第4話:ガチャ
「ミミ、ここ押して」
「ん」
ガチャ画面をポチッと。
「ん!?」
画面の色が違う。地母神アルタナーの周りをグルグル回る光が虹色だ。来たか、最高レア確定だ。画面に表示されるのは、テカテカと虹色に輝く光が1つ。それから、金が2つ、青が3つ。残りは白。
とうとう当たりが来た。もともとガチャ運に自信は無かったが、この一大事にクソ運を発揮してきた僕に、ようやくひとつの当たりが。
虹色。虹は幸せの色だ。多くのソシャゲで大当たりとされている。おかげで日常の中でこの色を見ると反応する身体になってしまった。たまにあるよね、ゲーミングなんとかとか貝の内側とか。
お、お、お落ち着け。まずは低レアから開けていくんだ。まだ出るなよキャラクター。
白は4枚。回復薬、ネックレス、キャンディ、包帯。うん、何も言うことはない。
青が3枚。手袋、安全靴、ヘルメット。工事現場か。エロ方向じゃなかったのか。
金は2枚。さて、ここまでキャラクター無し。となるとレアが確定している。いい感じだ。
金からタップする。あ、これはキャラクターだ。☆5ならずか。仕方ない。光の中からシルエットが浮かび、そして収束する。
さて、どんな奴が来る? そろそろ前衛が欲しいな。フェイ一人ではキツイ。タンクとしてはいいが、アタッカーの前衛が第一希望だ。
「招致に応じました。わたくしはヴァルハイム王国第三王女兼宮廷魔術師、心眼の魔女ルパル。お供させていただきます」
…………。
見覚えのある顔、聞き覚えのあるフレーズ。当たり前だ。ついさっき見たばかりだ。
被った。
被った……よりによってキャラクターで。レア枠で!
まあ、ね、始まったばかりのソシャゲはキャラも少ないし被るのも仕方ないよ。ないさ。
でもさ。
「あ、あの、どうかなされました……?」
「ああ、いや、なんでもないよ」
いや、悪くない。誰も何も悪くないさ。強いて言うなら僕の運が悪い。
ガチャとは常に不条理なもの。ピックアップをすり抜けて、同じのが複数来たりする。それに比べればただ被っただけだ。なんてことはない。
って、ええ……二人目? 同じ空間にいていいの? それアイデンティティ崩壊しない? ドッペルゲンガー?
「ご主人様!」
「こちらをご覧ください。ご主人様に対するささやかな捧げ物です」
「さ、捧げ物!? なっ、は、離してください!」
このタイミングで馬車から出てきた。フィラルムもフェイもいつもの服装。ルパルはマイクロビキニアーマーに着替えさせられていて、せめてもの抵抗か、胸の前でローブを抱えている。ジタバタと暴れているが、フェイにガッチリ固められているようで逃げられず、身体が宙に浮いてしまっていた。
「こちらの装備は胸の小さなほうが似合うのかもしれません」
「小さっ……!?」
「しからば自分にも似合わないでありますな!」
「あなたは似合わなくても着るのよ」
「ご無体な! って、おや?」
ギャーギャーやかましく騒いでいたが、俺の隣のルパルに気付く。
「ルパル?」
「ルパル様がお2人!?」
「わたしが2人!?」
「わたしの顔した変態!?」
出会ってしまった。ドッペルゲンガーを見ると死ぬんだっけ。いやドッペルゲンガーじゃないけどさ。
「だ、誰が変態か!」
「そんなほとんど丸出しで! 変態じゃないっていうの!?」
「これはお姉様が!」
「お姉様はそんな変態みたいな格好させないわよ!」
「させたのよ!」
「わかったわ、あんた人の姿を真似る魔物ね! 偽者!」
「偽者じゃないわよ! あんたこそ偽者でしょ!」
元気に取っ組み合いの喧嘩をしている。良かった、とりあえず生きている。
安心していると、フィラルムが耳打ちしてくる。
「ご主人様、これは?」
「あー、ガチャでダブった」
「なんと……装備だけでなく人も?」
そりゃそうだよな。普通、双子でもなければ同じ人間はいない。いや、双子よりも似てるな。知り合いにいたが、ホクロの位置とか違っていたし。
ソシャゲでは水着なんかで衣装違いの同一キャラなんてのもよくあるから麻痺していたが、キャラが複数いるってどんな状態だよ。増殖してんのか? 着替えたら増えるのか? 同時に編成できるのもあるしなんだろう。
ふむ、表記するならルパルとルパル(水着)だろうか。水着じゃないけど。(マイクロビキニ)でいいか。
「大丈夫、キャラがダブると合成するんだ。そうすると強くなる」
「ご、合成ですか?」
「うん、よくあるシステムだよ」
多くのソシャゲでは、キャラクターが重なると合成してステータスやスキルレベルが上がったり、レアリティそのものが上がったりする。暁の騎士物語でも同じく強化の項目で重ねることができるようで、強化項目はスキルレベルだった。とっとと強化しようか。
「お待ちください」
「ん?」
「2人いるほうが有利ですわ」
「はい?」
何を言い出す。
「ルパル、そこまでになさい」
「「はい、お姉様」」
ルパルとルパル(マイクロビキニ)が振り向いた。息が合っている。さすがは同一人物だ。
「これがあなたのご主人様のお力よ。スキルであなたたちを2人にしたの」
「ふ、2人に?」
「それは何のために?」
「戦力よ。ひとりよりも2人のほうが強いわ」
「た、確かに……」
納得した!?
いや、僕が狙って2人にしたみたいじゃん。たまたまなのに。
「おほん、フィラルム」
「実のところ、何を喚び出すかはランダムなのよ。たまたまあなたが2人だったの」
「ああ、召喚のスキルなのですね。いえ、喚び出すのでなく複製……? それとも平行世界から……? 興味深いわね。どういう仕組みなのかしら……」
「ランダム召喚。それも契約も無しに人間を。なんて強力なスキルなの……」
考え込む顔は真面目な学生のようだ。だが片方はマイクロビキニ。寒そう。
「将来的には2人の力を合体させることもできるのだけど、今は戦力不足なの。そのまま戦ってほしいわ」
「ええ、もちろんですわ」
「お姉様の命令であれば……」
チョロい。えらくチョロい。フィラルムの言い包めが上手いのか、姉への信頼度がすごいのか。
「というわけで、あなたがルパルであなたがルパリア。区別できないと不便だからそう名乗りなさい。はい、ご挨拶」
「ではわたしがルパリアですわ。以後お見知り置きを」
「ルパルですわ。よしなに」
「よ、よろしく」
あー、うん、衣装違いのキャラが出たと思えばいいのか。それとも双子キャラか。なんでもいいや。戦力不足は本当だ。アイスウルフを入れてもまだ4人しかいない。同キャラ編成ができるなら重ねるよりも有用だ。編成画面を開こうとして気付く。そうそう、ガチャが途中だった。
「そうだ、見てよ。最高レアだ」
「ええ、さすがは御主人様ですわ」
さすごしゅ。生さすごしゅだ。
自分がそんな立場になるとは思わなかった。何もしてないのに全肯定されるの案外気持ちいい。
「ミミ、指」
「ん」
さて、残るは金と虹。まずは金をタップする。おお!? またキャラクターだ! 光が収まり、シルエットが晴れる。
さて、今度こそ前衛だろう。タイトルが暁の騎士物語だぞ。魔術師も騎士物語の定番だが、あくまでオマケだ。そろそろ騎士が来るはず。
予感はある。
「招致に応じました。わたくしはヴァルハイム王国第三王女兼宮廷魔術師、心眼の魔女ルパル。お供させていただきます」
聞き覚えのあるフレーズ。見覚えのある顔。ああ、実はちょっと予想してた。
3人目ぇ!
「なっ、わたしが2人!? しかも片方は変態のような……!」
「あー、うん、フィラルム、説明頼んだ」
「お任せを。ルパル、これはご主人様の……」
2回目だから説明もスムーズだ。フィラルムに任せて最後の虹色に立ち向かう。
「ミミ、気合い入れて」
「んおー」
それで気合い入れたのか? さっきと変わらぬ態度でタップする。後戻りはできない。さあ誰が来る!?
