4 消えた二十分休みと悪魔顕現
二時間目と三時間目の間の休み時間。
小学校の頃にあった二十分休みは消え、他の休み時間と変わらない無個性な存在となってしまった休み時間。……そういえば二十分休みのこと、お母さんは中休みって呼んでたって教えてくれたっけ。色んな呼び方があるなんて、今川焼きみたい。今例えるなら、ケルベロスのがいいかな。
そのケルベロスについて神様と話したいと考えた私は、この休み時間を使って電話をかけることにした。
本当は一時間目が終わった後の休み時間で電話すればよかったんだけど、その時間はケルベロスに邪魔された授業内容をノートに写すので忙しくてできなかった。数学の先生がテストに出すって言ってたし、しっかりノートを取っておかないとね。
電話をかけるため、授業から解放されたクラスメイトで賑わう教室から、どこか人のいない静かな場所に行こうと席を立つ。「もしもし神様?」なんて会話、クラスメイトに聞かれるわけにはいかないもんね。頭おかしい奴と思われちゃうよ。
教室を出ようと立ちあがった私に気づいたはーちゃんが声をかけてくる。
「どうしたの小乃葉?」
「えっと、ちょっとトイレ」
ぱっと思いついた嘘を口にする。するとはーちゃんは「私も一緒に行こ」と言って立ち上がる。その様子を見ていた山田ちゃんまでもが「じゃあ、私もー」と立つ。
なんですと? 一人でこっそり隠れて電話しようとしてるんだから、一緒に来られたら困るよ。
私は立ち上がった山田ちゃんの肩を掴み、そのまま椅子に座らす。「なんで!?」と困惑する山田ちゃん。
「ごめん山田ちゃん、今日はお留守番してて。そして、はーちゃんも」
はーちゃんの腕を掴もうとする。するとはーちゃんは掴もうとした私の手をするりと躱し、逆に私の手首を掴んで腕を私の背中側に捻り上げる。
「いてえ! 何すんだ、はーちゃん! 腕取れる腕取れる! 部位破壊か! 小乃葉の翼爪剥ぎ取る気か!」
「アンタの翼どこよ。……なんでトイレの邪魔するの?」
神様に電話したいからなんだけど……本当のことは言えないし、何て言って誤魔化そう。
「今日はその……なんかトイレで私がヤバいことになりそうだから、皆を巻き込まないために一人で行ってくる。たぶんビッグバンが起こると思う」
「あんたトイレで宇宙生み出す気なの? まぁ、別にそれほどトイレ行きたいわけじゃないからいいけど」
そういってはーちゃんは山田ちゃんのことを見る。視線に気づいた山田ちゃんは「私も別に行かなくてもいいかな」と答える。
「それにしても小乃葉、何か変なものでも拾って食べたの? お腹痛い?」
私の手首を開放したはーちゃんは失礼なことを言いながらも、私の体調を心配してくれる。
「拾い食いなんてしないから。お腹は痛くないよ。でも宇宙は誕生してしまう。そんなわけで今日は一人でトイレに行ってくるよ。いいですか山田ちゃん、はーちゃん。私がトイレに入っている間、決してドアを開けて覗いてはいけませんよ?」
「この鶴、恩返しに来たふりしてトイレ借りに来ただけだろ。ほら、爆発する前にさっさと行ってきな」
しっしと手で追い払うはーちゃんと「いってらっしゃーい」と手を振る山田ちゃん。二人に手を振り返しながら、私は教室を出る。
見様によっては感動的な別れのシーンに見えるかもしれない。無理か。さて、どこで電話しよう。
トイレでいいかな? でも、本当に使いたい人がいたら迷惑になるかも?
