第6話 運送組合『轍組』

 『轍組』の本部は東西の門を結ぶ大通りの中間地点に位置している。木と土壁で作られた本部は2階建てで、隣接している運送用の馬車置き場と荷物を置く倉庫の方が大きい。

 「では私はここまでです」

「案内感謝します少尉殿」

 そう会釈し合いすれ違うが、ロナンはゲズルにだけ聞こえる声で話しかける。

 「気をつけて下さい。今回の件、支部は表立って協力出来ませんから、大尉殿個人で動かなければいけません。それに一連の事件を裏で引いている者が大尉殿を狙うかもしれません」

「あぁ。分かっている」

 短く言葉を交えると先程のような笑みを浮かべてロナンは去っていく。ロナンを見送りながらゲズルは『轍組』の扉を開いた。


 大きな窓から差す光で照らされた『轍組』の玄関ホールは客が持ってきた荷物を従業員が預かったり、客が届いた荷物を受け取りにきたりして人でごった返している。

 窓口では5人の利用客が待合室で待っておりゲズルも立って待つ。虎の獣人の中でも大柄だからなのか、それとも隻眼が気になるのか他に待っている人達からの視線を感じて居心地が悪い。

 そんな思いをしながら20分程待っているとゲズルの番が来て、猫の獣人の女性が受付をしている窓口へと向かう。

 「『轍組』にようこそ。本日はどのような御用ですか?」

「アルフ・コーン組合長にお会いする為来ましたラシヌ・レトと申します。こちら組合長の知人からの紹介状です」

 そう言ってゲズルはガイナスから預かった紹介状を取り出した。受付は紹介状の中身を確認した後、少々お待ち下さいと言って奥へ引っ込み少しすると戻って来た。

 「はい確認しました。組合長室へ案内しますね」

 そう言って人間の男性と窓口を交代した受付嬢に案内されてゲズルは2階へと続く階段を上る。

 資料を抱える事務員や一仕事を終え疲れた様子の運送員とすれ違い、事務室を通り机が縦に5列並べられた部屋の奥へ向かうと、『組合長室』と書かれたプレートが掲げられた扉の前に着いた。受付嬢にこちらですと促され、ゲズルは扉をノックする。

「コーン殿、扉越しに失礼します」

「いえどうぞ中へ。リオ君、私が対応するから君はもう業務に戻っていいよ」

 扉の奥から穏やかな声で呼びかけられ、リオと呼ばれた受付嬢はゲズルに会釈すると来た道を戻って行った。

 「失礼します」

 そう言ってゲズルは中へと入る。

 組合長室は執務机と客人用のソファーと長机、日当たりのいい所に観葉植物が置かれた落ち着いた部屋だ。

 「お待ちしておりましたゲズル・レト大尉。いえここではラシヌ・レト殿でしたよね。『轍組』組合長アルフ・コーンと申します」

 待っていたのは白毛で覆われた壮年の山羊の獣人だ。顔立ちは穏やかだが年の割に体つきはしっかりとしており衰えを感じさせない。

 「今回の件、ご協力いただき感謝します。それと私の上司に当たりますので、そんなへりくだった言い方をしないで下さい」

「ではレトさんと呼びますね。トリトーに住む者として盗難事件と暴走事故は放っては置けません。それにガイナス殿が紹介した方なら協力は惜しみません」

「失礼ながらコーン殿と准将はどのような関係なのでしょうか」

「古くからの知り合いと言ったようなものでしょうか。色眼鏡をかけずに相手を判断する彼の人選なら不安はありません」

 ですが。そう言ってアルフは言葉を切る。

 「他の組合員から疑いの目を向けられると調査に支障を来たしますから、無条件で組合に入れる訳にはいけません」

「入団試験を受けるのですね」

「知っておられましたか」

「トリトー支部にいる同期から聞きましたし、信頼が重要な運送組合では試験があると言う話は聞いた事があります。どんなものかは分かりませんが」

「そんなに難しい物ではないですよ。この街の北側にある山の山道を通って、山の山頂付近にある『轍組』の速達便の発着場に荷物を届けると言うものです」

 速達便は鳥人の運送員の仕事であり、上昇気流を掴んで、滑空して飛んでいきいくつもの発着場を経由して配送するので、発着場は山などの高い場所に設置されているのだ。

 「レトさんは運送員兼護衛で推薦されているので、馬車と荷物、御者を守ってくださいね」

 恐らく組合側で何らかの妨害があるのだろうとゲズルは察した。狭い山道での戦いとなると格闘技で戦うべきだろう。だとすると問題は複数人を相手にする場合どうするか。戦い方を考えているとそうそうとアルフが呟いた。

 「実は今日レトさんと同じく入団試験を受ける方がいるのです。じきに試験の試験官と御者の方と共に来ると思うのですが」

 そう言っていると組合長室の扉を誰かがノックする。

 「組合長。ルト・ライト。エイク・ネミーさんとグレイス・フェルンさんと共に来ました」

「丁度来ましたね。入っていいですよ」

 アルフの声を合図に扉は開き、3人の男性が入って来る。最初に入って来たのはこげ茶色の髪で幼さが残る人間の青年で次に入って来たのは黒髪の人間の男、それに続けて入って来た人物を見た時ゲズルはおやと呟き、少年もたじろいだ。最後に入って来たのは湯屋のボイラー室で遭遇したあの仮面の少年だった。

