1596年3月ストラーダセレーナ

”フィリデ最近随分と幅聞かせているみたいね。私の客をたぶらかした盗人猫さんはそれ相応の報いが必要じゃない?そのかわいい顔に傷つけて泣くがいい”


”あらあら、負け犬のマッダレーナじゃない。顔や体で勝てないと剣なの?でも、残念剣もね、苦手じゃないの。ほら、手が震えてるわよ。”

”くそ、覚えてろ。次あったら殺してやる”


ミケ兄の家で学び、ごろつきにもコネクションのできた私はこのころやっと、家を出てストラーダセレーナの宿を中心として自立に向けて努力をし始めていたのだ。もちろん、単なる暴力だけじゃなくて、公権力を敵ではなく味方につけることも模索し始めていたわ。


”訴状によると被告マッダレーナはフィリデへの誹謗中傷を繰り返し、直接的な攻撃を行ったということは間違いないか?”

”ボイラー職人の私が確かに路上でマッダレーナが襲いかかるところを目撃しました。”

”判決:マッダレーナは賠償金10スクードをフィリデに支払ったうえで、10日の禁固とする”


裁判では、男を味方につけ、証拠を押さえ、ぐうの音も言わさないように叩きのめした。こうやって暴力と公権力をつかった暴力でストラーダセレーナでは表だった形で敵対する娼婦は減っていったのだ。裁判だけでも数件、暴力沙汰自体は両手では数えきれないほどで、狂犬だとか凶刃だとか物騒な二つ名までつくしまつだったのよ。そこで、急接近したのがカピターンことラヌッチョだった。彼は最初は気合の入った娼婦がいるって話で合いにきて、昔の知り合いだってことで意気投合したのよ。高級娼婦への道筋のために、彼から紹介を受けて、後のパトロンの銀行家達と知り合い、凶刃の面に合わせて、交渉や教養も覚えていったのもこのころ。アンヌとはお互いの裁判でタッグを組んでかばいあう関係は続いていたし、仲良し姉妹でもあったけど、ミケ兄のモデルももう一枚こなしていて、私は少し腰が引けていたのかもしれないと今になって思う。

そんなころにミケ兄から手紙がきて、モデルになってくれってね。場所はマダマ宮殿だったわ。高級娼婦として精いっぱい着飾って到着すると、昔ながらのミケ兄がそこにはいた。


”フィッリ、久しぶりだなあ、まあ中に入れや、モデルと画題について話そうや”

”ミケ兄、色気も無い私じゃだめっていってなかったっけ?”

”ん?おっきくなったら雇ってやるっていったろ。日給1スクードだぞ。お大尽だ。”

”どうして、アンヌじゃなくて私?”

”ああ、画題が決まっててな、アレクサンドリアの聖カタリナってやつでな。アンヌとこの画題だとイメージ湧かなくてなあ。凶刃のフィッリならぱっと湧いたんだよ”

”聖カタリナって殉教者だよね、たしか最後は断首されたって?どうして私?”

”まあ、話はアトリエでな”

”聖カタリナってのはな、そもそも皇帝の部下に対して臆せずに説教した女でな。で、皇帝のものになれって言われて断って、最初は車裂き刑の予定だったてのが伝説でな。最後は断首刑なんだわ”

”えーと、口喧嘩が強い女性ってイメージ?”

”それもそうなんだがな、ほれついたからあそこの車輪にもたれかかってみろや”

”こんな感じ?”

”そうそう、でこの剣を持て。逆手でな。暗殺辞さずって感じだ。で左手で刃を撫でてみろ”

”えーと、こう?人差し指でなぞる感じ?”

”そうだな、異伝では口喧嘩だけじゃなくて、異教の賢者皆殺しってのもあるんだわ、あんたら口もだめで、剣でも弱いわねって顔してみろよ”


こんな感じで何だか暗殺者っぽい聖カタリナが出来上がったんだけど、デルモンテ枢機卿は大絶賛で、完成品みたら、ミケ兄は女性を見ているんじゃなくて、自分の見た女性そのままを写し取っているんだなって思ったの。でも、やっぱり私って聖人の聖性はアンヌみたく表現できてないなって思ったのよ。でも、このカタリナは大評判だったらしくて、すぐに次の依頼が来たの。これがマルタとマグダラのマリアで、モデルとして初めてアンヌと共演したものになったの。

”フィッリ久しぶりね、最近は大忙しね。去年暮れの裁判以来じゃない。しかもカタリナ大評判だって聞いたわよ。”

”アンヌ久しぶり、でも何だかアンヌのマグダラマリアと比べるとミケ兄にお前ははねっかえりの生意気娘って言われているようで複雑だわ”

”今日はお題がマルタとマリアだけど、また私マリアなのかなあ”

”おお、二人ともよくきたな。今回はアンヌがマルタでフィッリがマリアだ。”

”どうして?私の方がお姉ちゃんだからかしら?”

”アンヌにおねいちゃん性は無いとおもうけど?そこはどうなのよ?”

”まあ、歩きながらだな。この画題はな、マルタが高級娼婦でぶいぶいのマリアを諭すってものなんだよ。そうすると高級娼婦の高飛車さはフィッリに最適で気弱な優しい姉のマルタはアンヌでピッタリだ。”

”やっぱりそうなるのね!どうして私はか弱い乙女とか優しい母じゃないのーー”


でも、ミケ兄が仕上げた絵は本当に完璧で、私の傲慢と強さとアンヌの弱さと聖性が対比になってぐうの音も出なかったんだ。後からきいたのだけど、アンヌはこれ以降ミケ兄のモデルを全部断っていたんだって。理由を聞いたらフィッリには勝てないからだって。私にいわせればアンヌにはどうしても勝てないのに!って思ったんだけどね。でも、彼女はミケ兄に古いアトリエもらってそこで暮らしながら少し稼げればいいからって言ってたって聞いて、私は何もアンヌをわかってなかったんだなあと今なら思うのだけど。私が一人で自立するって決めて、ミケ兄が宮殿に入った時点で懐かしい裏路地の家族は分かれちゃったんだと。


これらのモデル業と並行して私は1598年には自分の城として館を手にいれて、サロン的な運営ができるようになって、ラヌッチョとは愛人になって、つながりが強くなって、1599年には二人で捕まって、共犯的な括りになったのよね。その裁判でスキャンダラスな娼婦って公式名までついてしまって、ますますラヌッチョとの関係が切れない悪循環に陥っていたの。

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