どこで電話しようかなぁと悩んでいると、重大なことに気づく。そもそも神様と通話するのに必要なスマホを持ってきてねーや。取りに教室へ戻る。
先ほど涙無しでは語れない私との別れを済ませた二人――私の席に座ったはーちゃんと後ろの席に座った山田ちゃんは、二人でお喋りをしていた。その二人に気づかれないよう、私は自分の席の鞄からスマホを取り出そうとする。まるで段ボール箱を被った兵士のように、気配を消す。
「何やってんの小乃葉。あんたトイレはどうしたの」
ばればれだった。そりゃそうだよね。だってはーちゃん私の椅子に座ってるんだもん。横で鞄ごそごそ弄ってたら絶対気づくよ。
「スマホ忘れた」
私の答えを聞いて不思議そうにする山田ちゃん。
「トイレ行くのに?」
しまった。そう嘘ついて教室を出たんだった。どう誤魔化そう。うーん……嘘を考えるのって、大変。一度嘘をつくと、その嘘をつくためにさらに嘘をつかなければいけなくなるって誰かが言ってた。本当その通りだった、良いこと言うね。私も便乗して後世に残るような名言を作ろうかな。
「山田ちゃん、はーちゃん。何度も嘘をつく姿はまるで餅つきだよね」
私がたった今生み出した名言を聞いて、山田ちゃんは困惑し、はーちゃんは呆れる。
「突然どうした。頭いかれてんのか。脳の代わりに餅でも詰めてんの?」
「ひでぇ! さっきの私のお腹を心配する心優しいはーちゃんはどこへ行っちゃったのさ!?」
「先ほど休み時間に入りました」
「マジでー? 休み時間が終わるまでに戻ってきてくれるかなぁ?」
「私の優しさの心配よりも、自分の心配しな。トイレで宇宙作るのか、それともスマホで電話かゲームするのかわからないけど、何か内緒のことしに行くんでしょ。休み時間終わる前にさっさとやってきな」
さすが小学校からの付き合い。私がしようとしていることを当ててみせる。電話相手が神様ってところまでは当てられなかったけど。
「あい。いってきまーす」
そう返事をしてから、今度はしっかりスマホを持って教室から出る。さて、どこで電話しよう? 屋上に向かう途中の階段にしようかな。あそこなら人来ないし。
そう考えて三階の廊下を歩き始める。違うクラスの友達とおしゃべりしてる子、理科の教科書を持って歩く子、体操服姿で早足で進む子、トイレへ入っていく生徒。色んな生徒とすれ違いながら階段にたどり着いた私は、三階から一年生の教室がある四階へと移動し、さらにそのまま屋上に繋がる階段を上っていく。
そこは予想通り誰もいなかった。休み時間も半分ぐらいしか残ってないし、さっそく神様へと電話をかけよう。階段を上りきる前に立ち止まり、スマホの神アプリを起動させ通話アイコンをタッチする。
すぐに女の人の声が聞こえてきた。
「おぉ、小乃葉か。無事じゃったのじゃな? してケルベロスはどうなったのじゃ?」
「倒しました」
倒したというか、自滅したんだけどね。
「おぉ、そうかそうか! よくやったのじゃ! あれからずっと連絡がないので、もしや死んだのではないかと心配しておったのじゃぞ? おーい白狼、小乃葉生きておったのじゃー! しかも、しっかりケルベロスを倒したそうじゃ。じゃから、人間界へは行かんでよいぞー!」
そう電話先で大きな声を出す神様。その声に反応して「わかりました」という男の子の声が聞こえてくる。今の声が白狼さん、それとも君かな? 声だけで判断するなら私と同じぐらいの年齢な気がする。
それにしてもこの神様、毎回私の命を諦めるのが早いな。作戦を「いのちだいじに」に変更して欲しい。
「マルバスに続き、今回のケルベロス退治も見事じゃったぞ。ではのう」
神様が通話を切ろうとしちゃう。
「あー待ってぇ! 私、気になることがあって、それで電話したんです!」
「おぉ、なんじゃ? なんでも聞くがよい。ワシは神じゃからな。何でも知っておるのじゃ」
何でも知ってるけどゲーム機とソフトのことは知らない神様に、私は気になってることを質問する。
「ケルベロスが現れた時のことなんですけど、私の周りの人が『ケルベロス』って単語を口にするようになったんです。元は別の単語――私が思うにたぶん数字の『3』だと思うんですけど、それが『ケルベロス』って単語に置き換わってるみたいで。ケルベロスが消えたらこの現象も消えたんですけど、これってマルバスが私の指をささくれにしたみたいに、ケルベロスが私の脳を弄って『3』を『ケルベロス』って聞こえるようにしたんですか? だとしたらケルベロスに弄られた私の脳って、大丈夫なのかなって」