 「組合長。そちらの方は誰ですか?」

「本日フェルンさんと一緒に入団試験を受ける方です。レトさん。こちらが入団試験で御者をするルト・ライトさん。入団して1年目ですが腕は良いです。もう1人の方は試験官のエイク・ネミーさん。普段は運送員兼護衛をしております」

 アルフにルトと紹介された茶髪の青年は照れ臭そうだ。

 「ルト・ライトです。本日はよろしくお願いします」

「ラシヌ・レトです。こちらこそよろしくお願いします」

 ルトと握手をし終えるとエイクと呼ばれた黒髪の男が一歩前に出る。

 「エイク・ネミーだ。言っておくがただの荷物運びと思うなよ」

「えぇ承知の上です」

 エイクからのからかい混じりの忠告に受け答えをすると、じっとこちらの方を見ている仮面の少年の方を向いた。ゲズルの視線に気付き少年は気まずそうにしながらぼそっと呟く。

「グレイス・フェルンだ」

 余り人に関わりたくないのかグレイスと名乗った少年はそれだけ言うと黙ってしまう。

「自己紹介も済みましたので早速試験に移りましょう。ですが少々準備に時間がかかっておりまして。すみませんが先に試験の開始場所である馬車の発着所で待っていていただけないでしょうか。ライトさんはお2人を案内して下さい」

「承知しました」

「分かり、ました」

「は、はい」

 ゲズルとグレイスの雰囲気に居心地が悪くなったのか少し不安な様子のルトの案内で2人は組合長室を後にした。その背にアルフは声をかけた。

 「お2人が合格するのを願っていますよ」


 ルトに案内されてゲズル達は本部の裏手にある馬車の発着所に辿り着いた。

 大通りや周辺の都に繋がる街道へと向かう道が放射状に敷かれており、それぞれの道が一点に集まった場所に発着所はある。

 馬車が出たり入ったりしている中ゲズル達は発着所の端へと移動し、ルトは馬に荷台を取り付ける前に馬を優しく撫でて機嫌を取っている。普通の馬より体格が一回り大きな馬「重馬」を前に小柄なルトは小突かれただけで吹き飛ばされそうだが、ルトは鼻息が荒い重馬を前に怯えた様子はなく、御者としての度胸が窺い知れる。

 待つ間模擬戦用に用意された木で出来た剣を振り回して使い心地を確かめていると視線を感じ、振り返るとグレイスが見ているのに気が付き、グレイスはすぐに目を背けてしまった。

 放っておいてもいいが共に試験を受ける以上、小さな事でも支障を来たす訳にはいかないのでそろそろ聞くべきかとゲズルはグレイスに近付くとグレイスにだけ聞こえるように伝える。

 「ボイラー室の一件の事は誰にも言わん。私もあの一件を人に知られたくない」

 そう伝えるとグレイスは仮面越しでも怪訝な様子を見せる。

 ボイラー室にいたのは気になるが、ゲズル自身、ロナンと共にボイラー室にいたのを見られている以上、元軍人が今でも軍と繋がっているとルト達に知られ警戒されるのは防ぎたい。

 「怪しいとは思わないのか」

「心配しなくても君が邪眼持ちだからと言ってとやかく言うつもりはない」

 伺うように問うグレイスに返答すると、グレイスは目を見開いて腰の剣に手をかけた。

 その様子をゲズルは平然とした目で見ている。

 「当たりのようだな」

 嵌められたと分かったのかグレイスははっとした表情をする。見かけによらず感情が豊かなようだ。

 「だがさっき言った事は本当だ。軍にも邪眼持ちは何人かいたからな」

 邪眼とは魔眼の一種である。対生物がほとんどな魔眼と違い、邪眼は生物以外を対象に効果を発揮する能力を持ち発火など攻撃的なものが多い。

 魔眼は目の近くにメイを放出する器官があるので光るが邪眼は眼球そのものがメイを放出する器官であるという違いがある。どちらも先祖の誰かが使い手で隔世遺伝から生まれる先天的なものもあれば外部による後天的なものもあるという共通点もある。

 しかし2つの力を明確に分けているのは、メイと近い存在である妖精の加護や特殊な生物からの攻撃で目覚めるのが魔眼で邪眼はガシン人の禁忌である『生物にメイを刻む』事で目覚めてしまうというものだ。

