幽霊屋敷攻防戦

野生のイエネコ

第1話

「よっしゃ、今日でゴールデンウィークも終わりだー!」


 今日も一日乗り切るぞっと気合を入れ、私は職場に向かう。


 遊園地の隅に佇むお化け屋敷。そのキャストとして働く私は、こういう大型連休こそ忙しい。


 ふよふよと宙を漂い、壁をすり抜けて控え室に入る。


 地獄に行き損ねた私は、地獄のゴールデンウィークを過ごしていた。


「お、ミンちゃんおっはー」


 プラプラと首から縄をぶら下げ、過労自殺さんがくるんと宙返りした。

 その後ろから、ランドセルを背負った事故死ちゃんが顔を出す。


 そう、私達はお化け屋敷で働く幽霊なのだ。


 私達は、生前の記憶がぼんやりとしかない。その上、死んだ者にとって名前はデリケートな個人情報でもあるから、互いに死因や見た目の特徴で呼び合っていた。


 ちなみに、ミンと呼ばれている私の正式名称は「下半身ミンチ」だ。


 私も事故死だったので、先に働いていた事故死ちゃんとの差別化を測った結果こうなった。


「おはようございますミンさん。今日も頑張って乗り切りましょうね」


 事故死ちゃんは青白い顔に輝くような笑顔を浮かべて、ガッツポーズしてみせた。


 ゴールデンウィーク最終日ということで、昨日や一昨日と比べれば大した客数にはならないはずだけど、それでも忙しくなるだろう。

 私達はそれぞれ準備を整え、配置に着く。


 このお化け屋敷内は、普通の人間でも幽霊を視認できるようになる結界が張ってあるのだ。

 お陰様で、「本物と見紛うばかりの怖さ」と人気のアトラクションなのである。


 今日もセットされた物陰に隠れ、次々と客を捌いていく。


 大型連休をくぐり抜けてきた今の私には、この程度の忙しさなんのことはない。さあ、どこからでもかかって来い。と、自信満々でいたところに、過労自殺さんが血相を変えて飛んできた。


