第4話 旧友との再会と港町トリトー

 「ホーン准将の部隊も人材不足のようだな。元英雄だか何かは知らぬが上層部から命じられた任務に、片目の役立たずなんかをよこすなど」

 トリトー支部長の嘲るような言い様に、ゲズルは拳を握りしめてしまう。

 支部長の執務室は質素なガイナスの部屋と比べ、勲章や表彰状、調度品が並べられ豪奢と言うより雑然とした印象がある。その中央で支部長はふんぞり返っている。

 「そもそも倉庫街の一件はトリトー支部の管轄下で行われた蛮行だ。それを解決するのは我ら支部の仕事だと思わないかね」

「しかしギアの暴走の一件もあります。こちらの一件も捨ておく訳にはいかないのでは」

「あれは行政と組合共の管理不足によって起きた事故だ。我ら軍が出る必要などない」

 反論しようとしたが言葉を遮られてしまった。それでもゲズルは食い下がろうとする。

「しかしタイプも違うギアの暴走が2週間で10件以上も起きるなど単なる事故で片付けてよいのでしょうか」

「ギアの暴走など事故以外に原因などない。それともそれらが人為的なものだと言う証拠でもあるのか」

 鼻で笑って返されてしまいゲズルは押し黙ってしまう。

「とにかく。この件はトリトー支部が取り仕切る。お前みたいな役立たずなど准将への報告だけしておけばいい」

 分かったらさっさと出て行けと言う風に手を払う支部長を前にゲズルは歯噛みをしたかったが抑えて頭を下げる。

 戦う事を主としている獣人が片目を失えばどれだけ功績を積んでも、「役立たず」に成り果てる。そんな現実を突きつけられ鬱々とした気持ちを抱きながら、ゲズルは執務室から出て行く。

 「牙の英雄がそんな湿気た顔をしないでくださいよ」

 執務室の扉を閉じて俯いていると不意に声をかけられその声にゲズルは頬を緩めた。そこにいたのは茶色の髪で垂れ目のゲズルと同じ年齢の男だ。

「ハルド少尉。巡回から戻ってきたのか」

「えぇ。最近の騒動や調印式に向けて巡回の数が増えてしまいましてね。挨拶が遅れてしまい申し訳ありません」

 茶髪の男はそう頭を下げる。

 彼はロナン・ハルド。トリトー支部の所属でゲズルとは士官学校の同期だ。

 「いや気にしなくていい。それにしてもやはり被害は大きいのか」

「街灯のガラスが割れたせいで怪我人が出てしまいましたし、先日はポンプの暴走が原因でパイプが破裂してしまって北地区の水の供給が長時間途絶えてしまいましたから」

「ここに来る途中で工事現場を何度も目にしたがそこまでか。それだけ多いとただの整備不良だとは思えない。支部長は何故本腰を入れないのだろうか」

「あと4日で特使の到着する予定なので支部長はメイ石の盗難事件を優先したいのでしょう。ところで支部長は大尉に無礼な事をしませんでしたか」

「私のような役立たずが来るなど准将は人手不足だともそんなにギア暴走が気になるなら1人で調べろだのとおっしゃられた。准将の顔に泥を塗ってしまったな」

 そう顔を暗くするゲズルにロナンは肩を竦める。

 「気にしないでください。支部長はホーン准将と同期なのに階級が准将の方が上で、上層部からも評価が良い事を嫉妬しているだけです。大尉への当たりが強いのも准将の部下である大尉の事も、気に食わないから手柄を取られないようしたいというのが狙いでしょう」

 「上層部からの指示をそんな私的判断で決めていいのか」

 「あの支部長は自分が手柄を取ればそれでいいと思っているのでしょう。そもそも」

 ロナンはにっと笑う。

「牙の英雄が片目を失った途端役立たずになったと言ったら、士官学校の鬼教官が義足で支部長のケツを蹴り上げて『お前は義足相手にも勝てないのか』と怒鳴っていたところだ」

 ロナンが崩した口調にゲズルは眉を顰める。

 「少尉、言葉が崩れているぞ」

「あぁ失礼、大尉に対してかしこまった言い方をするのがまだ慣れていなくて」

 そうロナンは口調を戻すが、その振る舞いにゲズルは先程までの暗く重い気持ちが少し和らいだ。士官学校の頃から軍人としては軽い印象で上官から目をつけられる事はあったが間を取り持って周りの緊張を和らげる事が得意で、そう言った所が人付き合いの苦手なゲズルにはありがたかった。それはそうとしてとゲズルは表情を引き締める。

 「支部長は何も言って下さらなかったので少尉の口からギアの暴走と盗難事件について教えて欲しいのだが」

「えぇ私が力になれるのなら」

 そう言って歩きながらロナンは懐から地図を取り出す。

 「まずは盗難事件から。盗難が起きているのはこの街の南東にある倉庫街のこの一角です。ここには各地の火山や洞窟、鉱山から取れたメイ石を収めた倉庫が狙われています。捕らえられた犯人は金で雇われたごろつきばかりで雇い主については何も知らないようです」