いや、キャラクターとは限らない。装備もあるし消費アイテムもあるかもしれない。装備はともかく最高レアのアイテムってなんだろうな。ゲーム的には限界突破用のアイテムとか、キャラクターを重ねるのと同じ効果のアイテムとかだけど。現実ならともかく、何度でも挑めるソシャゲで蘇生アイテムやエリクサーは価値が低い。ゲーム準拠で考えるならだけど。現実なら最高レアだ。
さあ何が出る?
虹色が眩く光る。特殊演出だ。残念ながらキャラクターではない。装備だ。
「んん? 腕輪?」
ガチャ画面では、なんというか魔法少女感のある服が表示されているのだが、現実にあるのは花のような装飾のついた腕輪だった。
「これは?」
「えーと、花の精霊契約だって。後衛用の、おお、全身セットだ」
名前が翻訳っぽい。これ一つで両手とアクセサリー以外の装備枠全てを埋めるらしい。いや、腕輪のみってほぼ全裸では? エロ方向とはいったが、全裸は決してエロではない。
「「「精霊契約!?」」」
ルパル3人がハモる。
「精霊契約ですか。それはまた凄いものを」
「なにそれ」
「精霊の宿った装備品ですわ。必要な時にだけ変形するとか」
「とにかく謎が多いのです。極稀に精霊に授けられると聞きます」
「ああ、つまり変身ヒロインなのか」
どうりでアイコンは魔法少女感のある服なわけだ。やたらとヒラヒラしていてスカート丈が短い。おお、能力すげえ。防御力はもちろん、魔力とMPの上昇がすごい。
これはルパル用かな。後衛だし。
とはいえ、まだわからない。ここから先の引き次第だ。
「はいお姉様! わたしが着けます!」
「あっ、わたしが!」
「いえわたしが!」
ルパル達が我先にと立候補する。なんでお姉様だよ。俺に言えよ。
「ちょっと待って。まだガチャの時間は終わってないんだ」
そう、これなるは事前登録報酬の中に含まれる特別なガチャチケット。その名も☆5キャラクター確定チケットだ。
もう一度言う。
これは確定チケットなのだ!
ここまでの引き。正直、リセマラするつもりじゃなくてもリセマラするレベルの結果だ。キャラクターは☆4が、同キャラ3枚だけ。アイスウルフもいたか。いやでもあれは低レアだ。
だが、僕にはこれがある。これなら確実に一人は引ける。さあ引くぞ。絶対引くぞ。ほら引くぞ。
「まって」
ミミが僕の手を引く。
「どうした?」
「ん」
手をポンと叩き、ギュッと握った。それからスマホ画面をタップする。何がしたいのかはわからんが、とにかく☆5だ。地母神アルタナーの周りを回るのはもちろん虹色の光。何度見ても神々しい。
「頼む」
「ん」
再びのタップ。光の中から現れたのは、極薄の布地で出来た服だった。
「ん?」
服だ。間違いなく服。ランクは☆5、名前は太陽の衣。上半身と下半身の部位。
お、すごい性能だ。前衛でも後衛でも使える上に、装備していると体力回復効果までついている。何より初期MPの上昇が素晴らしい。必殺技ゲージが溜まった状態になる。初期にありがちなぶっ壊れ性能のアイテムかもしれない。
見た目も素晴らしい。一見すると薄手のゆったりしたワンピースだが、何がとは言わないが、光に透かすと見えてくるものがある。こういう迂遠なエロスは嫌いじゃない。露骨な露出度の高さよりも好みだ。
いやあ、これはいい物を引いた。大満足だ。さすが確定チケット。
…………。
「いやキャラは!?」
応える人はいなかった。
「えー、対策会議を始めます。拍手ー」
「はい」
ガタゴト揺れる馬車の中で、話し合いの席がもたれた。ぱちぱちと小さな音。やる気が感じられない。僕にも無い。
司会は僕。参加者は御者として馬車を走らせるフェイを除いた全員だ。僕、フィラルム、ミミとアイスウルフ、ルパルが3人。
「協議の結果、☆5キャラクター確定チケットから装備が出たのはバグか設定ミスだと結論づけられました。お問い合わせもできないので泣き寝入りするしかありません」
「はい」
テンションが低く見えるのは、ガチャというものをよく理解していないからだろうか。深刻な状況だが、理解しているのは僕だけだ。
運営が雑に☆5を詰め込んだ結 果、このような悲劇に繋がったのだろう。ソシャゲのガチャにこんなのは日常茶飯事。バグとミスと悪意ある仕様のオンパレードだ。
ガチャといいつつ全員が同じテーブルでレアの出る回転数が決まっていた事態も見たし、ピックアップガチャにピックアップされたはずのものが入っていなかったこともある。重課金者だけレアの出にくいテーブルに飛ばされたのが発覚したこともあるし、引いたはずのガチャ内容が亜空間に消えることや、逆に連打で増殖することもあった。ガチャ割引といいながら通常通りに石を使って景品の数が割引かれていたのはさすがに笑った。
とかくソシャゲやガチャにはバグや設定ミスや簡悔や強欲や悪意が多いのだ。何があってもおかしくない。良心的なガチャというのはサービス終了が決まってから始まる大放出ガチャくらいしかない。あれ本当に気持ちいいんだよ。
もちろん悪意やミスが発覚したら詫び石や消費者庁コラボや返金やロールバックという事態になるのだが、それでも俄には信じられないような事例が無数にある。それがガチャというものの恐ろしさ。
それに比べれば、課金限定でもないし石を使うわけでもない、開幕サービスの中身が適当だったとしてもおかしくはない。おかしくはないのだが、ここで来るかね、しかし。
「石はなるべく温存する方針ですので、メンバーはここにいるので全員になります」
改めて頼りない。
戦闘要員はフェイ、アイスウルフ、ルパル×3。ゲームでは同キャラを編成はできないと思うが、現実になった今は同時に戦闘可能なことはわかっている。実戦をしていないから確定ではないけれど。
「あの、せめてもうちょっと、5人引くまで回さない?」
「駄目です。歯止めが効かなくなるのが怖いので」
御尤も。あと一回、あと一回とズルズルいきそうだ。
「現状、特に戦力的に困ってはおりません。前衛のフェイに、後衛のルパル達。この辺りの動物や野盗であれば苦戦もしませんわ」
野盗か。一回戦っておきたいが、残念ながら街道にはほとんど出ないらしい。つまりレベルアップもできないということだ。出てくるのも狼とか熊みたいな動物だ。城の奴等は魔物と呼んでいたが、動物との違いは別に無い。人間を襲う動物が魔物と呼ばれるとかなんとか。
「ここで問題なのは、誰を強化するかということだね」
「はい」
デイリーガチャでのみ手に入る経験値の書。これが現在8個ある。こんなものは普通、ステージなりダンジョンを攻略したり、修練場みたいな名前の経験値稼ぎステージをクリアすると大量に手に入るものだが、現実となった今では貴重品だ。なにせ入手手段が無い。
均等に使うか、一人に注ぎ込むか、注ぎ込むとしたら誰にか。それが問題だ。
「全員に1個ずつ、残りをフェイにというのがベストだとわたしは考えます」
フィラルムが言う。ソシャゲの成長曲線は極端だ。最初は上がりやすくて上にいくほど上がりにくいのは大体のゲームで共通だけど、ソシャゲで1から10まで上げるのと、80から90まで上げるのでは、必要数が1000倍くらい違う。
「これ1つあればレベル8まで上がりますので能力の底上げになります。しかし、フェイはレベル20でオールガードのスキルが開放されます。味方全員への単体攻撃を防ぐというスキルで、これは優先すべきかと」