 そうした背景があるのでガシン人にとっては禁忌の象徴、獣人やエルフ人を中心とした他の種族にとっては自然の理から外れたものとして邪眼使いは長年迫害されてきたのだ。

 「ボイラーを止めたのは邪眼の力でメイに干渉したのか」

「・・・『干渉の邪眼』。触れた物質のメイに干渉して力を利用するのが俺の能力だ」

 吐き捨てるように答えるグレイスにゲズルは不意に右目が疼く。

 メイに干渉できるなら銃型ギアのメイの放出を抑える事も可能なはずだ。だからといってすぐに彼が犯人とは決めつけられないが注意した方がいいだろう。

 そう思っていると、アルフとエイクが出入り口から出てきてゲズルとグレイスは姿勢を正した。

 「お待たせしました。ではこれより入団試験を開始します」

 アルフの言葉を合図にエイクとルトは出入り口から小さい箱10個を縄で1つに束ねたものが8組載せられた台車を2人の前に運んできた。

 「試験はこの荷物を馬車に運ぶところから始まります。出来れば日没までに発着場に荷物を届けてください。途中で組合員達が山賊役として妨害をしますがそれから荷物を守ってください。何か質問はありますか?」

 「荷物の中身はなんですか?」

 ゲズルの問いにアルフは少し微笑んで答える。

 「食堂のおかみさんが発着場の職員の為に拵えた弁当です。大切に運んでください」

 付け足したようなアルフの言葉にゲズルは聞き逃さなかった。

 「準備はよろしいですね。それでは試験開始です」

 アルフの合図に2人は台車へと向かった。1つ1つは軽いが束にして纏めているので両腕で慎重に運ばないといけない。グレイスの方を見るとそちらも丁寧に運んでおり、慎重そうな目つきからどうやらこの試験の真意についてあちらも察しているようだ。グレイスの様子を見つつゲズルは最後の荷物を積み終えた。

 荷物を確認するとルトはロープを荷台の床についてあるフックに通して、荷物を固定するよう指示し、2人はその指示通りに動く。荷物を少し押してしっかりと固定されているのを確認するとルトに報告する。

 「早速山に向かいましょう」

 そうルトに言われゲズル達は荷台の壁に取り付けてある椅子に座る。ルトが全員の乗車を確認すると、御者席に座って馬の手綱を握ると馬はゆっくりと動き出した。

 重馬は普通の馬よりも最高速度は劣っているものの持久力に優れており重い荷物を背負っているにも関わらず平然と走っている。馬車は山へと繋がる通りを走っていく。遅すぎず速すぎない速度のおかげか、石畳の上を走っているにも関わらず大きな揺れは殆ど感じない。まだ新人だがルトの御者としての腕の良さ事が分かる。

 荷物の無事を確認するとゲズルは街の様子を見る。ギアの修理工事が目立つものの妨害の前兆はない。この試験が実際の業務を想定しているなら妨害が起こるのは山道に入ってからだろうが、人混みに紛れて馬車が襲われる事件もるので油断せず目をこらす。

 やがて道は石畳から土の道へと変わり、山道の入口が見えてきた。ルトは門番に試験である事を伝えた後、馬車は山道を走り出す。

 昼過ぎの日差しで木漏れ日が差す山道は初夏の心地よい風が吹いているが、山道から外れた森は薄暗く何が出てきてもおかしくはなさそうだ。そう思っているとゲズルの耳に草を踏む音が届いた。感じたメイは人間のものであり、ゲズルはメイを高めて、皮膚の硬度を高めると木剣に手を添える。グレイスの方を見るとそちらも感じ取ったのか剣に手を添える。

 「ライトさん。馬車がいつ止まってもいいようにして下さい」

 ルトに伝えた直後、山道に複数の雄叫びが響いた。大きく嘶き立ち上がろうとする重馬をルトが宥めていると馬車の周囲を人影が取り囲んだ。数は6人で全員覆面をしており剣や槍などを模した木で出来た武器を持っている。腕には組合の腕章をしている事から山賊役の組合員である事を示している。

 「右は俺が相手をする。左は任せた」

「分かった」

 グレイスの言葉に短く返答すると2人は馬車を飛び出し、馬車を守るように立ちふさがる。

 山賊役は大声をあげると一斉に馬車を襲ってきた。ゲズルはその場で動かず山賊役が自分の間合いに入って来ると、剣を抜き横一線に振った。2人ほどの山賊役が直撃して吹っ飛ばされて、剣をかいくぐった槍を持った山賊役が馬車に向かおうとするもゲズルの左脚の蹴りが胴に直撃し昏倒した。

 自分の前にいる山賊役を片付けグレイスの方を見ると、丁度木剣を持った男の横腹に剣を叩きこみ、男が倒れこんだ所だ。何故かあちらは自分の剣を使っており試験の為か剣は鞘に収めたままだ。山賊役が全員倒れているのを確認すると伏兵はないかと耳を澄ませメイを探るが他にいないようだ。

 「こちらは伏兵の気配はないがそっちはどうだ。グレイス」

「こちらも異常は無い」

 馬車の方を見ると荷物は崩れておらず緊張した顔のルトと静かに見ているエイクも怪我はなさそうだ。

 「ライトさん。伏兵はいないようなので進んでも大丈夫です」

「では先へ進みましょう」

 ゲズル達は馬車に乗り込むと重馬は再び走り出した。

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