「なんじゃ、そのことか。そういえば小乃葉にはまだ説明してなかったのう。それはのう〈変換呪文〉という現象じゃな」
「変換呪文?」
攻撃呪文とか回復呪文なら聞いたことあるけど変換呪文は聞いたことないなぁ。
「うむ。ワシらも調査中の技術なのじゃが〈変換呪文〉とはマルバスが作りだした〈悪魔顕現〉を構成している要素の一つじゃな。〈変換呪文〉に残る二つの〈門〉と〈器〉の要素を足した三つで〈悪魔顕現〉は成り立っておるのじゃ。〈悪魔顕現〉は人間たちの間で廃れた〈悪魔召喚〉の代わりに、悪魔が人間界に現れるための手段としてマルバスが生み出した技術なのじゃが、その仕組みは〈悪魔召喚〉を参考にして作られておるようなのじゃ。じゃから、参考元の〈悪魔召喚〉が〈魔法陣〉〈触媒〉〈呪文〉という三つの要素で構成されておるように、〈悪魔顕現〉も〈門〉〈器〉そして〈変換呪文〉という三要素で作られておるのじゃ。呪文という言葉が共通しているので察することができるじゃろうが〈悪魔召喚〉でいう〈呪文〉にあたるものが〈悪魔顕現〉の〈変換呪文〉じゃな。では結局〈変換呪文〉とは何なのかというとじゃな、〈門〉に〈器〉を通して悪魔の名を知覚させることで〈悪魔召喚〉における〈呪文〉を唱えてるような状況を成り立たせる仕組みのことじゃ。どうじゃ、小乃葉? 理解できたかのう?」
「ワシらも調査中の技術ってところまでは理解出来ました」
「スタート地点ではないかっ! ワシが今、長々とした説明の時間はなんじゃったんじゃ!」
だって専門用語がいっぱい出てくる上に長いんだもん。覚えられないよぉ。
「要はのう、悪魔が
「えーっと、つまり今回なら
「あっておるのじゃ! やればできるではないか! 偉いぞ小乃葉!」
「えぇ~? それほどでもぉ?」
それにしてもケルベロスの奴、時計にじゃなくて文字盤の3の方に乗り移っていたのか。言われてみれば、時計全体がケルベロスになってたわけじゃないもんね。
「じゃからのう、『3』が『ケルベロス』に聞こえたのは〈変換呪文〉のせいなので、決して小乃葉の脳がおかしくなったわけではないのじゃ。心配しなくてよいのじゃ」
「良かったぁー」
「むしろじゃ、その〈変換呪文〉を逆に利用してやれば、小乃葉にとって有利な状況を作れるのじゃ。悪魔が人間界に来ておることを知らせるヒントになるからのう」
「そっか。さっきだって『3』が『ケルベロス』に変わって聞こえたから、ケルベロスに気づいたんだもんね。……でも、響きが似てる物に取り憑かれたら気づかないかも。おやつカルパスがおやつマルバスになってても気づかなそう」
「悪魔をおやつ感覚でいただくほどの猛者なら何も心配いらなさそうじゃが……。小乃葉の言う『響きが似ている物』の点についてはそれほど心配はいらぬじゃろう。なぜなら悪魔も好きなものに自由に取り憑けるわけではなくてのう……悪魔が取り憑いた物を〈器〉と呼ぶのじゃが、〈器〉はその悪魔に関係の深いものではないと駄目なのじゃ」
「関係のあるもの? なんだか幅広そうな言い回しですね」
「容姿、能力、生息地、地位や階級などじゃな。ケルベロスなら三つ首の
「えぇ……? 心配いらないって言われたばっかりだけど、そんな幅広い条件でちゃんと見つけられるかなぁ?」
「それも心配いらぬのじゃ。〈門〉が〈器〉を見つけることが出来るというのが〈悪魔顕現〉を成立させるための必要な要素なのでのう」
「えぇーっと……?」
〈門〉が〈器〉? なんか段々ついていけなくなってきた。覚えること多くて頭パンクしそう。そんな私に神様がわかりやすく纏めてくれる。
「悪魔の名前が聞こえたら、小乃葉の見つけられるところに悪魔が存在するとだけ覚えておけばよいのじゃ。それと最後にこれだけは覚えておいて欲しいのじゃが〈悪魔顕現〉で姿を現した悪魔は始めは〈器〉――取り憑いた物とほぼ変わらない姿をしておるのじゃが、時間が経つと本来の姿に戻るのじゃ」
「へぇーそうなんですね」
「小乃葉、軽く返事をしておるがこれは恐ろしいことなのじゃぞ? 悪魔が本来の姿に戻る現象をわしらは〈
「えっ、何ちーんって。私、どうなったの。一瞬、鼻かんだの?」
「一瞬で死んだのじゃ」
「がーん」
衝撃の内容にショックを受ける。
「いや、そうなれば犠牲は小乃葉だけで済まぬじゃろうな。〈真化〉し強大な力を取り戻した悪魔は己が欲望を満たすために破壊や虐殺を行うじゃろう。その被害や犠牲は、目も当てられぬような凄まじく悲惨なことになるじゃろうな」
神様が深刻な口調で怖いことをいうので、私は言葉につまる。そんな私の不安を取り払おうとしたのか、神様はいつも通りの明るい口調に戻る。
「なんて脅すようなことを言ってしまったのじゃが、それも今まで通り悪魔が〈真化〉する前に倒してしまえば何も問題なしなのじゃ! それに万が一悪魔が〈真化〉したとしても、ワシだって何もせずに黙ってみているつもりはないのでのう。安心するのじゃ!」
「おー! それは頼もしい! 神VS悪魔の戦いが見られるのかな! ラグナロクかな!?」
「小乃葉や。お主、ラグナロクってどういうことか、わかっていて言っておるのか?」
「神と怪物の戦いのことじゃないんですか?」
「そうではあるのじゃが……まぁ、よいか。戦いが見られると盛り上がっておるところ水を差すようで悪いのじゃが、残念なことにワシは人間界には降臨できんのじゃ」
「えっ、出禁くらってんですか?」
「失礼なっ! 出禁くらうような悪いことしとらんわ! わしの力が強すぎて不用意に人間界に降臨してしまうと、小乃葉の想像を超えるような奇跡が起こって大変なことになっちゃうんじゃ! じゃから自主的に控えておるのじゃ!」
「なーんだ。……ちなみに奇跡ってどんなことですか?」
「そうじゃのう……例えばじゃ、ワシが今、小乃葉の元に降臨するとする」
「はいはい。神様が今、埼玉県の中学校に降臨しました」
「するとじゃ、ワシの力によってその場に海が出来てしまうであろうな」
「埼玉に海がぁ!?」
私の驚く声を聞いて、神様が得意げになる。
「ふふん、どうじゃ? 想像を超えるような奇跡じゃろ?」
「はい。内地の埼玉に海が出来るなんて、どんな日本地図が出来上がってるのか全く想像できないです」
「なんかわしが思っておる反応と、ちょっとずれておるんじゃよなぁ……? まぁ、よいか。というわけなのでのう、わしは人間界に行けないのじゃ。しかし案ずるでない。いざという時はわしの代わりに使いの者に行ってもらうのでのう」
「神の使い……天使ってことですか?」
頭に輪っかがあって弓矢をもってて、白い翼が生えてて、中性的な見た目で……そんな存在をイメージする。
「まぁ、そう呼んでも差支えはないのじゃがな。ワシらは〈神使〉という呼称を使っておるのう」
「へぇー。みんなジェントルマンなのかな」
「その紳士ではないわ。神の使いと書いて〈神使〉じゃ」
「あっ、そうなんですね。じゃあ男の人しかいないのかと思ったけど、女の人もいるのかな。どんな神使の方が助けに来てくれるんですか?」
「うむ。今手が空いてるのはのう、狼の神使じゃ」
「お、狼?」
まさかの動物だった。いや待って。もしかしたら他にも援軍が?
「他に来てくれるのは?」
「他はおらぬ。皆忙しいのでのう」
「狼単騎!? 桃太郎ですら三体用意したのに!? 手持ち一体だけとか負けたら即『目の前がまっくらになった』ですよ!?」
「安心せい小乃葉。わしの部下――神使たちは皆優秀じゃ。一人でも十分悪魔と張り合えるのじゃ。じゃから……ん? 何の音じゃ?」
神様は通話先、つまりは私のところで鳴った音に気づく。きーんこーんかーんこーんって音。授業が始まるよ、階段で通話してる場合じゃないよってことを知らせるチャイム。
「ってやばっ! ごめんなさい神様! 私、教室に戻らないといけないんで通話切りますね!」
「わかったのじゃ。まぁ、色々言ったが、悪魔が人間界で〈真化〉することなんてここ数百年は起きてないのでな。さっきのワシの話は頭の片隅に入れる程度よいのじゃ。小乃葉の元に神使が行くこともなかろう」
「わかりました。それじゃあ、また何かあったら通話しますね!」
そう告げて私は通話を切り、階段を駆け足で降りて、誰もいない廊下を走り教室へと向かう。
……数百年は起きてないことかぁ。なんかフラグっぽくて不吉だなぁ。
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