異世界帰りの勇者は再び英雄となる ~バッドエンド直前の世界に帰還したけど、努力して滅びの未来を回避する~
浮島悠里
第1話 異世界からの帰還
魔王城の最奥部。
玉座の間に、ついに静寂が訪れる。
力を使い果たした俺は、石造りの床に仰向けに倒れこんだ。
全身の筋肉が悲鳴を上げている。指先一本動かすことさえ困難だった。
それでも――魔王を、確かに討ち倒したのだ。
「ついに、やったのか……!」
「ええ……終わりましたね、
視界の端で、同じように床に倒れ込んでいる少女――聖女ノアが、か細い声で答えた。
美しい銀髪が無造作に床に広がっている。
エルフ特有の人ならざる美しさを持つ容貌も、今は疲労に曇っていた。
聖女ノアは、魔王討伐の旅を最後まで共にした唯一の仲間だった。
召喚されたあの日から5年間、俺――九条湊はこの異世界で戦い抜いた。
最初は右も左も分からず、剣の持ち方さえ知らなかった。
そんな普通の高校生だった俺が、今では勇者と謳われる存在までに至れたのは、彼女がいたからだ。
「ノア、君と出会えて……本当に良かった」
「私もです。湊様と共に戦えたこと、誇りに思います」
ノアの声が震えている。
長い旅の道中、彼女には幾度となく助けられた。
ノアと共に旅をしていなかったら、俺は途中で折れていたかもしれない。
その時だった。
俺の体が、眩い光に包まれ始めた。
視界が白に染まる。周囲の様子が見えなくなるほどの輝き。
莫大なエネルギーが光となって俺の周囲に集まっていた。
「これは……」
「転移魔術……! 帰還の条件が整ったんですよ!」
魔王討伐という使命を果たした勇者は、元の世界へ帰還する。
それは魔術的な契約であり、拒否することはできない。
俺を召喚した王国の魔術師はそう言っていた。
その言葉を、意識の端で思い出す。
「これでこの世界ともお別れか……」
魔王の脅威によって荒んだ世界。
正直あまり良い思い出ばかりではないが……終わりよければすべて良し。
こうして二人とも生き残ったまま魔王を倒せただけ、上出来だろう。
「湊様は、元の世界に戻ったら何がしたいですか?」
「そうだな……異世界で一生分戦ったんだから、平和に学生生活を送りたいな」
投げかけられた質問にそう答える。
思えば、高校入学直後に召喚されたせいで、せっかくの受験勉強も台無しになってしまった。
元の世界に戻ったら、戦いとは無縁な平和な日々を送りたいものである。
溢れる光がどんどんとその光量を増していく。
転移の瞬間が近付いてくるのを肌で感じた。
「湊様。一緒に旅を出来て、楽しかったです」
光が爆発する。
同時に、ふわりと身体が浮かび上がるような感覚。
忘れもしない。これは、転移の感覚だった。
「ああ、湊様……必ず、また逢いに――」
最後に、そんな声が聞こえた気がした。
* * * * *
足場を失う感覚と共に、世界が裏返る。
次の瞬間、俺の体は宙に放り出されていた。
背中から、硬い地面に叩きつけられる。
全身に鈍い痛みが走り、思わず呻いた。
「痛っ……」
ゆっくりと体を起こす。周囲を見回して、深く息を吐いた。
アスファルトの道路、鉄筋コンクリートの建物、電柱と電線。
5年ぶりに見る、見慣れたはずの光景。
だが――知らない場所だった。
「ここは、どこだ?」
肺に流れ込むのは、排気ガス混じりの重い空気。
周囲を見渡す。時刻は深夜だろう。満月がうっすらと輝いている。
街は静まり返っていた。人の気配はない。
街灯の明かりと自動販売機の光が、冷たく道路を照らしている。
「とにかく、ここがどこか調べないと……ん、なんだ?」
立ち上がろうとした瞬間、近くから大きな音が響いた。
夜の街に響き渡る轟音。
続けて、悲鳴のような──いや、確かに誰かの叫び声が聞こえた。
「誰か襲われてるのか……!?」
疲労困憊の体に鞭打ち、音のした方向へ急ぐ。
路地を曲がり、大通りへと飛び出す。
そこに居たのは――巨大な怪物だった。
真っ黒な、不定形の化け物。
街灯の明かりに照らされ、粘液のように怪物が蠢いている。
「なんだ……あれ」
その怪物と、一人の少女が対峙していた。
漆黒の長髪に、黒いセーラー服。
夜闇に溶けるような恰好の美少女は、得物を構えて怪物と対峙している。
その手には――回転ノコギリ?