「で、出た!」

「どうしたんですか? お化けでも見たような顔して」

「坊さんだ。隣県のB遊園地で出たって噂の幽霊絶対成仏させるマンが出た!」

「なんですって!?」


 先月の幽霊会合で噂になっていた男が、とうとうここにもやって来たらしい。


「とにかく、久司さんを呼ばないと」


 結界を張ってくれている久司さんなら、何かあっても対応できる可能性が高い。今日彼は退魔師としての依頼があるので、午後からの出勤になっているはずだ。

 それまでの約三十分、私達だけで乗り切らなくてはいけない。


 そこへ、甲高い悲鳴が上がる。事故死ちゃんの声だ。


 私と過労自殺さんは顔を見合わせ、全速力で飛びだした。


「やめてください! 死んじゃいますぅ」


 次々と掌から光線を打ち出す太ったお坊さんから、事故死ちゃんが必死で逃げ回っている。


「お前はもう死んでいるんだ。そのことを認めなさい!」


 お坊さん……いや、ハゲでいいや。ハゲは説教くさいことを言いながら、攻撃をやめない。


「事故死ちゃん!」

「ミンさん! 助けてくださいぃ!」


 慌てて割って入ると、半泣きの事故死ちゃんが飛びついてくる。


 パニックに陥っている事故死ちゃんを宥めながら、男からの攻撃が当たらないように物陰に隠れた。


 どうやら遮蔽物さえあればそれなりに攻撃を防げるらしい。

 けれど、逃げようにも結界の副作用で、壁のすり抜けが出来ないのがネックになっている。


 通路に設置されているオブジェを駆使して、何とか攻撃を凌ぐ。


「出てきなさい、悪霊どもめ!」

「悪霊じゃないし!」


 失礼な言い草に怒って声を上げると、居場所がバレたのか攻撃が飛んでくる。


「ミンちゃん、事故死ちゃん、とにかく逃げよう、スタッフを呼んでつまみ出してもらうしかない」


 そう、私達に物理的攻撃手段は無いのだ。


 展示されているガイコツやゾンビ、煙を発生する装置などに身を隠しつつ、奥へ奥へと飛んでいく。


「どこかなぁ? そこかなぁ? 出ておいでェ」


 下手な幽霊よりよっぽどホラーな言動をしているハゲに殺意が湧くが、私は悪霊ではないので祟り殺すことなどできはしない。


 ようやく控え室のドアをすり抜けると、そこでは老衰の翁がゆったりと休憩をとっていた。


「どうしたんだい? そんなに慌てて」


 その疑問に答えるように、鍵の閉まったドアノブがガチャガチャと鳴った。

 ドンドン、ドンドンと、激しくドアが叩かれる。


「そんな所に逃げたって無駄だよぉー。僕が成仏させてあげるからねェ」


 老衰の翁は、その騒がしい様子に眉を顰めた。


「幽霊を祓って回っている例の男がカチコミかけてきたんですよ!」

「ああ、噂の坊さんかい。まったく、最近は物騒だねえ。びっくりして寿命が縮むかと思ったよ」

「あのカチコミハゲ、どうします?」


 安全地帯に逃げた結果、恐怖が消えた私は、すっかりヤル気になっていた。

 まったく、可愛い可愛い事故死ちゃんを怯えさせて、けしからん奴だ。成敗してくれる。

 そう私が息巻いていると、背後から、キィ……とドアの開く音が聞こえた。


「ヒライタァ……」


 ドアの隙間から、変態カチコミハゲがニタリと笑いながら顔を出した。


「ギャー!」


 悲鳴を上げて天井まで飛び上がった私を、男が嘲笑する。


「くくっ、今にも死にそうな顔じゃないかぁ。怖がりな幽霊ちゃん」

「このっ、あんたなんか、すぐにスタッフが来てつまみ出してくれるんだから!」


 無理にでも虚勢を張る。

 過労自殺さんが事故死ちゃんを連れて物陰に飛んでいくのを、視界の端で確認しながら、何とか時間稼ぎを図る。


「ふふ、助けは来ないよ。何せスタッフには幻惑の術を施してあるからねぇ」

「なんですって!?」


 物理的な攻撃手段を持たない私達にとって、これは痛い。

 生きた人間相手にも幻惑の術が使えるならば、それに対抗できそうなのは退魔師の久司さんだけだ。


 ——彼が来るまでは、まだあと二十分はある。


「下半身ミンチさん。ここは儂がなんとかしよう」


 ミンチさんは逃げるんだ。そう言って私の前に浮かぶ老衰の翁。


 そこへ、一際鋭く強い光線が、カチコミハゲから放たれる。


「翁!」


 私は悲鳴を上げて、思わず目を瞑る。


 静かになった周囲に恐る恐る目を開けると——。


 老衰の翁は優雅な笑みを浮かべて、カチコミハゲから飛んで来た光線を、素手で受け止めていた。


 シュウシュウと、彼の萎びた手の先から煙が上がっている。


「なん、だと!?」

「ふふふ、儂も伊達に長生きしたわけではない。呪法の心得くらいはあるのだよ。さぁ、今度はこっちの番だ」


 老衰の翁は黒い瘴気を身に纏い、それを鎌のように変形させて振りかざす。


「くっ、それならば!」

 

 悔しげに顔を歪め、首筋のたるんだ肉をプルプル震わせたメタボリックカチコミハゲは、手のひらから蛇のようにうねる光の縄を出し、それを物陰へ飛ばした。


「きゃああ!」


 縄に囚われ締め上げられた事故死ちゃんが、苦しげに呻く。


「こいつがどうなってもいいのか! その鎌を消せ!」


 人質を取られ、翁は手出しができない。


「やめっ、ひぐっ……、たすけて! ままぁ!」


 ——事故死ちゃんが、泣いている。


 小学生で命を落としても、いつも明るく一生懸命に働いていたあの事故死ちゃんが、泣いている。

 お母さんに会えなくても、寂しさひとつ見せなかった事故死ちゃんが、ママ助けてと、泣いている。


 ——私の視界は、真っ赤に染まった。


「ふざけるなあああ!」


 感情に任せて殴りかかるも、当たり前のようにすり抜けてしまう。

 隙だらけになった所に、卑劣カチコミハゲが光弾を放ってくる。


「ミンちゃん、危ない!」


 私を庇って前に出た過労自殺さんの足が吹き飛ぶ。

 霧散した霊体を物ともせずに、過労自殺さんは囚われた事故死ちゃんを助け出そうと光の縄に触れた。そこから更なる煙が上がる。


「過労自殺くん、それ以上は危険だ!」


 老衰の翁が止めるけれど、過労自殺さんは聞き入れない。


「僕は自殺して幽霊になってから、これからは能天気に無責任に過ごすんだと決めていた。だけどね……泣いている女の子一人助けられなかったら、男が廃るってもんだろ!」


 どんどん、どんどん過労自殺さんの体が薄くなっていく。


 私と老衰の翁も、事故死ちゃんを捉える縄に飛びついた。痛みはないけれど、激しい恐怖が魂を支配する。


 消える。

 私がどんどん、流出していく。


 薄れゆく意識の中で、同じように縄に向かっている翁に声をかけた。


「老衰の翁、どうか事故死ちゃんを……おねが、い」


 もう限界だ……そう思った刹那——。




「覇ァ!」


 待ちわびたその男が、現れた。


「久司さん!」

「特に寺生まれでも何でもない久司さん!」

「だからといって神社生まれでもない久司さん!」

「オカルトオタクを拗らせて気づいたら退魔師になっていた、中流サラリーマン家庭出身の天才中二病久司さん!」


 救世主の出現に、血の気のない顔を輝かせる私達を見て、彼は紫煙をふっと吐き出した。


「オメェら、もっぺん死ぬか?」


 ったく一体何の騒ぎだよ、とボヤきながら、久司さんは床に転がっているカチコミハゲを足でつついた。

 どうやら、久司さんの覇気に当てられて倒れたらしい。


「あん? おい、古田じゃねぇか。何してんだよこんなところで」

「ん……え!? 久司!?」


 起き上がったカチコミハゲ、もとい古田とやらが、目を見開く。


「久司さん、こいつと知り合いなんですか?」

「ん、元オカルト研究会のメンバー。おい古田、お前マジで何しに来たんだよ」


 眼光鋭く睨みつける久司さんに、古田はびくりと首を竦めた。


「や、幽霊を祓おうかと……」

「ほーお? ウチのもんに手ェ出したってワケか」

「や、別に悪気があったわけじゃ……」


 厳しく責められ、古田はぼそぼそと言い訳をする。


「コイツらが悪霊じゃないことくらいはわかるよな? 何で手ェ出した?」


 それでも追求を緩めない久司さんに、古田は観念したように白状した。


「なんか……退魔師とか、ラノベの主人公っぽいことがしたくて……」

「オウ表出ろや」


 ふざけた言い分に完全にプッツンとしてしまったらしい久司さんは、古田を連れて部屋を出ていった。


 さっきまで怒り心頭だったはずの私達は、久司さん元ヤンの本気に触れて、すっかり冷静になっていた。


 部屋はしんと静まり返っている。けれど、何も言わずとも私達の心情は一致していた。


 ——寺生まれじゃないけれど、中流サラリーマン家庭生まれってスゴイ。私達は改めてそう思った。

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