「うん、大事だ」
そう、フェイはタンク。つまり味方を守る役目のキャラだ。現実にどういったスキルかはわからないが、脆い後衛を守れるスキルは重要だ。あわよくば僕やミミやフィラルムも守って欲しい。
「賛成」
「賛成」
「賛成」
3人のルパルが次々に手を上げる。今は全員が元の衣装なので、どれが何人目かもわからない。息が合っているのは流石の同一人物だ。
「お姉様の言様に間違いはないのよ」
「大人しく従っていればいいの」
「そうよ………みんなそうすればいいのよ」
なんだか一人心に傷を負っていそうだ。
「ちなみに、ルパルのレベル20スキルはファイアストームという範囲攻撃ですが、今は単体攻撃で十分ですので後回しになります」
ゲーム内でルパルの基本攻撃はマジックショットという無属性の魔法らしいが、他の魔法が使えない訳じゃない。ゲーム内で使うのは攻撃だけだが、現実には他の魔法もいくらか使うことができる。これが派手に重要だった。なにせ、このスキルが使えるキャラを引く為にガチャをしたまであるのだ。
馬に魔法を掛けて脚を速くし、疲れにくくし、発する音を小さくし、揺れを抑えた。地味に、いや派手にすごい。おかげで国境までの時間が大幅に短縮された。
つまり補助と回復と隠密その他ができるということだ。本当に優秀だな。
攻撃魔法も火水風土の基本属性単体攻撃は収めているとか。それ以上の強力な魔法も知識だけはあり、足りないのはレベルだけらしい。レベルを上げたら新しい魔法を覚えるってのはこういう理屈か。身体能力が上がって使えるようになる技能と違って、知識が無いのに魔法を覚える訳ないもんな。
基本攻撃が無属性単体なのは多彩な攻撃方法を実装できないゲームの都合だろう。本当に優秀じゃないか。そう褒めたら「だ、誰でもできるわよ! 魔法使いなら!」と言っていた。リアクションが古い。
「ではそうしよう。ミミもいい?」
「ん」
「アイスウルフが成長するかもしれんけど」
「本当?」
「いや知らんけど」
「アーちゃん、大人になる?」
「たぶんね。跨がって乗れるようになるかもよ」
「ん……なら、いい」
名前、アーちゃんになったのか。ミミの頬がほんの少しだけ紅潮している。
今でこそ仔犬(といってもすでに小型犬よりは大きいが)のようでミミの腕に抱かれているが、いずれは成犬……成狼? サイズになるはずだ。それは年月なのかもしれないし、レベルが上がれば進化や成長があるのかもしれない。逆にずっと仔犬という可能性もあるのか? だとしたら不老になるから有り得ないと思うが。ゲームキャラの老後なんか気にしたことねぇや。
「では、そのように分配する」
「ええ。この議題は以上ですわ。続いて装備の分配です」
装備アイテムはゲーム内のキャラクター以外も装着できることがわかった。つまり、僕やミミの分も考慮する必要がある。
僕のは簡単だ。お誂え向きに工事現場セットがある。黄色いヘルメット、厚手の手袋に安全靴。それとコモンアーマー、コモンシールド。装飾は破毒のリング。武器は槍。全体的に市民デモのようでファンタジー感も薄く、有り体に言えばダサい。これを女の子に装備させるとは、スタッフはガテン系フェチなのだろうか。たまに腹筋バッキバキの女キャラとかがいるゲームもあるが、このゲームは違うはずだ。絵師の癖だろうか。それともプロデューサー?
ミミはプリンセスドレスにミニスカートのままだが、マイクロビキニアーマーの下はフィラルムに没収されていた。まあもったいないからね。代わりにリボンで締めるタイプの紐パンツを支給されて、大人びた可愛い下着にご満悦だ。無表情だが喜んでいるのがわかる。ミニスカートにモコモコの綿パンツじゃみっともないものな。おかげで可愛らしく纏まっている。
ワカメといえば、あの時代の子供服は布を節約するために異様な短さだったのだろうか。資料写真では男子も例外なく短パンだったな。どうでもいいか。
ソシャゲだけあって女の子の可愛さは何よりも重要なのだ。それは装備も同じこと。たとえグラフィックが変わらなくてもだ。
これは一応、普通のRPGでもよくあることだ。女性専用装備の露出度が高いゲームはよくあるし、それが強い装備だったりするのと同じこと。ソシャゲにありがちなキャラデザは露出が多いものだが、そのほうがガチャが回るという悲しい男のサガか、運営にそういう癖の者がいるのだろう。村でやれよ。仮にも一般向けだろうに。
一般向けだからこそ装備だけなのだろうか。国民的ゲームにもあぶないナントカとかえっちなナントカなんてのもあるし、透視モードで下着姿になったりした。誰しも伝令のワガママな化学反応を縦回転させようと必死になったというじゃないか。それが存在する事実に興奮する奴はいる。公式に存在するなら同人活動も捗る。だから重要な設定だ。
ともあれ僕らは非戦闘員だから、最低限の防御力さえあればいい。迅速に逃げるか防御態勢に入る方が重要だ。フェイが戦闘態勢に入るまで生き延びればいいんだ。回復薬はあるから、頭だけ守って即死しなければなんとかなる、かもしれない。
そのフェイの装備はマイクロビキニアーマー。これは前衛用なので確定だ。前衛一人しかいないからね。犬以外ね。他の箇所はコモン装備に、アクセサリーは耐麻痺の指輪。御者の仕事もあるので、上からマントを羽織っている。マイクロビキニアーマーについてはもう誰の反対も起こらない。フィラルムが身体を張って着てみせたのだから文句も言えない。
フェイのマイクロビキニアーマー姿は重力に反逆している。天を睨むように上向きで長い。フィラルムの丸くて柔らかなフォルムよりも肌のハリと硬さを感じるのは、身体を鍛えているからだろう。筋肉の上に適度な脂肪がついた身体に似合っている。胸以外は引き締まって均整の取れた身体だ。エロくもあるが芸術的でもある。彫刻みたいだ。
問題なのは3人のルパルの装備だ。
残りのレア装備は太陽の衣、花の精霊契約、マイクロビキニアーマーとバニースーツ。☆5の装備が2つ。☆4が2つ。このうちマイクロビキニアーマーは前衛用だ。ルパルには合わない。似合うが適性が合わない。
そんなわけで装備の割り当てが決まったのだけど、ここで問題が発生した。
「だから! これはわたしが!」
「わたしよ!」
「わたしだっていうのに!」
3人のルパルが、どれを着るかで争っていた。
一番人気は花の精霊契約だ。なにか設定上の特別な理由があるらしいのだが、ぶっちゃけ性能は太陽の衣が格段に上だ。
ぶっちゃけ誰が何を装備しようと性能的には全く変わらないのだが、本人達には深刻な問題のようだ。
「はい、そこまで。どうせ見えないのだからどれでもいいじゃないの」
逃亡の途中だ。どのみち装備の上からマントだのローブだのを羽織って目立たなくする必要があるのでほとんど見えない。
「でも、お姉様」
「花の精霊契約は……」
「これ以上喧嘩するなら、御主人様が決めて、手ずから着せていただきます」
「なっ……」
なんて役目を押し付けるのか。
決めるのはともかく、着せるのはハードルが高い。
「はい、じゃあジャンケンね」
「は、はい」
「じゃーんけーん」
「ぽい!」
「ぎゃっ!」
「も、もう一回!」
「ダメに決まってるでしょ!」
じゃんけんは存在するんだな。誰の手に何が行ったのかは重要じゃない。3人は同一人物なのだから。
「ふふーん」
勝ったルパルが得意げに腕輪を装備する。うん、ただの腕輪だ。残りの2人が着替えるのを見ていたら、ミミに目を塞がれた。
