ACT.3 蛍食堂

 グゥゥ~~~~~~。


 箱石峠に、妙に可愛いお腹の音が響いた。


「…………今の音、絶対かなさんの腹よね?」


「絶対そう。」


「……ぐ、偶然だ!! いや、違う!! 違ぇし!!」


 お腹“グゥゥゥ~~~~!!!”


「完全に一致!!」


「一致よね!」


 かなさんは顔を真っ赤にして、うちらに背を向ける。


「ちょ、ちょっとだけ……腹は減っているけど!! だからって別に!! 自分、満腹になったら強くなるとかじゃねーから!! ただ……今は……」


「かなさん、素直になってください。」


「腹減ったぁぁぁぁああああ!!!!」


「言った!!」


 峠に響く叫び。

 風が笑っているみたいやった。


「なら、うちらがいい店紹介するけん。ここから豊後街道に降りたとこに、“蛍食堂”ってある。」


「熊本ライダーとか、走り屋の間では定番よ。唐揚げ定食が有名。」


「唐揚げ……? うわ、めっちゃ食いたい……今すぐ食いたい……!!」


「決まりたい! 行くばい。」


「……いいぜ!? 自分、飯のときはうるさいぜ!? “米は飲み物”っていうタイプだ!? ノロマらの前で恥かかねーからな!?」


「今さら何の心配ね!?」


「あなた、さっき“チェストォォ”叫んでたじゃあないですか」


「うっ……それは……もういいから!! 行くぜ!!」


 うちら三人は笑いながら、

 夜の箱石峠をGTOで降りていった。


 かなさんの腹の音が、まだ小さく鳴っていた。

 それはどこか、微笑ましくて――さっきまでの激しいバトルが嘘みたいに感じた。


(次は……うち、もっと速くなるけん。あのフォレスターにも、かなさんにも、飯田ちゃんにも。全部、追いついて、追い越す。)


 夜の峠道は、その誓いを静かに受け止めてくれた。


 蛍食堂に着いたのは、夜の九時前。

 豊後街道の街灯がオレンジ色の輪を路面に落とし、

 その輪の中に深い緑のMAZDA3がぽつんと停まっとった。


(……ひさちゃんのクルマや。兄ちゃんからのお下がりで、気に入っとるやつ。)


 でも――やたら角ばったエアロと白いTE37の足元、そして 低回転でゴボゴボ唸るドッカンターボ音が店からでも聞こえるほど暴れている。


「なん、このクルマ……めちゃくちゃ 元気 なんだけど。アクセルちょびっと踏んだら“ドカン”て出そう。」


「発進はすごいらしいわよ。だけど低速域は“地獄”なんだって。」


「ふふ……ひさちゃんらしかたい。」


 暖簾をくぐると――ガシャァァァァン!!!


「ひゃっ!?!?!? わ、わ、わ……!!」


 店の奥から、皿の崩れる音と、誰かの悲鳴 が飛んできた。


(……出た。)


