第2話 彼について

 執務室から出たゲズルは大きく息を吐いてから廊下を歩いて行く。窓の外から差し込む光がゲズルの緊張した顔を照らす。

 任務について、右目についてなどを考えながら曲がり角を曲がろうとすると何かとぶつかってしまい、周りに資料らしき紙や木箱が散らばる。

 慌てて右に顔を向けると新兵らしき若者が尻餅をついていた。ゲズルは目のせいで右がよく見えておらず新兵も荷物が原因で前が見れていなかったようだ。

 「申し訳ありませ、レト大尉!」

 詫びをしようと新兵が顔をあげてゲズルの顔を見るとその顔を青くした。

 「そんなにかしこまらなくていい、こちらこそ前を見ていなくてすまなかった。荷物は私が片付けよう」

「いえ、大尉にそんな手間をかけさせる訳にはいきませんよ」

 恐縮しながら荷物を片付ける新兵と共にゲズルは荷物を集め終え、新兵と別れる。頭を下げながら廊下を歩く新兵を見送り、自身も先へ進もうとすると不意に窓ガラスに映った自分の姿に胸が締め付けられた。

 虎の鋭い眼と牙、軍服の上からでも分かる鍛え上げられた大柄の身体は見る者に威圧感を与えるがゲズルの目には右目を塞ぐ大きな傷に目を向けてしまう。不意に新兵の憐れむような目を思い出し歯噛みをする。

 ゲズルが右目を負傷した話は既に支部の中では知れ渡っている。治療を受けていた時も声をかけに来てくれた者はいたがその者達も同じ目をしていた。

 『役に立たなければ意味がない』

 不意に頭の中から声が響き、思わず窓から目を背ける。何とか消そうとするが声は反響し続ける。

 『戦えぬ者に生きる意味などない』

 幼い頃父から言われ続けた言葉だ。そう言った父は左脚を失っていた。

 ゲズルの故郷はイスナリの北部に位置し、30年前まではイスナリからの侵攻を受け滅んだ国との国境地帯にあった村だ。

 ゲズルの一族であるレト一族は獣人一の武の一族と呼ばれ時に傭兵として、またある時は要人の警護と言う形で功績を挙げ続けてきた。30年前のイスナリの侵攻でも亡国側に雇われて戦ったのだ。その時一族の戦士達は兵の多くが他の種族よりも戦闘能力が劣っている人間で構成されているイスナリ軍との戦いはこちらの大勝に終わるだろうと確信していた。

しかしイスナリ軍が開発した銃型ギアの猛攻によって一族の部隊は大きな損害を受け多くの犠牲者を生んだ。ゲズルの父もその戦いで左脚を銃型ギアで撃たれ失ったのだ。多くの戦士が銃型ギアで負傷し戦えなくなり、村の土地もイスナリの領地となり武の一族としての地位が堕ちてしまい、大きな屈辱を受ける結果となった。

 戦えなくなった父達は銃型ギアに打ち勝てる戦士を育て上げる事こそ一族の悲願だと信じ、ゲズル達次世代に厳しい訓練と教育を与えて育てていった。

 そして育て上げられた子供達はそれぞれその力を最大限発揮する場所に送られ、ゲズルも軍に入り一族の力を証明する為に士官学校へ入れられたのだ。

 軍人として活躍するのはゲズルの生きる意味だった。だから前線で戦えない現状はゲズルにとっては自分の存在意義が失われてしまうと同義であり、右目が見えないと知った時は絶望感が纏わりついた。

 ガイナスから任務を告げられた時は不謹慎ながらも幸運だと思えた。終わったら後方に移されてしまうとしても任務を全うしなければならない。

 左の手首に巻いた紋様がついた革製の腕輪を握りしめながらそう誓ったゲズルは、右目での戦闘に慣れる為にリハビリ部屋へと向かう。


 「准将。私も調査に向けての準備をします」

「今回は『旅行者ルーラン』ではなく『貿易商人エルザ・フルール』か?」

「えぇ、今回の任務は長期間の任務になる可能性があるので商人の方が滞在しやすいですから」

 執務室の中でペルラとガイナスは簡潔なやり取りをする。

 ペルラはガイナスの副官としてガイナスの補佐をする一方で、捜査員として国の内情を探り事件を捜査する事を職務としており、今回もトリトー支部への表向きの協力者はゲズルだがペルラも隠れて調査をするのだ。それを知っているのは軍上層部とガイナスとゲズルだけだ。

 「今回の件は軍内部の者も犯行に関わっている可能性もある。身内を疑うのは気が引けるが君の事はトリトーの支部長を含め一部の者以外は伝わらない方がいいだろう」

 「万が一と言う事もあるので当然の判断でしょう」

「そうだな」

 そこまで言うと、ガイナスは目を伏せ暫し黙った後、ペルラの方を見る。

 「中尉、レト大尉についてどう見えた?」

「士官学校時代でも感じた何かに追い詰められ余裕がなく、自分を顧みない危うさが戻っているように見えました」

 冷静に言っているが複雑そうなペルラの様子にガイナスはゲズルが任務を告げられた時に見せた安堵した表情を思い出す。


 危うそうな男だ。

 それが大戦時自分の部隊にゲズルが所属した時にガイナスが感じた事だった。

 軍人としての実力は申し分なかった。白兵戦にも優れ危機的状況でも冷静に対処する事が出来、何よりもどんな困難な状況にも屈しない精神力があった。

 前線の司令部の戦いにてその勝利に大いに貢献したゲズルは『牙の英雄』と称された。実力があり任務に忠実で部下からの信頼も篤い正に理想の軍人である。

 そう、理想の軍人過ぎるのだ。

 軍人として任務を全うする様は人らしさがなく、まるで軍人になる為、戦う為に生まれたようだった。

『獣人の姿をしたギア』

 そう陰で呼ばれるのを耳にした事がある。

 イスナリ軍に所属する同じレト一族の者もそうした危うさを持つ者がいたが、殆どは他の者達と過ごす内に軟化していった。しかしゲズルは大戦や治安部隊として功績を上げる毎にその危うさが増すように見えた。

 そんな中でゲズルは右目を失い、前線に立てなくなった。ガイナスが見舞いへと向かった時に、ゲズルの取り繕ったような表情を見た時思わず胸が締め付けられそうになった。その表情はまるで道具が壊れて役割が果たせなくなり、それでも必死に動き続けようとするような虚しさを感じられた。

 今回の任務にゲズルを選んだのも実力と経験が一番の理由だが、ここで踏ん切りがつけばという私情が僅かにあった。

 私的な考えで采配を決めるなど司令官失格だなとガイナスは思ってしまうも長年支え続けてくれた部下に何かをしたいとも考えてしまうのだ。

 「どうすればあの悪癖が治るか」

「悪癖と言うのはそう簡単に消えませんよ」

 呟くようなガイナスの言葉にペルラは反論した。それにガイナスは何も言えず執務室は静寂に包まれた。

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