「えっち」
「えっちだけど?」
えっちじゃない男は存在しない。見るか見ないかは建前と自制心の差しかないが、許されるなら誰でも見るさ。見ない奴は男じゃない。
「見ちゃダメ」
と言われても狭い馬車の中だ。視界に入るのは仕方ないだろう。というかこの子、自分の着替えには羞恥心が無いのにそういうの気にするんだな。
「はい、見たければこちらをどうぞ」
「うぉっ」
フィラルムの胸に顔を塞がれる。見たければってこれじゃ何も見えない。あ、でも天国だ。
「あ……」
「ふふ、ミミも来なさい」
「んー!」
二人して胸に抱かれる。僕には性欲でミミには母性だ。赤ん坊でもあやすようにゆっさゆっさと揺さぶられる。これが楽しくないと言えば嘘になる。
「お姉様、これでよろしいのですか?」
「あら、いいじゃない」
「こ、これ、下着が小さいのですが」
「大丈夫、素敵よ」
着替え終わった2人を見る。片方は太陽の衣だ。ゆったりとした白いワンピース。形状はあれだ、神話に出てくる神様みたいなの。トーガだっけ。何故か後光が差して身体の影が透けて見える。下着が小さいだと? どれ、見てみよう。
ああ、ローライズってやつか。服の上からでも形状がわかる。でも上半身の肝心のところだけは見えないのはなんでだろう。胸のところだけ生地が厚いのだろうか。余計なことを。
「あ、あの……」
「あら、可愛いわね」
「そ、そうですか?」
こっちは☆4のバニースーツだ。ご丁寧に網タイツもついている。エグい角度のハイレグとタイツ。腰骨のところまで露出していた。ただし耳は無いので網タイツに目を瞑れば水着みたいだ。セット装備とかで頭装備に耳があるのだろうか。
色気が無くて逆に安心した。同一人物なのにこの差よ。如何に衣装が大事かという証明だ。中華運営、出せばエロいと思うなよ。
さて、装備の分配が完了した。あとは経験値の割り振りだ。選択するだけだが。
ポチッと。
「フェイ、何か変わったか?」
「何か……? おお! レベルが上がってスキルを覚えているであります!」
これで、ルパル達はレベル8に。フェイはレベル20になった。これがどの程度の強さなのかはわからないが、初期レベルよりはいいだろう。
「オールガード……範囲内の味方単体への物理攻撃を防ぐ、か」
「これがあれば護衛任務ができますので、騎士団の必須スキルであります!」
なるほど、これができて一人前ってとこか。ナイトのかばうだ。
「じゃあフェイはオールガードを使え。ミミ、俺を殴ってみろ」
「ん」
「あ、いや、盾で弾く形になるので手が痛い痛いでありますよ?」
「ああ……じゃあ、隙を見てこれ投げてみてくれ。ほい、小石」
「ん」
いざという時の投石用に石をいくつか拾っていた。僕には遠距離攻撃の手段が無いからだ。無いよりはマシだろう。
「お、おお……スキルには気力が必要なのでありますが……」
ああ、そういえばそうだった。ゲームシステム的にはいつでも使える通常攻撃か、クールタイムの必要なコマンド技を使うか、防御するかを選び、必殺技ゲージを溜めてぶっ放すゲームだ。しかし制限時間つきなのか?
「なんだ、護衛任務の途中に気を抜いていいのか? 常時気を張っていなくては、警護として失格だろ」
「むむっ、それを言われると……」
んーんー悩んでいるが、僕はなんとかなると推測している。
ゲームシステム上の話だが、一定時間ごとにスキルが発動できる仕組みだ。スキルは各キャラごとに三つあり、使うとクールタイムが発生する。通常攻撃にスキルを織り交ぜながら必殺技ゲージを溜めて戦うのが基本戦略だ。チュートリアルシナリオでは連戦していたが、一戦ごとに全回復してクールタイムや必殺技ゲージもリセットされていた。
これが現実になった今ではどう解釈されるのだろうか。たぶん気力というのがクールタイムのことだろうけど。
「冗談だよ。今は軽く検証するだけでいい。消耗されると困るからね」
「それもそうでありま……はっ!」
カツンと音がして、フェイの盾が小石を弾いた。
「おー」
ミミはぱちぱちと手を叩く。話をしている隙をつくとはいい性格した幼女だ。
さて、今のがスキルなのだろうか?
「ふゥむ……身体が勝手に動くようであります」
「なるほど、自動発動なんだな」
「自動……いえ、目視で反射的にでありますな。一定範囲内に限りますが」
「ほう。じゃあ、これは?」
「はっ!」
フェイに向かって小石を下手投げすると、カンと音がして弾かれた。自己防御もできる。なるほど。
「これだとアイテムも使えないんじゃないか?」
「いえ、攻撃と援護は区別するはずであります」
「なるほど」
なら懸念は無いかな……。貴重な回復アイテムを実験に使うわけにもいかんので検証しづらい。いや、数はそこそこあるんだがこれは販売予定だ。しかし、検証は必要か。よし、投げよう。
「思ったよりは消耗しないでありますな」
「それはよかったっ」
「っ!」
言葉と共にポーションの入った小瓶を投げる。使い方これでいいのか? ぶつかって割れる? 割れたガラスとか危なくないか?
「ほっ」
と思ったら、フェイは空中でポーションをキャッチ。こちらに向けてピースした。
「にっひひー、ナイスキャッチ! であります」
「おお、やるやん」
「これ飲んでいいでありますか?」
「ダメ」
「ああんっ」
ポーションを取り上げる。調べた限り、この世界に回復魔法や回復アイテムは存在しない。もちろん薬草や薬はあるが、一瞬で傷を治したりはできないのだ。
だが、これは違う。別のルールでできている。使えば即座に傷が回復するし、容器ごと消える。転んで膝を擦りむいたミミに使ったが、一瞬で治っていた。これは高く売れるだろう。
呼び出された俺達はゲームみたいな能力を授けられたのに、ゲームでお馴染みの回復魔法は一般的ではない。
召喚は神の力を借りて行う儀式だ。だから要するに、俺達の力は神の力なのだ。
私が神だ。
俺だったのか。
「むー、それ美味しいのにぃ」
「ケーキでも食っとけ」
「あー! ありがとうであります!」
好感度アイテムは無駄にならないからいいな。好感度アイテムは四種類あり、マカロン、ワッフル、ケーキの甘い物枠、インクと羽ペン、レターセット、日記帳の筆記用具枠、リボン、ぬいぐるみ、アクセサリーの可愛いもの枠、コンパクト、化粧箱、ティーセットの雑貨枠で、キャラクターごとに好きなものが異なる。これらを大量に貢ぐことで好感度が上がり、キャラのストーリーを閲覧できたり、ステータスが上昇したりするシステムだ。
ゲームシステム的にフェイは食べ物が好みで、好物をあげると他のアイテムより好感度が上がりやすい。ちなみにルパルは筆記用具が好物だ。犬には無い。なんでだ。同じティーセットとか沢山貰ってどうするのかは考えるだけ無駄だろう。
「んあー」
ミミは袖を引いて口を開ける。ケーキを食べたいということだろう。ミミに好感度アイテムをあげてもゲーム的には無駄だが、子供を健全に育てるには栄養も必要だろう。ただケーキでは夕飯が食べられなくなるのでマカロンを口に突っ込んだ。フェイ? フェイはいくらでも食うから大丈夫。栄養全部胸と筋肉に回ってるから。
「さて、そろそろです」
御者をしているフィラルムの声がした。
「全員、プランには目を通しましたね?」
頷く。ずくずく。