金属製の長い柄、その先端に円形の刃が取り付けられた武器。
先端の刃が火花を散らし、音を立てて回転している。
少女は見るからに物騒なその武器を軽々と振り回し、怪物に攻撃を繰り出していく。
「ああもうっ、しぶといですね!」
少女が叫ぶ。怪物の触手が鞭のように振るわれ、彼女の体を掠めた。
セーラー服が裂け、鮮血が飛び散る。
痛みからか少女の動きが乱れ、隙が生じた。
「危ない!」
咄嗟に駆け寄り、少女を庇うように前に出た。
怪物の触手が、すかさず俺に向かって襲いかかる。
考えるより先に、体が動いた。
素手で触手を掴み、渾身の力で引き千切る。
「――――」
怪物は呻き声一つ上げなかった。
痛覚がないのか、ダメージが通っているようには見えない。
しかし、増援の存在に警戒したのか、攻撃を止めて大きく距離を取った。
「あなたは――何者ですか!」
少女が突如割って入った俺に驚愕の表情を向ける。
一瞬、見惚れそうになる。
美しい少女だった。暗闇に溶けるような黒髪と、漆黒のセーラー服。
紅い瞳が鋭い視線でこちらを見つめている。
「それより、今はこいつを!」
怪物が再び蠢き、複数の触手を同時に繰り出してきた。
俺と少女は咄嗟に別々の方向に分かれ、触手による刺突を回避する。
触手の動きは単純で、直線的だ。俺は半歩横にずれて攻撃を躱した。
繰り出される速度こそ早いが、避けることはさほど難しくはない。
手近にあったアスファルトの破片を掴む。
破片を握り締め、思い切り触手の一本に突き立て、切り裂く。
少女がすれ違いざまに回転ノコギリを振るい、触手を切断した。
「もう! キリがない!」
少女が悲鳴のような声を上げる。
見ると、切断されたはずの触手が瞬く間に再生していた。
思わず舌打ちする。
敵の再生能力の限界が分からない。
下手をすると、このまま戦い続けるだけでは消耗戦になりかねない。
状況が分からない以上、出来れば手の内は隠したいところだったが――仕方ない。
無理に手の内を隠すよりも、さっさと片付けた方が良い。
即座に判断し、勇者の能力を使うことにした。
視線を巡らせる――あれでいいか。
「【
大通りに止められていた車を
そしてノータイムで、格納した車を怪物の頭上に出現させた。
轟音と共に車が地面に激突する。
怪物が車に押しつぶされた。びちゃり、と黒い飛沫となって先程まで怪物だったものが散乱する。
ガソリンが残っていたのか、車は落下の衝撃で爆発した。
爆音。炎が夜の闇を照らす。
散乱した怪物の欠片が、炎を受けてみるみる小さくなっていくのが見て取れた。
「……やった、か?」
しばらく様子を伺う。
怪物が再生する様子はない。倒せたようだ。
「これは、あなたが?」
驚愕の目でこちらを見てくる少女に対して頷いて答えた。
状況が分からない以上、できれば勇者の力は伏せておきたかったのだが、背に腹は代えられない。
「それより、怪我は大丈夫か?」
訊ねるも、少女は難しい表情を浮かべて黙り込んでいる。
「……え、ええと……せんきゅー?」
少女がわたわたと困った様子で拙い英語を発したところで、俺はようやく気付いた。
そういえば、さっきからずっと異世界の言語を使っていた。
あらためて、日本語で少女に話しかける。
「ああ、ごめん……怪我は大丈夫か?」
「え、ええ。助けてくださりありがとうございます……しかし、あなたは一体何者ですか?」
少女の質問に、答えるべき言葉を持たなかった。
地球に戻ったはずなのに、目の前には怪物がいた。回転ノコギリを武器に戦う、不思議な少女がいた。
「いや、俺も状況が掴めてなくて、できれば話を――」
そう答えかけた俺の背後で、何かが蠢くような音。
振り返ると、路地の曲がり角から、先程よりもさらに大きな黒い影が続々と姿を現していた。
「嘘でしょ……また来たの!?」
少女の悲鳴に、俺は覚悟を決めた。
魔王を倒して、元の平和な世界に帰れたと思ったのだが。
どうやらこの世界は、俺が知っていたはずの平和な世界ではないらしい。
新たな戦いは――こうして幕を開けたのだった。
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