第2話:よくある導入

 どうしてこうなった。

 こんなに困惑したのは、どこにでも出張コラボするくせに自分のとこは絶対に自社以外とコラボさせない外弁慶IPの男主人公が、女の子しか出ないゲームに出張したせいで気持ち悪いオブジェみたいな敵に変身させられていた時以来だ。あれは笑った。

 じゃなくて。

 ある日の夜、僕はどこかに飛ばされた。トラックに轢かれてもいないのに、気付くと見知らぬ場所にいた。


 それは新しいソシャゲをダウンロードして、最初のチュートリアルを終わらせた時だった。サービス開始直後に有名ゲームからの素材流用が発見されて、すぐにでもサービス終了しそうと話題のゲームだったから急いでいたのに。

 プツリと景色が消えたと思えば、見知らぬ場所に立っていた。


 よくある導入そのままに。


 いや、よくあるのは村でのことだ。とあるプラットフォームで配信されるゲームを俗に村ゲーと呼ぶのだけれど、その多くがこの導入なのだ。

 気が付くと、あるいは目を覚ますと、僕は見知らぬ場所にいた。あまりに多用される導入。もはや共通認識になった異世界転移のテンプレだ。

 違うのは目の前に女の子がいないことか。いや、いるけど服を着ていることだ。村では着てない。


 足元には魔法陣。壁に松明。薄暗い大部屋。全身鎧の兵士達と、それからお姫様。

 親の顔より見たヤツだ。このまま戦闘に突入するのだろうか。

 変な夢だ。ソシャゲの導入の夢。そこまで楽しみにしていたのかな。


 手に握るスマホでは、さっきまでチュートリアルをしていた新作ソシャゲが通信エラーを起こし、再接続を促している。電波が無い。ポケットWiFiは……無い。スマホしか持ってない。


 うぅん、夢にしてはカラーだし現実感がある。僕はいつも半分モノクロの夢しか見ないのに。明晰夢? こんなの初めてだ。夢以外では、こんな状況は有り得ない。


 異世界転移なんて。

 夢か、あるいは異世界か。まぁ夢だろうけどどちらでも構わない。夢なら楽しいし、異世界なら望むところだ。ソシャゲには異世界ものも多い。経験が生きる。


 召喚タイプなら、だいたいその場で敵に襲われることから始まるシナリオだ。その後は世界の命運を賭けた戦いに巻き込まれる。

 現地民タイプもある。唐突に出会った少女が切っ掛けで戦闘に巻き込まれるケースが多い。


 ソシャゲの主人公には2つのパターンがある。戦闘に参加できるタイプとできないタイプだ。できるタイプは戦える現地人や、突然力に目覚める場合が多い。できないタイプはどこか別の場所から呼ばれた人が多い。通りすがり的にだとか、異世界からの救世主とかで喚び出されたり、巻き込まれた何も知らない一般人だということもある。


 どちらにせよ唐突に戦闘に巻き込まれて何故か戦闘の指揮を求められる。その後一通りのチュートリアルをこなして事前登録報酬を受け取りガチャを回す。ここまでがワンセットだ。リセマラ、リセットマラソン。最初の無料ガチャの内容が気に入るまで、ゲームを始めてはデータを消す行為をする時は、これを何度も繰り返す。最近は引き直しできるのも増えた。昔はいちいち削除してダウンロードからやり直してたものだ。


 さておき、何かに襲われている様子ではない。よくあるソシャゲなら訳もわからないまま戦闘に入り、ナビキャラに促されるまま技のボタンでも押している頃だろう。


「最後の方も揃いました。ようこそ、皆様方。わたしはこのタウグステム王国の第一王女、エヘラシェーと申します」


 お姫様らしき人物が言った。言葉は通じている。異世界特有のガバ翻訳か。皆様方……? 辺りを見回す。なるほど、後ろに僕以外の誰かがいた。


 壁にもたれて不安そうに腕を組んでいる男。

 睨むようにお姫様を見ている女の子。

 見るからに目をキラキラさせてめっちゃ嬉しそうな若い男。

 無表情に突っ立っている小さな女の子。

 

「あのっ、これって異世界転移すよね!」


 嬉しそうな男が叫ぶように言った。


「話が早いですわね。ええ、ここは皆様方から見て異世界に当たります」


 とお姫様。お姫様の名前なんだっけ。アヘアヘ? どうでもいいか。10代後半くらいだろうか。金色の髪が綺麗だ。清楚系の美人なのだろうが、薄暗い部屋のせいかどことなく性格が悪そうにも見える。


