1604年テベレ川
あの幸せな一日から4年が経った。ミケ兄は予想通りに引っ張りだこだったけど、デルモンテとの関係は終わって、マッティ家の庇護の元にいた。私は相変わらず自分の家を回していたけど、99年の狂騒ほどの熱は無く、淡々とくらしながら、徐々にラヌッチョの暴力の影が煩わしくなっていた。面白かったのは、レーニとかいう清廉潔白そうな画家が訪ねてきたことかな。どうやら彼はローマに来て、ミケ兄風の絵を書けって言われてユディトに衝撃を受けたって話で、モデルの私に当時の話を聞きに来たのよ。ミケ兄に聞けばいいのにって言ったら、嫌いなんだって。おかしいよね。だからさ、ベアトリーチェの気持ちになって話してあげたし、ついでにミケ兄の淡いベアトリーチェの思いも捏造して伝えたんだよね。トラウマになったのか、ローマを離れるまで思い悩んで、自分だけのベアトリーチェを描いて、ミケ兄の呪いを解きたかったみたいだけど結局失敗したみたい。
それはさておき、訃報が飛び込んできたのはそんなころで、アンヌがテベレ川に浮いたのだ。川から引き揚げられたアンヌの体は真っ青で、その傍らでミケ兄が大きな目をこれでもかと開いて、何も見過ごすものかと血走った目で瞬きもせずに立ち尽くしていた。私の目はすぐに大量の水でふさがれ、その後どうなったか正直見えていなかった。アンヌの財産目録は本当に酷いもので、少しの服と装飾品だけだった。後で聞いた話ではフランスの病の兆候が見えていて、それを気に病んでの自殺だったかもしれないという話も聞いた。ただ一つ確かなのは私たちの聖女はもう二度と戻ってこないという事実だった。自画像についてはミケ兄も私も必死に探したけれども、どこにも見つからず、秘密の場所に隠されてしまったのだろう。あれは、私の絵と同じく彼女の正当性の証だったし、それを他人には見せたくなかったのだろう。今でも目をつぶればへにゃりとした笑顔で家族を包んでくれた情景が思いだせるのだけれども。あの日分かれた道は回復不能なところまで壊れてしまった事実がただただ悲しかった。
風の噂では、ミケ兄は目に焼き付けたアンヌの最後を聖母の死という絵画に叩きつけて、多いに議論の元となったらしい。ミケ兄から連絡があったのはそれから少ししてで、なんだか深刻な顔でたずねてきたんだ。
”フィッリ久しぶりだな。元気だったか?”
”ミケ兄酷い顔だね、不細工は治らないけど、健康は気にしないとだめだよ。なにかよう?アンヌについては吹っ切れたのかしら?絵にしたんでしょ?”
”少しだけな、でも完全には無理だと分かったよ。俺が何かしてればとか思うけども、アンヌッチェラは重荷になりたくなくて、その気持ちを考えると…でも、もう少しそばにいてやれたかもなとな。まあ、いまさらだけど”
”そうね、アンヌは私にもいい顔見せてたしね。聖女になって苦しむなんて意味ないのに。私はこんなにわがままなのにね。そんな話を言いに来たの?”
”いや、お前のラヌッチョ以外のパトロン衆の話を聞きたくてな。古いパトロンの武断系と銀行系とあわせて芸術系も増えてきているだろ?どれくらい関係あるんだ?”
”ああ、なよっちい子らね。ジュリオとかは結構通ってきているわねえ。ミケ兄と仲いいんでしょ。たまに話でるわよ。顔がどんどん怖くなっているって。どうすればいい?って聞くからほっときゃ良いって言ってるわ”
”そうか、ジュリオは貴族系統だからな、なんかあったら守ってくれるだろう。で、ラヌッチョ達の横暴も最近どんどん酷くなっているからな。うまく手を拡げて頼れるとこつくるんだぞ。”
”なんか、真面目なミケ兄はおかしいなあ。基本アホのくせに”
”そういうなよ。もう家族を亡くしたくないんだよ。まあ、元気そうで良かったよ。この銀行の鍵預かっておいてくれないかな。来週また受け取りにくるから”
そういうと、安心した顔して帰っていったんだけど、3日後にその理由がわかったんだ。ミケ兄がラヌッチョを殺してローマから逃げたって話が届いたんだ。しょうがないから銀行に行って鍵を開けると手紙が入っていたんだよ。
”フィッリへ
この手紙を読んでいるってことは俺がお前に説明できなくなったってことだと思う。俺と仲間たちは色々理由はあるけども、ラヌッチョをローマから排除することに決めたんだ。まず、決闘騒動で俺が奴を殺せれば、後はまわりが奴の力の元のごろつきを始末する手はずだ。俺自身は成功したら逃げるつもりでいる。もし、失敗して死んでも、それを理由にラヌッチョを排除するように動くはずだ。これが成功したら、お前はもう凶刃なんて暴力の世界が不要な状態になれるはずだ。ジュリオはいいやつだし結婚してもいいだろう。養子をとるのもいいだろう。結局俺自身はユディトのお前に夢を見ていたのだと思う。大事な可愛いフィッリを純真な世界で安穏と暮らして欲しいと心の中で思っていたんだ。そりゃ、お前の肖像画のように、猫のように気ままで、乱暴なのも確かにお前だ。でも、家族をつなげたのもお前なんだよ。幸せになってくれ お前の兄 ミケランジェロ・メリージ”
馬鹿だろ?なんで自分でやる必要があるんだい?兄貴が私の幸せを願うように、私が兄貴の幸せを願わなかったとでも?ほんとうに馬鹿だよ。もう、涙がぐちゃぐちゃでねえ。手紙も燃やしちまったよ。あまりにも腹立ってね。兄貴もそのあと4年位で死んじまったって聞いてね。もう私一人なんだよ。あのバカ兄貴は自分の首切って今度はサロメだってさ。本当に馬鹿。でも、ほんとに大事な大事な兄貴だったんだよ。
ということで、この絵の話はここまでだよ。話過ぎたね。休ませてもらうよ。おやすみ。
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