めくられないページ

ぼくは、古雑誌。

リビングの棚の下段、誰ももう手を伸ばさない場所にいる。

隣には、背表紙の色が褪せた旅行ガイドと、

付録のなくなった料理特集号。

ぼくたちは、かつて“新しかった”という記憶だけで、

この場所に並べられている。


ぼくの表紙には、もう誰も知らないアイドルが笑っている。

その笑顔は、印刷された瞬間から少しずつ色を失い、

今では、懐かしさと共に、少しだけ哀しみを帯びている。

彼女の名前を覚えている人は、

この家にはもういないかもしれない。


ページをめくられることは、もうない。

でも、ぼくの中には、まだたくさんの言葉が眠っている。

「この春、着たい服」「恋が始まる予感」「あの人の本棚」

どれも、誰かの“これから”を照らすつもりで書かれた言葉たち。

でも今では、“あの頃”の空気を閉じ込めたまま、

誰にも届かず、紙の中で静かに呼吸している。


たまに、掃除のときに棚が揺れると、

ぼくのページが一枚、ふわりとめくれることがある。

その一瞬、光が差し込んで、

ぼくの中の時間が、少しだけ目を覚ます。

「まだ、ここにいるよ」と、

誰かに伝えたくなる。


ぼくは知っている。

この家の子どもが、かつてぼくの間に落書きをしたことを。

「ママへ だいすき」と、

クレヨンで書かれた文字が、今もページの隅に残っている。

その子はもう大人になって、

この家にはいないらしい。

でも、ぼくの中には、あのときの声が残っている。

「見て見て、ママ、これかわいいよ」

そんな声が、紙の繊維に染み込んでいる。


ぼくは、もう新しくはない。

情報としての価値も、きっとない。

でも、ぼくの中には、

誰かが夢を見ていた時間がある。

ページの間に挟まれた、映画の半券、

折り目のついたレシピ、

角が擦り切れるほど読まれた特集記事。

それらは、ぼくの“体験”であり、

ぼくが“誰かの手にあった”という証拠だ。


いつか、ぼくは捨てられるかもしれない。

資源ごみの日の朝、束ねられて、

玄関の前に出されるだろう。

でも、それまでは、ここにいる。

めくられないページのままで、

誰かの記憶の隅に、そっと寄り添いながら。

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名も無き日々の観測者 遊沈 @oommg

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