第5話 仮面の少年

 階段を降りて扉を開くと、中から蒸気と熱気を全身で浴びる。手に持つノブも手袋をして皮膚を強化しなければ火傷を負うほど熱い。扉の先は更に下へと向かう階段が続いている。

 「皮膚の強化を忘れるなよ」

「そちらこそ肉体強化は得意だからと言って無茶はしないで下さい」

 そう軽口を言い合いながら2人は、ボイラー室に入って行った。

 ボイラー室は壁や天井に上の階に湯を送るパイプが張り巡らされ、あちこちから蒸気を噴出している。パイプにつけられた計器は針が限界まで振り切り、素人目から見ても危険な状態なのは分かる。

 蒸気に注意しながら下っていくと、ゲズルの耳が上から何かが零れ落ちて来る音を拾った。咄嗟に左手でロナンを止めて、右腕にメイを高め爪と毛を強化すると上に向かって振るい溢れて来た熱湯を霧散させた。毛を強化したおかげで皮膚には熱湯は浸透せず火傷を負っていない。

 「お怪我は」

「大丈夫だ。だがこの様子だと先程のような噴出がいつ起こるか分からないな。早くボイラーを止めなければ」

 声を掛け合いながらゲズル達は階段を下りきった。蒸気が立ち込めて前がよく見えないが、奥から赤い光が蒸気で乱反射している。そこからメイを強く感じ取れたので、ボイラー本体が近くにあると確信する。すぐに向かいたいが床には熱湯が水たまりのように広がっているので、注意深くいかなければならない。

 どうするかと考えていると部屋の奥に何かの影があることに気付き、ゲズルは目を細めるとそれは人の形をしていた。やがて蒸気が晴れるとはっきりとした姿を見る事が出来たが、その姿に眉を顰めた。

 見た所白髪の人間の少年のようで、腰には柄に房つきで黄と緑の2つの玉がついた紐の括りついた鞘に紋様が刻まれた剣を差している。何より目を引くのは顔の上部分を覆う熊を模した仮面だ。

 その風貌から逃げ遅れた従業員や駆けつけた消防部隊でもない事は明らかだ。

 「君は何者だ。何故ここにいる」

 警戒しつつゲズルは問い、ロナンもいつでも撃てるように腰に着けている拳銃に手を添える。そんな2人を警戒しているのか、それとも動じていないのか少年は何も言わない。

 もしやギア暴走事件に関わっているのかとゲズルが勘ぐっていると、天井から一際大きな轟音が響くと、少年の真上から熱湯が降り注いできた。しかも先程ゲズルの上に零れ落ちたものよりも水量は多い。

 咄嗟にゲズルは庇おうと足に力を入れるが、少年は後ろに下がり剣を抜いたと思うと黄色の玉が輝き出した。すると刀身に火花が散り出し、少年が剣を振るうと熱湯は分解されたように蒸発した。目の前の状況にゲズルは思わず立ち止まると、玉と少年からメイを感じ取った。どうやらあの玉はメイ石で出来ているようだ。

 その光景を怪訝に思い再び声をかけようとするが、2人の間を蒸気が遮り近寄れない。ロナンは拳銃を抜いて狙いを定め、ゲズルも蒸気が晴れたら飛びかかろうとしたが、赤い光とは別に青い光が灯り始め、それと同時にボイラー室に変化が起きた。

 轟音を立てていたパイプの水流が少しずつ小さくなり、メイの高まりも鎮まってきて赤い光も弱まってきた。計器を見ると振り切っていた針が平常時の位置まで戻ってきた。

 やがて蒸気が薄くなると少年の姿は無く、ボイラーに取り付けてあるメイ石も光が消えていた。奥の方を見るとボイラーもボイラーに水を送るポンプも停止していた。ボイラー室の奥に扉があるので少年はあそこから出て行ったのだろう。2人はボイラーの栓を完全に締めた後、少年を追って扉を開いた。


 扉は湯屋の内部に続いていて階段を上がっていくと、湯屋の店員と鉢合わせた。

 「軍の者ですがこの辺りで仮面をつけた少年を見かけませんでしたか」

「いや、私もさっきまでお客さんを外に避難させていたのですが、そんな目立つ人見かけませんでしたよ」

 ロナンが問うが店員は何も知らないようだ。

「この先は何処に繋がっていますか」

「ここは従業員用の通路で右に曲がると玄関に繋がっています」

 店員の返答を受け、2人は通路を進んでいくと玄関に辿り着いた。避難している客達と避難誘導をしている店員達でごった返しており、見回しても特徴的な白髪や仮面は見当たらない。

 「どうやらメイを操って気配を消した後避難した客達に紛れて外に出たようです」

「事件に関わっているなら話を聞きたかったのだがそれにしても」

 そうゲズルは口元を真一文字にする。

 「ハルド少尉、ボイラーはあの少年が止めたようだな」

「近くにいたのは彼ですしメイ石の力を使っていたのを考えると、彼は魔眼の使い手でしょう」

 ロナンの推測にゲズルも同意する。

 魔眼とはエルフ人以外の人種に稀に現れるメイを操る術を持った者達の事だ。普通、体内のメイは首の付け根辺りにある器官から血管に沿う形で全身に行き渡ってまた戻ってくる形で循環するのだが、魔眼の持ち主は眼の付近にその器官があり、力を発揮する際、目に光が帯びるのでそう呼ばれるのだ。

 通常体内のメイを使って特殊な術を使うエルフ人や、自身が作った道具にメイで紋を書き込むことで特殊な力を付与するガシン人以外の人種は肉体の強化以外にメイを扱う事は出来ない。しかし魔眼の持ち主は1つだけだがメイを使って特殊な能力を発揮できるのだ。

 そうした魔眼使いは無意識に魔眼が発動するのを防ぐ為に、仮面や布などで目を隠している者が多い。

 「あの青い光は魔眼なのだろう。しかし催眠や魅了のような生物を対象とした能力が多く、物質相手だと石を浮かす程度の能力しかないはずだ」

「彼自身が特別なのか或いは『邪眼』の使い手なのかもしれません」

 そう話し込んでいると、消防部隊の存在を知らせるベルの音が聞こえてくる。

 「いくら元軍人とはいえ、一般人が首を突っ込んだとばれたら目立ちますから消防部隊が到着する前にそろそろ出ましょう」

「そうだな」

 幾つかの疑問を抱きながらもゲズル達は気配を消して湯屋から出た。


 湯屋の周りでは消防部隊が現場の確認と負傷者の救護をしている。よく見るとゲズルが助けた少女も消防部隊の隊員から声をかけられている。

 「どうやら今回は人的には大きな被害は無かったようです。とはいえ一歩間違えれば大惨事に繋がっていましたよ」

「被害は拡大している。早急に調査を進めねば」

 裏路地から、視力と聴力を強化して現場の様子を見ながらゲズルはそう呟いた。これからの事を考えているとボイラー室に入る前会話をした店員が消防隊員と会話しているのが聞こえる。

 「それでよ。その獣人の元軍人さんは飛ぶような速さで女の子を助けたんだ。獣人は皆そんなもんなのかね」

「獣人でも相当鍛えた人だよ。その元軍人は。にしても惜しいな。そんなすげぇ人が片目を失って軍人を辞めざるを得ないなんて」

 不意に聞いてしまった隊員の呟きにゲズルは顔を顰めた。

 「どうしました?」

「いや何でもない。用は済んだからそろそろ轍組に向かおう」

 そう頭を振ってゲズルは足早に歩き出した。

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