■後編 祝福を選んだ巫女
三が日の最終日。世間は今日までがお正月。
しかし、巫女は一月の半ばまで祈らなければいけない。神が、すぐ真上に御座すからだ。
今日は、無病息災の祈りをした。
縁結びの祈りをした。
安産祈願の祈りをした。
私は、問うただけというのに。
この人たちのように、叶えて欲しいと言った訳ではないのに。
そんな私は、巫女の中で一番欲深いという。
ここで止めればよかった。
怒りを買いたくないならば、願うべきではなかった。
けれど私は、もう一度祈ってしまった。
女子を身篭れるのか。何を以って幸福と言うのかの答えを、求めてしまった。
今宵は月が無い。
二日前は光り輝いていたはずだ。新月にはまだ早い。
不気味なはずの、漆黒の夜空だった。
なのに何故か、私は吸い寄せられるように空を眺めた。
───欲深き巫女。
冷たく、重く、鋭く。
痺れる程の圧を持った声が、私の体をがっしりと押さえつけた。
これが、神の怒りなのだろうか。
───女子は身篭れない。欲深き巫女は、次の巫女を産み落とせないと知れ。
神の天啓に、私の瞼は大きく開いた。
それでは私は、どうなってしまうのか。
女子を産めない巫女の顛末を、私は知らない。
せめて、それだけは教えて欲しいと願ってしまった。
───選ぶが良い。欲深き巫女よ。このまま何も知らず、生涯をかけて罪を削ぎ落とし、産み落とせるかもしれない女子に縋り続けるか。全てを知り、神聖なる一族を離れ、自らの幸福を追い求めるのか。
それは、神からの最後の警告。
そう理解するのに、時間はかからなかった。
しかし、その警告は私にとって、脅迫でもあり、希望にもなってしまった。
何も知らない恐怖を打ち消すことができるのだから。一族を離れることができるのだから。
自らの幸福を求めることが出来るのだから。
「答えは、いつまで待てましょう?」
───今のそなたでは、悩むことすら欲深い。待たぬ。この場で選ぶが良い。
初めて聞く、裁きを下すかのような恐ろしい声だった。
悩むことも許されない。
それほどまでに、私は欲深いのか。
神が言うのならばそうであろう。
私は身震いした。
不安と恐怖に苛まれながら、命尽きるその時まで女子の身篭りを願い続けてよいのだろうか。
同じく先が見えないのであれば、役割を捨てた方が幸福になれるのではないだろうか。
それは、決して巫女が持ってはならぬ疑問だった。だが、一度持ってしまった問いは、二度と脳裏から剥がれることはなかった。
巫女として生まれた使命と、罪深い欲を天秤にかけてしまった。その結果がどうなるかなんて、私はもう、分かりきっていた。
「……一族を、抜けとうございます」
まるで喉から引き上げられたかのように、言葉が勝手に口をついで出た。
葛藤はあったはずだ。だが、私の声には震えも迷いも一切なかった。
私は、ずっと一族を抜けたかったのだろうか。
これが自分の欲深さなのだと、今になって思い知った。
だからと言って、もう引き返すことなど、出来る訳がなかった。
───あいわかった。そなたの巫女としての力を、剥奪しよう。
神は、断じた。
同時に、窓から冷たい風がごぉ、と吹き、私の髪を乱した。凍えそうなほどの冷気が頬を、首筋を、手足を撫でる。
心臓が胸の裏側を叩き続け、全身に警笛を鳴らす。
けれど私の目は、漆黒の夜空に吸い寄せられたまま離れることができなかった。
神の裁きは、甘んじて受けなければならない。
もはやその使命感だけが、私の体を支えていた。
しかし、その使命感すらも打ち砕くような不快さが、肌を撫で回し始めた。
ひんやりとしているが、風ではない。実体を持った何かだった。
それが露出した素肌を撫でたかと思うと、服の中にまで伸び、全身を絡めとった。
視線が空に固定され、自分に何が行われているのかを知る由もない。だが、人の業ではないということだけは明確だった。
これが力の剥奪の儀なのだと心の中で何度も唱え、恐怖に、不快に、後悔に耐えた。
神は私を、強く、優しく、痛いほどの狂気で締め付ける。
全身が包まれているというのに、温もりがない。
───欲深い巫女よ。教えてやろう。
夜空が、こちらを覗き込んだ。
───巫女を身篭れない巫女の行く末は、私の贄である。そして、身寄りのない赤子を拾い、新たな巫女として育てている。私にとって、血縁など些細なことなのだ。
……贄?身寄りのない赤子を拾う……?
初めて聞いた風習だった。
贄というのは、命を取られるということなのだろうか。
身寄りのない赤子を拾うというのは、自分が身篭らなくたって、新たな巫女が産まれるということなのだろうか。
冷静にそう思考し、咀嚼した。
だがその意味を理解した次の瞬間、叫びたくなるほどの衝動が胸を押し上げ、喉が限界まで開いた。
しかし、声が、出なかった。
───だが私は、欲深い巫女の血は要らぬ。そなたに与えるのは、贄になるよりも重い天罰だ。
神の言葉は、もう何も分からなかった。何も聞こえなかった。
分かったのは、一つだけ。
冷たい何かが私を締め付けたまま、巫女として守り続けたものを、容赦なく引き剥がした。
声にならない息が漏れ、堪え、理性も、感情も、何もかもをごちゃ混ぜにされた。
私は涙を拭うことすら許されず、一月四日を迎えた。
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