第2話 月峰美羽

「【空間収納アイテムボックス】」


 異世界召喚時に得た能力――【空間収納アイテムボックス】。

 それは文字通り、物を格納し、自在に取り出す力だ。


 異空間にアクセスする。

 路地からなだれ込んできた怪物の群れへ、アイテムボックスから巨大な岩石を叩き落とす。

 轟音と共にアスファルトが砕け、前列だけでなく後方から迫っていた増援ごと、怪物たちは押し潰された。


 アイテムボックスの在庫は戦いにおける生命線だ。

 周囲に使える物がない状況でも戦えるよう、内部には数えきれないほどの重量物を詰め込んである。


「とりあえず、話を聞かせてくれるか?」

「は、はい……! では、私が拠点にしている場所に案内しますね。こっちです」


 増援はあっけなく片付いた。

 少女は驚愕の視線でこちらを見ていたものの、声を掛けると、すぐに気を取り直したように走り出す。


 怪物の数がこれで打ち止めだとは思えない。

 早急にこの場を離れるのは賛成だった。


 夜目が効くのか、少女は薄暗い裏路地を迷わず進んでいく。

 彼女の先導に従い、俺たちはその場を後にした。


 * * * * *


 先程の大通りから少し離れた位置に建てられていた、廃ビルの三階。

 少女が案内したのは、比較的まともな部屋だった。


 埃を被ったベッドに、破れたカーテン。

 パステルピンクの壁紙は所々剥がれ落ち、下からはくすんだ壁面が無惨に露出していた。

 ガラス張りのバスルームはタイルが割れ、壁のガラスにも罅が入っている。


 床にはシートが敷かれており、簡易的なランタンが置かれていた。

 食料や水のペットボトルも備蓄されていた。拠点にしているというのは嘘ではないらしい。


「とりあえず、ここなら安全です」


 少女がランタンに火を灯す。薄暗い部屋が、ぼんやりと照らされた。


「助かった。ありがとう」

「いえ……こちらこそ、助けてくださってありがとうございました」


 少女が深々と頭を下げる。

 改めて顔を見ると、本当に美しい少女だった。


「あの……まず、自己紹介をしましょうか」


 少女が口を開く。


「私は月峰美羽つきみねみう七星ななほし学園高等部の1年生です」

「七星学園……?」

「ええ――あの怪物みたいな異常事態への対処のため、になります」


、か……)


 黒い怪物――先ほど目にした光景を思い返す。

 あれも異能力によるものなのだろうか。


 それに、異能者が集められた学園ということは。

 目の前の少女もまた、何かしらの異能力を持っているのだろう。


 異世界には魔術と呼ばれる超常現象が存在していた――俺を呼び出した勇者召喚の魔術だってその一つだ。

 だけど、地球にも異能力なんてものがあるだなんて、全くの予想外だった。


(魔王討伐を果たして、ようやく平和な世界に帰れると思ってたんだけど……)