 その直後、

 白いニーハイソックスが滑り込み、緑パーカーの小さな影が弾丸みたいに転がってくる。


 茶髪ポニーテールがピョンと揺れ、皿を三枚抱えたひさちゃんこと森本ひさ子がギリギリの体勢で止まった。


「ご、ごめんなさぁぁぁいっ!! 皿は!! 皿は無事やけんッ!! 床が……床が……わしば滑らせたとぉぉ……!!」


「床は動かんばい、ひさちゃん。」


「うぅ……虎美……わし、またやってしもうたぁ……今日だけで五回目たい……ギネス申請できる……」


「滑り芸のギネスなら、いけそうね。」


「いやこれ、ただの 事故率100%定食屋だぜ……大丈夫なのこの店……?」


 そのとき――カウンター奥から、ひさちゃんのおばあちゃんの声が飛んできた。


「ひさ子ぉ! お客さんの前で転ばんと!! またSNSに書かれるとよ!!」


「だ、だって……床が……床が裏切ったと……!」


「床は敵やなか……まあ、ひさちゃんにとっては敵か。」


「うわぁぁぁあん虎ちゃんまでぇぇぇ!!」


 テーブルにつくと、厨房から 筋肉質な背中 がちらりと見えた。

 手際よく中華鍋を振るう青年――ひさちゃんの兄、力也だ。


「森本さんのお兄さん、すごいわね……あの手つき、プロみたい。」


「兄ちゃんは、料理と筋トレとわしの世話しかできんばい……でも、わしには自慢の兄ちゃん……たい。」


 その声は小さいけど、芯があって、優しかった。

 注文しようとメニューを開いた瞬間――


「虎ちゃん! 飯田さん! 毒舌カメラ女のかなさん!! おすすめは “唐揚げ+熊本ラーメン小盛り+高菜飯” たい!! あとアイスコーヒーは……溢れるけんやめたがよか!!」


「最後の情報が一番大事たい。」


「いや、アイスコーヒー溢れる前提はやびゃーやろ。」


「ひさ子ちゃん……それ仕事中に言っちゃうの……?」


「事故る前に言っとかな、迷惑かけるけん……! わし、皆に迷惑かけたくなかけん!! やけん……!」


 その目は泣きそうで、

 でも――強かった。


(ひさちゃん……変わっとらん。ヘタれで自信なかばってん、誰より真っ直ぐや。)


「……ふーん。気に入った。いい根性だ、チビ。」


「だ、誰がチビですと……!! わし、成長期やし!! あと五センチは伸びる予定ですたい!! ギネス級の大成長を見せちゃる!!」


「ギネスの方向が違うわよ……」


「まぁ、ひさちゃんらしか」


 三人で笑ったら、厨房の力也が「おまたせッス」と唐揚げ皿を置いた。


 香りが腹を鷲掴みにする。


「……これ、絶対うまいやつ。」


「森本さん……ありがとう。」


「う、うん……! 転ばんよう気をつけて持ってきたけん……!」


 ――ひさちゃん。“ギネス級の運の悪さ”でも、自分の役目は絶対に離さない人。


(うちも負けとれんたい。)


 蛍食堂の唐揚げは、

 外はザクッ、中は肉汁が滴るほどジューシーで、三人とも無言で頬ばり続けた。


(……これ、罪やろ。走り屋の胃袋、完全に掴みにきとる。)


「ん~~~~! 最高!! 揚げ方が“軽い”から、油が胃に残らないのよね!!」


「飯田ちゃん、語彙力まで美味しくなっとるたい。」


「この唐揚げ……味噌にちょびっと漬けているよ。表面を乾かしてから、一気に揚げている」


「兄ちゃんが言いよった……“揚げは一撃必殺”って……」


「むしゃんよかな兄ちゃんたい……」


「でも……皿は一撃破壊する。」


「しぇからしか」


 ――箸を進めながら、うちはずっと気になっていたことを切り出した。


「かなさん。あなたの……あの走り。ドリフトとグリップの合わせ技みたいなやつ。どこで学んだとです?」


「そうよ、あれ普通じゃあない。ギリギリで止まるし、曲がるし、抜くし……“勘”じゃ済みません」


 かなは、唐揚げをひとつ摘んで、少しだけ視線を落とした。


「――師匠が、いる。」


「師匠?」


「……おお……かなさん、誰かに……習っとったと?」


「AE92乗りの女(ひと)。名前は……言わない。でも、あの人の運転は……“車を前に進めるために、ドリフトを使う”ぞ。」


「前に……進めるための……横滑り……?」


「なんでも横向きゃカッコいい、じゃあない。滑りで荷重を作って、前に飛ばす。FFでもFRでもAWDでも関係なか。“速度のための横滑り”が、真の走り。」


(前に進むために……滑る。それ……うちのGTOにもできると……?)