「中尉からもそう聞いた。被害状況は?」

「少量のメイ石が盗まれましたが、銃型ギアに使われるような純度と大きさのあるメイ石は盗まれていません。ただ先日警備員が揉み合いの末、殺されまして支部も警備を固めているのです」

「ついに犠牲者が。ちなみに犯人は銃を持っていたか」

「えぇ。とはいえ使われているのは大戦初期に量産されたもので大尉が撃たれたような新型のものは見つかっていません」

「そうか。ギア暴走事件については」

「こちらは本腰を入れていないせいでまだ分かっていない事が多いです。ギアの暴走が起こるのはトリトー各地で特に表通りが多く暴走するギアは街灯やポンプなど共通点は無いです。最初の方は蛇口の水が止まらない程度でしたが次第にパイプが破裂するなど規模が大きくなって、最初に確認された2週間から今日までで15件も確認されています」

「やはり単なる事故とは思えない。街で調査を重ねてこれが暴走の原因を突き止めて、人為的な原因の場合は支部長に本格的な調査を行うよう申し出を出す必要があるな」

 そうゲズルは顎に手を置く。

「この街を守る者としても是非ともお願いしたいです。所で、この街で大尉は何をするのですか」

「あぁ准将から『轍組』と言う運送組合の紹介状を貰っている。そこで元軍人のラシヌ・レトと言う名前で護衛として働くつもりだ」

「成程、運送組合なら動きやすいですしね」

 運送組合とは個人間、組合間の運送及び道案内を職務としている組合だ。仕事の都合上、国中を周っても怪しまれる事が無いので隠れて調査をする上では適した場所だろう。

 「一応『轍組』には入団試験があるのですが大尉なら問題ないでしょう」

「そう言ってくれるのはありがたい。とはいえ私はトリトーには慣れていないから何度か少尉の手を借りる事もあるだろう。支部長は納得しないだろうが」

「あの支部長が勝手に言っているだけですから大丈夫ですよ。ではまずは『轍組』への案内をしながらトリトーを見て回りますか」

「よろしく頼む。しかし軍服姿の男と共に歩いているのは目立たないか」

「心配しなくても、他所の人を案内することは珍しくないですから遠慮しないでくださいよ。ラシヌ殿」

「つまり私は迷子と言う事か」

 苦笑しながらもゲズルは案内に応じて支部から出て行く。先ほどまでの暗い感情はもうなくなっていた。


「さすが国最大の交易都市。他大陸から来る者も多いな」

 そう言いながらゲズルは通りを見回した。

 支部を出たゲズル達は大通りを東へと歩き、役所や軍支部などの主要な機関が密集する中央区から商業区へと向かった。商業区は交易品が並ぶ大店だけでなく飴や民芸品などが売られている露店も並んでいて、観光客や船乗りらしき者達が故郷の家族への土産物を探している。

 石畳が敷かれた道を人間の少年と犬の獣人の少女が走り回り、その横では小柄で隆々な体つきのガシン人が木工品の露店を開き、それを長く尖った耳が特徴のエルフ族が興味深そうに見ている。人々が行き交う通りの空を運送組合の速達便なのかハヤブサの鳥人が滑空している。上も下も雑多だが活気に満ちている。首都にも多様な種族が住んでいるが、ゲズルの傍を南大陸にいるはずのアルマジロの獣人とダチョウの鳥人が談笑しながら歩いていて、その2人の傍を北大陸のペンギンの鳥人がすれ違う光景は首都でも見かけない。

 「トリトーは昔から旅人を迎え入れる文化がありますしね。だから人や物が集まって来て交易都市になったのですよ」

 周りの目から「道案内される旅人と案内する軍人」と見えるようにする為かロナンの口調は若干柔らかい。

「そしてその生活を支えるギアが動かなくなれば大きな影響が出るか」

 地下に埋められているパイプの修復工事現場にゲズルは目を向けた。

 トリトーに入ってからギアから放出されるメイを感じ取っているが、中央区やギアを所有できる組合が多い商業区では特に多くその分被害が多いのか工事が目立つ。

 井戸が近くにある中央区は水の確保はできるだろうが海の近くにある地区は遠くの井戸水から生活水を引く必要があるのでパイプやポンプに異常があれば生活がままならないだろう。盗難事件も重要だが住民達の為にも早めに真相を掴まなければならない。

 「少尉殿、轍組とはどんな組合ですか」

「コーンと言う山羊の獣人が組合長の組合です。中規模ですがいくつかギアを所有していますし運送範囲はトリトー内か周辺都市が殆どですが国外の仕事を担当とする運送員も数人程在籍して運ぶ荷物を壊さずに届ける事で信頼されていますね」

 動き回っても不信に思われない職務で、周りから信頼されている組合と言う表向きの居場所としては適した組合だ。2つの事件について住民に怪しまれず調査を進める為には、これから行く運送組合で早めに馴染む必要がある。しかし、その事にゲズルは不安を抱いていた。

