【第五話】友達とご飯最高!

 「ダメだ、この子非常識すぎる……!私が手助け……いえ、プロデュースしなくちゃ……!」


 吾輩の正面、フィリィはチキンステーキを飲み込み、天を仰いだ。


 勇者学校の城からほど近い建物。焦げ茶の木材でできた、清潔で活気のあるご飯屋さんは多くの客で賑わっている。


 看板には『勇者亭』と書かれていたか。そのテーブル席にて、吾輩たち二人はお喋り&ご飯中である。話題は入学試験について。


 入学届の提出が遅れると、ヘックス・パーシアスなる人物と戦い、勝たねば入学を断られるそうだ。


 なんでもヘックスは最強の生徒らしく、それについて「楽しみである」と、思ったままのことを言ってみると、フィリィは「非常識」と。単純に入学届を出していなかった点や、勇者学校のこと、果てはガルイア王国のことすらよく知らないというのもあるのだろうが。


 以前ゴブリンの従者に、


「レイメルナングス様はご高齢であらせますから、救世主としての現役を引退された気分のようです。世界を愛でることはあれど、厳しくはなさらない。それは我々……そして世界にとって非常にもったいないことであると思えてなりませぬ」


 と言われたことがある。この発言は吾輩に対する批判的なニュアンスを含んでいたため、城内で波紋を呼び、賛否が別れ、喧嘩が起きた。最終的に仲裁部隊を組織するまでに至ったが、今となって……否、当時も薄っすら思っていた。


 そうかも……と。


 己の住む世界の事情を積極的に知ろうとしてこなかったのは、もちろん城の運営が忙しかったからでもあるが、歳をとったことで次の世代に世を託そうという気持ちになっていたからだろう。


 だが吾輩に寿命の概念はないのでぶっちゃけ世代とか関係ない。


 勇者学校に入学したいのは、五百年の月日によってできてしまった世界と吾輩との間の壁を取り払うためでもあるのだ。


「おお、これは美味であるな」


 ほどよく揚げ焼きにされた肉を切り分け、口に含む。カリカリとした表面の食感と、柔らかくほどける繊維。少し乗せたフレッシュチーズのハーブの爽やかな香りが鼻腔を撫でるように駆け抜けた。


「うむ。本当に美味だ」


 我が城のご飯担当大臣の料理に負けずとも劣らない。


「メイトすごい笑顔……よかったね」


「ああ、ニンジンのグラッセも絶品だぞ」


 ……と、料理に舌鼓を打ちながらも会話を続けていた。


 フィリィが姿勢を正す。


「今日出会った人に言うのは失礼だと思うけれど、メイト。貴方は非常識です。それも相当ね」


 彼女は澄み渡る水面のような青い瞳を吾輩に向ける。その眼差しは真剣そのものだ。


「う、うむ。お前が言うならそうなのだろう……困ったな」


 こうもハッキリ言われるほどとは思っていなかった……。


 フォークを持つ手が止まる。


 吾輩長いこと城に籠っていたものだから、最近のガルイア王国のこと、あまり知らないのだ。従者らの観光クラブに勉強会を開いてもらえばよかった。


「勢いで出かけるものではないな……」


「私が色々教えてあげる」


 肩まで伸びた桃色の髪を揺らし、少女は言った。


「ほんとはヘックスさんとの試験の作戦会議をしようと思ってたんだけど、この様子じゃメイトはまず勇者学校のことを知らなきゃね」


「それは助かる!すまないな、フィリィも学校で学ぶことがあるだろうに」


「気にしないで!貴方は命の恩人だから。それに、人に教えながらの方が覚えやすいし、私はメイトのプロデューサーだし」


「ありがとう、親切な若者よ」


 プロデューサーってなんだ???


「貴方十五って言ってたよね。私十六だから歳上なんだけど……」


「それにしても、この肉は素晴らしいな。瑞々しい肉汁と、柔らかくもしっかりとした肉質……随分と良い鳥を使ったと見える」


「分かりますか?お客様」


 いつの間にか机の傍に白いシャツと紺のエプロンを纏った男が立っていた。


「ふむ?貴殿は誰であるか?」


「私はコレオ・イースィ。勇者学校家庭科部部長にして、この『勇者亭』の店長です」


 男は柔和に笑う。なるほど、彼もまた勇者を目指す同志というわけであるか。


「コレオさん……ってもしかして勇者学校ナンバーワンシェフの!?」


「如何にも」


 コレオは会釈する。


「となると、このステーキはコレオが作ったわけだな?」


「またしても如何にも」


 コレオは再び会釈する。二度頭を下げたにも関わらず灰色の髪は崩れる様子を微塵も見せなかった。髪を料理に入れないプロ意識が毛先にも現れているのだ。


「やるではないか。これ美味しいぞ。とてもな」


「ありがとうございます。お客様の反応を見れば、調理が上手くいったかどうか分かるものですが、今回は成功したようだ。貴方がたはとても美味しそうに食される。特に貴方……」