 かなは続ける。


「でもなぁ――その人は、教え方が鬼畜たい。“口で教えん”、“自分で掴め”、“掴めんやつは運転すんな”、そう言う女。」


「……その人、虎美と気が合いそうね。」


「おい飯田ちゃん!!! なんでそう思うと!?」


「だって虎美も、“掴むまで走るタイプ”じゃあない。」


(……図星たい。)


 かなは、じっと皿を見つめたあと――

 ひと呼吸置いて、顔を上げた。


「――で。あんたら、弟子入りする?」


「え、いきなり!?」


「え、え、え、わし……!? わし、まだ縁石と仲良くなれとらんばい!!?」


「うるさい。“運が悪い奴ほど、経験値が溜まる”。ヒサコン、伸び代は無限大だ」


「の……伸び代……!! わしにそんな……!?(でも、ちょっと嬉しか……!!)」


 覚は腕を組んで考え込み、その目はいつもの冷静な輝きより、少しだけ熱を帯びていた。


「虎美……行く?」


「……決まっとる。」


 うちは拳を握り、かなさんを真正面から見た。


「うちと飯田ちゃんとひさちゃん。三人まとめて、弟子入りしますたい。ただし――」


 言葉を区切る。


「指導が下手なら断ります。うちが欲しいのは、“本物の走り”ですたい。」


 かなさんの口元が、ニヤッと上がった。


「……言うと思った。ノロマのくせに、舌だけは達者だぜ」


「しぇからしか!!」


 かなは椅子を倒して立ち上がった。

 その目は、夕立前の雲みたいに黒く澄んでいた。


「――いいぜ。“甘くない”地獄みたいな練習するぜ。泣いても叫んでも、やめさせない」


「……望むところ。」


「わ、わし……! わしも頑張るぅ……!! ギネス級に成長したる!!」


 うちは両手をテーブルに置き、深く息を吸った。


「よろしく頼む――師匠。」


「返事は“チェスト”だ」


「――チェストッ!!!!」


 蛍食堂の皿が揺れ、厨房の力也が「静かに食えッス!!!」と怒鳴った。


 でも――うちは笑ってしまった。


(ここからが――“走り屋・加藤虎美”の、本物の始まりたい。)



 蛍食堂で腹を満たしたあと、うちら三人とかなさんは車を連ね、街外れの 廃工場跡の空き地 に向かった。

 月明かりがアスファルトの割れ目を照らし、涼しい風が雑草を揺らしている。


(……ここで特訓たい。“前に出るための滑り”を手に入れる……!)


 かなさんはGTOの前に立ち、

 腕を組んで睨むように言った。


「準備はいい?今からやるのは、ただのドリフトじゃあない。“速度を繋ぐための横滑り”。角度より、出口の速度。煙より、前への伸び。――これが、自分が教えてもらった“走り”だ。」


「理論はわかった……つもり。

 でも実践は……怖いわね。」


「わ、わし……と、途中で死なん……よね……?」


「ひさちゃん、死なん。ただ、転ぶかも。」


「転ぶだろうね。でも――立て。立てんやつは、ここに来る資格ない」


(……やっぱり甘くなか。)


 虎美とGTOの出番。


 エンジン始動。

 ツインターボが夜を裂くように吠える。


「行くけん……!」


 1速 → 2速。

 速度が乗った瞬間、かなの声が飛ぶ。


「ノロマッ!! 右へ切りすぎ!! 前の荷重が抜けている!! “滑らす前に、押し出せ!!”」


「押し出すってなんですか!! 滑らせんと、曲がらんとですたい!!」


「違うって言っているだろ!!! 滑りは結果! 目的は前に出る!! 角度に酔っている暇はない!!!」


(……言ってることは、わかる……頭で……な。手と足が追いつかん。)


 アクセルを踏む → ケツが出る → カウンター →速度が死ぬ。


「うおっ、止まった……!」


「……いつもの虎美のドリフトだと“魅せる”けど“速くない”。かなさんの言う通りだわ。」


「ノロマ、“前へ出すつもりで滑れ”。滑らせて喜ぶんじゃあない。滑らせて――進め。」


「言葉で言うのは簡単ですばい……!! やってみますけん……!!」


 出番は飯田ちゃん→ ひさちゃん→ カオス


「……怖い……! でも、見えてきた……! 速度……速度……!!」


「う、うわ!? わしのMazda3、ブースト一気に来るけんッ!! で、でたーーーッ!!

