3 悪魔の名前
神様は何者なのか。国籍はどこなのか。お姉さんの声だけど、どんな姿なのか。なぜ語尾は「のじゃ」なのか。私のスマホに勝手にアプリをインストールすることは実は犯罪なのではないか?
そんな謎に迫る私の前に、新たなる謎が迫ってきていた。
そう、xとyである!
「……数学なんだから、数字で書いてくれよぉ。xとかyとか、aとかbって英語の授業かよぉ……」
なんて呟いたところで答えは出てこない。
小テスト中で静まり返る教室の中、私は文章上で時には果物の個数になったり値段になったり、時には太郎君の歩いた距離になったり速度になったりする英文字たちと熾烈な頭脳戦を繰り広げていた。
ちらりと前の席のはーちゃんの様子を見ると、すでに問題を解き終えたらしく机の上にうつ伏せで寝ている。そんなはーちゃんの姿を見て「あっちの頭は賢くて羨ましいなぁ」と考える私の脳に「余所は余所、うちはうちでしょ」と言い聞かせてから、私はテスト用紙へと視線を戻す。
あれ、この問題、どこまで考えたんだっけ。脳内でわけわかんない茶番を繰り広げたら、問題もわけわかんなくなっちゃった。最悪だぁ。
そんな不幸なトラブルはあったものの、なんとかタイムアップ前までにすべての問題を解き終える。あぶねー。
ほっと一安心していると、黒板の前に立つ先生がテスト終了を告げる。同時に皆、ペンを置き、テストの手ごたえについて周りの友達と話し始める。
ちなみに私はテストの感想を友達と言い合うような愚かな真似はしない。その行為が何も生み出さないことを知っているのだ。
「
テスト途中で寝るぐらい余裕のはーちゃんは振り返り、ニヤニヤと笑いながら、時間ギリギリに終了した私に聞いてくる。
「私はさっきまで『感想を言い合う行為は何も生み出さない』って考えてたけど、訂正しよう。その行為は、争いを生み出すのだぁ!」
はーちゃんの両の頬を掴み引っ張ってやる。
「ごめんごめん。怒るなって」
謝ったので許してあげることにする。頬から手を放す。解放されたはーちゃんは、私の解答用紙を眺め始める。
「おっ、小乃葉、ちゃんと全部答え埋めてるじゃん! 偉い偉い!」
私の頭を撫でる。
「やーめーろー」
「でも二問目から、早くも間違ってるね」
「そして答え合わせの前にネタバレして、頑張った私の心を萎えさせるな!」
先生が「静かにしろー。答え合わせをするぞ」と言ったので、はーちゃんは私の頭を撫でるのをやめ、前を向く。無防備な背中を晒す友達の姿を見て、私の心を弄んだ復讐をしてやろうかと思ったけどやめておいた。今は答え合わせに集中しよう。
先生が黒板に小テストの回答と、その問題の解き方についての解説を始める。
一問目。合ってる。よしよし。
二問目はネタバレくらってるからね……って合ってるじゃん! 騙したな、はーちゃん! 復讐のため、右手に持つシャープペンのノック部分を、はーちゃんの脇腹へと伸ばす。
ピンと背筋をのばして椅子に座っていたはーちゃんは、ペンで脇腹を突かれて一瞬体をくねらせたけど、こちらに振り返るようなことはせずにすぐに何もなかったかのように元の姿勢に戻る。耐えたか。
なんてはーちゃんの脇腹を突いている間に二問目の解説は終わり、三問目の答えが発表されようとしていた。
「次のケルベロス問目の答えはx=10。y=5だな」
あれ? 三問目どこいった? てか「けるべろすもんめ」って何? はないちもんめなら幼稚園の頃にやったことあるけど、何か関係ある? 勝って嬉しくて、負けて悲しかったりする?
突然三問目の代わりに割り込んできた謎の「もんめ」に、私と同じように困惑してる人はいないかときょろきょろ周りを見るけど、みんな何の違和感も感じずに先生の解説を聞いていた。あっれー?
「はーちゃん、はーちゃん」
はーちゃんの背中を指で突いて呼ぶ。「どしたー?」と振り返る、はーちゃん。
「三問目どこいった?」
「どこいったも何も、今解説してるでしょーが。小乃葉の方が迷子になってんじゃん」
そう言ってから、はーちゃんは前を向く。あれー?
もしかしてさっきの「けるべろすもんめ」は私の聞き間違いで先生はちゃんと「三問目」って言ってた? 確かに「三問目」を何回か繰り返せば、「けるべろすもんめ」に聞こえてくることも……ねーよ。無理があるでしょ。
困惑する私を余所に、先生はどんどん答え合わせを進めていってしまう。
「四問目の答えは」
何事もなかったかのように、次の問題に進んでる。三問目の身に何が起こったの?
「x=5とy=ケルベロスだ」
そしてyの身にも悲劇が。今、絶対ケルベロスって言ったよ。数字じゃなかったよ! yに頭が三つある地獄の番犬が放り込まれたよ!
今度こそ、誰かが変と思ったんじゃないかと周りをきょろきょろするけど、皆騒がずに普通に授業を受けている。そんな馬鹿な。
一応自分の回答と照らし合わせてみる。xは合ってるけど、yは3になってる。当然、ケルベロスなんて書いてはいない。数学の小テスト中にそんな答えを導き出すほど、私は馬鹿ではない。
それにしてもyの答えがケルベロスと発表されてるのに誰も変に思わないなんてこと、ある? 先生も含めたクラス全員で私にドッキリを仕掛けてるとか?
本当にドッキリなのか突き止めようと前のはーちゃんの背中を突こうとして……やっぱりやめた。もしこれがドッキリなら、はーちゃんは簡単にボロを出すような奴じゃない。上手に私を騙し続けるはず。ここは真面目で嘘が下手な、私の後ろの席に座ってる山田ちゃんを攻めよう。
そう思い私が後ろを向くと、眼鏡の奥の瞳を細めて黒板を見ていた山田ちゃんが、首を傾げて私の顔を見る。
「どうしたの、姫野ちゃん?」
授業の邪魔にならないよう小声で私の苗字を呼ぶ。真似して私も小声で喋ることにする。
「山田ちゃん、正直に答えて欲しいんだけど、今クラス全員で私をドッキリにかけたりしてる?」
「えぇ? そんなことしてないよ? 急にどうしたの?」
小声で驚く山田ちゃん。その山田ちゃんの表情を私はじーっと見続ける。
ちょっとした表情の変化、視線の動き、体温の変化、心の声を読み取り、これがドッキリかどうかの真実を掴もうとする。じー。
「な、なに? なんなのぉ?」
私に見つめられて困る山田ちゃん。そして見つめてる私も困る。何もわからん。よく考えたら、じっと見て嘘を見破る探偵のような技能なんて、私、持ってないし。蛇じゃないんだから体温の変化もわからんし、そもそも心の声が聴けたらじーっと見る必要ない。
「姫野ちゃんがどうしてそう思ったのか分かんないけど……クラス全員でドッキリなんてそんな大がかりなことしてないよ?」
「それもそうだよねぇ。私も山田ちゃんの言うとおりだと思うんだけどさぁ」
そう私が言ったところで……。
「五問目の答えはx=じゅうケルベロス。y=9」
教室中に届く、先生の声。
「山田ちゃん、今の聞いた!?」
「今のって……五問目の答え?」
「そう! それ!」
「x=じゅうケルベロスで、y=9だよね」
「そう、それぇ!」
「どれぇ!?」
「xの方!」
「じゅうケルベロス?」
「それそれぇ! じゅうケルベロスって何なの!? 鎧とか兜装備してるの!? 軽ケルベロスもいるの!?」
「な、何の話!? 何でケルベロスぅ!? どうして突然、姫野ちゃんの口から地獄の番犬が飛び出してきたのぉ!?」
再び現れたケルベロスという単語に混乱した私だったけど、その単語を口にした山田ちゃんは私以上に困惑していた。なんで?
「どうして突然出てきたのって……山田ちゃんも産み出してるよ?」
「産んでない産んでない! そんな生き物産み出してないからぁ! 私、エキドナじゃないし、悪魔召喚もしてないからぁ!」
なんかまた新しいのが現れだした。エキドナって誰。……ん?
「悪魔召喚? ケルベロスって悪魔なの?」
地獄の番犬じゃないの?
「うん。ナベリウスって悪魔の別名だって話があるの」
「そうなんだ。色んな名前があるなんて今川焼きみたい」
大判焼きと呼べとか、いろんな苦情があると思うけど、とりあえずここは埼玉なので今川焼きと呼びますね。
「それより、なんで姫野ちゃんはケルベロスの話を急に始めたの?」
「だって山田ちゃんがxの答えはじゅうケルベロスだって」
「言ってないよぉ。じゅうケルベロスだって言ったの」
いや言ってるんだけど。でも山田ちゃんは本気で言ってないと思ってるみたい。どういうこと?
……もしかして私の頭がおかしくなったの? そのせいでみんなの言葉がケルベロスって言ってるように思っちゃってるの? こわっ。なんでこんなことになっちゃんだろ?
昨日の悪魔マルバスのせい? 私にしか認識できないとかいう悪魔のせいで、私の認識がおかしくなっちゃったの? ……悪魔は私にしか認識できない?
私しか認識してないケルベロスって単語。そしてケルベロスは悪魔。もしかして……。
「姫野ちゃん? 大丈夫?」
黙り込んだ私を心配して、山田ちゃんが私の顔の前で手を動かす。
「うん、大丈夫。授業中に変なこと言って困らせてごめんね、山田ちゃん。今の忘れてね」
山田ちゃんに謝ってから前を向く。すると後ろで山田ちゃんが「別にいつものことだから気にしてないけど……」と知らない人が聞いたら私という人間を誤解してしまうような言葉を呟く。初見さん、勘違いしてはいけませんよ。私は真面目な中学生です。
なんて言ってる場合じゃない。はやく私の思い付きが合ってるかどうか確かめないと。
きょろきょろと教室中を見回す。規則正しく並ぶ机と椅子に座って先生の話を聞く生徒たち。窓から見える廊下は、授業中のため誰も歩いていない。反対側の窓には青空や学校を囲むように立っている民家が見える。教室の前には黒板があり、答えや解説が書き綴られていた。その黒板の上、教室中のどこからでも見える高い位置には円形のアナログ時計が壁に掛けられている。
私の探してる存在は、その時計にいた。
数字の12を頂点に時計回りに1、2と数字が増えていき、ぐるっと一周して12まで戻ってくる。なんて説明しなくても誰もが見たことのある文字盤。その文字盤から3が無くなっている。代わりに本来3の数字がある箇所には可愛くデフォルメ化された犬の顔が三つ描かれていた。
三つの頭の犬。たぶん、こいつが悪魔ケルベロス。
マルバスを倒した時に神様は言っていた。マルバスがぬいぐるみになったんじゃない。ぬいぐるみにマルバスが取り憑いていたんだって。きっと、このケルベロスもマルバスと同じように時計に取り憑いているんだ。そしてマルバスと同じように私にしか認識できないんだ、たぶん。
マルバスが私の指にささくれを作ったみたいに、ケルベロスが何かしてるんだ。
時計盤に顔だけでいるケルベロスを見る。三つある顔は上に一つ、その左下と右下に一つずつと三角の形をしていた。ツムツムかな? マルバスの時と比べてちっちゃいなぁ。見つけられてよかったよ。
とりあえず、このことを神様に報告して、どうすればいいか助言を貰おう。授業中にスマホはつかっちゃいけないってルールがあるから、先生に見つからないようこっそりやらないと。鞄からそーっと抜き出したスマホを机の中へと入れる。そのまま先生に見つからないようこそこそとスマホを操作して神アプリを起動させる。
さすがに通話は出来ないのでメッセージ機能の方で連絡を取ろう。すぐに気づいて返信を送ってくれるといいけど。『ケルベロスって悪魔が襲ってきました』。送信っと。
授業中のためマナーモードをオンにしてたけど、念のため振動もしないようミュート状態にしておこう。
すぐに返信が来る。よかった。早速メッセージを確認。
『たいへんじゃあ!』とお姉さんが叫んでるスタンプが送られてきた。スタンプが可愛いせいか、いまいち緊張感に欠ける。大丈夫かなぁ?
なんて心配してたら、すぐに追加の文章が送られてきた。えーっと『それでケルベロスの大きさはどのぐらいなのじゃ?』かぁ。
うーん。見た感じ、元々あった時計の文字盤の3よりちょっとだけ大きいかな? それを神様になんて伝えようと時計と睨めっこしながら悩んでいると、また文章が送られてくる。
『PS ワシはPSについて学んだのじゃ。じゃから安心して大きさを伝えるのじゃ!』という内容だった。追伸のPSとゲーム機のPSが同居しててなんだかややこしい。私がマルバスの大きさをゲーム機で例えた時、理解出来なかったことを気にしてたのかな……。
しかし、さすが神様。全知全能の存在。これなら安心して私の例えやすい表現で伝えられるや。
さっそく大きさを伝えるための文章を作る。
えーっと『ケルベロスは頭だけの姿です。三つある頭の一つずつの大きさはSwitchのソフトぐらいの大きさです。三つ合わさると3DSのソフトより大きいです』っと。送信。
……あれ? 今まですぐに帰ってきた返事がなかなかこない。表現を変えてもう一度送った方がいいかな、なんて思ったら、神様から返信が来る。どれどれ。
お姉さんが『すまんのじゃ』と謝ってるスタンプ。続けて文章で『Switchとか3DSとか何のことかさっぱりわからなかったのじゃ』と。伝わらなかったかぁ。
いかに神様と言えど、ゲームには詳しくないみたい。全知全能は言い過ぎた、半知全能ぐらいにしておこう。
神様から『ケルベロスは小乃葉と比べて大きいのかのう?』という文章が送られてくる。結局、今回の物差しも私になるのか。『とってもちっちゃいです』。送信っと。
すぐに『なんじゃ、それなら慌てる必要もなかったのう。マルバスの時同様、後は小乃葉に任せたのじゃ』と返信が。任されちゃったよ。まぁ、神様がこういってるんだし、事態はそれほど深刻じゃないのかな。
幸い後十分も待たずに一時間目が終わるし、悪魔退治は休み時間になってからやればいっか。授業中の今、私が暴れたら大騒ぎになるだろうし。
問題はケルベロスが私の手の届かない時計の位置にいるってことだけど……掃除用具入れから箒持ってきて、それで叩けば解決かな?
でも、それはそれで別の問題が生まれるな。急に箒で時計を叩きだすという奇行を、周りになんて誤魔化そう? 今のうちに何か言い訳を考えておこう。
一応、何が起こるかわからないのでケルベロスを見張りながら、言い訳を考え始める。「虫が止まってた」じゃ、箒で時計を叩く言い訳としてはちょっと弱いかなぁ? 緊急性を出すために倒さないと皆に被害が出るような生き物にしよう。日本にいて、危険な生き物……熊だね。時計に熊が止まってたから箒で叩いた。これならいけるか?
……悪魔が憑いてたって言う方がまだ説得力ありそう。
私が言い訳に悩んでる間にも、数学の授業は進んでいく。
「塾や個人で予習している者は知っているだろうが、ケルベロス年生で習う」
先生が口にした「ケルベロス」という言葉に反応して、文字盤の三つの犬の顔が一瞬「くわっ!」と歯をむき出しにしてから、すぐに「すんっ」と元の顔に戻る。
「ケルベロス平方の定理を」
くわっ! また怖い顔になる。すん。
「直角ケルベロス角形は」
くわっ! すん。
「角度がケルベロスじゅう度で」
くわっ! すん。
「底辺はルートケルベロス」
くわっ! すん。
えーい! 鬱陶しい! 桃鉄の貧乏神変身演出みたいになってんじゃん。まさか、このままキングケルベロスになったりしないよね?
やっぱり今のうちに倒した方がいいのかな? でも授業中に箒を持ち出して時計叩くのは、さすがに大事になるよねぇ?
どうしようかなと悩んでる間にも時は刻一刻と進む。ちくたくと進む秒針がケルベロスの側を通過する際、左下の頭に針の先がちょこっと引っ掛かったように見えた。
そうして秒針が一回転する毎に、分を刻む長針が進む。数字の2を通り越した長針は、本来は数字の3がいたはずの場所に存在する三つの犬の頭へと迫っていた。
今まで長針が通過してきた時計盤の数字は平面だったけど、ケルベロスの顔はふっくらしていて立体的になっている。その結果、長針はケルベロスの三つある頭の内、頂点の位置にいる頭にぶつかってしまう。
丸っこく可愛らしかった犬の顔は、長針に押し潰されラグビーボールのような形に歪む。目、鼻、口がぎゅっと顔の真ん中に。ぶっさ。
三匹の犬の内、一匹が針にぎゅーっと押しつぶされ苦しそうな顔になってる時計を見ながら思う。このまま針が進んだらどうなるんだろ。じー。
六十秒経ち、長針がまた一つ進む。ぐにゅ。時計の針によって犬の顔がまた圧迫される。なんだか柿の種みたい。
さらに一分経って長針が進むと、三角形の頂点の位置にいる頭は完全に潰れ、消えてしまった。
同時に、残った二つの頭も消え、代わりに文字盤に3が現れていつもの普通の時計に戻る。時計からケルベロスが消え、平和になった教室に先生の声が響く。
「最後の問八の答えはx=3、y=13だ」
……やっつけた? やっつけたっていうか自滅に近い気もするけど。あの悪魔勝手にやってきて、勝手にやられて帰っていきやがった。何しに来たんだ。いったい何の時間だったの。
「ここは中間テストで出すから、しっかり解き方を覚えておくように」
先生の言葉で思い出す。数学の時間だよ!
くそぉ、あの悪魔。きっと私のテストの点数を下げにやってきたんだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます