悪女の針仕事〜そのほころび、見逃しません!〜
陰陽@4作品商業化(コミカライズ・書籍・
第1話 巻き戻りを繰り返す人生
「はぁ~、まーたここに戻ってきちゃった。もう完全にこっちが実家よね。」
「え?何か言ったかい?」
「いーえ、なんにも。」
「若い女1人は大変だと思うが、まあがんばんな。ここはそんなに悪いところじゃないからさ。」
「はい、ありがとうございます。」
ミリアム・フォン・ローゼンハイデンは、家を紹介してくれた男性にそう言うと、雨漏りする天井を睨みながら、初めて来る場所にも関わらず、慣れた様子で部屋の隅の棚から木製のバケツを取り出して、雨漏りする場所にバケツを置き、木製の椅子に腰掛けた。
「今日だけは暖炉に火を入れなくちゃね。凍死しちゃうもの。」
そう言って、手慣れた手つきで暖炉に買ってきておいた薪をくべ、火をつけ、濡れた服を乾かすと、袋から油紙に包まれたものを取り出した。
「良かった、濡れてないわね。」
暗くなる前に仕上げなくてはならない。明かりを使えるほど、今はまだお金がないのだから。そう思い、これもまたいつものことなので、実家から持ちだしておいた布に刺繍を始めた。
外は土砂降り。雷までごろごろ鳴っていているのに、暖炉の薪を追加せず、冷えていく室温対策でガッチリと着込みながら、ミリアムはすっかり諦めモードで、膝の上で花の刺繍をチクチク進めている。
「はいはい、追放されて平民コース、またかー。もう何回目だっけ?数えるのもバカらしくなってきたわ。次は記念にケーキでも焼こうかしら……って、材料ないし、オーブンないし、そもそも薪買うお金すらないし!」
そう憤慨しながら、昨日の出来事を思い出す。王宮でのパーティーのまっさい中、ミリアムの婚約者である第3王子フィリップが、突然婚約破棄を告げたのだ。これも、いつものこと。
傍らにはニヤついた聖女アイリーンが、フィリップに肩を抱かれながら寄り添っている。こんなのが聖女かと思うと、この国の未来は暗いなといつも思う。
「ミリアム・フォン・ローゼンハイデン!お前と婚約破棄をする!聖女アイリーンにつまらん嫉妬で嫌がらせをしたな!俺には慈悲があるから、国外追放で許してやろう!だが、今なら謝罪すれば聖女アイリーンの付き人にしてやらなくもな……おい、どこへ行く!」
「はいはい、婚約破棄ですよね。私は何度もあなたに興味がありません、婚約もしたくありませんと伝えているのに、無視して婚約を強要した挙句、嫉妬とか馬鹿らしくて笑えてくるわ。あなたと結婚するくらいなら、平民になるか、教会に行ってシスターになったほうがマシだわ。」
「ぶ、ぶ、ぶ、無礼な!あいつを今すぐおい出せ!」
「ちょっと、触らないで。自分で歩けるわ。」
「なんて酷い……。」
「さすが悪女と名高い女だ……。」
ヒソヒソと語る声が聞こえる。ミリアムは子どもの頃からずっとこのパターンだ。
メイドが花瓶を割ったかと思えば。
「ミリアムお嬢様が割りました!」
侍従が犬を逃がせば。
「ミリアムお嬢様が犬に意地悪をしたせいで逃げて……。」
貴族の学校に入れば、婚約者は別の女に夢中で。それでも公爵令嬢たるもの、動じてはいけない、と言われ、ほんの少し注意をすれば嫌がらせをされたと泣かれる始末。
家族も「またお前か……」と冷たい視線をおくり、守ってはくれなかった。いつしか「悪女ミリアム」のイメージが完成していた。
ミリアムはこの人生を何度も繰り返している。どうせなら悪女のイメージが固定される前に戻してくれればいいのに、いつも巻き戻るのは5年前だ。
そのたびに婚約破棄され、国外追放ののち、針仕事で生計を立てるのにも慣れた。
しばらくすると視界が暗転して、貴族の学園入学前の、5年前に戻るのだ。何度も婚約したくないと言ってみたり、ミリアムなりに努力をしてはきたが、結果はいつも同じだった。
だから段々と、追放後の準備に余念が亡くなった。いつも紹介される家も同じだったから、どこに手を入れなくてはいけないのかもわかっている。
ひとつだけ違いがあるとすれば、常に状況は同じだが、針仕事の腕だけは引き継がれるという点だ。
最初はろくに食べていかれず、苦労したが、段々と普通の生活を手に入れるまでのスピードが早くなっていった。
「だいぶ上達したわよね。これならすぐに売り物に出来そう。」
ミリアムは刺繍の出来映えに満足した。
繰り返される巻き戻りの中で、ミリアムの腕は刺繍の作品展に出せそうな程に上達していた。
出せば優勝出来るんじゃないかしら?という自信があったが、貴族の賞なので、今のミリアムに参加することは出来ない。
追放されるまでは、王子妃教育が忙しく、既に何度も習って理解している内容だというのに、教育担当は手を緩めることがなく、刺繍をするような時間は取れなかった。
恐らくミリアムに時間を作らせると、フィリップとお茶会をしなくてはならず、フィリップがアイリーンとイチャイチャする時間がなくなるからなのだろう。
「今世はお店を開いてみたいわよね。スタートダッシュが肝心だもの。ここでお金をためて、めざせ、明るい追放後計画よ!」
ミリアムは元気よく拳を振り上げると、次の日に備える為、また暖炉に火がない中で凍えない為に、早々に藁のベッドに入って眠りにつくのだった。
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