 ドカーーーーーン!!!」


 ガァッッ!!

 ひさちゃんのMAZDA3が砂利を撒き散らして回る。


「ぎゃああああああぁぁぁああ!!! ハンドルがッ! わしの腕がッ!! NOOOOOOOOOOO!!」


「ひさちゃん、言葉になっとらんたい!!!」


 ドテッ


「…………転んだ…………乗ってないのに、転んだ…………(ギネス記録……更新)」


「森本さん、乗ってないのにこけるのはある意味才能ね……」


「才能じゃなあない。ただの祟りだ。」


「ひ、ひどか……でも……当たっとる……」


「トラミン!! もう一回!! “滑らせたい”気持ちを棄てろ!! 走りたい気持ちを残せ!!」


(走りたい……“魅せたか”じゃあなか。“前へ行きたか”――それが、うちの本音たい……)


「行くけん!!」


 再びアクセル、荷重移動、滑らせ―― 抑える!!

 前へ押し出す!!


 GTOがズズッと横に向き、そのまま前へ伸びた。


(――あっ)


「……今の。今の一瞬だけ、“前へ出とった”。角度じゃなか、速度やった。」


「虎美……“感じた”でしょ。」


「と、とらちゃん……わしでも……わかった……さっきの……違った……!」


 うちは、息を荒げながらハンドルに額を押し当てた。


(……掴んだ……いや――掴みかけた。でも確かに、何かが動いた。)


 かなさんが背中を叩く。

 強いけど、優しい拳で。


「ノロマ。――“最初の一歩”だ」


 うちはゆっくり顔を上げる。


「だんだん。かなさん……うち、絶対モノにするけん。“見せるためじゃなく、勝つための滑り”身につける。」


「なら――泣く準備してくれ。特訓は、まだ始まったばかりだ。」


「えぇ……まだ……終わらないのね……」


「わ、わし……命、足りるかな……」


「足りる。足りさせる。――うちが引っ張るけん。」


 風が冷たく流れ、空き地の片隅でひさちゃんがまた転んだ。


「いでッ!! また……こけた……」


「まだ走っていないだろ!!!」


「ひさちゃん……愛おしか。」


「うん、可愛い。」


「わ、わし……今日は寝れるやろか……?」


「眠れ。明日はもっと走る。」


 月の光が、鉄の骨組みを青白く照らし、夜の空き地に三つの声と、一つの転倒音 が響いた。


 秋が過ぎ、冬を越え、春が巡り、ひさちゃんの転倒音も笑いに変わり、気づけばうちらは――“走り屋”と呼ばれる側に立っていた。


 夜の豊後街道。

 桜がほとんど散り、花弁の代わりに 土埃 と 熱気 が漂う季節。


 張り詰めた空気の向こう、

 マフラーから吐き出される重低音が山肌を震わせる。


 目の前に止まっとるのは、エアロを纏ったV35スカイライン。

 地元じゃちょっと知られとる“中洲の牙”。


「勝負、やるんだろ? 負けたら二度と“若葉”の名乗りすんなよ」


(こいつ……人の胸ん中、ズケズケ踏み込む言い方しやがる)


 飯田ちゃんが隣でアルシオーネSVXのドアに背を預け、静かに、けど刺すような声で言う。


「虎美……結果を出して証明しなさい。“走り屋”は、言葉で呼ばれるもんじゃない。走りで名乗るものよ。」


 ひさちゃんもMAZDA3に寄りかかりながら、震える拳を胸の前で握っている。


「と、虎ちゃん……が、頑張らなん……わし……胸張れんけん……」


(……数か月前、夜の空き地で転びながら必死に立ち上がっとったひさちゃんが今、こん顔で“背中押してくれよる”……負けられんばい)


 スターターは飯田ちゃんが務める。

 灰色のセーラー服風コーデが風にはためく。


 一瞬だけ、風の音しか聞こえん。

 エンジンも、人の声も、遠のいた。


「――いくわよ。レディ……――ゴー。」


(ギアっ、入れる、クラッチ……ブースト、揃う……!)