「ならまさか……ステータスオープン! あれ? 鑑定!」


 なにやってんだアイツ。

 ソシャゲならステータス確認はキャラクター画面からだ。当たり前のことを聞いて長引かせるなよな。夢の中の人に文句を言っても仕方ないが。


「あの、ステータスはどう見れば……」

「ステータスというものがわかりませんわ。あなた方の世界にはそういうものがあるのですか?」

「いえ、無いんですけど……」


 ストーリーが進まないじゃないか。どうでもいい場面ははやくスキップしたい。重要なのはガチャと操作方法だ。スキップできないゲームは全体的に面倒くさいんだよな。あとチュートリアル終わるまで音量調整できないゲームはユーザビリティが無い。リセマラを動作の快適なパソコンでやろうとすると最小音量でも爆音なんだ。おかけでミュートを強いられる。


「ちょっといい? まず説明してほしいのだけど。ここは何処で、どうやって、何の為に集められたの?」


 睨んでいた方の女の子が決まりきったことを訊く。どうせ侵略者とか魔物を倒せとか言われるだけだろうに。この世界観だと魔王かな。中世ファンタジーっぽい。中世と言いつつ近世から近代くらいの文化レベルなんだ。


 設定は割とどうでもいい。どうやら知っているゲームではないらしいことだけわかるから、問題はゲームシステムだ。主人公が戦うタイプだろうか。僕は運動音痴だからそれだと困る。その場合はチートがあるのか?


 主人公が戦えるゲームだと、だいたい準最強か平均やや下くらいの能力が多い。雑魚だとしても、コストが安いか成長が楽かみたいな特徴がある。そうじゃないと野郎なんか使わないからね。序盤は強いが後から出るガチャキャラよりは下になる。シナリオ上は重要だが、ゲーム的にはそんなに強くない。便利で使い易い。戦う主人公はそんなポジションだ。


 主人公が戦わないタイプなら指揮官になる。指揮官と言いつつ大体オートバトルで、必殺技のタイミングくらいしか操作しないんだが。高難易度の時だけちゃんとやるくらいか。いかにオートでクリアするかが重要だ。


 シナリオスキップ無いのか。


 ガチャはよ。ガチャだ。まずはガチャだろう。ガーチャ、ガーチャ!

 課金はできるのか? ログボは? 無課金はキツイ。システム的なチュートリアルを求める。


「ええ、もちろんですわ。ここは……」


 はいはいテンプレテンプレ。ここは聞き流していいだろう。どうせこの世界の危機に喚び出され、人類の存亡を賭けて戦うようなストーリーだ。導入でわかる。それで実は魔族と呼ばれる敵が普通の人だったりするんだ。違う種族と戦争しているだけで邪悪でも何でもないとかね。で、黒幕は別にいたりして、対抗する為に魔族と手を組んだりする。ほら、そうすると敵キャラもガチャに入れられるから。


 視界はごく普通に一人称視点だ。俯瞰でも見下ろしでもない。現実と何も変わらない。こういう視点のゲームということはアクションになるのだろうか。アクションは放置できないからハムるのが面倒だ。マクロは組めるかな。


 とにかく、優先すべきは仕様の把握だ。そしてガチャ。はやくガチャ。


「お願い申し上げます! わたくしたちの国をお救いください!」


 おっと、考え事をしているうちにストーリーが進行したようだ。あとでまとめて誰かから聞こう。ええと、なんか殊勝なこと言ってるが頭を下げようともしてねえなこいつ。


「って言われてもね。いち女子高生に何を期待してるのよ」

「皆様、戦闘や魔法のプロフェッショナルのはずでは」

「戦闘? 魔法? 見てわからない? あたし戦ったことなんて無いわ」

「そんなはずは……戦闘競技で最強の腕前を持つ方、あるいは卓越した魔法使い、達人と賛美されし方をお呼びしたはずです!」

「わたしはただの学生だし、喧嘩もろくにしたことないわ。何かの間違いじゃないの?」


 戦闘競技? 柔道とか剣道とかか?

 剣道の達人を呼んだとして、戦争でなんの役に立つんだよ。そりゃ強ければ数人分の戦力にはなるかもしれんが、それだけだ。戦況をひっくり返すことなんてできやしない。いや、この世界の人間がクソザコナメクジの可能性も……。


 やはりチートか?


 チートとは英語でズルのことだ。カンニングや浮気という意味もあるが、日本ではゲームでバグを使ったり不正に強いキャラクターやアイテムを手に入れたりすることを指し、同様に、何の努力も無くズルい能力が備わることをチートと呼ぶ。これはある種のテンプレートになっていて、突然チート能力を得るのは物語の定番だ。最近の流行りではなく大昔からあるけどね。神話の頃から。


「ちょっといいか」


 ん? 今手を上げた男、プロゲーマーの海原小三じゃないか?

