隻眼の英雄は表向きの居場所で望みを探す

鳥竹 ギン

第一章 「お前の望みは何だ」

第1話 前線離脱と再出発

 何故だ。

 口からでかかった言葉をゲズルは飲み込んだ。

 虎の獣人であるゲズルの鋭敏な耳は倉庫街に響く銃声や軍人同士の雄叫び声を拾い、目の前にいる『彼』がこの事態を起こしたのだという事実を突きつけてくる。

 『彼』こそが裏切り者であり、自分の右眼を奪った仇敵なのだ。

 これまでの調査を踏まえれば、その可能性は気づけたはずだ。なのにゲズルはその可能性をいつの間にか除外していた。

 そんな自分の情けなさを恥じながらもゲズルは拳を構える。今すべきなのは反省ではなく、目の前の『彼』を仕留めることだ。

 例え、かつての友だったとしても『裏切り者』は始末しなければならない。

 そんな考えを理解しているのか『彼』は銃身の長い狙撃銃型ギアをこちらへと向けた。

 何故こうなったのか。何故気付かなかったのか。

 そんなことを考える暇などないのは分かっているはずだが、どうしてもゲズルはその考えが頭から離れず、つい数日前自分の上官に呼ばれた日、この任務の始まりの日を思い返してしまう。

 

 「ゲズル・レト大尉。今回の事件の責任として治安部隊隊長を解任。並びに南西の国境付近のマーセル支部に異動してもらう」

 上官であるガイナス・ホーンから告げられた言葉にゲズルは口元を固くして受け止めるしかなかった。

 処罰を受けるのは覚悟していた。寧ろ、解任と左遷程度で済んだ事自体が驚きだ。

 それでも実際に告げられると堪えるものだ。

 (前線に立てない自分などいる意味がないからな)

 そうゲズルは自分の右目を塞ぐ深い傷の事を思い出し、奥歯を噛み締めた。


 ゲズル・レト。年齢は28歳、種族は獣人の虎族。イスナリ軍所属。階級は大尉。


 イスナリ帝国は中央大陸の南西の端に位置する国で人間や獣人、鳥人など多種多様な種族が住む国である。

 国の領土は中規模なものの、『メイ石』と呼ばれる特殊な鉱物を動力源とする道具『ギア』による産業で栄え、30年前の隣国への侵攻では従来の品と比べ威力を増した銃型のギアの活躍で当時最強と謳われた獣人の傭兵一族との戦いで勝利を収め、その技術力を国内外に示していた。

 しかしその力が今度は自分達にも牙を剥いた。

 10年前にイスナリの東隣に位置する大陸の中で最も強大な軍事力を誇る国、ハルクトンからの侵攻を受けたのだ。

 領土拡大とメイ石などの資源確保の為に始まった戦闘は小規模な戦闘から次第に、周辺諸国を巻きこみ、最終的には他大陸の国をも干渉する大戦へと拡大してしまった。

 物量の差と統率された銃型ギアの部隊によって、イスナリ軍は劣勢に立たされた。

 しかし最前線の司令部での防衛戦にて転機が訪れた。

 数に勝り、銃型ギアの部隊を率いるハルクトン軍が司令部を包囲し、崩壊の危機が迫っていた。しかし当時曹長だったゲズル率いる部隊が、猛攻に耐え援軍までの時間を稼いだのだ。その上で、援軍が来てイスナリ軍が反撃に転ずると、最前線で戦い散々苦しめた銃型ギア部隊を壊滅に追いやり、戦いの突破口を開き戦いを勝利に導いた。この戦いを機に劣勢だったイスナリ軍は巻き返したのだ。

逆転したイスナリとハルクトンの戦いは拮抗状態となり、年月と物資を消耗し多くの犠牲者を出す内に、これ以上は同士討ちするだけだと理解した双方は5年前に停戦条約を結び争いは終結した。

 そして「獣人は銃に勝てない」と言う固定観念を覆し、戦争に貢献したゲズルは『牙の英雄』と呼ばれるようになり、戦後はガイナスの元で治安部隊隊長として活躍していた。

 後数年すれば更に出世し獣人の希望の星になるだろうと誰もが疑わなかったがある事件によってその栄光は終わりを告げた。


 一週間前、首都郊外の倉庫で不審な人影が多数目撃され、倉庫に保管された銃型ギアが狙われている疑いが出てきた。

 イスナリでは、その威力と軍の戦力としての重要性から銃型ギアの密輸は重罪であり、軍の管轄下にいる者以外の所持は許されていない。だからこそ銃型ギアが奪われるような結果は避けなければならず、ゲズル率いる治安部隊は国内の重大事件を担当する特殊部隊と共に、監視といざと言う時の戦闘の為に倉庫街を包囲した。包囲網は強固で密輸犯が現れるなら捕らえるのは容易いはずだった。

