第4話 影魔
高層ビルが空中から落下する。
重力に引かれ、凄まじい速度で人影へと迫っていく。
しかし――人影へと衝突する寸前、黒い闇が爆発的に広がった。
闇は球体となって人影を覆い尽くし、落下してきた高層ビルを受け止める。
轟音。ビルが闇にぶつかり、コンクリートの粉塵を撒き散らして砕け散った。
「防がれた、か……」
舌打ちする。
闇が晴れ、その中から人影がゆっくりと降下してくる。
街灯の薄明かりに照らされ、その姿が明らかになった。
「まさか……」
黒いローブを纏った人影。フードの下から覗く、蒼白い肌。
そして、頭部から生えた二本の黒い角。
「魔族……!」
驚愕のあまり、思わず声が漏れた。
魔族――異世界において、魔王の配下として散々に暴れ回っていた存在。
三年間、俺たちが命を賭して戦い続けた宿敵だ。
「随分と派手なことをしてくれたものだな、人間。街一つを焼き払うとは……野蛮なことだ」
「魔族が、なんで地球に……」
人間でいうところの壮年くらいの外見。
見覚えのある容貌だった――なぜなら、異世界で確かに倒したはずの魔族だったからだ。
個体名は――
名前の通り、影を操る能力を持つ魔族。
そして、異世界で確かに倒したはずの相手だった。
こちらが覚えていたように、あちらも俺の存在を覚えていたのか。
俺を見て、影魔は目を見開き、次いで凶悪な形相を浮かべた。
「――まさか貴様、勇者か?」
「だとしたらどうする? 魔王は倒された。お前が何度復活しようと、俺の敵じゃない」
「魔王様が倒されただと? く、くく……」
響き渡るような哄笑。
影魔の周囲に、黒い影が渦巻き始める。
「愚かな勇者め! 魔王様や我々はこの世界で再誕したのだ!」
(……再誕?)
どうやら口ぶりからして、あの魔王すらも復活しているらしい。
それも地球で、だ。
発言がブラフの可能性もあるが――目の前の
魔王も復活していると想定しておくべきだろう。
「なら――もう一度倒すまでだ」
「舐めるなよ人間風情が!」
影魔が周囲の影を集束させていく。
夜は相手にとって非常に有利な環境だ。なにせ、至る所に影がある。
周囲を見渡す。使えそうな物体を探す。
燃え盛る建物、圧し折れた電柱、倒壊した家屋。武器には事欠かない。
「忌々しい勇者め! 今度こそ貴様を殺し、その死体を貪り喰らってやろう!」
瞬間、周囲の影という影が蠢き始めた。
建物の影、瓦礫の影。あらゆる影が立ち上がり、無数の武器を形成する。
「ちっ……」
影の怪物が一斉に襲いかかってくる。
アイテムボックスを発動。周囲に転がる瓦礫を格納し、飛来する影の武器に向けて連続で射出した。
瓦礫が弾丸のように発射され、影の武器を打ち砕く。
だが、影は砕いたところですぐに再生し始めた。
砕かれた武器の破片が集まり、続々と化け物の姿を形成、こちらを圧殺するように全方位から迫り来る。
「ふはははッ、聖女がいなければこの程度か、勇者!」
「ああ、そういえば前に戦ったときは
「黙れッ!」
相手から冷静さを奪うように煽る。
とはいえ、こうして一対一で戦うと、その能力の厄介さが分かる。
汎用性に長けており、攻守共に優秀な能力だ――だが、俺の敵ではない。
アイテムボックスから無数の物体を投擲して影の怪物を処理しつつ、離れた位置の影魔の頭上から燃え盛る家屋を落とす。
燃え盛る炎が周囲を照らし、影魔が纏っている影の衣を取り払っていく。
そのまま家屋が影魔に着弾する――が、影魔の足元から湧き出した影が盾を形成、爆発と共に家屋が粉々に吹き飛んだ。
「しぶといな……これでどうだ」
再度、異空間から炎に包まれた重量物をいくつか
炎が放つ光によって影魔を覆う影の衣が揺らぐ。
「同じ手を繰り返そうと通用するものかッ!」
だが同時に、光によって発生した影が凄まじい勢いで膨張した。
