1593年11月 オルタッチョ-

“アンヌ走って、ほら捕まったらやばいって”

”フィリデ、もう、足が限界。息も…もう…”

”あんた本当に年上なの?もう少し頑張って、あそこの路地曲がるわよ”

路地を曲がったとこにいたのは、扉を開けて座ってゴミをスケッチしていた髭もじゃのギョロ目の男だったのよ。

”悪いけど匿って!”

空いた扉の中に飛び込んで、二人で息をひそめていたんだけどね、後ろから来た見回り警官はうまく見失ってくれたみたいでさ。しばらくして、中に入ってきたのが、どん底時代のミケ兄だったわけよ。

”で、お前らはなんだ?ちんまい生意気な嬢ちゃんと弱そうな嬢ちゃんだが、俺を面倒にまきこむなよ。ぼろいけどここ俺んちだからな。”

落ち着いて、周りを見るとボロやではあるけど、画材とかが無造作に転がっている貧乏画家ぽい家で、その中に不釣り合いな一本の剣があったのは印象的だったわ。

”あたしはフィリデ、ちんまい生意気って私のこと?失礼ねぴちぴちの12歳の駆け出し娼婦よ。お茶位だしてみたら?お客様よ。”

”フィリデ、失礼よ。わたしはアンヌ、フィリデの一つ上で二人で組んで娼婦をやっているの。ちょっとルールに慣れてなくてね、オルタッチョから出ちゃったみたいで、警官にみつかってね。逃げてたの”


”ああ、元気な嬢ちゃんだな、あいにくお前らに出すお茶はねえな。おれはミケランジェロ。ちょっと訳ありでこっそり生きている画家見習いだな。”

そういうと、ミケランジェロは扉の外を確認して、

”ほら、警察も行ったみたいだぞ、用事が無きゃとっとと帰れ。おれは忙しいんだよ。”

”忙しいったって、そこのボロゴミの絵を書いてただけじゃない。どうせ書くなら私みたいな美人をモデルにして、お金よこせ!”

”ほんと図々しいな、おまえ、フィリデっつったか。そんな洟垂れ娘モデルにするか!色気もくそもない。少年書いた方がなんぼかましだわ。このゴミスケッチはなあ、陰影の練習だ。まあ、後数年して、いい女になったらモデルにしてやってもいいぞ。ただ、根性はいるけどな!!”

”色気ないって、本当にデリカシーないわよね。じゃあ、ちゃんと約束よ。あたしの本当がわかる絵をいつか書いてね。”

”まあ、ずうずうしいけど、約束はしてやる。ちゃんと金はらえよ?どっちかっていうとアンヌの方がモデルにしたいくらいだわ”


”え、わたしなんか、デブで赤毛で、知り合いはみんな馬鹿にしてアンヌッチャって呼ぶのよ。フィリデは綺麗で可愛いから内面は別にしてもそっちの方が…”


”ばーか、美人でも糞意地わるさは顔に出るんだよ。俺の理想じゃねえな”


”なによ、二人とも内面は別とか糞意地わるさとか、私の評価酷くない?”


”まあ、しょうがねえだろ。そこにある菓子つまんだら、適当に帰れ、おれは仕事に戻る”


