ACT.6 飯田覚

――箱石峠・夜/部長決定戦 第2戦


 飯田覚(アルシオーネSVX(CXD))


 VS


 森本ひさ子(MAZDA3(BPEP))


 スタート前


 峠の空気が、ひときわ張りつめる。


 スターター役のうちが、二台の間に立って、拳を高く掲げた。


「――次! 飯田ちゃんvsひさちゃん! 部長決定戦、第二試合たい!」


 SVXの中。

 飯田ちゃんはハンドルに手を置き、静かに呼吸を整えていた。


(大丈夫。私は“速さ”じゃなくて、正確さで勝つ)


 一方、MAZDA3のひさちゃんは――


「い、いぃ……飯田ちゃん相手とか、胃がキリキリするばい……さっきは負けたばってん……」


「ビビりすぎ。でもな、ヒサコンは“耐える走り”が武器。今日はそれを信じな」


「……う、うん。わし、逃げんけん……!」


 うちがカウントを取る。


「――3、2、1……GO!」


 SVXが、低く唸る。

 EG33改スーパーチャージャーの太いトルクが、踏んだ分だけ確実に路面を噛む。


(ここで無理に前に出ない。SVXは“重量級”。立ち上がりで勝負)


 MAZDA3は軽い。

 だが――BPEPベースに後付けターボ。制御は荒く、踏み抜くと“ドッカン”で来る。


「う、うわっ……来る……!」


 ブーストが一気に立ち上がり、前輪が一瞬だけ逃げる。


(だめ、踏みすぎ……! 虎ちゃんの時と同じ失敗……!)


 アクセルを一度戻し、我慢。

 覚は、その動きを見逃さない。


(……焦ってない。森本さん、ちゃんと学んでる)


 箱石峠の中腹。

 中低速コーナーが連なる区間。


 SVXは重い。

 だが――低重心。

 しかも特殊な4WDシステム、電子制御多板クラッチ式AWDを積んでいる。


(ブレーキは早め、旋回中はアクセルを我慢。“減速で勝つ”)


 MAZDA3は、コーナー進入がやや遅れる。


(飯田さん、インをガチガチに固めとる……抜けん……!)


 無理に突っ込めば、また出口で失速する。


(……それでも)


(わし、今日は“最後まで”走るって決めたけん)


 SVXとMAZDA3。

 距離は――半車身。


「……え?」


(来る……? いや、来ない?)


 ひさ子は、あえて仕掛けない。


 ブレーキを早めに踏み、ラインを綺麗に整える。


(……なるほど。“並ばない”選択)


 その瞬間。

 SVXのリアが、ほんの一瞬だけ外へ流れる。


 重さゆえの、わずかな遅れ。


「――今っ!!」


 アクセルオン。

 ドッカンターボが吠え、MAZDA3が外から並びかける。


 だが――


(来た。でも、慌てない)


 覚はブレーキを“抜かない”。


 軽く当てるだけで、車体の姿勢を整える。


 SVXの4WDが、路面をねじ伏せる。


 並んだのは、ほんの一瞬。


(ここは――重さを武器にする)


 アクセルを踏み足す。


 SVXのトルクが、じわじわ、しかし確実に前へ。


「……っ、じ、じわじわ離される……!」


(でも――)


(前より、“追えてる”……!)


 ゴールが見える。


 SVXが先行。

 MAZDA3が半車身後ろ。


(最後まで、ラインを守る)