 いかに交易都市とはいえ他所から来た新参者を簡単に受け入れるとは思えないし、士官学校や軍にいた頃は良き軍人となろうと振る舞い、仕事や訓練上では良好な関係を得ていたがプライベートはペルラやロナンに助けられる事が多々あって、今回のように知らない場所に馴染むと言うのは根気がいるだろう。

 そんなことを考えていたが、不意に皮膚がぞわりと震え、毛が逆立ってしまった。異常な事態にゲズルは立ち止まって辺りを見回した。

「どうかしましたか?」

「急にメイの高まった場所がある」

 緊迫したゲズルの言葉にハルドも同じように見回す。急激なメイの高まりはギアが異常に稼働し暴走する直前に起こる現象だ。

「場所は?」

「具体的な場所まではまだ分からないがあの辺りから感じる」

 そうゲズルは自分達のいる通りの斜め左辺りを指さす。

 まだ騒ぎが起きていないと言う事は、訓練で感知能力を高めたゲズルだからこそ気付ける程度の前兆なのだろう。

 メイが見えるエルフや音で聞こえるガシン人なら正確な位置が分かるだろうが、感覚で判断するしかないので2人は小道を通って左の通りへ向かう。

 「少尉殿あの辺りには何がありますか」

「旅人通り、出稼ぎで来た奴や行商人向けの宿や湯屋などの店が並ぶ大通りです」

「急いで行かなければ」

 緊張した顔で2人は小声で会話をした後、小道を抜けると2台の馬車がすれ違っても両脇を歩ける程の広さがある大通りに辿り着き、ゲズル達は人の波をかき分けていく。徐々にメイが強くなっていって住人達も異常を感じ取ったのか戸惑いその場から離れようとしたりする。

 通りを突き進むと左手の方に一軒の建物が見えてきてメイの高まりをそこから感じる。木と煉瓦で出来た建物であり、湯屋を示す大きな瓶が描かれた看板を掲げている。ゲズル達が店に近付くと、店員らしき人間が慌てて出てきて「逃げろ」と叫ぶ。その直後湯屋から出ているメイが湯屋の1階を覆う程噴き出てきた。通りを見ると店員の言葉とメイの異常から通行人達は逃げ始めているが、転んでしまったのか人間の子供が蹲っている。

 ゲズルは両足のメイを高め、脚力を強化すると勢いよく石畳を蹴り、子供に向かって突っ込んでいった。

 ゲズルが子供を抱きしめたと同時に湯屋の壁が突き破られ、中から激しい水流が大通りに降り注ぐ。ゲズルが子供を抱えて通りの隅に転がって避けた。

 通りを見ると子供がいた場所は大量の湯が降りかかっていた。こちらからでも熱気は感じられ、湯は沸点近くまで上がっているのだろう。もし子供に直撃したら火傷では済まなかったのは明らかだ。子供を見ると怪我は無く、湯もかかっていないようだ。

 通りは湯で浸されているが湯がかかった者はいないのが幸いだ。しかし湯屋からは未だに湯が沸き上がりまた噴き出る恐れがある。

 「何があったのですか」

「ボイラーが突然煙を吐いたと思ったらどんどん湯の温度が上がって来て、しかも地下水を汲み上げるポンプも止まらなくなっちまった」

 ロナンは店員に事情を聞きゲズルは顔を固くする。

 「一度に2つのギアが暴走したのか。やはり単なる偶然や不具合とは思えん」

 そう言いながらゲズルは近くにいた子供の母親に子供を渡し、ロナン達の方へと向かう。

 「中にいる客は無事ですか」

「何人か火傷した人も出ちまったが、酷い火傷を負った人はいねぇし今裏口から避難させている」

「そうですか。後はボイラーとポンプの動きを止めないと」

 そうロナンは水流に目を向ける。

 「そうしてぇけど、ボイラー室は熱気がこもっているし、パイプに穴が開いているのか湯も零れていて一歩間違えたら大火傷しちまうから近寄れねぇんだ」

「ボイラー室は何処にある」

 不意にゲズルから話しかけられ突然の大柄な虎の獣人の登場に湯屋の店員は驚いた顔をする。

 「あそこの階段から地下へ向かった先にあるけど、さっきの話聞いてたのか。中入ったらただじゃすまねぇんだぞ」

「この男はつい最近まで軍に所属していて、私や彼は肉体を強化できますから多少の火傷を防げるので私達ならギアを止められます。勿論消防部隊の対処もあるので安心して下さい」

「それならいいがこのままだとうちのギアで人を怪我させちまうから頼む」

 ロナンの説明に納得はしたようで懇願する。店員を安心させるように2人は力強く頷いた。

 「行きますか少尉殿」

「本来なら退役した人に任せたくないですが仕方ありません。無茶しないで下さいよ。ラシヌ殿」

 表向きの立場で話しながら2人は階段へと向かった。

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