 おお、アイアンフィストや仮想闘士、路上格闘の世界大会で優勝経験もあるREVOLの常連じゃないか。ゲーム世界の有名人だ。格闘ゲームは成長要素が無いからあまりやらないが、嗜む程度に齧ったことはある。


「俺が強いのはゲームでの話だ。格ゲーだから戦闘競技と言えば戦闘競技だが」

「その、ゲームとは……?」

「そこからか。あー、お遊びだな。架空の世界で争いをする」

「それは駒較べのようなものですか?」

「将棋か? それなら違う。なんと言えばいいか……架空の人物を操作して戦う遊びだ」


 ゲームのことを、ゲームを知らない人に説明するのは難しい。最高レア5枚抜きくらいの難度だ。つまりまず不可能という意味だが。


「ここにいるのはみんな日本人だろう。おそらく戦闘経験のある奴すらいないと思うぞ。あってもせいぜい喧嘩くらいだ。それも他国より少ないだろう」

「そんな、まさか!」

「あー、まず自己紹介しようか。俺は海原小三。一応格ゲーのプロだ。路上格闘とアイアンフィストと仮想闘士をやっていた。あんたらは?」

「あたしは袋田ステラ。ゲームの話でいいなら、バケットモンスターの全国大会で優勝したわね。17歳以下の部だけど」

「首藤八郎っす。高校の時にシューティング三種の大会で全国一位っした。スコアアタック部門すね」


 なんだこいつらすげえな。

 格闘ゲームのプロと、バケモン全1、シューティング全1。

 僕も何度か全1になったことがある。アリーナとかダメランだ。基本的に末期の過疎ゲーなので自慢にはならない。どうせ課金兵や専業には勝てないしね。


「ええと、きみは?」

「四計田ミミ……大会とか、出ない」

「そ、そっか」


 これまで全く発言していなかった無口な子だ。いや僕もしてないが。十代前半、いや、もっと下ぐらいか。テンプレだと中々心を開かないが、デレるときは凄まじくデレるタイプだろう。愛でる対象としてロリが嫌いな人はそういないのでロリ枠はだいたいの作品にいるものだが、ヒロインというにはやや小さい。マスコットキャラクターだな。なお人気投票だとロリが強い。ファンが一極集中するからだ。


「そっちのあんたは?」

「祖師谷です。あー、僕も別に。ゲームはソシャゲくらいですね」


 やったソシャゲの数なら数百だけど。あとは普通だ。誇るものは何も無い。強いて言うならクソゲーを嗅ぎ分ける嗅覚だろうか。すぐ終わりそうなゲームはわかる。何故かしぶとく生き残るゲームもあるので確実じゃないが。


「そうか。ならゲームが共通点でもないのか? ええと、お姫様。うちの国は平和で、戦闘経験のあるやつなんてほとんどいない。一応自衛隊っつう軍隊はいるが、ここにはそれすらいない。競技で最強ってんならこっちの3人はそうらしいが、あくまで遊びだ。これで魔王退治なんて無理だぜ」


 ああ魔王なんだ、敵。聞いてなかった。どのタイプの魔王だろう。概念的な悪魔の王か、魔物の王様か、魔族という種の政治的代表か。前者ほど強い。


「し、しかし、伝承ではあなた方には祝福能力が追加されているはずなのです」

「祝福能力?」

「はい、享楽神アフォジャネイノにより与えられし、あなた方の最も得意とする技能。それを形にしたもの……のはずです」

「おおっ、チートっすね!?」


 シューティングの人が喜んでいる。チート……チートねえ。努力して磨いた技能ならそれはチートではないと思うのだけど。プロゲーマーって大変だと聞くし、努力もなしに全国大会で優勝はできない。参加者数名とかだったらわからないけど。


「俺ならシューティング? 弾でも撃てるんすか?」

「詳細はわかりませんが、技能が追加されているはずです。頭の中で思い浮かべることで、使用方法がわかるのだと」


 直接的に戦闘能力を期待するとしたらあいつらだよなぁ。シューティングか格闘。わかりやすく戦闘向きだ。バケモンは……まあ戦闘か。あれは複雑なジャンケンと聞いたが。


「いや、格ゲー強くてどうするんだ。格ゲー自体が無いだろう、ここ」

「バケモン……まさか出せるの?」


 海原とバケモンの子の二人は何やらモゾモゾしている。バケモンの子ってこの子かこの子の親が化け物みたいだな。バケモンマスターでいいか。縮めてバケマス。

 心当たりのある人はいいな。


 得意とする技能。チート能力か。僕はなにができるんだろう。マルチタスクは割と得意だけど、何かに特化しているわけじゃない。同じ操作を延々と繰り返す忍耐力? 内職か工場で働くんなら役に立ちそうだけど。


 悩んでいると、隣にいた無口なチビッ子と目が合う。

 きみ、わかる?

