第8話:連環する五つの環(アルカナ)

第8話:連環する五つの環(アルカナ)


インシデントの嵐が去り、サトコの髪は雪のように白くなった。だが、その瞳に宿る「紺青」の輝きは、以前にも増して鋭く、澄み渡っている。


D.N.Oの本拠地、最上階の作戦指令室。 そこには、潮風を纏ったレン、数式と格闘するタクミ、そして静かに発光するアニマが集結していた。窓の外には、かつて死んでいたはずの港町が、サトコの魔法陣によって再起動し、脈動する血管のように明滅している。


「……準備はいい? みんな。これまで私たちが撒いてきた種を、一つの大きな『森』にする時が来たわ」


サトコは、白い髪を無造作に束ね、空中へと指を走らせた。 彼女の眼前に浮かび上がったのは、五つの巨大な紋章――『アルカナ』だった。


「流通の『モバ・レッジ』、遊戯の『アニマ・ゲート』、スポーツの『スター・ガーディアンズ』、医療の『ライフ・コネクト』、そして……自動巡回の『オート・アイ』」


サトコが空中に円を描くと、五つの紋章が円環を描いて回り始めた。


「ナンバさん、理論上は理解できます。でも、これらを接続(リンク)するなんて、神話の時代の術式ですよ」 タクミが汗を拭いながら、震える手でキーボードを叩く。 「『ライフ・コネクト』で検出されたユーザーの『ストレス』という負の魔力を、『遊戯』の燃料に変換し、そこで生まれた『熱狂』を『スポーツ』のスタジアムへ。さらに、そこでの『敗北の悔しさ』を『流通』の出品意欲(エネルギー)へ繋ぐ……。エネルギーの永久機関じゃないか!」


「その通りよ。無駄な感情なんて、この世には一つもないの」


サトコの声には、確信に満ちた熱量があった。 「オラクル・レギオンは、負の感情を『バグ』として切り捨て、排除することで秩序を守ろうとした。でも、私は違う。怒りも、悲しみも、後悔も……すべては循環させるための大切な『燃料』なのよ」


「――接続(コネクト)、開始します」 アニマの声が、荘厳な鐘の音のように響いた。 「五つの領域、すべて同期。サトコ、あなたの心臓をハブ(中継地点)にします。耐えられますか?」


「……愚問ね。私が誰だと思っているの?」


サトコが五つのアルカナの中央に両手を突き入れた。 瞬間、五感を焼き切るような「情報の奔流」が彼女を襲った。


「――っ、く……ああぁぁぁ!」


サトコの視界に、何百万もの人々の人生が流れ込んでくる。 スラムで古びた時計を売る少年の指の震え。スタジアムで叫ぶ男の喉の渇き。病床で回復を願う老婆の祈り。アニマの計算機の中で踊る無数の電子の瞬き。 それらすべてが、味、匂い、音、熱となってサトコの神経を駆け抜ける。


「ナンバさん!!」 駆け寄ろうとするタクミを、レンが制した。 「邪魔をするな! 今、彼女は世界と一つになっているんだ!」


レンの鼻腔を突いたのは、焦げ付くようなエーテルの匂い。しかしその奥に、春の草木が芽吹くような、生命の爆発的な香りが混じっていた。


「見なさい、タクミ。……世界が、繋がっていくわ」


サトコの叫びと共に、都市の夜景が一変した。 スタジアムから放たれた余剰魔力が、空中の回廊を通って、静まり返った病院の『ライフ・コネクト』端末へと吸い込まれていく。 ユーザーがゲームで敗北して感じた「悔しさ」という黒い魔力が、サトコの連環魔法陣を通過した瞬間、洗浄され、紺青の「創造の力」へと変換されて『モバ・レッジ』の出品物を光らせる。


「……信じられない。エネルギー効率が、計測不能な領域へ突入しました」 アニマの核が、歓喜に震えるように美しく虹色に輝く。 「ある分野で出た『負』が、別の場所で『正』として芽吹く。……サトコ。あなたは、死せる都市を一つの『生き物』に作り変えてしまったのですね」


窓の外、街全体を巨大な紺青の円環が包み込んでいた。 それは、かつてサトコが地下室で描いた、あの稚拙なチョークの円の完成形だった。


「これが、私の答えよ。ヴァルガス」


サトコは、魔力の奔流の中で、遠く「白銀の塔」に立つ宿敵へ向けて言い放った。 「あなたは支配し、私は生かす。あなたの世界はいつか枯渇するけれど、私の世界は、人々の感情が続く限り、永遠に回り続ける!」


サトコの指先から放たれた最後の一閃が、五つのアルカナを完全に固定した。 世界初の永劫循環型システム『アルカナ・リンク』の完成。


「……ふぅ。……タクミ、コーヒーを淹れてくれる? 少し、喉が乾いちゃった」


サトコは、汗で張り付いた白い髪をかき上げ、その場に座り込んだ。 彼女の体温は限界を超え、全身から蒸気が立ち上っている。だが、その顔には、最高に面白い遊びをやり遂げた子供のような、無垢な満足感があった。


「ナンバさん、コーヒーどころじゃないですよ。……見てください、外を」


タクミに促され、サトコは窓の外を見た。 そこには、D.N.Oのロゴを掲げた「自動巡回(オート・アイ)」の小型魔導機たちが、まるで蛍のように街中を飛び交い、傷ついた回廊を修復し、助けを求める人々の元へ必要な物資と魔力を運んでいた。


支配されるのではなく、支え合うシステム。 誰かの悲しみが、巡り巡って誰かの笑顔の種になる、美しい連環。


「……いい匂いね。街が、呼吸している匂いだわ」


サトコは、タクミが差し出した安物の紙コップのコーヒーを、愛おしそうに啜った。 苦くて、温かくて、少しだけ泥臭い。 それは、彼女がかつて白銀の塔で飲んでいた最高級の豆よりも、はるかに芳醇で、生命の味がした。


「さあ、ヴァルガス。……次はあなたの番よ。……あなたの『正解』で、この熱狂を止めてごらんなさい」


紺青の夜明けが、都市の地平線を染め始める。 サトコ・ナンバの描いた魔法陣は、今や都市そのものを包み込む、希望のゆりかごとなっていた。 不屈の魔女の反撃は、ここから最終章へと突入する。


第8話 完


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