私にも祝福を

古里古

■前編 巫女は祈りを乞う

 世間はのんびりしているというお正月。

 私はこの二十九年間、この時期に体を休めたことがない。


 産まれた時から、私の運命は決まっていた。

 

 私は、代々神社を守護してきた神聖なる一族に産まれた。家から出ることもなく、生涯の半分を、この世の祈りに捧げ続ける巫女。 

 それまで名前すらも授けられず、今も昔も巫女様と呼ばれている。歴代の巫女たちもそうしてきた。

 

 では、家系はどう継いでいくのか。


 生涯の半分。

 齢を五十と数えた時、巫女は初めて役割を終える。そして、すぐに子を孕み、巫女として育てるのだ。 

 その後、子が育つまでは、赤子を巫女として公衆に崇めさせ、母が代理の祈りを行う。


 だが、子を孕めなかったら。

 身篭ったもしても、男が産まれたらどうなるのか。


 その話は、聞かせてもらったことがない。


 馬鹿げていると思う。五十歳の女性が、満足に子を産めるわけがない。そんなことは今の時代、誰もが知っている。


 けれど、清らかな乙女でなければ巫女は務まらない。

 一人っ子の私はその制約ゆえに、家から逃げ出せないでいた。


「巫女様。祈りを」


「巫女様。お助けを」


「巫女様。助言を」


 今日も、人々が巫女の恵みを授かろうと、境内に列を成している。


 風習は馬鹿げているとはいえ、巫女の力は本物だった。

 私が祈れば雨が降り、私が手を伸ばせば病が治り、私が助言をすれば全てが上手くいった。


 神が最も巫女に近づくこの時期は、間違いなく天啓が聞こえているのだ。


「神の、御心のままに」


 私は、次々に人々の願いを叶えていく。

 全ての人々の、幸せのために。


 では、私の幸せとはなんだろう。


 世の二十九歳の女性は、家庭を持っていることも少なくない。人並みにも恋愛をしているだろう。子供もいるだろう。

 

 三十歳と言えば、一般的には出産に不安を覚える時期だ。そんな時期に、私はまだ恋愛をしたことがない。


 人々への祈りを終えた丑三つ時。

 私は部屋の窓から、天の神へと天啓を乞うた。


 私の幸せとは何なのか。

 ただそれだけの祈りだった。


 月が雲に隠れ、光を失う。

 辺りに瞬いていた星々も、大きな雲の前に姿を消した。


 その時、胸がひとつトクンと鳴った。

 神が語りかけてきたと、すぐに分かった。


 ───そなたの幸せは、外にのみある。


 私の指が、ピクリと強ばった。


 つまり、齢五十を迎えるまで幸せはないということだ。


 私は落胆しながらも、天啓を授けてくださったことに感謝の言葉を述べ、寝床についた。


 やはり、力を持つ以上は巫女の運命は変わらない。

 幼い頃からそう言われ続けていた。だから、肩は落としたものの、私自身は納得していた。


 ***


 今日も、人々の幸せを取り戻した。

 全ての人の笑顔と感謝こそが、巫女の幸福。

 

 わかっている。


 なのに。


 昨晩、自らの幸せを願ってしまったあの時から、私は真の幸福を求めずにはいられなかった。


 だから私は、今夜も天啓を乞うた。


 私は、女子を身篭ることができるのか。

 何を以って、私は幸福と言えるのか。


 願いを、天に届けた。

 私が叶えてきた願いのほんの一厘にも満たない、ささやかな願いだ。


 だが、神の答えは、そうではなかった。


 ───自らを天啓で導きたがる巫女は、過去にいくらでもいた。だが、この永い時の中、そなたが最も欲が深い。


 その言葉に、私は口から飛び出る程に跳ね上がった心臓を抑えきれなかった。


 見透かされたのだと、思ってしまった。


 あぁ、私はなんと罰当たりな。お許しください。


 その一心で、私は祈りの言葉を唱えた。

 それが功を奏したのか、はたまた神の怒りに触れてしまったのかは分からないが、今日はそれきり、神の声は聞こえなくなってしまった。


 明日からの祈りに不安が募る。

 しかし、私は幸福の巫女でなくてはならない。


 今夜もいつも通り、静かに寝床についた。

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