 ――2速 → 3速

 GTOが路面を蹴り砕くように前へ出る。


 相手のV35、回転伸びが鋭い。

 中速の伸びは、向こうが上。


(差が詰まる……! ばってん、離れん!!)


 闇の中でテールランプが踊り、互いのブレーキの火花が

 路肩を照らした。


「やるじゃねぇか……! けど――まだ、甘ぇ!!」


 ――コーナー進入の瞬間、相手がラインを塞ぎに来る。


(ふっ……! カス当てギリギリまで寄せて牽制……やり口、上がっとる)


 けど、うちも数か月の汗と怒号が染み付いとる。


(滑らせて遊ぶな、滑らせて進め――前へ。)


 フロント荷重 → ケツが半身振る →その角度のまま“出口に押し出す”――


 V35の鼻先が視界の端から消えかけた。


 路肩に積まれた黒い土嚢、散ったガードレールの傷跡、夜霧の水滴――全部が“命”を思い知らせてくる。


 飯田ちゃんの言葉が頭の奥で蘇る。


(“魅せたい気持ちは封印して。勝ちたい想いだけ残しなさい”)


 かなの怒鳴り声が喉奥で響く。


(“滑らせて喜ぶな!!! 滑らせて進め!!! 角度じゃなか、速度だ!!!”)


 ――出口の速度が、ほんの 一拍だけ上。


(行ける……!)


 最後の立ち上がりでGTOの重さが武器に変わる。


 重量の“芯”が路面を殴り、前へ押し出す。


(抜ける……!!)


――V35のテールが視界の端へ流れる。


 ゴォォォオオオオオ!!!!


 ハンドルを握った手に爪が食い込むほど力を込め、アクセルを床へ叩きつける。


(前へ――)


 ――ゴールポストの光、テールランプ二つ、その前に――GTO。


 ブレーキを踏むと、重い車体が確かな振動で止まる。


 息が喉に引っかかったまま、声にならん。


「……はっ。走り屋、名乗っていいぜ。あんた――“前へ出た”。」


(胸が熱ぅなる……こいつに言われたけんやなか。うちらが、ここまで来たけんたい。)


 飯田ちゃんが歩いてきて、SVXのドアにもたれたま、短く笑う。


「……おめでとう。ようやく、“入口”に立ったわね。」


 ひさ子もMAZDA3の影から涙目で飛び出してくる。


「と、とらちゃん……わし……誇らしか……! わしの友達は……“一番前”に、おった……!」


(ひさちゃん……何回転んでも真っ先に手ぇ伸ばしてくれるうちの仲間たい……)


 一瞬、何も聞こえない。

 風の音だけが、峠を流れた。


 ――と。


 その時だった。


 水色のアロハシャツ。

 赤いショートポニー。

 黒タイツ。

 青のホットパンツ。


 夜風を切って歩いてくる影。


 息が凍りつく。

 喉が熱ぅなる。


「よ。久しぶりだ、ノロマ。見ていたぜ。“前へ出ていた”。――やっと、ここまで来たな」


(胸の奥が震える。あの夜の怒号、笑い声、砂利の感触……全部、思い出す。)


 うちはGTOのボンネットに手を置いてゆっくり頭を上げた。


「……うち、まだ“入口”ですたい。けど、これから前へ出られますけん。何があっても。」


 かなさんが笑う。憎たらしいほど、優しく、誇らしげに。


「なら、行こか。次は“自分”たちで、峠を切り拓け。教えたこと、全部置いてきたつもりだったけど――やっぱ、まだ残っていた。」


「虎美……ここからが、本番。」


「わ、わしも……転んでも……前へ出るけん……!」


 うちは三人の顔を見渡して、拳を胸に当てた。


「行くけん。――前へ行く」


 夜が深まる。

 エンジンの熱がまだ残っている。


 風が頬を撫で、山影に灯りが揺れる。


 ――春の終わり、走り屋の始まり。

 うちら四人、同じ方向に向いとった。


 そして――この夜から、熊本に“新しい名前”が走り始める。


The Next Lap

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