第2話 女神の加護を貰ったみたいです?
そうして、過去のループで培った、神レベルの刺繍技術をフル活用して、市場に出せる商品を大量完成させた。
本当はドレスなどを売りたかったが、店舗でないと売れないし、まだそこまでの材料を手に入れることは出来ない。まずは刺繍の腕を認められて、小物を買ってもらうのだ。
追放後にやって来たこの国、ルーパート王国は、大国で人々に余裕があり、かつ、加護縫いという、加護を与える刺繍をさすことが出来る人間がたくさん生まれる国だ。
だから刺繍自体に特別なイメージを持っていて、加護がなくても魅力的な刺繍を持っていると、幸運が舞い込むと信じられている。
そのおかげで、平民もたくさん、刺繍がさされたハンカチなどの小物を買ってくれるのだ。貴族の令嬢として教わったことの中で、自分が唯一稼げそうなのが刺繍だった。
だから追放される際に、行き先としてルーパート王国を目指したのだった。それは成功で、最初の追放から、苦しいながらもギリギリ食べていくことが出来た。
良質な刺繍は店舗で買い取ってもらえる。すぐに売れれればその分注文が増え、かつ単価も上がるのだ。
「うん。これなら最初からいい値段がつくわね。」
ミリアムは満足そうにうなずく。
淡いピンクのバラの蔓が優雅に絡まり、そこに色とりどりの蝶が舞っているデザイン。
カラフルな花畑に、可愛い動物モチーフのもの。リボンをくわえた子鹿や、花に囲まれた兎や子猫などの愛らしいデザイン。
細かい花のプチポイント刺繍など、どれも前世で大人気だったデザインで、すぐに売り切れることは確実だった。
それらを見た目だけは綺麗な刺繍小物屋に持ち込んだ。ここを選んだのはわざとだ。貴族の令嬢や、その従者も来るような店のほうが、当然販売価格が高い。
この店はこのあたりでは、貴族も足を運ぶ店の中で、唯一刺繍の買取をしている店である。だが選んだ理由はそれではなかった。
最初の人生でこの店を選んだのは、貴族として行き慣れた店構えだったからだ。だが、ミリアムから買い取った金額の、10倍もの値段をつけていたにも関わらず、ミリアムに対する買取価格が一切上がらなかった店。
嫌なら他をあたんな、と言われたものの、荒くれ者──に当時は見えた──が多い平民向けの店に行くのは怖かった。
寝ずに仕事をしても、食べていくのがギリギリだからと、別の店に売りに行こうとしたら、その頃にはどこからも断られた。
貴族が取引相手にいることで、他の刺繍屋よりも力を持っていたその店が、ミリアムを独占しようとして、近隣の店に嫌がらせをしていたことを知ったのは、巻き戻りの直前のことだった。
誰もが認める腕になった今、あの頃の意趣返しをしてやるつもりでいた。刺繍入りのハンカチを見せると、すぐに買い取らせて欲しいと店主が食いついてきた。
新人相当の値段を提示されて、ミリアムは、なら他を当たるわ、と踵を返すと、店主が慌てて追いかけてきて、3倍の値段を提示してくる。
「5倍よ!」
ミリアムは強気に申し出た。前世の最後には50倍の値段で売れた刺繍なのだ。今は名を売る為のサービス期間だと思って欲しいくらだ。
それに新人の今でも、エミリアさんの店なら10倍の値段をつけてくれるわ、と懐かしい顔を思い出しながら考える。
ぐぬぬ……とうなる店主だったが、さすがに長年この商売をしているだけあって、それでも買い手がつくのがわかっている。すぐに5倍で3つのハンカチが売れた。
ミリアムはそれで再び新しい素材と糸を仕入れた。次は10倍と言ってくるだろう。
その日の午後、目玉商品として展示されたミリアムの刺繍に、客が群がっていた。
「なんてロマンチックなのかしら。」
「この子鹿の刺繍、孫が喜びそうねえ。」
「私も欲しいわ。」
「嘘でしょう?もう売り切れなの?」
「予約をさせてちょうだい!」