「吾輩メイト・アクザードである」


「メイト様、貴方はナイフやフォークの使い方が美しい。私の知識にないものではありますが、どうやら貴方にテーブルマナーをお教えになった方は優秀らしい」


「う、うむ。そうだな」


 三百年前ほどだったか、その時のご飯担当大臣はマナーに厳しく、城に住む者全員に食事中の正しい所作を教えようとした。


 まず皆の手本たる王が先立ってマナーを修得し広めるのだと言い、彼は吾輩にナイフやフォークの使い方、ご飯の食べ方を叩き込んだ。


 その期間は非常に食事が楽しくなかった。


 結果的に彼のマナー大作戦は従者らの大顰蹙を買い、吾輩だけがその“美しく正しい”所作を身につけたわけだ。


「それで、何用であるか?」


「特に用はございません」とコレオは言う。


「シェフとは、自分の作った料理を美味しそうに食べる方に声をかけてしまう生き物なもので」


「確かに!」


 うちの歴代ご飯担当大臣はみんなそうだった。


 目の端でフィリィが首を傾げていた。


「そうだコレオ、この美味なる肉は何なる肉だ?」


「ああ、それは」とコレオは言って、


「それはリョコーバードです。非常に希少な鳥でして、本来食べられないものなんですよ」


「え?」と二人で滑稽な声を漏らす。


 シェフは机に向かって前傾姿勢になり、囁き声で、


「実はガルイアの法律で殺傷が禁じられている鳥なんです」


「ええ!?」


 フィリィが立ち上がって二、三歩後ずさった。


「ご安心ください。狩猟部からいただいたものではありますが、森で死んでいたものを持ち帰っただけですので、合法です」


「おお!ラッキーなことをあるものだな、フィリィ」


「ほっ……」


 フィリィが席に着いて、また立った。忙しない少女だ、などと思っていると、


「あ、もう夜だ。宿探さないとなので、そろそろ失礼しますね」


 窓の向こうへ視線を逸らすと確かに外は暗く、街灯のランプが薄く辺りを照らしている。夜は残光ごと夕陽を連れ去ったようだ。


 吾輩はステーキの最後の一切れを頬張った。冷めても美味すぎる。


「そのようですね。我々も閉店時間だ。部員諸君!」


 コレオが急に大きな声を出したかと思うと、


「イエッサー!」


 店の奥から複数の叫びが返ってき、声の主らは吾輩たちの周りを囲んだ。共通してエプロンをつけている。店員さんか。


 気づけば客は他に誰もいなくなっていた。


「何か様子が変ではないか!?」


「メイト様。貴方はこれからずっと、当店に住み、当店のご飯を食べるのですよ」


 ズイと顔を近づけて、低く響くような声でコレオは言った。


 えっなんでだ!?と思った。


「えっなんでだ!?」声にも出た。


「もちろん、貴方がとても美味しそうにご飯を食されるからですよ」


「どういう理屈だ?」


 吾輩は本当にわけが分からなくなってしまった。


「私はご飯を食べていただけて嬉しい。貴方は食べることができて嬉しい。それは素晴らしい」


 フィリィが吾輩の傍に寄る。


「メイト、コレオさんって変人で有名なんだよ!まさかこういう方向性だとは……!」


「部員諸君!捕まえて差し上げなさい!」


 コレオの叫びに呼応するように、周囲の人々が絶叫を上げる。


「イィィィィエッッッサァァァァァァー!!」


 うるさ過ぎてもはや猿叫だ!


「逃げるよメイト……!」


 微かに少女の声が聞こえた。


「勇者学校ってこういう感じなのだな〜」


 吾輩の思考はやや停止しかけている。不意に、体が軽くなった。フィリィに持ち上げられたようだ。


 彼女が店内を駆け抜ける。扉に手がかかった。


「お代は後日お支払いしますううう!!!」


 店外。まだ夜は若く、街には活気があった。勇者学校の生徒であろう若者や、教師と思われる人物とが行き交っている。


 皆が何をして、どこに向かおうと歩を進めるのか、吾輩には分からない。


 フィリィに抱えられ、過ぎ去る景色と勇者亭に、吾輩は思った。


「勇者とはなんなのだろう」


 あと「代金後日支払いっていいんだ」とも思った。

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