 ううん。

 だよね。僕も。


 というか、なんでこいつら前向きなんだ? 普通は嫌だろう。シューティングの人はこういうのが好きそうだけどさ。要は戦いに出されるってことだろう。

 現実の戦いって、要するに殺し合いだぞ。僕は嫌だ。普通は御免被る。


「ここは頑丈に造られた地下の部屋ですから、多少のことではびくともしません。どんな力が使えるようになったのか、どうか存分にお試しください」

「ならば、竜王拳! ……おおっ!?」

「おおー」


 海山が有名な格ゲーの技名を言いながらアクションをとると両手から青白い何かが発射され、それは勢い良く真っ直ぐに突き進み壁に当たった。バギィンと甲高い音がして、石造りの壁がへこんでいる。


 本当に格ゲーの技使えてやんの。お姫様と取り巻きも驚いている。

 それからシャドーボクシングのように動き始めた。コンボの練習でもしているのか、ぐりぐりと動く姿は人間離れしている。うーわ、きめえ。


「おお、これこそ勇者の力……」

「対人の戦力としては優秀そうですな」

「素手の格闘術ですか。威力は中々……」


 姫様と護衛が色めき立つ。壁がへこむほどの攻撃だ。人間くらい楽に殺せるだろう。


「すげー! マジで竜王拳じゃないっすか!」

「わかった、コマンドだ。身体を動かそうとするんじゃない。ゲームのタイトルを決めて、キャラを選択して、頭の中で操作を入力するんだ」

「ええと、じゃあ俺は虫王子さまで。こうっすかね?」


 ピピピュンと間抜けな音がして、小さな弾が発射される。壁に当たったがダメージは無さそうだ。竜王拳よりは弱いが、連射のきく遠距離攻撃。


「おおー、出た出た、出たっす」

「魔法の弾を飛ばす能力ですか。連射ができるなら有効かもしれません」

「こうっすか? んっ!」

「おお! 連続で!」

「しかもこれは射程が長いですな!」


 攻撃がビームに切り替わる。少なくとも部屋の端から端までの射程で、壁に焦げ付きができるくらいには火力があった。人間くらいなら撃ち抜けそうだ。


「ふむ、そちらは?」

「ええと、わたしが得意なのは歴代のバケットモンスター。最新タイトルはホット&コールドで、モンスターを捕まえて、それを使役するんです」

「魔物を使役するのですか!」

「それはいささか問題が……」

「いいえ、今はそんな場合ではありません。戦力になるなら不問です。袋田様、どうか力をお見せください」

「ええ、もちろん。コマンド選択……いけっ! ヤクチュウ!」

「アヘーン!」


 バケマスが何かを投げる動作をすると、バケモンが鳴き声と共に飛び出した。子犬くらいの大きさのげっ歯類、ヤクチュウ。世界的に有名なキャラクターだ。ゲームやアニメではデフォルメされていたが、なんだかリアルになっている。鮮やかな青色だった皮膚はくすんだ灰色に近く、顔も自然界にいてもおかしくないようなリアルさだ。毛がモサモサしてるのもなんか嫌。

 要するに微妙に可愛くない。アメリカのCG実写映画みたいだ。無理にリアルな3Dにして失敗してるやつ。音速ハリネズミが酷かった。


 バケモンなぁ。昔は僕もやっていた。育成は好きなのだけど、個体値の厳選が嫌いなんだ。どれでもいいから捕まえたら片っ端から育てたい僕の性に合わなくて、だから遠ざかってしまった。

 ガチャ欲はともかく、僕の育成欲は強さに依らない。手に入れたら育てる。やりたいのはそれだけだ。育て、倒し、やがて終焉を迎える。積み上げた物が消えていく。それが楽しい。だから合わなかったんだろう。


「おお」

「これは素晴らしい、中々に強力そうな魔物ですな」

「召喚能力ですか……喚び出せる数によっては強力な力に……」

「最大で6体です。どうもわたしの手持ちが再現されているみたいですね」

「6体! この強さを!」

「ボックスも開けるのかしら……それならもっとたくさんいるのだけど」


 お姫様の取り巻きが感心している。まあ魔物を使役するというのは、個人で完結している竜王拳とか弾より分かりやすいのだろう。この強さとか言っているので鑑定とかしているのかもしれない。