 しかし監視中に警備網の一部が襲撃を受けて、綻びが見えたかと思うと覆面の集団が流れ込んで来た。すぐに鎮圧に向かうも数人の部下が目の前で撃たれた。狙撃手が狙っているのかと警戒しながら敵を屠っていたが、ゲズルもまた右眼を撃たれて倒れてしまった。

 病室で聞いた話では、特殊部隊の応援によって場は鎮圧され、銃は奪われなかったものの、ギアを狙っていた者達の大多数は逃走し、捕らえた者達も口封じの為に毒を飲まされていたのか情報を聞き出す前に血を吐いて死に真相は分からないままだ。

 一方、ゲズルは一命を取り留めたものの右目は完全に失明してしまった。

 ベッドから起き上がってすぐにリハビリを行い、まだ距離の取り方や視野の狭さには慣れていないが、数日かければ日常生活は問題なく送れる程になるまで回復した。しかし犯人を逃してしまったことへの自責の念と今後の自分への不安を抱いていた中で、ガイナスに呼ばれたのだ。

 執務室には二人の他に、金髪の女性がガイナスの傍に立っている。ガイナスの副官でありゲズルの同期であるぺルラ・リドア中尉だ。

 「知っての通り、軍の規則で四肢や目、耳などが欠損した者は退役するか、前線から退いてもらう。まぁ大尉という立場なら前線よりも指揮系統に入るのが普通なのだから元の役目についたと言えるのだが」

「長年果たすべき役目をしなかったのは申し訳ないです」

「そこまで卑下するな。上層部も君には『牙の英雄』として前線で戦ってほしいと言う声が多かったから君にはそうしてもらっていた。上層部からもこれを機に指揮系統についてはどうかと言う声もある」

「そう評価してくれるのはありがたいです」

 その言葉は半分本当で半分は嘘だった。

 後方部隊や司令部の重要性は理解しているが、前線に立てないのは自分の存在意義を失うも同然だった。

『お前は役立たずだ』

『お前のせいで死んだ』

 子どもの頃に父から言われ続けてきた言葉が木霊しゲズルを責め立てる。息が上がりそうになるが胸を抑えて防いだ。

 一族の名誉の為軍に入り、戦ってきた。同胞たちに『牙の英雄』として前線で戦うことを望まれていたのに右目を失ったことでその願いを叶えられず、期待を踏みにじる結果になってしまった。

 ゲズルはあの事件から自分を責めいっそあの時死んでおけばとも思ってしまい、だからガイナスが言い渡した処遇にも内心では甘いと考えていた。それでもそれを顔に出さず平然と受け止めているように取り繕った。そんなゲズルをペルラは無表情で見つめ、ガイナスも目を細めて見ながら口を開く。

 「マーセル支部は首都から遠く離れた場所だから軍内での君の知り合いもおらず、情報を規制すれば君が支部にいなくても、その事を外部に漏れる可能性は低い。だからこそ異動先をそこに選んだ」

 ガイナスの奇妙な言葉にゲズルは疑問を抱き、ガイナスは手を組んで本題に移る。

「先程までの沙汰は上層部と今回の作戦の協力者以外に君の動向を隠す為の偽の通告だ。君には極秘の任務に就いてもらう。それこそが本当の沙汰だ」

 低い声を出すガイナスの様子にこれから伝えられる通知はただ事ではないとゲズルは確信し息を飲んだ。

「極秘任務とはどういう事ですか?私は前線に出られないはずでは」

「前線に出られずとも君の役割はあるだろう。それに『牙の英雄が前線を退いている』と周りから思われていた方が動きやすい」

 困惑するゲズルにガイナスは一度言葉を切ってからまた口を開いた。

 「それにこの作戦は君が深く関係しているからな」

「と言う事はやはりあの密輸未遂事件ですか?」

 ゲズルの問いにガイナスは頷く。

 「君も分かっているだろう。今回の件はただの密輸ではない事を」

 そう言うとガイナスはペルラに合図をすると、ペルラは銃型ギアを取り出す。銃身とグリップの間にメイ石が取り付けられていたと思われる穴があり、口径は普通の銃より大きい。

「捕らえた者達が所持していた銃型ギアです。調べた所、大戦初期に大量に製造された型です。威力は高い反面、飛距離が短く暴発するリスクが高いので早々に製造が中止されました」

 原稿を読み上げるようにペルラは淡々と説明する。

 「恥ずべきだが大戦時の銃は戦場に残された物が盗まれ、裏で取り引きされるケースは少なくない。これもそういった類だろうが戦闘の規模と逃げ延びた者達の人数を考えるとかなりの規模の銃が流されていたと考えられる。それに君が負った傷に関してもだ」

 そうガイナスはゲズルの右目を見る。

 「担当医からは後少しずれていたら即死だったと言う話だ。君が相手の気配やギアのメイすらも感じなかったとは考えづらいが」

「えぇ、乱戦だったとはいえ撃たれる直前まで何も感じ取れませんでした。メイの放出を抑えられるギアか感じ取る事も出来ないほどの遠距離からの狙撃だったと考えられます」

『命』と言う意味の通り、メイと言うエネルギーは生物や大地など、自然界に存在するあらゆる物が持っているエネルギーであり、生物は自分の中のメイを使って身体を強化し、一部の種族は特殊な術を行使することが出来る。