プランとは、この先の長期的な目標のことだ。フィラルムがまとめて全員に配布した。それによると、僕らの最終的な目標は建国らしい。
らしいというのは、僕の望んだことではないからだ。だって別に僕は建国なんてしたくない。どこかで農業か牧畜でもしながらのんびり暮らせたらいい。なのに、いつの間にかそういうことになっていた。
もちろん魔王討伐なんてのはお断りだ。暗殺の外部委託なんて冗談じゃない。それは本心。じゃあどうするか。
逃げるしかない。
逃げたとしてどうなるのか。どう生きていけばいいのか。どこかで隠れてひっそり暮らす? この国の奴に見つからないように。僕は別にそれでもいいが、それではよくないのが暁の騎士物語の人達だ。
彼女達は祖国の復興を目指しているので僕とは目標が違う。だからって別行動という訳にもいかない。だって死んじゃうもの。現状、僕の身を護るのは彼女達しかいないんだ。この野蛮な異世界で。あちらからしても、僕を放逐するわけにいかない。能力で発現したのだから、僕が死んだら消えるのかもしれないのだから、守らずにはいられないだろう。
既に情も湧いたし、それが彼女達の望みなら叶えてあげたいと思う。叶えてあげたいというか、その努力をするのは僕ではなく彼女達なのだけど、方針を決めるのは僕らしい。一応、トップが僕というのは変わらない。目標決めたの僕じゃないけど。
王様に興味は無いけれど、国家運営シミュレーションゲームだと思えばいい。そういうソシャゲもやってたさ。小さな街を築いて敵の街に攻め入るようなやつや、街を進化させていくやつ。箱庭ゲームも同じようなものか。
「さて、地図が正しければ、もうじき国境です」
「うん」
「この先の作戦は大丈夫ですか?」
「多分ね」
「一応、もう一度こちらに目をお通し下さい」
魔王国はこの国の北にある訳だが、僕らは今、南を目指している。この国から脱出する為だ。
北を山脈で塞がれたこの国には東西南に国境があるのだが、地理的要因があって南の関所はほとんど機能していないらしいのだ。
渡された書類を見る。南にあるのはウェートという港湾都市国家だ。街の規模こそ大きくないが海運で知られる交易都市であり、海路を一手に支配し、無数の船で交易をしている。他所で手に入らない砂糖やスパイスや酒、装飾品や布などの高級品を近隣国に売ることで莫大な富を得ており、その金で大規模な海軍を揃えているらしい。
ウェートからの物品に税金はかけられていない。彼らは売り先に困っておらず、税金が高いのなら別の誰かに売るだけなので、結果的には品が届かなくなるからだ。海運で得た珍しいものが欲しい貴族達にとっては安く積極的に呼び込みたい対象なので税金は設けられていない。軍事力は海軍以外は圧倒的に優越しているし、負けることはない。それなら関所もいらないと、そういう理由である。
なお、ウェート側には犯罪者や密輸を取り締まる為の関所がある。なんという自主的不平等だ。
あまりにザル、どころかワク警備だが、これにも理由があるらしい。港が欲しいこの国の懐柔作戦なのだ。取引を重ねて経済的に依存させ、いずれ取り込むためにやっていることらしい。迂遠すぎやしないかと思うが、何世代も先を見据えた話なんだとか。
とにかく海運の交易都市ということは、そこには船があるということだ。船があれば遠くに逃げられる。
「という作戦なのですが」
「が?」
「問題は相場です」
「ん、金ならあるだろ?」
代金は金貨があるし、足りなければ何かを質に入れればいい。この世界に回復薬は無い。きっと高く売れるはずだ。船代くらいはなんとかなるだろう。
「いえ、正規の手段では足が付きます。ここは非正規の手段を採りましょう」
「つまり密航とか……裏社会的な?」
「ええ、だいたいどこの国でも裏の者がいる場所は決まっていますが、問題がひとつ。わたくしはこの世界の作法を知りません」
「ああ……」
お城でそんなもの教えてくれるわけがないな。元いた世界では帝王学の一種なのだろうか。
「いきなり本題を言えばいいのか、符丁でもあるのか、いくら包むのか。裏社会の者は面子を大切にしますから、そういったマナーが必要です」
「だろうね」
「ですので、まずは情報屋を探します。その為に必要なのは相場の情報です。お金は出し過ぎても足元を見られますし、渋れば嫌がられます。市場を見て物価を調査したいのです。それから場所を探し繋ぎをとるまでを今日中にしてしまいたいと思います。ですので、帰りもそれなりに遅くなるかと」
「ああ、いいと思うよ」
色々考えるものだなぁ。僕には作戦立案能力なんて無いから助かる。
「まずは宿を取ります。それから調査をするので、御主人様はルパルの二人とミミと共にいてください」
「留守番? でも」
「フェイはもちろん、ルパルやわたくしもそこらへんの兵士よりは強いですから大丈夫ですよ」
「いや、まあそうだろうが」
フェイは当たり前だが身体能力が高いし、見た目にチビなルパルですら僕よりよっぽど力が強く、僕では傾けるのが精一杯の水の入った樽を持ち上げられる。フィラルムだってナビキャラだ。こういうやつはゲームが続けばプレイアブルキャラになるもので、つまり戦えるはずなのだ。
「あわよくば密航を手配できる組織に話をつけて参ります。すぐにそこまでいけるかは運もありますが。それと、我が国の通貨とポーションをこちらの貨幣に換金できるかも調べたいので少しいただけますか?」
「ああもちろん。しかし、大丈夫か? 女の子が三人じゃナメられるだろう」
「仰る通りですが、チンピラが絡んできたところでなんともありませんし、力ある者は女を侍らせるものですから、使い走りとしては女でも問題ありませんわ。わたくしではなく、わたくしの背後を見る者でないと信用はできません」
「そんなもんか」
「ええ。では、行ってまいります」
なんて、意気揚々とフィラルム達は出ていった。それが昼過ぎのことだ。
夜になってもフィラルムは戻ってこなかった。
「いい加減おかしいだろう」
僕が言うと、二人のルパルは読んでいた本から顔を上げ、興味無さそうに顔を見合せ、鼻で笑った。
「「お姉様に任せておけば大丈夫よ」」
綺麗にハモる。相変わらず信頼がすごい。
「しかし、さすがに遅くないか?」
もうそろそろ深夜だ。電気もない世界では、わざわざ夜遅くまで起きているのは一般的ではない。夜の明かりにはランプやロウソクを使用するがもちろんタダではない。僕らは宿に金を払っているので遠慮なく使うが、日の出と共に起きて日の入りと共に寝るのが当たり前なのだ。
「お姉様が任せろと言ったなら、それは成功したようなものなの」
「黙って待っていればいいわ」
「いや、でもなぁ」
女の子だし。本当に戦えるかもよくわからんし。
城では雑魚のフリをしていたので、フェイの実力もよくわからない。もちろん訓練で手合わせをしていたので、あの城にいた兵隊達の強さはだいたい知っているし、普段の仕草から身体能力の程は見て取れるし、本気ならフェイがそこらの兵士に負けないくらいに強いのは理解しているが、戦いになったことはないのだ。
「ん」
子狼の腹を枕にベッドで寝そべっていたミミがポンポンとベッドを叩く。大人しく寝ていろということか。仕方なくミミの隣に寝転ぶ。狼が尻尾を振るたびビシバシと顔に当たる。毛は柔らかいが尻尾の本体は硬い。痛い。モフりたい。
あの、狼抱っこしたいんだけど。駄目? 僕の狼なんだけど? ミミのじゃないんだけど?