っていったきり、私たちを無視して本当にゴミのスケッチを延々とし始めたのよ。最初は飽きれたけど、驚くほど真剣でねえ。それがあたしたちとミケ兄の出会い。


当時のあたしたちの家といったら酷くてね、アンヌとあたしの家族は親父たちも死んでて、麦の不作でシエラじゃどうしようもないってんで、ローマの叔母のところに逃げようってんで、やっとこたどり着いて、オルタッチョのそばの狭い家でくらしてたのよ。二人とも実の兄弟は兄と弟しかいなくてね、弟はまだしも、兄貴らは糞野郎で、ごろつきと仲良くしているような奴らでさ、本当の姉妹のように育ったんだけどね。母親たちも糞で、叔母も糞。自分たちが娼婦やるのはいいけど、12歳で客とれとか頭おかしいわよね。で、稼いだバイオッコは全部吸い上げられて、食事は小さなパン一つだけってね。いくら小さくても育ち盛りの私らには酷い扱いだったと思うのよ。え?なんで、遺産相続人に甥っ子を指定したかって?しょうがないのよね、血族は権利あるのだから。まあ、手切れ金よ。そうそう、そのあともね、冬の間は警察に見つかってはミケ兄とこに隠れたり、寒い時間に暖をとったりしてね、何度かお邪魔してたのよ。


”ミケ兄、かわいいフィッリがまた遊びに来てあげたわよ。特別サービスで1スクードで相手してあげるわ”

”たけえし、女は買わねえんだわ。そもそもお前ら妹みてえなもんだろ。背伸びすんな。なあアンヌよ”

”フィッリは甘えているだけかな?本当にサービスいらないの?私たち上手になったよ?”

”馬鹿、アンヌッチェラ、妹とやる兄貴がどこの世界にいるんだよ。くだらん事言わずに菓子でも食っとけ。手伝っている工房でくさるほどもらえるんだわ。給金もいいしな。”

”つーことで、俺には仕事があっからな、適当に休んだら適当に帰れよ、ああ、まてお前らそこのランプとか動かすなよ。光の具合がずれっからな。いるなら端っこでおとなしく、いやもうちょいずれろ。そこだ。いい具合に影ができた。あんま動くなよ”


いつも、こんな調子でお互いに、疑似的な兄妹のように自然と話すようになったのよね。ミケ兄はほんとに最後まで私たちを性の対象にしなかったのよね。アンヌはもしかしてってあったかもだけど、結局は言えなかったのかな。



あと、あの頃で覚えていることと言えば、めずらしくミケ兄が仕事のことを話していたことかなあ。


”うーさぶ、なんだお前らまた居んのか。ついに留守でも押し入るとはさすがフィッリだな”

”ミケ兄が相手してくれないから、しょうがないから掃除とかしてあげてるでしょ。ほら、綺麗になったし。”

”フィッリお前、触ってないだろうな?お前の片づけは片付けじゃないんだよ。大事な物がなくなるんだよ。”

”ミケ兄大丈夫、フィッリは口しか出してないから。私しか手を出してないよ。”

”なるほど、アニーナの掃除なら俺も文句は無い。どうして、フィッリはおしとやかになれんかな。”


”アンナもミケ兄も酷いんじゃない?私だっていつかは慣れるわよ。”


”まあ、人には向き不向きがあるからな。そういや今日は手伝いで丘の上のチェンチさんとこの仕事でな、そこにアンナくらいのお嬢さんがいてさ。フィッリ並みの美人だったぞ”


”ああ、成金で有名なチェンチ家ね。あそこの家来は金払いいいのよねえ。なるほど、主家のお嬢さんに似た私で…”


”フィッリ下品。でも、なんだか贔屓ではあるよねえ。ミケ兄は話したりしたの?そのお嬢様”


”いや、さすがに見かけたくらいだよ。でも、お上品さとしてはフィッリに見習ってもらいたい物腰だったぞ、むしろ中身はアンヌぽそうだ。”


”あたしだって仕事中はおほほですわよ。”


”フィッリ…”


そう、例のねチェンチ家のお嬢さんを見て、その当時から私と似てるなあって思ってたみたい。あとは、男の子のモデルが来ているときは何だかみょうに居心地がわるくてねえ、弟子みたいなもんって言ってたけど、ほんとうに少年の方に色気を感じているって絵で見てわかった時には絶望したものよ。というかミケ兄は徹底して女性はエロスを排除しているのよね。なんでなんだろうね。恋愛感情は無いけど、肌を合わせたいと思ったことは何度かあるのよ。でも、なしのつぶてだったわねえ。

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