【第六話】勇者とは
「勇者とは───」
男が薄い唇を開いた。低く細い声が暗い小屋に響く。
木製の机上に横たわる少年は彼の言葉を震えながら聞いていた。目を見開き、涙が零れる。荒い息が空気と混ざり消えていく。
「───勇気ある者。武功を挙げた者。弱きを助ける者」
少年は勇者だった。否、ガルイア王国の決まりでは、勇者学校の入学予定者だ。彼は学校へ向かう森の中、悲鳴を聞いた。
仲間を得、互いに高め合う勇者学校……新天地を目指す高揚感は一瞬にして消え去った。
勇者学校区は円形の壁に囲まれ、その壁はさらに、数km先の魔物が住む森に囲まれている。しかし森は現役の勇者に保護、管理されているはずだ。戦闘のいろはを知らない少年が一人で街を目指せるくらい安全なはずだった。
悲鳴が上がること自体がおかしい。警戒すべきだ。
だが、少年は勇者だった。勇気があった。考えるよりも先に、駆け出してしまった。
見つけたのは少女。猿の魔物に捕まっていた。「僕が助ける」そう思った。だがその刹那、背後に気配を感じ、少年の視界は黒く滲んでいった。
「お前には勇気があった。勇気だけ。それでも勇者に見えたよ」
目を覚ますと、机上に体を縛られていた。魔物につかまっていた少女の姿は見えない。しかし横を向くと近くの籠から、束に纏められた細い手脚がはみ出ていた。
「では勇気以外も、全て備えた俺は───」
傍に立つ男の手には包丁が握られている。刃は長方形で、何かを拭き取った跡があった。少年は自らの運命を悟り、声にならない悲鳴を上げた。
「───なぜ勇者になれなかった?」
男は───ヴィンセントは刃を振り下ろした。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「勇者とは───」
吾輩は宿で目を覚ました。
「───なんであろうな?」
昨晩勇者亭から逃げ出した後、ショウ先生を探して職員室へ戻ったが、見つからなかったので近くの宿に入った。
ちょうど二部屋空いていた宿は狭く、歩くと床がギシギシ軋む。宿泊を楽しむための施設ではないらしい。
勇者学校区に住む者は皆、学校の生徒か教師、事務員だが、街に物資を届ける運送業者など外部の人間も来るのだそう。この宿はそのような者たちのためにあるようだ。
木造の二階。窓から乾いた朝の風が吹き付ける。景色は既に行き交う人々に彩られていた。
吾輩は五百年間、睡眠は全て我がレイメルナングス城でとってきた。慣れぬ環境で寝付けるか不安であったが、しっかりオッケーすっきり元気である。
共同の洗面所の鏡の前に立つと、己の小さな体に驚いて軽く飛び跳ねた。この姿にはまだ慣れんな。
赤い眼だけが元の姿の面影を残している。だがそれ以上にアリアードの面影が濃い。白い短髪と褐色の肌は奴のそれと同じだ。
「……勇者とは?」
桃色の髪を梳かし中のフィリィが訊き返してくる。どうやら彼女は寝癖が酷いタイプらしい。
「うむ、勇者って結局なんなのだ?」
勇者とは勇気のある戦士!
……と、ふうわりとしたイメージを持ってはいるものの、具体的に何をする存在なのか分からない。
街に見かける年齢、容姿、纏う雰囲気の異なる多様な生徒たちや、勇者亭の店員さんの奇行などを見て、結局なに?と思ったのだ。
「え……?」
フィリィが声を漏らす。
なるほど、吾輩のこういうところか。こんなことも知らぬなど、また非常識と言われるかと思い、落ち込みそうになる。
……が、フィリィはクシを置いて、顎に手を当てた。
「えーっと確か……いいや」
言ってフィリィは階段を上っていった。ほどなくして戻ってくる。その手には分厚い本。
「うーんと、『入門!キミも勇者になれ!』によると……『ガルイア王国に対する特別の脅威と戦う職業』だね。前線で戦闘に参加する人だけじゃなく、補給・医術・諜報活動などを担当する人も含まれる。あと広報とか色々」
「なるほど……」
色々な仕事があるわけだ。勇者亭の人は補給勇者を目指しているのだろうか。
「私も詳しくないこと多いから、疑問はどんどんぶつけてね。そのたびに私も知れるから」
柔らかに微笑む彼女の一言に、とても救われた気がした。
非常識なのは悪いことではない。新たな知識と出会ったとき、それを拒絶せず吸収することさえできればよいのだ。フィリィは吾輩に大事なことを思い出させてくれた!