 メイ石はそのメイが長い年月をかけて凝縮された鉱物であり、ギアを起動する際にはメイ石に含まれるメイが周囲に放出される。その為感覚でメイを感じ取れる獣人は何処でギアが使われたか分かるのだ。

 「情報課に問い合わせたが君が感知可能な範囲の外から命中できる程の精度を持つ銃もメイの放出を抑えるギアも我が国では存在しないと伝えられたよ」

「ハルクトンの新型でしょうか」

「そんな物が開発されて、それが密輸されていると言う事実があるのは恐ろしいな。それにもう1つ懸念がある。レト大尉。今回の戦闘で気になる事はなかったか?」

 ガイナスの問いにゲズルは事件後からの気がかりを口にした。

「一時的に警備が弱まる交代の時間に襲撃を受けたせいで包囲網が崩れました。それを分かっていたと言う事は部隊の動きや配置の情報が洩れていた、最悪の場合内部犯がいる可能性もあります」

「あぁ、特殊部隊隊長も同じ可能性を提示した。中尉には軍内部で不審な動きをしている者はいないかを探ってもらっている。新型ギアに内部犯の可能性。まだ憶測の域を出てはいないが今回の件ただの密輸事件では終わらないだろう。そんな時に君を治安部隊隊長から解任させるのは痛手だ。しかし責任を取らなくてはいけない」

 その言葉にゲズルは一瞬息が詰まってしまう。

 「その代わりに君には調査に行ってもらう」

 そう言ってガイナスは手を組み直す。

 「君はトリトーに行った事はあるか?」

 トリトーとは首都から馬車で1日かかった所にある港町の事だ。

 「遠征の際に何度か通りかかった事はありますが、滞在した事はありません」

「知っての通りトリトーは国最大の交易都市だ。その都市で不穏な動きがある」

 ガイナスがそこまで言った時、ガイナスから代わるようにぺルラが口を開いた。

 「2週間前からトリトーの倉庫街にてメイ石を狙った強盗事件が多発しています。」

「メイ石を?」

「はい。幸いな事にメイ石は取られていません。ですが捕らえた犯人は金で雇われた者ばかりで全容は明らかになっていません」

「素性を明かさない者からのメイ石の窃盗依頼を受けたのか?」

 銃の密輸程ではないとはいえ、メイ石の窃盗も重い罪になる。

 「前金が多額な上に、盗む物がメイ石だと言うのは直前まで知られていなかったと犯人たちは言っていました。仕事の全容が分かった頃には、弱みを握られ断る事が出来なかったとも」

 強奪を依頼されたと言う事は雇われた側も元々後ろ暗い者達だろう。その素性が周りに知らされたらまずかったようだ。

 「それに加えて、トリトーでは同時期から原因不明のギア暴走が多発しています。街灯の破裂、組み上げポンプの水が逆流など共通点は無く合計で10件以上出ています」

「トリトー支部はなんと?来週のサーデル国との調印式で特使の船をトリトーが出迎えるはずでは」

「支部は単なる整備不十分だと考えて盗難事件を優先して調査に本腰は入れてはいません」

 呑気なものだとゲズルは呆れてしまう。ギアは高価なので殆どが公共機関か金のある組合にしか供給していないが、大きな都市のインフラには欠かせない代物なので大事故に繋がる可能性がある。

 「トリトーで起きている事件、更には先の強奪事件。これらの事件の関係性はまだわかっていないが、トリトーを中心に何かが起きようとしているのは確かだ。そこで君には身分と名前を隠し手配した組合に入団してトリトーに住みながら事件の調査をしてもらいたい。」

 そう言うとガイナスは引き出しから掌に乗る程度の手帳を取り出しゲズルに手渡す。それは身分証だ。ゲズルと同じ場所だが名前は『ラシヌ・レト』と書かれている。

 「それが君の表向きの名だ。上からは『不明な所が多い事件の調査の為に偽の身分証を発行するなど』と文句は言われたがな」

 苦笑をするガイナスと渡された身分証を交互に見た。

 「ですが表向きの異動先であるマーセルにいないのを不審がられるのではないのでしょうか?」

 「マーセル支部の者達には口裏を合わせておいておくから安心したまえ。それに調査を終えた後は正式にマーセル支部に配属してもらうからもしバレたても『マーセル支部長からの指示で来た』と言う事にしておくように手配はしておこう」

 ガイナスの言葉にゲズルは暫し目を伏せる。

 「以上が君の任務の概要だ。詳細は追って知らせるが異論はないか?」

 ガイナスからそう問われゲズルは真っ直ぐにガイナスを見る。

 「いえ、ありません」


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