影魔の足元で影が集束し、巨大な腕を形成、上空から降り注ぐ物体をすべて薙ぎ払う。
しかし、その瞬間。
影の大部分が落下物の迎撃に充てられ、影魔自体の防御は薄くなっていた。
今が好機だ。
即座に判断し、アイテムボックスを開いた。
――影魔の背後、奴の死角に。
「【
回転ノコギリが唸り声を上げ、炎を撒き散らす。
アイテムボックスから飛び出した美羽さんが、回転ノコギリを上段から振り下ろした。
膨大な焔が
影魔が驚愕に目を見開き、その口から大量の血が溢れ出す。
「き、貴様……ッ!?」
「死になさい」
両断された
断末魔の絶叫を上げ、影魔が燃え尽きた。
「やりましたね! 湊さん!」
「ああ、美羽さんのおかげだよ」
笑顔を浮かべて駆け寄ってきた美羽さんが、俺の手を握り、ぶんぶんと振り回し始める。
降り注ぐ瓦礫をすべてアイテムボックスに格納しながら、俺は応じた。
――
アイテムボックスには、生物を格納できないという制限がある。
――あくまで、原則としては。
これはある種の裏技だ。
異世界でノアと協力して行った検証では、収納する対象の同意があれば、生物も格納できることがわかっていた。
それを利用すれば、こうしてテレポートじみた奇襲を行うことができる。
異世界でも仲間と協力して実行し、ある程度の戦績を上げた作戦だ。
美羽さんが初対面の相手の能力に身を任せてくれるかは懸念点だったが、作戦を聞くや否や、「それなら確実です」と即座に了承したのだった。
* * * * *
街の炎が立ち消え、徐々に静寂が戻る。
夜明けが近い。空が白み始めている。
「長い夜だったな……」
「お疲れ様でした、湊さん」
美羽さんが口を開く。
夜通し戦っていたからか、かなり疲れている様子だ。
彼女は僅かに迷った様子で言葉を続けた。
「あの……これから、どうするんですか?」
「どうするって言われてもなあ……」
地球に戻ったら、戦いとは縁のない平和な日常を送りたい。
異世界での最後に、ノアとそんな話をした。
だが――魔王の存在。
彼女がこの地球で復活しているというのであれば、俺はそれを無視できない。
勇者としての戦いの中で、良い思い出も悪い思い出もたくさんあった。
それでも最後に笑って終われたのは、魔王を倒すことができたからだ。
魔王が生き残っているというのであれば、しかし話は変わる。
――戦いの中で死んでいった賢者や剣聖といった仲間のためにも、魔王を放置するつもりはない。
考え込んでいる俺に対して、美羽さんは言った。
「もし良かったら……七星学園に来ませんか?」
美羽さんが真剣な表情でこちらを見る。
興奮しているのか、紅い瞳が爛々と輝いていた。
「七星学園……異能者が集まる学園、か。こういう危機に対応してるんだよな」
「ええ――ですが、それだけではありません」
美羽さんは一歩、踏み込んだ。
「世界は滅びの危機に瀕しています――私たち七星学園は、世界の滅亡を防ぐために活動しています」
「――――」
予想だにしない言葉に絶句する。
その言葉が決して冗談ではないということが、その真剣な面持ちからは十分に伝わった。
「世界の滅び……?」
「はい。そのためにも学園は必ず、あなたの力を必要とするでしょう」
美羽さんの言葉を受けて、考える。
世界の滅びという話を抜きにしても、行く当てもない俺にとって決して悪い提案ではなかった。
そこならば、魔王や魔族についての情報も手に入るかもしれない。
「分かった。世話になるよ」
「本当ですか!?」
美羽さんの表情が、ぱっと明るくなった。
「湊さんが協力してくれるなら、心強いです!」
―――――――――――
【あとがき】
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