第2話 初めてのドロップキック(される方)

 5歳の誕生日を迎えた。


 両親が喜んで美味しいものを取り揃えてくれて祝ってくれる。


 うむ、苦しゅうないぞ。


 このケーキなる物はなかなか美味だな。


 ふわふわの生地に生クリームとかいう乳牛の乳を使ったものか、悪くない。


 魔界では5歳に祝ってもらえたことはない。


 まだ脆弱な頃だったから、血で血を洗う毎日、弱者を下し強者から逃げるのに必死でそれどころじゃなかったというのが正しいが。


 人間の場合は平和な一日を送れるのか、変な気分だがこういう日も悪くないな。


 享受しよう。


 5歳になった事で、自由が増えた。


 家から出歩いても良いという許可を得たのだ。


 ――とは言っても、自分が出るのは家屋の外、本当に小さな庭までだけど。


 隣の屋敷に比べて小さな家の更に小さな庭は、首を振り視界を動かしただけで全体が見える。


 冒険とか考えるまでもない。


 張り合いのない場所だ。


 昔の居城は城の中に大きな庭園があって、アルラウネという植物系のモンスターが、庭園中央にある噴水の中に根を張りながら水を浄化していたものだが。


 庭にあるのは人一人座れそうな大きな石だけという。


「ねえ、ゼノン」


「む?」


 母親のラティが微笑みながら歩いてきた。


 それにしてもこの母親はいつも俺を見ると笑みを浮かべている。


 何がおかしいんだか。


「友達とか欲しくない?」


「友達?」


 友達って……なんだ?


