言ったこと、一回も忘れとらん)
アクセルをほんのわずか戻し、ひさ子のブースト音を 聞かせる距離 にする。
「と、虎ちゃん……待っとると……?」
「違う。前に来れる距離にしとる。行きたかったら、来い。うちは止まらん」
「っ……!! わ、わし――来る!!」
――背後で 回転数が跳ね上がる。
ドッカンターボ特有の、叫ぶみたいな吸気音。
(そう、それでよか。遅くても、怖くても、“上を掴みに行く走り”がうちら3人を走り屋にする。)
復路直前。
差は、1台分。
勝敗は、この先。
でも――
走り屋としての出発点は、
ここで並んだ。
終盤に入る手前。
GTOとMAZDA3の差は――ちょうど1台ぶん。
(ここからが本番たい。ひさちゃんが“走り屋”になるかどうかのライン。――うちは、“部長”になるライン)
最初の右。
ブラインド気味のコーナーにヘッドライトが 壁みたいに当たる。
(ビビらん。GTOは重かばってん、安定感は武器。慌ててブレーキ踏んだら、自分が“ノロマ”ばい)
いつもより 気持ち早め にブレーキ。
ハンドルを滑らかに切り込んで、アウト → ミドル → イン をなぞるイメージ。
後ろのひさちゃんのMAZDA3――ミラー越しに、鼻先をインに突っ込みすぎて膨らみかける。
(あー、そこや。ドッカンターボにビビって“先に曲がろう”とすると、出口で失速する――)
アクセルをほんの少し早く戻し、立ち上がりでだけ踏み増す。
6G72が低く吠え、4WDが 路面を引きずり寄せる みたいに前へ出る。
「っ……! は、離される……!!」
(ごめん、ひさちゃん。ばってんこれ、“部長決定戦”。踏まんと嘘たい。)
――連続S字
左右にうねる高速S字。
ハンドルの切り返しが遅れたら、一気にリズムを崩すゾーン。
(ここ、GTOには不利。重か車体、しかも前が重かからライン一本外したら アウト側に飛ぶ。……だからこそ――)
ブレーキを “ドン” じゃなく、“じわっ” と踏む。
サスが一気に沈まないよう、Gを斜め前 に流すイメージ。
ハンドルの向こうで、車が「大丈夫だ」と返事をする。
(ヨタツさん、言いよった。“車の重さを敵にするか味方にするかは、あんたの足次第たい”って)
ハンドルを切り込む瞬間――ほんの一瞬だけ“待つ”。
タイヤのグリップが 掴みきるまで。
そのあと、すっと アクセルを足していく。
GTOは重い。でも、その重さが遠心力を整えて、レールの上を走る感覚になる
(……気持ちよか。ここだけは、初心者マーク外したいくらい安定しとる。)
後ろのMAZDA3は、エンジン音が ブンブン上下してる。
「ま、曲がりきらん……! わし、わし……!」
タイヤが悲鳴を上げ、ニーソの足がペダルを探っていえう。
(あそこで踏みすぎると、ドッカンターボが裏目。ばってん、あれを何回も繰り返したら、絶対に上手くなる。“自分で掴んだ怖さ”は強かやけん)
S字の出口で、差が2台ぶん まで開く。
峠のガードレール越しに、ちらっと ヘッドライトの列が見えた。
(ん?)
夜の路肩に、シルエットが3つ。
セーラー服、黒タイツとニーソ、髪型もバラバラ。
(誰か見とる……?)
考えとる暇もなく、次のコーナーが迫る。
(今は気にしとる場合やなか。走りで答えればよか)
アクセルオン。
GTOのタービン音 が谷に響く。
ラストセクション。
――勝負の場所。
あと数カーブで、復路ゴール。
(ここで“勝ち”を決める。ばってん、ひさちゃんのプライドは守る勝ち方をせんといかん――)
左コーナー手前で、意図的に少し早めにブレーキ。
ミラーの中で、ひさちゃんが 「あ、行けるかも!」 って勘違いするスペースを残す。
「い、行ける……!? わし、もうちょっと踏んだら――!」
MAZDA3のヘッドライトがアウト側から近づいてくる。
(そうそう、それ! “勝ちに行くライン”取らんでどうする。)
でも――インを譲る気はない。
ブレーキを離すタイミングをほんの コンマ何秒 遅らせて、車体を ギリギリまで前に出す。
Gが一気にかかる。
タイヤが キュッ と短く鳴いた。
(ここは“間合い”の勝負たい。前に出るための、一撃必殺――)
イン側ギリギリでクリップを取って、ステアを戻しながらアクセルオン。
GTOが 重さごと弾けるように 立ち上がる。
ひさ子のMAZDA3は、少しだけインに寄せ過ぎて出口でステアを切り足している。
「くっ……! わ、わし、まだ甘かった……!」
差が――3台ぶん まで開いた。
最後のカーブを抜けたら、
短いストレートの先が ゴール地点。
(最後まで踏む。でも無茶はせん。“勝ちを確実に取るライン” が今日の答えたい)
4速――タコメーターが跳ね上がる。
タービンが遠吠え みたいに唸る。
ミラーには、まだ心折れてないMAZDA3。
「ま、まだ……まだ終わっとらん……!!」
(そう、それでよか。今、負けても、その言葉があれば何回でも追いつける。うちも、そうやってここまで来たけん)
ゴールラインに迫る。
――勝負、決まり。
勝者:加藤虎美
スタート地点に戻り、減速して路肩に停める。
ハザードを点灯。
心臓が ドクドク うるさい。
ドアを開けると、湿った夜風が肺の奥まで入り込んでくる。
「っは……――勝ったばい」
少しあとに、MAZDA3もきゅっと停まる。
ひさ子がハンドルに額をつけたまま、肩を震わせとった。
(泣いとる……? いや――)
顔を上げたひさちゃんの目は、涙で滲んでいるけど、ちゃんと“前”を見ていた。
「……負けた。わし、負けたばい。ばってん――」
足をふらつかせながら降りてきて、うちの前まで歩いてくる。
「ばってん、わし――諦めきれん。絶対、追いつくけん……虎ちゃんの後ろ、走らせて」
「上等たい。今日からひさちゃんは、うちの後ろ狙う側たい。部員でもあるけどな。」
拳を突き出す。
ひさちゃんも、おそるおそる拳を合わせた。
ぱちん。
指先が震えたまま、ちゃんと音がした。
かなが歩いてきて、ニヤニヤしながら宣言する。
「一戦目――ノロマ(虎美)の勝ち。3点。ヒサコンは0点。でも、走りは……ふふっ、“ノロマのペースに耐えた”だけで十分優秀。」
「ノロマ以下って言うなぁ……!」
飯田ちゃんも近づいてきて、穏やかに笑う。
「お疲れさま、二人とも。ちゃんと“勝ち”になってた。虎美はリスクを抑えて勝ちに行ってたし、森本さんは最後までアクセルを戻さなかった」
「――部長戦らしかった?」
「うん。“無茶じゃなく、勝ちを取りに行く”虎美の走り、私は好きよ。」
(……それ、今日一番嬉しいセリフかもしれん)
少し離れたガードレール上――。
向こう、車の影に、三つのシルエット。
箱石峠・復路の終盤。
一本のガードレールに、セーラー服の少女が三人。
赤いカーディガンに黒タイツ、黒髪を一つに束ねた 菊池鯛乃が静かに走りを見下ろしていた。
その隣りで、青紫のツーサイドアップの 山中ルリ子 が身を乗り出して叫ぶ。
「ルリ子、今のGTO、やばーか! 重そうなのに めちゃ安定してたとよ!?」
少し離れて金髪おさげの 大内胤子 がメモ帳にさらさらとペンを走らせる。
「三菱GTO・黒、下りでのライン取りは安定。後続のMAZDA3は、立ち上がりで毎回ロス……っと」
鯛乃は、目を細めて呟いた。
「……あんGTO。初心者マークにしては、“間合い”の感覚がよくできとる。無理な抜き方はせず、勝ち筋だけを丁寧に拾っとった」
「ルリ子、あん子好きー! あとMAZDA3の子も! ルリ子、ああいう必死な走りも好きー!」
「……生徒会長。もし、うちの学校の生徒やったら?」
「その時は――“実績を作れる部活”になれるかもしれん……ばってん、今はただの走り屋や」
「ルリ子、楽しみー! “ルリ子たち vs 自動車部”とか胸アツ~!」
「……その時は、またここで“ギャラリー”じゃあなく、“対戦相手”として会えるかもしれんたいね」
あのガードレールの上に誰かがいたような気もしたけど――
(まあ、よか。今はリーグ戦。次は――飯田ちゃん vs ひさちゃん。)
GTOの屋根に背中を預けて、夜空を見上げながら笑う。
「よーし……今は休みやばってん、次も勝つばい。“麻生北の部長”の席、うちが取りに行くけん。」
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