「貸して」
「だめ」
「貸ーしーて」
「や」
僕が伸ばした手をミミが捕まえブロックする。伸ばす。ブロック。そうしてしばし攻防を繰り広げた。狼はなんやこいつらという顔で見ていた。
飽きた。どちらともなく中断する。仕方ない、狼がダメならミミでも抱いていよう。ちっちぇえ。あったけえ。いや熱い。体温高いのな。
寝るか。寝られるかな。この抱き枕動くからなぁ。
しかしまあ遅い。何をしてるのだろう。ヤバいんじゃないかと思い始めた時。
大きな音を立て、部屋の扉が吹き飛んだ。
「なんッ!?」
二人のルパルが杖を構える。俺はそれを見て盾に手を伸ばし、慌てて顔の前に構えた。
扉とともに吹っ飛んできたのは、頭にバンダナを巻いたタンクトップの男。筋肉モリモリ、マッチョマンの変態だ。床に崩れ落ち、ピクピクと痙攣している。
「失礼いたしました」
続いて部屋に入ってきたのはフィラルムだった。その横にはフェイ。盾を構えているのを見るに、さっきのはフェイがやったのだろう。
「なにがあった?」
「なんとか裏組織に渡りをつけ、交渉はまとまりました。金銭と引き換えに、条件の合った交易船の部屋を一室、貸し切る形になりました。色々と調整がありますので、その使いとしてこの男がついてきたのですが、宿に着くなり主の所に戻る前にちょいと楽しもうやと言いながら肩を抱いてきましたので」
「不敬とかマジ許すまじ! であります」
いや、お前は亡国の姫であって、今はただの旅人だろうに。まあ、触りたくなる気持ちはわかるけどね。とても大きいからね。だがセクハラはギルティだ。俺? 俺は無理矢理じゃないからいいのだ。
「って、使いの人大丈夫か? 白目剥いてるけど」
「峰打ちであります」
「盾の峰ってどこだよ」
「この、丸いとこであります」
さっぱりわからない。まあ死にはしないだろう。
何はともあれ、大丈夫か色々と。客人にセクハラかますような組織だ。まあ船と裏組織は厳密に言えば別の団体だろうし、船乗りなんて荒くれ者なイメージはあるが。
昔の船乗りは食い詰め者や犯罪者など、色々と事情がある者が多かったらしい。海という俗世から離れた場所で生き、方々を旅するのは、何かから逃げ隠れするのに都合がいい。借金取りとか官吏とか。相応に治安も悪くなる。大発見時代の船乗りとかほぼチンピラだ。コロンブスとかピサロとかコルテスとか。
「で、大丈夫なのか、こいつ殴って」
「非はあちらにあります。むしろ客に失礼をした訳ですから、条件を釣り上げる口実になるかと」
「ふむ。で、どんな条件になった?」
「はい、目を覚ますまでの間に報告させていただきます。まずはこちらが金貨の査定結果ですわ」
フィラルムは紙を差し出す。ああ、それがあった。……読めない。こちらの文字も一応城で学んだのだけど。諦める。
ソシャゲの場合、わざわざ理由の無い限りは銀貨や銅貨なんて存在しない。だから手に入る金は全て金貨だった。しかし、金貨が最低単位な訳が無い。
デイリーガチャで出る程度の金だから、たいした金額にはならないだろうが。
「きちんと金貨と判定されたようですね。嬉しい誤算です。額面も想定より大きいようです」
「額面?」
「我が国……かつての我が国で平均的な食事をとると、だいたいこの金貨で8枚、8Gでした」
「金貨やっす」
え、1枚100円くらいの感じ? 高く見積もってもその倍くらいだろうか。王族の食事ってことならクソ高い可能性もあるが、市場価格くらい知ってるだろう。
金貨なのに安すぎる。無茶苦茶なこと言っている。金だぞ。ゴールドだぞ。
ソシャゲによくあるガバ経済。凝った設定があるはずもないのは百も承知だが、それでももっとこう、あるだろう。
デイリーガチャで出る金貨は一枠1000G。十万円くらいか。んん……それなり。デイリーだしまぁそんなもんだろうという額。フィールドモードでは軍勢を率いるゲームだから、兵士の補充や土地開発に大金を費やすゲームシステムだ。それくらいの金額は誤差にしかならない。
「はい、我が国では金にさしたる価値はありません。鉱山のゴールドゴーレムから採取できますので」
「カルチャーショックだ」
柔らかそうなゴーレムだな。金属がダンジョンか何かで採れる設定なのか。
ん?
「じゃあ、なんでそんなものを貨幣に?」
貨幣の存在理由は価値の担保だ。金に価値があるから金貨に意味が生まれる。
「金の利点は見た目です。見た目に美しく、錆びず劣化しづらいという点ですね。不変の象徴として権力者に好まれますが、アクセサリーの他に用途はありませんから、持ち運び用に使われるようになりました」
「ああ」
古い時代の金の装飾品とか、博物館でも目立つもんな。他がくすんで劣化していても、金の装飾品は綺麗なままだったりする。
金の用途……半導体とかパソコン関係はあるが、他は思いつかない。なるほど、確かに見た目だけの存在だ。
「とはいえ柔らかいので合金が必要ですが。普段使いのそこそこの価値という点で金の合金が貨幣に向いていました。それより上の貨幣もありますが、ミスリル貨やオリハルコン貨は日常的に使うものではありません。
と、脱線が過ぎましたね。話しを戻しますが、この国では金は高価なものらしいのです」
「そうだろうね」
金が安いのはゲーム内の設定だ。普通に考えたら金貨は高額だろう。
「金貨一枚で買えるものの例として、安い奴隷が2人だそうです」
「ブッ……!」
思わず吹き出す。
奴隷? そんなもんがいるのか。そりゃいるか。現代の地球にもいるくらいだ。
「もちろん働き盛りの男や見目麗しい女などはとても買えませんが、子供や老人、病人などであればその程度の値段だそうで」
ともあれ否定すべきではない。僕に変えられるような事柄ではないし、変えるべきでもない。急に解放なんてしても混乱を引き起こすのはリンカーンが証明している。最低でも戦争が起きるし、解放されたところで生きる術が無い。
まあ、基本的には労働力なのだろう。
「えっと、結局、金貨の価値がわからない。食事換算で言うと?」
「平均的な食事であれば、金貨一枚で100回ほどでしょうか」
いや奴隷やっす。ええと、食事が1回1000円として、安い奴隷は5万円くらいということか。ということは金貨高っ! 一枚十万円? デイリーガチャで当たるのは1000ゴールド、つまり1000枚の金貨が当たるとそれだけで1億円?
ワオ。
金貨袋の排出率は、だいたいデイリー十連2回に1回くらいだ。2日ごとに1億円? なんだそりゃ。元の値段の1000倍かよ。
土地の開発や兵の徴用を行う資金と考えればおかしな額ではない、のか? いや、だからあのゲーム内では小銭なんだって。ああもう混乱してきた。
「わたくしも驚きました。金にここまでの価値があるとは。我が国では日常硬貨ですのに」
「あぁ、ゲームだとそうだよな……」
どこのソシャゲも貨幣を複数用意したりはしない。そしてだいたいのゲームで貨幣は全て金貨だ。使い道の多くはキャラクターの強化だったり装備やアイテムの購入だったり色々だが、たしかに金貨なのだ。エネルギーやらなんとかポイントという通貨代わりの何かになっていることはあっても、補助通貨の設定をしているソシャゲはあまり見たことがない。
そして金貨の値段なら、十万円というのは納得のいく数字だ。習ったから知っているが、この辺りで流通している貨幣は金貨、銀貨、半銀貨、銅板、銅貨、それと補助通貨だ。銅貨一枚は法定パンひとつの値段という基準がある。法定パンとは大きさの決められたパンのことで、近隣諸国で同じ基準が使われていて、大体食事一回に一個を消費する。だから100円くらいだろう。となると銀貨が10000円で半銀貨が5000円くらいか? 覚えやすくて助かる。
「ですが、それはこの国の金貨の話です。我が国の金貨は、この国の金貨とは金の含有率が違うそうなのです」
「ああそうか……」
そんなに美味い話は無いか。
金貨の価値は金そのものの値段ではない。金貨と、同じ重さの金では当たり前に後者が高い。それは合金により純度を変えているからだ。
しかし、金貨一枚から抽出した金よりも、金貨一枚のほうが価値が高い。その理由は、発行した組織が価値を担保するからだ。一万円札は日本という国が価値を担保している。でなければ紙切れでしかない。同じように、金貨の価格は近隣諸国が担保しているそうだ。
「で、この金貨一枚だと食事換算でいくらになるんだ?」
10とか20? 50くらいいってほしいが、それは過ぎた願いだろうか。見知らぬ金貨だものな。
「こちらの金貨一枚で、245回の食事ですね」
「そうかぁ……ん?」
増えてない?
「すべて地金としての価値ですわ。鋳潰して素材を取り出した際の値段になります。金と銀と鉛ですね」
「あっ、金が安いってことは、含有量も……」
「はい、金に強度を与えるため合金しただけですから、こちらの金貨よりもかなり純度が高いそうです」
約2.5倍。金の価値だけで? デイリーガチャの価値が爆上がりしてるじゃないか。
「とりあえず半分、換金しておきました。一部をお渡ししておきます。何か買いたいものがあればご随意に。高額になりましたので、回復ポーションの販売は止めて温存しておきましたわ」
「ああ、そのほうがいいな」
「ではこちらを」
「うぉ……」
使わなかったポーションと、ずっしりと重い金貨袋を渡される。中身はヴァルハイムではなくこちらの世界の金貨だ。え、これ持ち歩くの? バチクソ重い。だから紙幣が生まれたのだと納得できる。
これで半分? いや一部だっけ。僕がフィラルムに渡したのはデイリーガチャ一回分の金貨だったはずだ。そこから物資を買った金を引いた残り。それでもこの量。
これまでデイリーで何回金貨引いたっけ。たぶん10回くらいは引いてるはずだ。これに加えてポーションもある。金には困らないだろう。
いや、フィールドモードに入れば足りなくなるか。民兵を雇って育成したり、都市開発をしたりで。フィラルムは国をつくるのだと言った。なら、これでもまだまだ不足している。
「金貨は嵩張るので、残りは小さなもの……換金性の高い宝石やアクセサリーにも換えておきました。船旅に必要な食糧や水、日用品は購入済みです。あとで受け取りをお願いいたします。それと事後承諾で申し訳ありませんが、ルパルに本を買い与えています」
「ああ、そうなんだ」
それは好きにしてくれ。
船旅は暇だろうからな。どうせならもっと買ってもいい。トランプとかカードゲームはあるのだろうか。定番のリバーシでも発案するか?
