第5話:人たらしの召喚術(ハント)
第5話:人たらしの召喚術(ハント)
深夜の港町。スタジアムの喧騒が嘘のように静まり返った『D.N.O』の仮拠点に、不吉な「鉄の匂い」が立ち込めた。
サトコ・ナンバは、執務室の机で古い魔導書をめくっていた。背後に漂う、殺気。それは、熟練した暗殺者が放つ、剃刀のように鋭く冷たいエーテルの揺らぎだった。
「――殺しに来たのなら、少し遅かったわね。コーヒーが冷めてしまったわ」
サトコは顔を上げず、紺青の液体が揺れるカップを指差した。 背後の闇から、一人の若者が姿を現す。かつてオラクル・レギオンの暗殺部隊に所属し、先日のスタジアムで牙を剥いた格闘魔導士、レンだった。
「……黙れ。貴様のその余裕が癪に障る」 レンの右腕には、禍々しい紅い魔力が渦巻いている。 「貴様はレギオンの秩序を乱した。俺の任務は、その紺青の瞳を永遠に閉じさせることだ」
レンが地を蹴った。一瞬で距離を詰め、紅い雷を帯びた拳がサトコの眉間を狙う。 だが、サトコは動かなかった。ただ、ゆっくりと顔を上げ、その**「紺青の魔眼」**を全開にした。
「――っ!?」 レンの拳が、サトコの数センチ手前で凍りついたように止まった。 暴力的な力で制止されたのではない。サトコの瞳に見つめられた瞬間、レンは自分の魂が、底知れないほど深い、温かな海に投げ込まれたような錯覚に陥ったのだ。
「レン。あなたの拳は泣いているわ」
サトコの声が、脳内に直接響く。 「組織の駒として、汚れ仕事を請け負い、自分自身の才能を『破壊』のためだけに切り売りしてきた。……あなたの魂の奥底で、本当は何を望んでいるのか。私には見えるわよ」
「……何を知ったようなことを!」 レンは強引に腕を引き抜き、再び間合いを取った。だが、その呼吸は乱れ、肩が激しく上下している。 「俺は、力こそがすべてだと教わった。勝てば居場所があり、負ければゴミとして捨てられる。それがこの世界の理だ!」
「それは、誰かが勝手に決めたルール。……私のルールは違うわ」
サトコは立ち上がり、ゆっくりとレンに近づいた。彼女からは、白銀の塔の冷たさも、支配者の傲慢さも感じられない。あるのは、焼きたてのパンのような、あるいは陽だまりのような、ひどく懐かしい生命の匂いだけだ。
「レン、私と一緒に、世界を『面白く』しない? 破壊ではなく、誰かの魂を震わせるための力を、私は求めているの」
「笑わせるな……俺のような人殺しに、何ができる」
「人殺し? 私に見えるのは、誰よりも不器用で、誰よりも純粋な『守護者』の魂よ」
サトコの紺青の瞳が、レンの胸の奥に眠る「情熱の種」に火を灯した。 それは、屈服させるための呪いではない。相手の潜在能力と、サトコの意志が「共鳴」した瞬間に生まれる、一生消えない情熱の火花だった。
レンの脳裏に、スタジアムで浴びたあの喝采が、人々の歓喜の熱が、鮮烈に蘇る。 「……あの時……俺は初めて、自分が生きていていいんだって、そう思った……」
「その熱を、本物にしましょう。私には、あなたの力が必要なの。レギオンを倒すためじゃない。誰もが自分の才能に誇りを持てる、新しい世界を創るために」
サトコは、レンの荒れた拳を、優しく両手で包み込んだ。 「来てくれるわね、レン」
レンの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。 紅い呪いの魔力は霧散し、代わりに彼の全身から、澄み渡るような青いオーラが立ち上る。 「……負けだ。あんたには、勝てそうにない」
レンはその場に膝をつき、サトコに忠誠を誓った。 「……レンだ。これからは、あんたの盾になる」
その夜、サトコが「ハント」したのは、レンだけではなかった。 組織の派閥争いに敗れ、酒に溺れていた元・財務魔導士。 あまりに強大な魔力を持ちすぎて、狂人扱いされていた孤独な少女。 サトコは街の隅々に足を運び、彼らの魂の「傷」を「個性」へと書き換えていった。
「ナンバさん……本当に、とんでもない面々を集めましたね」 翌朝、仮拠点に集まった「異能者たち」を見て、タクミが呆れ顔で呟いた。 そこには、かつて敵対していた者や、社会から爪弾きにされた者たちが、まるで旧知の仲のように肩を並べていた。
「いいじゃない、タクミ。正解ばかりの人間が集まっても、退屈な未来しか作れないわ」
サトコは、窓から差し込む紺青の夜明けを眺めた。 彼女の背後には、かつてないほど強固な、そして多様な「熱」が渦巻いている。
「私の魔法は、人を変える魔法じゃない。その人が『その人であること』を全うさせる魔法よ。……さあ、みんな。世界をひっくり返す準備はいい?」
サトコの呼びかけに、集まった異能者たちが、それぞれの色で応えた。 それは、統制された軍隊のそれよりも、はるかに恐ろしく、そして美しい共鳴音だった。
鼻腔には、新しい仲間たちが持ち寄った、潮風と、古い紙と、そして燃えるような闘志の匂い。 サトコ・ナンバの「人たらし」という名の最強の術式が、ついに電脳都市に、もう一つの「太陽」を作り上げようとしていた。
「オラクル・レギオンに、教えてあげましょう。本当の才能は、支配されるものではなく、解き放たれるものだってね」
不屈の魔女の元に、最強の「碧き獅子」たちが集結した。 物語はここから、一気に加速していく。
第5話 完
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