「……わし、まだ……諦めとらん……!」


 だが、距離は縮まらない。


 ――ゴール。


 SVX、先着。


 勝者:飯田覚


 エンジン音が静まり、夜の峠に、風の音だけが残る。


 ひさ子は、ハンドルに突っ伏した。


「……負けた。また……負けたばい」


 覚が、ゆっくりと降りてくる。


「……飯田さん」


「ごめん……部長戦なのに……」


「違うわよ」


 ひさ子が顔を上げる。


「今日の森本さん、今日は、ちゃんと走れてた。無茶しなかった。逃げなかった。それだけで、私は嬉しい」


「……飯田さん……」


 かなが、腕を組んで頷く。


「結果――

 覚、勝ち。3点。

 ひさ子、0点。

 でもね」


 ひさ子を見る。


「今日のヒサコンは、“昨日より100倍マシ”。それは保証する」


「よし! これで――うち3点、飯田ちゃん3点、ひさちゃん0点! 次がラストたい!」


 覚は、静かに拳を差し出した。


「……次は、私が本気で行くわよ。虎美」


「望むところたい。部長の席、簡単には譲らんけんね!」


 夜の箱石峠。

 最後の一戦――虎美 vs 覚 が、静かに始まろうとしていた。


 ――箱石峠・夜/部長決定戦 最終戦


 加藤虎美(GTO(Z16A))


 VS


 飯田覚(アルシオーネSVX(CXD))


 スタート前、夜の峠が、ぴんと張り詰める。


 さっきまで笑っていた空気が、今は嘘みたいに静かだ。


 GTOの運転席。

 うちは、深くシートに身を沈め、ハンドルを握り直す。


(来たな……部長戦、ラスト)


 隣に並ぶSVX。

 ガルウイングの下、覚は落ち着いた表情で前を見ていた。


 飯田ちゃんが、窓を少し下げる。


「……最初に言っておくわ」


 一瞬、間。


「私のSVX、スーパーチャージャー付きよ」


「……知っとるたい」


「低速トルク、GTOより太いかもしれない。だから――」


 飯田ちゃんの視線が、一瞬だけこっちに向く。


「スタートは、譲らない」


 うちは、思わず笑った。


「言うやん。でもな、飯田ちゃん」


 ハンドルを軽く叩く。


「うちのGTOは4WDたい。立ち上がりで負ける気、なかよ」


 外でスターター役のかなさんが叫ぶ。


「よーし二人とも! ノロマもべっぴんさんも、今回はガチ!」


 カウントを数え始める。


「3……2……1……!」


 スタート!


「――GO!」


 同時に踏み込まれるアクセル。

 SVXが、即座に前へ出る。

 スーパーチャージャーの即応性。

 ブーストラグなしの、分厚い加速。


(今!)


 GTOは一瞬、遅れる。


「……っ!」


(重かッ……!

 やっぱGTO、出足は鈍い……!)


 だが、0.5秒後――


 GTOのツインターボが本気で回る。


(来た……! ここからたい!)


 直線 → 1コーナー。

 SVXが先行。

 GTOが半車身後ろ。


(予想通り。GTOはここから伸びる)


 ブレーキポイント。

 飯田ちゃんは、早めに踏む。


(SVXは重い。突っ込みすぎたら終わり)


 一方うち。


(飯田ちゃん、慎重たい……でも、それなら――)


 うちは、一拍遅らせてブレーキ。


 GTOの重さが前に乗り、フロントがぐっと路面を噛む。


「おっ、GTOの重さ、ちゃんと使っとる!」


 連続コーナー入口、距離は――ほぼ並走。


 SVXの低重心。

 GTOの安定性。

 どちらも4WD。


(横に来た……! でも、無理はしない)


 飯田ちゃんはラインを守る。


(焦っとらん。飯田ちゃんらしいたい……)


 うちは一度、アクセルを緩める。


(今は――前半は“我慢”)


 コーナー出口。

 SVXが、じわっと前へ。


(トルクで引き離す。派手じゃなくていい)


 GTOは、無理に追わない。


(飯田ちゃん、完全に“合理的な職人”たいね)


 タイヤを温存。

 ラインを整え、GTOの挙動を落ち着かせる。


 箱石峠・中腹。

 SVX先行、GTOが車一台分後ろ。


 うちは、ハンドルを強く握った。


(まだ前半たい。飯田ちゃん――この先で、必ず仕掛ける)


 飯田ちゃんも、バックミラーを見る。


(虎美……この距離、絶対に詰めてくる)


 夜の峠。二台のエンジン音が、重なり合う。


――勝負は、ここから。


 The Next Lap

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

光速の走り屋オオサキショウコ肥後の走り屋たち まとら魔術 @matoramajutsu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