「日用品か。具体的に、買った物は?」
「まずは布製品です。着替えを各自3枚と正装をひとつ。下着はシャツと下履きと靴下を五枚。布巾や手拭い、リボンとフリル、当て布と革を予備含め多めに。繕い用の端切れと針と糸を一式。シーツと毛布。ご主人様とミミ以外には生理用品を3セット。
次いで衛生用品と医薬品です。歯を磨く為の毛束と炭と粗塩。爪ヤスリと耳かき、石鹸、洗剤、消毒用の酒精と包帯、各種薬草と軟膏。下剤と嘔吐薬、酔い止めと下痢止めと解熱剤。
次は料理関係です。金属の食器とカトラリー、鍋、フライパン、干し網とザル。各種調味料と多めの塩。油、五徳、茶葉と湯沸かしと急須。焼き固めた菓子など。料理本などもありましたのでついでに。
それに、武具の手入れ用に砥石とハンマー。工作用のノミや彫刻刀、ハサミとノリと刷毛。
他には、テントや蚊帳やハンモック、ロープ、背負子やカバンも用意しました。
考え付く限りの物資は注文を出しました。あとは交易用にこちらの名物や名産品を注文してありますが、他に何か必要なものはありますか?」
「お、おう」
思った以上に色々だった。普通の旅人なら荷物は最小限に抑えるのだろうが、僕はアイテム欄に保管できるから問題無い。必要そうな物は片っ端からあると助かる訳だ。
他には……なんだろう、やっぱり暇つぶし用品かな。船旅なんてやることが無いだろう。クルーズ船ならともかく。
「暇つぶしですか……そうですね、考えが及びませんでした。何もすることが無い時間というのがありませんでしたので」
さすが王族、忙しい。まあ、忙しさで言えば僕も同じか。少しでも時間があったらソシャゲか生き物の世話をしていた。何も考えることなく脳死で回すだけの時間が多かったが。
「盤上遊戯であればお教えできますよ。如何ですか?」
「チェスとか将棋とか?」
チェス、将棋、オセロ、麻雀、トランプなど。テーブルゲームモチーフのソシャゲもあるから、ある程度は勉強したことがある。定石を知っているかどうかで攻略の難易度は大違いだ。まぁ、大半はゲームの実力ではなくキャラの強さで決まるのだけど。
「我が国では軍陣戯などと呼ばれていました」
「お姉様は国内の大会で一位になったのよ」
「向かうところ敵無しなのよ」
「いけ好かないマガダの将軍をコテンパンにした時は爽快だったわ」
「アマチュアの部の話ですわ。プロにはとても勝てません」
ルパルズが誇らしげに胸を張り、フィラルムが謙遜する。国内一位? そりゃすごい。
「実力が出るゲームよりも、運の絡むのがいいな。差がありすぎると飽きる」
「はい、何か探しておきましょう。幸い、この人たちも賭け事などでゲームには詳しいでしょうし」
倒れた男をちらりと見る。賭場の仕切りとかもやってるのか。
「こちらの方の所属組織は逆巻く渦といい、密輸が専門の組織です。とはいえ用心棒やみかじめなど、一通りのことは請け負っているとか。品物の調達が得意分野とのことなので利用することにしました。乗る船は黄金の羊号。目的地は大陸最南端の街ハブテラ。現地までの時間は3ヶ月半です」
「3ヶ月半……」
「大陸最南端の港街です。そこからのルートが豊富でして、海路で別の大陸へ渡るも良し、あるいは陸路でも良し。追手を振り切るのなら最適な行き先と存じます」
よくわからないが、彼女がそう判断したならそうなのだろう。
それにしても3ヶ月半か。地球ならだいたいどこでも2日で行けるが、船旅ではそんなものか。
「南の方は小国が多くあまり大きな国が無いそうなので建国するには有利かと。それに南のほうが暖かいですからね。寒いのは嫌いなので」
付け加えたが多分ジョークだ。ジョーク、だよな? 不安にするのはやめてほしい。
「北方面にしない理由は?」
「そちらは魔族の支配圏ですから。隔意はありませんが、どうやら戦争になりそうですし」
なるほど、そうか、僕たちが喚ばれた理由がソレだ。魔族と戦う為。つまり戦争を吹っ掛けようとしている。そんな地方に近寄りたくはない。
「では、明後日の出港となります。明日までに買い物を済ませ、待機しておきましょう」
「うん」
「では、これを返却してまいります。条件をどうしましょうか。値段を引くよりも待遇の向上のほうが……」
「ほ、ほどほどにね」
「あっ、待って欲しいであります!」
フィラルムは結構な大柄なはずの男の襟首を片手で引っ張り運んでいく。強い。フェイが慌ててついていく。
ナンパの罰としては重すぎないだろうか。いや、ナンパならいいがセクハラが駄目なんだ。
いろんな情報込んできて頭が疲れたな。ん、ミミはもう寝ているのか。ルパルズは……ああ、買ってもらった本を読んでいるようだ。それぞれ違う本を読んでいる。買ったの一冊じゃなかったのか。今読んだら船で暇では? 別にいいけど。
さて、僕ももう寝るか。最近はソシャゲをやれなくなって早寝早起きだったから夜更かしが辛い。生来貧乏性で、ロウソクを使うのにも罪悪感があるし、夜は寝るに限る……いや、寝るか夜の運動に限る。たまには明るい場所でしてみたい。
翌日、朝早くから市に出て、交易品と物資を買い漁る。多少ボられても南で売れば問題無い。必要な買い物を済ませて荷物をまとめ、泊まっていた宿を出る。馬車に揺られてしばし、港へ到着した。
「あ、ほら、アレであります!」
御者台のフェイが指差すのは、一隻の船だ。大きな帆船。予想よりもしっかりしている。反社のシノギに加担するような連中だから期待してなかったのだけど、思いのほか立派な船だ。
「黄金の羊号というらしいです。乗員数は46人。大陸間航行にも耐える数少ない船だとか」
「でっけー」
「でっけー」
僕が感嘆の声を上げるとミミも真似する。言葉遣いとか気をつけないとな。教育に悪い。
「おう、あんたらがお客さんかい」
出迎えたのはデカイ帽子を被った髭もじゃの男だ。よく日に焼けて筋骨隆々、胸元をはだけて筋肉を誇示しているが、しかし上等そうな服を着ていた。視線はフィラルムへ向いている。正確には胴体の上の方。渓谷とでも称されるべき偉大な場所だ。
「聞いたぜ、あっこのクソガキしばいたって」
「クソガキ?」
「ああ、あんたらがぶん殴ったのは渦の頭の息子さ。いい歳して中身はクソガキって有名なんだよ」
「ああ、そうなのですか」
逆巻く渦だっけ、この港町の裏組織。そこの偉い人の息子なのか。そんな組織に頼って大丈夫なのか。
「頭が悪いくせに腕っ節と悪知恵だけはあるから厄介でなぁ、いつもなにかと理由をつけては金をせびってきやがるんだ。親父に内緒でな。
だが、今回はやりやすかったぜ」
「次回以降もやりやすいと思いますわ」
「そうなのかい?」
「ええ、あの方のことでしたら、ジェンキスさんにきちんとお伝えしましたもの」
「そりゃいい。助かるぜ」
よくわからないがわかりあっているようだ。どうなったんだろう、あのチンピラ。まあ、僕には預かり知らぬことである。
「さて、長話もなんだな。今は忙しい。ひとつだけ言っておくが、船の上では俺が絶対だ。逆らうことは許さん」
「ええ、存じております。常識の範囲であれば間違いなく」
「非常事態に常識を言われてもな。まあいい、大人しくしておくことだ。部屋に籠っている限りは問題無え。飯も用意してやるが酒は自分で買うか我慢しな。俺らが飲む分しか積んでねえ」
「はい、抜かりなく」