「ありがとうフィリィ!では、特別の脅威とは?」
「例えば───」
ページを捲ると思ったが、寧ろ本を閉じてフィリィは言った。なるほどここは暗記しているらしい。
「脅威度によって区分けされてる中で最も危険とされる『滅亡級』」
「おお、こわいな」
「───の中で最も危険とされる『世界滅亡級』」
「さらに上があったか」
「そう。そして───」
フィリィは目を伏せる。微笑みが消えた。
巨鳥から助け、地面に落下したとき。吾輩がショウ先生に試験を言い渡されたとき。勇者亭から逃げるとき。彼女の慌てる顔は出会って二日も経たぬうちに何度も見た。
だが、このような静かな暗い表情は初めてだ。十六歳の少女がこんなに悲しい顔をするのか。
「世界滅亡急の中でも有名なのが、ガルイア王国最北端に存在する『魔王軍』」
フィリィの雰囲気。そして放たれた言葉。両方に気圧され、吾輩は何も言えない。
「魔王軍討伐は勇者たちにとって目下の急務なんだよ」
「…………えっ?」
ようやく発せた声は滑稽なものだった。
思っていたより状況はよろしくないようだ。
アクザードら諜報員から我々がガルイア王国に危険視されていることは聞いていたが、ここまでとは。
もっと早く勇者学校に来て名誉を取り戻しておくべきであったか。
「どうしたの?」
フィリィが顔を覗き込んでくる。
「……吾輩もがんばらねばと思ってな」
「そうだね」
フィリィは再び微笑む。だが彼女の青い双眸からは切実なものが感じられた。
「一緒に魔王軍を倒そうね、絶対」
「う?……うむ」
それはダメだ!
吾輩こそがその軍の王なのだし、何も悪いことはしていないはずなのだから。そもそも魔王軍などと名乗った覚えはない。
「まぁガルイアの脅威云々とは別に、強い勇気を示した人を勇者って讃えたりすることもあるけどね」
「そうか」と頷き、会話の糸口を探す。
「そういえば、それ……」
フィリィの手の本を指さす。赤い表紙にはでかでかと『入門!キミも勇者になれ!』と書かれている。
「きちんと勉強しているのだな」
「私、本気で勇者になりたいの」
「そうなのだな。フィリィ、お前はなにゆえ勇者を目指すのだ?」
ふと気になって訊いてみる。先程の表情。何かわけがあると思った。
「それはね───」
彼女が口を開いた瞬間、ガラリと宿の扉が開く。
「探したぞ」
そこには長い黒髪の男が立っていた。
「おお、おはようショウ先生。吾輩らはこれから街の探検に出る」
寝起きのワクワクした気持ちが蘇ってきた。まるで平和な子供のような感覚だ。
「先生も来るか?」
言うと、「えっ」とフィリィが袖を掴んできた。耳元で、
「探検の第一目的は試験の対策だよ?先生と一緒に行ったら対策の対策されちゃうかも……」
と囁いた。
「フン」とショウ先生が鼻を鳴らす。
「せっかくのお誘いのところ悪いが、試験は今日だ」
腕を組んで言った先生の後ろから、すらりと人影が前に現れた。
「私がヘックスです、おはよう」
黒色の混じる赤髪の少女が眩い笑顔でそう言った。若さの中に成熟した威厳の籠った不思議な笑顔だった。
「なんですとお!?」
叫ぶ我々の前で、ヘックスは眩いままだった。
もう魔王なんて呼ばれたくない!〜500年城に籠ってた吾輩、勇者学校に通って汚名返上するのだ〜 高端 朝 @takahata_asa
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