 ああ、空を飛べるならそれは便利だな。居合い切りとか波乗りとか怪力も。


「竜王拳! 音速波! ふむ……使えるのは路上格闘の技だけか……しかしキャラは混合。誰の技でも使えるときた」

「早えけどこれ弱くねえっすか? 強化アイテム無いのかな……」

「ヤクチュウ! 十万のジョイントよ!」

「コーカー!』

「高速痙攣!」

「あばばばばばばば」


 それぞれ操作方法を試していた。

 海山が本当に格闘ゲームみたいに動いている。あんな動き、人間の限界を超えている。手とか燃えてるし。関節の可動域とかどうなってるんだ。


 シューティングの人は飛んでいる。素早く前後左右に動きながら、前方に弾を飛ばしていた。動きが速い。そしてキモい。前後左右にムーンウォークしてるみたいだ。

 バケマスは、というかヤクチュウは原作通りの素早さを見せていた。高速で走り回る攻撃力の高い小動物。恐ろしい。


 3人とも、総じて人間離れしていた。若者の人間離れが叫ばれる。僕もそんなことができるのか? 不明。どうすればいいんだ。

 僕の得意な事といえば育成、あるいはソシャゲなのだけど。操作をする? ほとんどオートバトルだ。僕にゲームの腕はない。高難度のボスならともかく、オートで勝てる編成にするのがソシャゲにおける周回の基本と言える。だから小難しい操作は無く、それを考えることが必要だ。他の3人とは基本思想が違うのだ。


 とはいえ何かしないと居た堪れない。さっきからお姫様の視線が僕と幼女に向いているんだ。

 僕と幼女は顔を見合わせる。


「あの、そちらは……」

「あ、ええと、やってみます……」


 姫の追求をかわす。忘れちゃいけないのは、現時点でこいつは敵だということだ。

 いや、何の了承もなく連れてこられて魔王と戦えって、現実に当てはめると誘拐されて武器を渡されて敵国との戦争に行けってのと同じことだ。普通に犯罪だし、付き合う義理も義務もない。可能なら逃げ出して、どこか遠くで静かに暮らしたい。

 ただ、それを表に出す訳にもいかない。現時点の僕はなんの後ろ盾も無い。逆らわない、でも信じない。そんなスタンスだ。


 さて、僕といえばソシャゲだ。海山によると思い浮かべることで操作できるとか。ソシャゲの操作を思い浮かべればいいわけだ。

 でも……どのソシャゲだ? 海山は使えるのは路上格闘だけと言っていた。タイトルが限定されるのか?

 それは僕が初めてやったやつか? それとも長くやったやつ? 一番課金したやつかもしれない。頭の中でタイトルを思い出していく。ファンタジーっぽいものを中心にだ。SFや現代モノは省いていいだろう。


 ええと、まずはグランピンクファンタジーだろ、ファイナルグラインドオードリー、イレブンハンドレッドナイト、ヘルズアイスブルー、アクアリウムガールズ、天命のレコン・キスタ、遥か彼方のエルドラド、プランテックガーデン、奇跡の輝石の軌跡、報復絶倒レスリングガールズ、天衣無縫のフェアリーズ、フラッフィーグレイトフルブーブス、呪詛と呪文と魔女の恋、ヤンデレるグレンデル、恋と巨人とダンジョンと、舞い踊り乱れ飛ぶアンダーウェア・アドベンチャー、こんりき!、トゥインクルリンクルクロニクル、フェアリーテールアナトミア、英雄たちのいる酒場、アンデッド★ぐれいぶ!、遥か彼方の空の下、魔物飯屋繁盛記、御主人様が魔界に連れ去られたようです、魔剣疾走、魔法戦記英雄列伝、ギャングナイト・フィーバー、救世少女は召し上がる、スペードフィールド、……次々に思い浮かべるが、どれもヒットしない。


「あっ……」


 幼女が声を上げた。何か見付かったのだろうか。残るは僕だけ? マズい、マズい。夢のくせにどうしてうまくいかないんだ。いや、夢ってそんなものだけどさ。


「これ…………」


 苦々しい顔で頭を振っているが、手応えがあったのは間違いなさそう。僕だけ取り残されている。

 ふと、手に持つスマホが目に入る。電波はない。まさか、通信環境が無いから使えないのか? ソシャゲは電波が無いと機能しない。ホーム画面に戻る。


 ん?


 違和感があった。ホーム画面には無数のゲームアイコンがあったはず。なのに、今はアイコンが一つしかない。

 まさかこいつか?

 ああピンときた。これか。感覚でわかる、喚び出せる。


「来い、フェイ!」


 空間が歪み、すとんと誰かが床に降り立つ。

 それはついさっき見たばかりのキャラクターだった。サービスが始まったばかりのパクリ疑惑のあるゲームで、一番最初に出会うキャラ。片手剣に盾持ち、上半身は鎧で下半身はタイトミニスカートの女の子。チュートリアルで仲間になるキャラクター。


 スキルは全体ガード(物理)、パワースラッシュ、戦意高揚(小)。見た目はセミロングの金髪に兜を被り、活発そうな顔立ちに、全体的に細身ながら巨乳を超えて爆乳。その身体にピッタリした金属の胸当てに、何故か極端なミニスカート。絵柄は中華感の強いアジア絵だったが、リアルになると人種がわかりにくい。