 いやまて、最近読んだ童話で知っているぞ。


 確か人の所有物を勝手に奪っておきながら


『お前の物は俺の物、俺の物も俺の物。だって俺ら友達だろう』


 友達と言う名の血も涙もない詐欺師の事だな。


「友達なんて俺には要らない」


「あらあら、でも友達の大事さは出来てから気付けば良いかな」


 ラティが俺の身体を持ち上げ、膝の上に載せながら頭を撫でる。


「そのうちゼノンにも友達が出来ると良いねえ」


 ふん、そんなものは要らんけどな。


 それからしばらくした頃。


 庭を歩いていると、ふと低い木の塀の向こうから、小さな顔が飛び出しているのに気付いた。


「……っ!?」


 驚いて見ているとそれはこっちに飛び込んできた。


 金色の髪に青い瞳の雌だ。


 俺と同じくらいの年齢だろうか。


 身長は向こうの方が高く白のワンピースを着ている。


「あなたは誰?」


「俺はゼノン、この家に住んでいる」


「ふーん、私はリリエル」


 周囲を歩きながらじろじろと観察するように見てくる。


「なんか用か」


「ねえ、暇なら私と遊びましょうよ」


「断る」


 即答。


 何で俺がこいつの為に時間を使わなければならないのだ。


 無駄な時間だ。


 あっちに行け。しっしと手を振り後ろを向いた瞬間。


「とりゃああ!」


「……っ!」


 突然の事に受け身も取れず地面に転がった。


 一瞬何が起きたか分からなかった。


 だが冷静になってみると、隣でにやにや笑っている雌が俺の隙を突きドロップキックをかましたということが分かった。


「き、貴様! いきなり何をする!」


「だって遊んでくれないっていうから、殿方は力が強いものの言うことを聞くのでしょう? 私が勝ったから私と遊びなさいよ」


 スカートに付いた土を払いながら誇らしげな顔で見てくる。


 何だその無茶苦茶な理論は。


 魔族だってそんな事……いや、魔族は力こそ正義か。


 なら打倒か? むう……。


「俺はお前に負けていない!」


「でも地面に手をついたじゃない。私は立っていてあなたはひれ伏しているわ」


「そ、それはお前がいきなり蹴ってきたからだ」


「あら、殿方が負けた理由に奇襲を受けたからだ……なんて言い訳を言うつもりかしら?」


「そ、それは……」


 元魔王のプライドにかけてそんな事、口が裂けても言えん。


 少し本気を出して魔力を使えば勝てるがこんなガキ相手に使うのは、違うな。


 文句を言おうとしてそれでも言えずにぐにぐにと口元をゆがませながら俺は雌を睨みつける。


「で、何が目的だ」


「だから言っているじゃない、私と遊びましょう。勝った私の命令は絶対よ」


「くっ……」


 なんて強引な奴。


「ゼノン、あら?」


 家からラティがやってきた。


 雌を見て首を傾げる。


「あなたは確か……」


「こんにちは! ちょっと彼を連れていきますね!」


「か、勝手に決めるな!」


「あらあら」


 ラティは頬に手を当てながら少し嬉しそうに笑っている。


 そして――


「夕ご飯までには帰ってくるのよ」


 手を振って見送られた。


 仕方なく付いていくと、ここは隣の貴族の家ではないか!


 こいつもしや隣の貴族家の人間。


 恐らくあくどい事をしている悪魔共だ。


「ぬうう、俺は帰る」


「あら、一度来ると言った殿方が意見を翻すの?」


「なにおう!」


 いちいち煽ってくる奴だな。


 よし、ついでにこいつの親にも文句を言ってやる。


 広い庭だ。


 一面うっすらとした緑の草が生い茂り、高さも均一に切りそろえられている。


 中央を見ると石畳地面が出来ていて、その上には白を基調とした上品な丸い机と椅子が設置されていて、周囲には使用人が立つ。


 そして椅子には雌が先に座った。


「あなたの席はそっちよ」


「ふん」


 腕組みながら示された席に座ってやった。


 ちらっと見ると机の上には見覚えのない何かがある。


「なんだこれは」


「それは王宮御用達のクッキーというものよ。それとそれが紅茶ね」


「クッキー? 紅茶?」


 なんだそれは、魔界で見たことが無いぞ。


 先日食べたケーキ……とは違うようだが。


「ふむ」


 早速手に持ってまじまじと見てみる。


「四角い、そして黒い粒が……腐っているのではないか?」


「ふふ……」


 怪しんでいると隣で雌が笑い出す。


「何を笑っている」


「いえ、食べてみたらどう? それとも怖くて食べられない?」


「む、そんなわけないだろう」


 目を細め、じっと見てから恐る恐る口に入れる。


 さくっとした食感、ほのかな甘みが口の中に広がっていく。


 う、美味いな。


「…………」


「良かったらそちらの紅茶も飲んでみては?」


「紅茶?」


 色のついた水だ。


 試しに飲んでみると、何とも言えないほのかな甘み、そして後から微かな苦みが口いっぱいに広がっていく。


「むう……」


 味わったことのない味にどぎまぎしてしまう。


「あはは、面白い! 険しい表情だったのに食べ物を食べた途端、ころころ変わるのね。じゃあ次はクッキーと一緒に紅茶を飲んでみては?」


「クッキーと?」


 言われた通りに食べてみるとクッキーの甘みが紅茶の苦みを無くし、口の中に調和をもたらす。


「…………」


 さっきと味は変わったが、美味しい。


「どうかしら?」


「……悪くない」


「そう、良かった。もっと食べる?」


 ニコニコしながらクッキーを勧めてくる。


「…………」


 その日の夜、お腹がなかなか空かなくて夕食を食べるのが大変だった。


☆☆☆


「今日もあなたは一人なのね」


「ほっとけ」


「しょうがないから私の所に来ると良いわ」


 あれから庭にいるとちょくちょく遊びの誘いに来るようになった。


 俺も暇だからしょうがなく付いて行っている。


 決してクッキーや紅茶に釣られたわけではない。


「本当にあなたはクッキー大好きね」


「別にそういう訳じゃない」


「でも手が止まらないみたいだけど?」


「…………」


「ふふ……素直じゃないわね」


 紅茶を飲みながらわいわいしていると屋敷から誰かがやってきた。


 初めて見たが誰だ?


 しかめっ面をした男だが……。


「あ! お父様!」


 男に気付いたリリエルは走って抱き着いた。


 ああ、父親か。


 なるほど目のあたりが似てなくはない。


 髭はともかく顔立ちも悪くない。


 だが、妙だな。


 何故俺を睨んでいる?


 警戒しながら見ていると男はリリエルに抱きしめられたまま、ずかずかと歩いてきて俺を指さした。


「お前にリリエルは渡さん!」


「……は?」

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