「そんな学園があるのか。知らなかったな」

「世間一般には異能者の存在は秘匿されていますし、七星学園もただの学園だと思われていますから。無理もありません」

「なるほど……」


 美羽さんの説明を受け、納得する。

 これまで俺が知らなかっただけで、というわけだ。


「今度はこっちが自己紹介する番か。俺は九条湊くじょうみなと。ええと……高校生、だったんだけど」


 しかしまあ、異世界に召喚されてからは失踪扱いになっているだろうし、5年の間に退学になっているだろうけど。

 俺を心配するような家族はいないのは不幸中の幸いだろうか。

 言葉を詰まらせた俺に、美羽さんが不思議そうに首を傾げる。


「だった……?」

「色々あって、しばらく日本を離れてたんだ」


 嘘ではない。異世界は確かに日本ではない。

 俺の言葉を受けて、美羽さんは納得したように頷いた。


「それよりも、さっきの怪物について教えてくれないか?」

「ええ。あの怪物は1週間ほど前から、この街に出現するようになりました。夜になると現れて、人々を襲っていたそうです」


 美羽さんが真剣な表情で語り始める。


「その対処が学園から美羽さんに任されたってこと?」

「はい。学園側に情報が届いたのがつい昨日のことで、本日、私が対処のために派遣されました」


 加えて、と真剣な表情で美羽さんが続ける。


「――学園側が得た情報によれば、この怪物は何者かに操られている可能性が高い、と」

「つまり、操っている者がいる……?」

「はい。実際に対峙して感じましたが、怪物たちは統率が取れています。誰かが裏で糸を引いているはずです……おそらく、私たちと同じように力を持つ者が」


 美羽さんはそこで少し口ごもった。


「湊さん」


 紅い瞳が真っ直ぐにこちらを見つめてくる。


「お願いがあります。あの怪物の元凶を――私と共に、打ち倒してくれませんか?」

「……」

「あなたは強い。さっき見せてくれた力があれば、きっと怪物を倒せます」


 彼女の紅い瞳が、希望の光を宿している。


 迷うことはなかった。

 平和な日々を過ごしたい――異世界で最後にそう言ったが、しかし。

 あんな怪物を野放しにしたままでは、平和な日々を過ごせやしない。


 何よりも、あの心優しい聖女ならば――ノアが居たとしたら、この状況を見過ごすはずがないのだから。


「分かった。俺でよければ協力するよ」

「本当ですか!?」


 美羽さんの表情が、ぱっと明るくなる。


「ありがとうございます、湊さん! とっても心強い――」


 言葉が途切れる。

 同時に、廃ビル全体が激しく揺れた。


 瞬時に美羽さんの顔つきが鋭いものに変わった。

 そっと立ち上がり、警戒した様子で窓から外を覗き込む。


「――来ましたね」


 俺も窓に近づき、外を覗いた。

 廃ビルの周囲を、無数の影の怪物が取り囲んでいた。


「すみません……拠点を特定されてしまったみたいです」

「数が多いな……」


 ざっと数えただけでも百体以上はいるだろう――統率が取れている。

 加えて、わざわざ俺たちをこうして執拗に追いかけてきているあたり、やはり何者かが糸を引いているのは間違いないように思われた。


「湊さん、戦えますか?」

「問題ないよ。それに、さっきの戦いで気付いたんだけど……あの怪物はおそらく、炎や光に弱い」

「炎に……!」


 爆発して燃え上がった車。

 その炎が放つ光を受けて、怪物は明らかに不定形な身体を縮小させていた。


「なら、私の異能力も役に立つかもしれません」

「美羽さんの異能力……?」

「ええ、見ててください」


 美羽さんは回転ノコギリを手に取り、スカートを翻すと、廃ビルの窓から躊躇なく飛び降りていく。

 慌てて後を追った。


 * * * * *


 地上に降り立った美羽さんを目掛けて、怪物たちが一斉に殺到する。

 だが、まったく動じる様子がない。

 迫り来る怪物を紅い瞳で睨み付け、細い腕でぎゅっと回転ノコギリを握り締めた。


「燃やし尽くせ――」


 回転ノコギリが高く掲げられる。

 月の光を浴びた車輪がカタカタと動き始め――見る間に回転数を上げ、激しく回転を始めた。

 

 そして――刃が、赤く輝きを放つ。


「――【廻炎剣ムーン】」


 回転ノコギリが炎を纏う。

 油を注いだように、炎が爆発的に膨張した。


 高速回転する刃が、周囲に炎を撒き散らす。

 その光景は回転ノコギリというより、もはや火炎放射器そのものだった。


「すごいな……」


 美羽さんが武器を振り下ろし、薙ぎ払う。

 炎の軌跡が夜闇を切り裂き、怪物たちを焼き尽くしていく。


 黒い怪物が、炎に触れた瞬間に消滅していった。

 炎――それに伴い発生する光が、明らかに怪物を弱らせているのが見て取れる。


「やった……効いてます!」


 美羽さんの声に喜びが滲む。

 だが、怪物の数は減らない。次から次へと現れてくる。

 そして――炎は廃ビルにも燃え移っていた。


「ビルが燃えてる!」

「……仕方ありません! このまま焼き払います!」


 美羽さんが連続して武器を振るう。

 木造部分が燃え上がり、黒煙が立ち上る。炎が廃ビル全体を包み込んだ。


「湊さん、離れますよ!」

「わかった!」


 背後で、ビルが轟音と共に崩れ落ちる。怪物たちが炎に呑まれて消滅していく。

 俺たちは怪物たちの合間を縫うように走り、炎上する廃ビルから距離を取った。


 だが、それでも敵の追撃は止まらない。

 裏路地から続々と、怪物の増援が現れたのだった。

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