店はたった3枚のハンカチの為に大混乱だった。あれよあれよという間に、店の外にまで行列ができていた。
次のひには、噂を聞きつけた人間や、貴族の使いまでもがやってくる。
「ねえ、まだ新作は入らないの?」
「も、もう少々お待ちください……。」
店にはミリアムの刺繍を求める人たちで大混乱である。そこにミリアムが新作を携えてやってきた。
「あ……!あんた!すぐに店の奥に来てくれ!」
店主はミリアムを店の奥へと連れ込むと、既に予約が入っていること、貴族から優先的に売って欲しいと言われていること、10倍の値段で買い取ることを告げられた。
「15倍で。」
ミリアムが冷静に告げる。店主はぼりすぎだと難色を示したが、既に予約を受けてしまっている。
15倍で購入し、30倍の値段をつけて、試しにそれでも買うかと客に尋ねてみた。秒殺でハンカチは売れた。
1週間後には、店の半分がミリアムの客で埋まるレベル。さらには馬車がドドドドーッと店の前に何台も乗り付けられたかと思えば、中から華やかなドレスを着た貴族令嬢たちが一斉に降りてきた。
「ここが噂の“マダムミリアム”の店?」
「まあ!案外みすぼらしい店ね。」
「この店主は下男かしら?」
「ちょっと、早くマダムミリアムを出してちょうだい!」
と言われる始末だ。
「あの……私がミリアムです。」
ミリアムが恐る恐る手を上げると、貴族令嬢たちがサッとそちらを向く。
「私の店はまだないのです。今はこちらのお店に少ない数の商品をおろしている状態で……。」
そう告げると、
「まあ、それならわたくしたちでお店を出す援助をしませんこと?」
「わたくし、舞踏会用のドレスの刺繍をお願いしたいわ!」
「え?え?え?」
そうして、あれよあれよという間に、ミリアムの意思を尋ねずに、ミリアムの為の店の改装が始まった。
立派な3階建てのドレスショップが出来、3階部分がミリアムの住居となった。
高級ドレス専門店として、マダムミリアムの店がオープンしたその日から、例の店は閑古鳥が鳴くこととなった。
夜になると、店の上階の自室で、ミリアムはふかふかのベッドに寝転がって大あくびを噛み殺していた。
「ふぁ~……今日も大盛況だったわ。」
窓から見える星空を眺めながら、ミリアムは静かに呟く。
「今度こそ……もう戻りたくない。この人生、このままでいい。……こんな毎日が、ずっと続けばいいのに。」
心からの願いを、星に託すように。窓から見える流れ星に願いをかける。次の瞬間流れ星が部屋の中へと飛び込んで来た!!
――部屋の中が、突然ピンクと白のキラキラ光したで満たされる。
「えっ!?何!?」
ミリアムは飛び起きて、目をこすった。目の前には、ピンク色の、胸にリボンをつけた可愛らしい熊が、空中に浮いているのだから。
「ようやく会えたッピ!ミリぽむ、僕の名前はアリアドネ!刺繍を極めた君に、女神アテナ様から、加護をプレゼントすることになったよ!」
「は……?か、加護……?どういうこと?」
「そのひとつは、加護縫い!縫った布に強力な祝福を込められるんだ!もうひとつは、嘘のほころびを見抜く力。相手の嘘を暴いたり修正したりする力だよ!」
「そ、それはどうも……?」
あまりに突然のこと過ぎて、また、喋るぬいぐるみに違和感しかなく、混乱しているミリアム。
「そして最後のプレゼントは、この僕!精霊アリアドネが、君のことをサポートするよ!さあ、過去に戻って、運命をやり直すんだ!」
「え?ちょ、ちょっと待って……。私、今のままで構わないの。過去に戻りたくも、やりなおしたくもな……。」
「いっくよ〜!そーれ!」
先端に流れ星がついたようなデザインの杖を、アリアドネがくるりと振ると、いつも巻き戻る時と同様に、ミリアムの視界が真っ暗になったのだった。
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