1599年9月11日‐サンタンジェロ橋

この日はローマはチェンチ一族のスキャンダルによる処刑で変な熱気を放っていた。私のスキャンダラスな娼婦なんて毛ほどもスキャンダラスじゃないほどだった。なんせ、深窓のお嬢様のベアトリーチェチェンチが虐待に耐えかねて父親を殺して、逃避行の末拷問に負けて処刑なんだから。ローマっ子たちは助命嘆願したり、戯曲を作ったり大騒ぎだったさ。そう、いつかミケ兄から聞いたチェンチのお城のお嬢様の最後ってやつだ。私のシマではそれこそチェンチ家の家来たちがいっぱいきてたからねえ、どうやら顔が似ているてのはホントらしくてさ、95年頃に幽閉されて居なくなった後も客は引きも切らなかったし、どれだけ、殺された親父が酷い男かってのも沢山きかされていたんだよ。まあ、お嬢様もミケ兄が想像するほど可愛いお嬢さんではなかったようだけど。まあ、悲劇だよね。ミケ兄も処刑を見てかなりショックを受けてたって一緒にいったミンニティから聞いたけどね。まあ、こっちは関係ないと思っていたら、ミケ兄から連絡あってさ。コスタの親父に頼まれたからモデルになってくれって。どうやら早いうちに注文自体はあったんだけど、どうしても踏ん切りつかなかったらしくてさ。でも私はスキャンダラスな娼婦だから宮殿には行けないから、昔のアトリエであつまったのさ。私たち家族があそこに集まるのなんて多分数年ぶりで、嗅ぎなれた絵具のにおいや、狭い部屋を眺めるともう一回やりなおせないかなんて感傷が浮かんだもんだよ。

”フィッリ久しぶり、最近どう?って結構あばれているよね。フィッリらしいわね”

アンヌは変わらない笑顔で迎えてくれたんだけど、ミケ兄のしかめっ面ったらねえ。

”ミケ兄なんでそんなつらそうなんだい?ほれ可愛い妹のフィッリに心のうちをさらしちゃえよー。なんなら抱いたげるよ。特別に10スクードでどう?”

”あほ、だから妹買う馬鹿な兄なんぞいるか!お前ににた女の処刑みてちょっとぶるっただけだよ。”

”ふーん、中身がアンヌの外見があたしだっけ?どんな画題なの?”

”コスタからはな、チェンチ事件聞いて、カタリナの強さのフィッリでユディトとホロフェウス書いてくれって。あいつも大概な感性もっているけど、変態顧客ばっかりで大丈夫か?”

”まあ、娼婦だからねえ、そこらへんは平気だよ。何が違うの?納得できないから作れないんでしょ?”

”カタリナ的強さがチェンチのお嬢さんと会わねえんだよ。処刑見て強さを見たかったんだけど、ただただ哀れでなあ。”

”ふーん、じゃあ神聖で弱い乙女ってのをフィッリが演じてみればいいんじゃない?”

”それだとなあ、表面的だろ?お前できるかなあ。無理させたくないしな。顔見たらアイディア湧くかなと思ってさ”

”フィッリをなめんなってことよ。いくらでも聖なる乙女で清らかな乙女を演じてみせるよ。いくら辛くてもね。でも、一つお願いしていいかな”

”ん、なんだ?”

”この仕事終わったらさ、私のために、ミケ兄の妹のフィッリちゃんの肖像を描いてくれない?ジュスティニアーニの依頼みたいな娼婦のフィリデじゃなくて”

”いいぞ、で、いくらだ?”

”ただでって約束だったんじゃない?まあいいや、ほら買取価格上げてあげたことあるじゃない。その分と同じ12スクードでどう?”


まあ、清らかな乙女として、殺人に対して目を背けて、嫌悪して、腰が引けたポーズを色々とやった結果があのユディトで、コスタも普段は隠してこれといった客に見せていたみたいだけども。まあ、私じゃ無いなって思ったよ。アンヌはフィッリだって聖性を帯びた無垢ってできるじゃない。私よりよっぽど素敵ってぬかしてたけどね。


”アンヌは書いてもらわなくて大丈夫なの?お金だすよ?”

”フィッリごめん。黙ってたけど、実はほら。もう書いてもらっているの。ちっちゃいけど、いつも持ち歩ける大きさで”

”ふーん、これがミケ兄からみたアンヌかあ。”

”おしゃべりしてると顔ゆがんでもしらんぞ?んで、服はその地味なのでいいのか?まあ、フィッリだけどな。髪型も…まあいいか”

”可愛く書いてよ!ローマ一のフィッリちゃんを後世に残すのよ。聖人の皮をかぶったフィリデじゃなくて”

”おまえ、ほんとうに昔からそういうとこ変わらないなあ。笑うときに我慢しているしぐさとか本当にな。アンヌもこいつの口黙らせる努力しろよ”

”ミケ兄、私がそんなことできるとでも?そしてできたとしてやるとでも?”

”ミケ兄もアンヌもどうして私のことそんなに雑にあつかうのよ。もっとお姫さまのようにさ”

”ほら、黙れ。笑うと筆がぶれるから。おとなしくな、かわいいフィッリ”


それは、本当に幸せな時間だった。アンヌはもう二度とモデルはしないし、ミケ兄の宮殿にも行けないし、私の家にも来てくれない。私は自分の城とラヌッチョの呪縛を切れない。ミケ兄はもう押しも押される大画家で、スキャンダルな妹はモデルで使えないし、アンヌも住む世界が違う。でも、そこに野獣画家と凶刃娼婦と路地裏の聖母の家族は確かにあったんだ。あんたが、傑作では無いとか口元がへんに歪んでいるっていうけど、これは確かにミケ兄が私にくれた私だけの私でこの絵こそが私の正当性を唯一認めて保証してくれるものなのよ。

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