「ならいいがね。おい、お客さんを案内しろ!」
船長がそう言って去っていくと、よく日に焼けた男が案内をしてくれた。
「馬は一頭ですかい。では、馬車はこちらに。そんで馬はこっちです」
僕らが荷物を持って馬車から降りると、船上の貨物室のような場所に馬車をしまい、ロープでガチガチに固定し、扉には鍵をした。馬は取り外されて家畜小屋に連れていかれる。待遇は大丈夫だろうか。馬も仲間だ。何かあってもまた買えばいいくらいの仲間だが、粗雑に扱われていい理由にはならない。見に行くと、他に馬が一頭、トカゲが二頭繋がれていた。あとは大きな亀が縛られているのと、山羊、豚、鶏がそれぞれ檻に入っていた。壁際には鳥籠があり、やけにカラフルな鳥が入っている。動物だけでも中々の数だ。藁束や水樽がいくつも積まれていて、ここだけただの家畜小屋みたいだ。
トカゲは荷駄用。街中で見たことがある。山羊と豚と鶏は普通の家畜。鳥はペットで、亀はなんだ。
「その亀は非常食でさ」
色々と見回していると、案内の男がそう言った。この亀は北方に棲息する種で、一年の半分は冬眠しているという。飲まず食わずでも数ヶ月は生きるらしく、巨体の割に低燃費で、それでいて大人しい。なるほど、非常食にピッタリだ。家畜も食用だがギリギリまで食べないのだろう。
それから、船内の一室へと案内される。階段を降りた場所で、貨物室の片隅にある船底に近い部屋だ。壁に固定された二段ベッドと、床に敷物、あとは棚があるだけの簡素な部屋。四畳くらいだろうか。七人と一匹で過ごすには狭いが、贅沢は言えないだろう。
ハンモックじゃないのか。ちょっと期待していたのだが。
「では、大人しくしていてくださいや。あんまりウロチョロされると邪魔なんでね」
「ええ」
あまり歓迎はされていないな。
案内の男が去ると、フェイとルパルが抱えていた荷物の箱を棚に置く。女の子に荷物持ちをさせるのに抵抗はあったが、レベルが上がっているので、僕よりもよほど力があるのだ。箱は船用の規格で、棚にピッタリ収まり、船が揺れても動かないように固定するための物だ。考えられている。
「さて、部屋の片付けをしましょうか」
「はい」「はい」「はい」
「するであります!」
殊更汚れているようにも見えないが、まぁネズミだのダニだのいたら困る。扉を開けて掃除をした。
「虫燻し」
ルパルが魔法を使うと、毛布から煙が上がる。気密性が考えられているのか、煙は部屋に滞留していた。風の魔法で明かり取りの窓から追い出していた。窓と言っても木の板だ。外と繋がってはいるが、ねじ式でギュッと締まる気密性の高いもののようだ。開けとかないと部屋は暗いな。ランタンがあるが燃料も嵩む。
さて、僕にはやることが無い。ミミにも無い。どうしたものか。荷解きをするとしようか。
盗まれても支障ない程度の荷物は馬車に積んでいるのだけど、一応見張りとか立てなくていいのだろうか。そこは信用するべきか。部屋に持ち込んだのは主に貴重品と食料と酒だ。他はインベントリに収納してある。
酒。僕はまともに飲んだことがない。薬物は心身の発達に不適切だからだ。しかしこの辺りでは生水が危険だからと水替わりに酒を飲むことも多いそうだ。船旅では特に顕著で、水分補給は基本的に酒で行うらしい。と言ってもだいぶ薄めてはいるらしいが。樽に汲んだだけの水は腐りやすく、長期保存ができないのだ。
まあ、今回は寄港地も多いのでそこまで深刻に考えなくていいらしいけど、旅にアクシデントは付き物だ。難破でもしたらどうしよう。数ヶ月分の食料は用意してあるが、もっと長引くこともある。始まるか、無人島編。アホらしいが案外悪くない。建国よりは現実的だ。
一応、蒸留した濃い酒も水分補給用の薄い酒も大量に用意してあるのだが……僕はともかくミミはどうしようか。未成年どころの話じゃないお子様だ。医学的には十五歳で肉体的には成人なので僕は問題無いだろうけど、子供はどうするべきなのか。
飲める限りは水を飲むとしよう。問題は長引いた時だ。酒を飲む羽目になるだろう。
「そこまでする必要も無いのでは」
とフィラルムは言うのだが、嫌な予感が拭えない。こういう船旅、特に大陸間移動なんかは帰らない確率のほうが高いのだと聞いたことがある。
「新規航路の開拓なら話は別ですが、交易に使われる航路であればある程度は安全ですわ」
「そう? 本当に?」
「ええ。もちろん嵐や海賊などの外部要因はありますが」
床の掃き掃除をしながら受け答えをするフィラルム。前かがみになっているので幸せな光景が目の前にあった。いつも谷間を隠さないので常に眼福だ。僕の視線に気付いたミミが腰の辺りをぽかんと殴る。わかってるよ、この谷間はミミとの共有財産だ。
「さて、こんなものでしょうか。フェイ、寝具を並べなさい。今あるのは部屋の隅に重ねておいて」
「はいであります」
ルパルがせっかく燻した毛布を使わないのか。
「質が悪いですからね。それでも念入りに虫を殺しておかないと、こちらの寝具に移ります」
「そっか」
僕はノミやシラミを見たことがないからよくわからないが、そんなものなのだろう。部屋の隅に重ねられる布団は、床に座って寄っかかるのにちょうどいい。
「ベッドは二人ずつが限界かしら。ご主人様とミミ。それからわたしとルパルの一人が使います。ルパルは交代でね」
「そんな、わ、わたしは!?」
「あなたは床。これだけ布団があるのだから、遠征よりも楽でしょう」
「あ、それもそうでありますな」
「ハンモックはどう? 壁にひっかけるフックがあるから使えるんじゃないかな」
「ハンモック! いいでありますな!」
僕が提案すると、フェイは嬉しそうに布を取り出す。テキパキと紐を結び付け、ハンモックを設置する。僕もハンモック使いたいな。
「ちょっと、落ちてこないでしょうね」
「大丈夫、慣れているであります。野外演習で森の野宿をする時は、虫に集られないようによくハンモックを使うので」
床に寝ることになるルパルが言うと、フェイは笑顔でそう答えた。
「その時は樹上に適した形の木を見付けるところからであります。それに較べれば、こんな整った場所で使うのは楽勝でありますよ。ルパル様もハンモックにするでありますか?」
「ええそうね、お願いするわ」
結局、フェイも含めてハンモックを三つ部屋に吊った。揺れてもぶつからないように少しずつ高さをズラしてある。僕とミミと狼のアーちゃんが二段ベッドの下段、上がフィラルムとルパルの一人、あとはハンモックだ。狭い部屋にハンモック三つは中々圧迫感があるが、密着するほど狭いよりはマシだろう。
「さて、こんなものかしら」
布団を並べてハンモックを吊り下げ、とりあえず準備が完了する。
あとは待機だ。出航は明日の早朝。ここから次の港までは約15日の距離だという。潮目次第では早くも遅くもなる。そうして3ヶ月後には南に着き、場合によっては大陸間航行が待っている。
揺れる足元。今のところ船酔いになってはいないが、これからどうなるかはわからない。ベットに寝転がり本を開く。この辺りの神話の本だ。移動するからあまり意味は無いが、理解の一助にはなるだろう。
特に享楽の神のこと。僕らを連れてきたという何者か。それを知ることは無駄にならないはずだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます