魔法少女と物理特化な、俺

3号

第1話 世間は大変、裏山も大変

『ザザッ……で、あり……まほ……じょたちが』

「んー、やっぱ電波悪いんかなぁ」


途切れ途切れの音声を吐き出す古いラジオを平手で叩く。

型の古いラジオは最新型と違い作りが単純ゆえか、シンプルな打撃で意外と改善する。


『魔法少女……ちが、戦闘に入り……した!』


途切れるのは無くならないが、だいぶマシになってきた。

高い建物もなく見晴らしの良い空に二本の飛行機雲がかかっている。そんな長閑な空気の中で草むしりに精を出していると瀕死一歩手前のボロラジオからニュース速報が流れてきた。


「魔法少女か。若いのによくやるよな」


高校二年の身空で若いも何も無い、むしろ同年代だが田舎暮らしの華やかさとは無縁な男子高校生としては、どうしてもニュースで見る魔法少女たちが若々しく見えてしまうのだ。

むしろ彼、東野義昭が枯れているだけとも言えるが。


魔法少女、そういった存在が活躍するようになってから三年。きっかけは魔獣と呼ばれる異形のものが人間の生活圏を脅かし始めた事に端を発する。

最初はどこかの県道で食い荒らされたような男性の死体が発見されたとのニュースから始まった。

当時世間では熊や野犬など危険な野生動物の仕業だろうと言われていたが、発見から二日後に付近の民家が襲撃された事で一気に事態の深刻度は増すことになる。

というのも、その姿は既存の動物とは明確に異なっており猟銃も罠も通じず、警察が要請した自衛隊による攻撃すら思うような成果を出せなかった。

幸いな事にその生物は襲撃した民家に立て篭もり、警察と自衛隊は周辺を封鎖、避難を強制する事で何とか民間への被害の拡大は防がれた。

だが討伐までにかかった被害は甚大なもので、自衛隊、警官合わせて三桁に迫る人数の死傷者、重症者を出した。

政府はこの件を受け、未確認生物の調査及び再発防止のための対策委員会を設置したが……その動作は遅く数ヶ月も空けずに更に三件の同様被害が報告された。


『剣撃の魔法少女が……斬り込みま……た! 銃撃の魔法少女が援護に回ります!』


ラジオからは緊迫したアナウンサーの実況と、戦闘の音声が流れてくる。

当時、続発的に出現した三体の魔獣。まだ対策も整っていない中に現れたその災害に多くの被害が齎されたが、一体だけ、極端に少ない被害で討伐された魔獣がいた。

現場には魔獣の返り血を浴びた少女が一人。

これが後の魔法少女の先駆けとなる「蹴撃の魔法少女」のデビュー戦でもあった。

当時中学二年生の義昭はそのデビュー戦について深くは知らない。ただニュースで取り沙汰された現場の写真は目に焼き付いてる。

血溜まりの中に沈む魔獣と、その死体を踏みつけ佇む少女。


「ふぅ、まあこんなもんで良いかな」


あらかた草むしりを終えて一息つく。

こまめに手入れをしている畑は少しの手入れで済むとはいえ、夏の雑草の繁殖力は凄い。結局貴重な土曜日の午前中を食い潰してしまった。

祖父からのお小遣い目当てとはいえ、裏山の中腹にある畑まで出向いての草むしりは中々に面倒だった。往復だけで軽いハイキングだ。

軽トラに乗れる祖父からすれば近所だろうが、ママチャリしかない高校生からすると全然近所じゃない。

出際に持たされた鈍器のような大きさの水筒へ口をつけ、キンキンに冷えた麦茶を喉へ流し込む。くはぁーとオジサン臭い吐息が漏れるが肉体労働の後の一服だ、許して欲しい。


「確か今はスイカだっけか。夏休みが楽しみだ」


畑で元気にツルを伸ばしてる、多分スイカへしみじとエールを送る。元気に育てと。

畑は祖父がやってるのであり、義昭は小遣い目当ての手伝いしかやってない。植物の見分けなんてつくわけがない。

さて、草むしりも終わったし帰って小遣いもらって冷蔵庫のアイスでも食べよう。そう腰を浮かした時だった。

畑の奥、ここまで来るのに使った獣道から不気味な獣が這い出してきたのは。

それを何と表現すればいいか。一番近いところで言えば、中型犬サイズのイノシシ。しかし口端からは前方にむけて大きく鋭い、まるで刀のような2本の牙がそそり立ち、その体表からは高温のためか陽炎が立ち上っている。

明らかに尋常な生物ではないその様子に、ラジオの音声が重なった。


『緊急速報で……郊外に魔獣反応あ……が急行して……』


「魔獣……か!?」


魔獣の出現条件は現在あまり分かってはいない。しかし出現の時には必ず「ゲート」と安直に呼ばれる黒い渦が発生することから、感知専門の魔法少女と各種センサーによる発生対処は行えている状態だ。

つまり予測予報は不可能に近い。

幸い黒い渦が出現してから魔獣が出てくるまでタイムラグがあり、その間に感知が間に合えば事前に対処できるのだが


「何だってこんなところに……」


無意識のうちに近くの鍬を手に取る。

魔獣に通じる武器じゃないだろう、気休め以上の意味はない。魔獣を見つめ鍬を構える義昭だが、魔獣の目には全く脅威に映ってないのだろう。エサを見る捕食者の目で見つめ……。

踏み切った。


「うわっ……危なっ……!」


ギリギリで反応した義昭の隣を突き抜け、魔獣の牙が途切れ途切れのラジオを完全に粉砕する。

魔獣の立っていた場所の土は抉れ、破砕されたラジオの先には折れかかる木と、こちらをゆっくりと振り向く魔獣。

イノシシに似た外観からは想像しやすい、シンプルな突進。

ただ速度と威力が洒落じゃ済まない。

木までの地面に足跡はない、つまり最初の場所から一回の踏切で木をへし折る突進を成したということ。


「単なるジャブでその威力かよ……」


これは本当にマズイ、義昭の額に汗が伝う。

義昭を見つめる魔獣の目が、嗜虐的にニヤリと笑った。

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2026年1月2日 08:00
2026年1月3日 08:00

魔法少女と物理特化な、俺 3号 @tabito54

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