「喚ばれて飛び出て、ヴァルハイム騎士団見習い、フェイ登場であります!」


 暁の騎士物語。それがゲームのタイトルだ。


 群雄割拠の時代、プレイヤーは成り行きから滅びかけた国の君主になり、敵国に攻め滅ぼされた地を解放していく地域制圧型箱庭ゲームだ。指揮官ユニットと兵隊ユニットを組み合わせて出撃させると自動で戦闘が行われる。指揮官ユニットには一日の出撃可能回数が決められていて、アイテムか結晶で回復可能。いわゆるジャンケンゲーで、三竦みの属性と相対の属性、合わせて5つの属性があり、敵の苦手な属性のキャラクターをぶつけるのが基本戦略になる。個人戦と軍団戦があり、小規模なダンジョンなどは個人、地域制圧は軍団戦となる。


 テーマは国同士の争いのはずなのに最初は部下が二人しかいない。そのうち戦闘要員は一人。三国志の蜀のような弱小戦力からの成り上がりをやりたかったのだろうが、どういう展開をしていく予定だったのか。呉は滅亡しましたとかなりそう。

 さっきまでやっていた、始めたばかりのゲーム。ありがちな設定のありがちなキャラクター。中国産のよくあるソシャゲ。いい意味では絵以外に注目すべきは何もない。その絵も最近はAIが多いが、このゲームにはちゃんと絵師がいる。


 ただ、違法性が飛び抜けていた。


 敵キャラやNPCのグラフィック、BGMや技アイコンが完全に某有名ゲームの丸パクリと言われ、すぐにでもサービス終了しそうと噂されていた。だからこそ消える前に試してやろうと思ったんだ。


 よりによってこのゲームかよ。

 たくさんのソシャゲがある中で、このゲームだけはまだ何も育てていないんだ。他のゲームだったらキャラも揃っているし育ててあるのに。

 さっきバケマスは手持ちのバケモンと言っていた。だから当然、使えるのは持っていたキャラだろう。つまり僕の場合、チュートリアルキャラのフェイしかいないのだ。


「おお、こちらも召喚能力……」


 これにはお姫様も納得のご様子。見るからに貧弱な僕よりも、鎧姿のフェイのほうが強そうだしね。

 いやでも出せるのこいつだけだよ。


「さあ主殿! 何をすれば良いでしょうか! 混沌軍の奴らを倒すでありますか!」


 と言われても、まだストーリーもまともに把握していない。というか、僕とは初対面じゃないんだな。ゲームの設定を引き継いでいるのか。


 滅んだ国のお姫様をたまたま出会ったフェイと共に救出して、そこからチュートリアル戦闘を終えて拠点に逃げ帰ったばかりで、今の所こいつと君主以外のキャラクターはいなかったし、拠点チュートリアルの途中、まだ最後のガチャを引く前の段階だった。システムとしては、選んだキャラがダンジョンを突破していくストーリーモードと、軍を率いて攻め込み制圧した拠点を育てていくフィールドモードのあるゲームだ。サーバーがいくつもあって、美味しい土地を奪い合うPVP要素もある。総じて中華ゲーにありがちなシステムだ。


「訓練のために喚んだんだ」

「おおっ、訓練でありますね! むむっ、ここはどこですか? 見ればヴァルハイムの城ではない様子!」

「色々あってね……今は別の戦場にいるんだ」


 たぶん混沌軍とやらを倒せなかったであろう、ヴァルハイムに黙祷。


「なるほど新たな戦場でありますね! 腕が鳴るであります!」


 うん……? チュートリアル前に見たストーリーでは、祖国を復興する為に戦うみたいなキャラクターだったはず。無関係の戦場でいいのか?


「ご主人様、とにかく今は戦力を整えるべきです」

「うわ! ビックリした……」


 僕の後ろから現れたのは、二人いる部下のもう一人。自称軍師のフィラルムだ。黒髪ロングの女の子。小柄で細身だがやけに胸が大きい。この絵師の性癖なのだろう。極端な巨乳とぺたんこの二択しかいない。中国ゲーにありがちなリアル寄りの絵柄だったが、本当にリアルになると怖いくらい美人だ。ファンタジーなのにスーツのような服を着ている。表向き僕を擁立して祖国を復興させる軍師の役割の、実は滅んだ国のお姫様。色々と説明してくれるナビキャラだな。よくいるタイプだ。


「見たところ状況はよろしくない様子。であれば、戦力の拡充が我々の急務かと」

「ああうん、今はとにかく戦闘訓練だね。まずは……」

「訓練でありますね!」

「結晶はお持ちですか? まずは仲間を集めるべきでしょう。しかし今は……」

「あら、あなたも喚び出すタイプなの」


 二人とコミュニケーションをとっていると、バケモンマスターが話し掛けてきた。来んなよ。練習中だぞ。


「ちょうどいいわ、模擬戦をしない? この子とその子で」

「おお、望むところでありますよ!」


 したくない。が、フェイがノリノリでピョンピョン飛び跳ねる。何がと言わないが揺れる。剣を振り回すのはやめてくれ。


「まだ操作方法もわかってないんだが」

「別に勝ち負けなんてどうでもいいわ。動かす練習をするにも相手がいたほうがいいでしょ?」

「まあそうだけど」


 一理ある。それでもせめて基本動作くらいは練習するべきだが。


「ご主人様、このままで」

「ん? 何か考えが?」

「ええ」


 勝てるのだろうか。訓練だから別に負けてもいいんだが。


「では、わたしはこのヤクチュウで行くわ」

「フェイであります! よろしくお願いいたします!」

「ふふ、よろしくね」

「でぃーッヒヒ、イヒヒヒ……」


 ヤクチュウは元気一杯だ。白目を剥いて口から泡をこぼしている。これが可愛いのか。僕にはわからない。


「では、行くでありますよ?」

「ええ、来なさい」

「ちぇあー!」


 操作は不要なようで、フェイは盾を前に構えて突撃する。オートバトルだ。せいぜい指示出しくらいだろう。

 フェイの速さはそれなりにある。が、普通の人間の域を出ない。対してヤクチュウは素早い。目で追うのがやっとだ。


「避けなさいヤクチュウ!」

「コーカー!」

「ヤクチュウ! 高速痙攣!」

「あ~いイイイィッ!」

「あうっ! あ、あれ?」


 素早く動くヤクチュウに、フェイは全く追いつけていない。やがてヤクチュウの高速痙攣体当たりがフェイに炸裂し……。


「イィッー!」

「ひゃんッ!」


 フェイが床に転がり、そのまま立ち上がらない。HPも見れないのでわからないが、まさか死んだのか?


「我が軍最強の騎士が負けた!」


 フィラルムが大袈裟に言った。いや確かに最強だけど、そもそも一人しかいないからね。

 おっと、フェイは大丈夫か?


「お、おい、大丈夫か?」

「あうー、痛いであります」


 フェイは生きていた。そりゃそうか。バケモンは相手を殺さない。ゲーム内に墓地はあるし、野生のバケモンを叩きのめして瀕死で放置することはよくあるので普通に殺してそうだが、少なくとも対戦相手は死なない設定だ。


「おい、普通に負けちまったぞ」

「これでいいのです。見てください、あの露骨にがっかりした顔を」

「お、おう」


 フィラルムが示した先では、お姫様が露骨にがっかりしていた。やっぱりろくでもないなアイツ。

 いやまあ、大会用に厳選してバッチリ強化したバケモンと、育成すらしていない初期キャラでは比べ物にならないだろう。そう思うのだが。


「あら、もう終わり? こっちはまだ5匹いるのだけど。そっちの子は?」

「非戦闘員だな。僕の出せるのは一人だけだ」

「そ。じゃああたしの勝ちね」

「そうだな」


 バケモンマスターは満足げだ。勝ち負けはどうでもいいと言っていたくせに。やはり対戦ゲーマーは負けず嫌いだ。そうじゃないと対戦はやらない。

 ダウンしてはもう出来ることがないので、フィラルムと話しながら壁際でフェイを介抱する。バケマスは他の二人と訓練するようだ。


「負けてもいいのか?」

「ええ、むしろ負けたかったのですよ」

「そうなのか」

「大丈夫、些事はわたしにおまかせください」


 僕は常からあまり他人を信用しないのだけど、どういう理由か、僕にはこいつが裏切らないという確信があった。

 まあ、ナビキャラが裏切ったらゲームにならないよな。そういうゲームが無いわけじゃないが、最終的にはまた味方になる。ましてこいつは軍師キャラだ。そりゃ任せるよ。僕よりよっぽど頭が回るはずだ。


 しばらくそうしていると、お姫様が訓練の終わりを告げた。

 部屋を出て階段を上がると、そこは石造りの城だった。薄暗い。窓から見える空は灰色で、景色には色がない。城下町のようなものも見えるが、歩く人は少ない。活気が無く、荒れ果てた印象を受ける。

 世界が闇に包まれている。単に天気が悪いだけかもしれないが。


「皆様、ご自分の能力は把握されたようで何よりですわ」


 無骨な廊下を進みながら、お姫様は笑顔を取り繕う。なんかもう邪悪な存在にしか見えなくなってきた。

 皆様って幼女は? 何も見せていないが嫌味かな。隣を無言で歩く幼女は無表情でフィラルムと手を繋いでいる。フィラルム? いつの間に?


「海原様は徒手空拳の戦闘が素晴らしいですわ。一対一の戦いに特化した能力ですね」

「ああ、そういうゲームなら得意だ」

「首藤様は遠距離攻撃に特化しておりますね。加えて飛行能力。攻撃も援護も偵察もできる素晴らしい能力ですわ」

「うぃっす」

「袋田様はモンスターを自在に操る能力ですね。状況に応じて能力を使い分ける汎用性の強い力と言えます」

「ええ」

「それに比べて祖師谷様は……少々力が弱いようですわ。喚び出せるのがたったの二人……それも、戦えるのは一人となると」

「……」

「四計田様は、引き続き能力を探っていただくとしまして」

「……」


 んー、フィラルムの言うとおりにしてみたが、どうにもお姫様からの評価は低いようだ。金もライフラインも後ろ盾の無い状況、こいつに媚びるのは必要な気がするが。


「今日のところはおやすみください。食事の用意がございますわ」


 案内されたのはダイニングルームだった。長いテーブルが一つと、ずらりと並んだ椅子がある。貴族の食卓といえばこんなイメージだろう。

 ろうそくに灯された食卓につく。すぐにメイドによって料理が運ばれてきた。テーブルはたちまち埋め尽くされていく。一人に一人ずつメイドが付いた。フィラルムとフェイにもだ。ヤクチュウは床。


 食事の内容は、まあ、普通に美味しい。驚くほどの美味ということもなければ、文化レベルに比例して不味いということもない。味付けは基本的に塩と香草。出汁も無ければ胡椒のような香辛料も無かった。ゲームによっては文明レベルと明らかに乖離した美味そうな料理がでてきたりするが、そんなこともないようだ。

 食事中はお姫様と海原が何やら会話していたようだが、あまり聞いていなかった。喚び出した二人を観察するのに夢中だったからだ。


 フェイは身長も高くスタイルも良い美人なのだが、どうも慌ただしい。今も食事にがっついている。明るいといえばそういうキャラクターか。

 フィラルムは胸は大きく背が低い。僕に代わって受け答えをしながら食事をする姿は美人だが、やや整いすぎているような気もする。バケマスはもちろんお姫様よりも美人だ。


 見た目は良いので見ていて楽しい。楽しいのだけど。

 うぅん、返す返すも、どうしてこいつらなんだろう。

 最後にプレイしていたゲームだからだろうか。正直、もっと他に相応しいゲームはあったのだ。他の人を見る限り、やり込んだゲームが選ばれているのは確定的だ。なら僕も最もやり込んだゲームが選ばれるべきなのに。

 食後、寝室に案内される段になり、フィラルムがお姫様に言った。


「あぁ、わたし達は御主人様と同室でお願いします」

「まぁ……はい、承りましたわ。ベッドは運び込みますか?」

「不要です。さ、行きましょう、ご主人様」


 腕を取られたまま、案内のメイドについていく。同室? いいのか? いや、良くない。こっちもお姫様だろ。目が合う。ぱちんとウインク。

 っ……! 今のは合図か? フィラルムの目配せに、僕は何も言わないことを選んだ。

 案内された部屋はやけに広かった。僕の部屋の8倍はあって逆に不便そうだ。とりあえず部屋の真ん中にある応接セットに座る。すぐにメイドがお茶を淹れた。


 一息つくと天を仰ぐ。


 そういえば、僕は日本でどういう扱いなのだろう。行方不明か? それともいなかったことになるのか? 夢だからいいのか。

 僕なんか一般人だからいいけど、プロゲーマーである海原なんかは有名人だから、消えたら騒ぎになるだろう。


 パソコンのヤバいデータはクラウド保存だし、餌が無いとファイルがばら撒かれるような時限システムも今は飼ってない。時間経過でハードディスクも勝手にフォーマットされる。僕だけなら今のところは問題ない。やっていたソシャゲと、飼っていた小動物に未練はあるが、ソシャゲの世界に来たと思えば現実そのものには未練がないのだけど、ここに育成できるものはあるだろうか。


 しかしまずは生き延びることだ。そのためにどうしたものか。それを考える必要がある。


「では、ごゆるりとお寛ぎを。御用命の際はベルをお鳴らしください」

「はい」


 パタンと扉が閉じて、しばしの沈黙。


「フェイ」

「はっ」


 メイドが遠ざかるのを確認し、二人は部屋を物色し始めた。何かを探しているように見えた。やがてフィラルムが扉を指差すと、フェイは頷き扉前に陣取った。

 何してるんだ?


「ふぅ……大丈夫そうですね」

「今なにやってたの?」

「盗聴の確認です。魔法的なもの、物理的なもの、どちらも確認できませんでした」

「ああ、そう……」


 信用できるのだろうか。

 僕から見ればこいつらの世界……暁の騎士物語の世界も異世界だ。そこには地球にはない技術があるのだろう。


 同じように、ここは暁の騎士世界から見ても異世界のはずだ。同じ技術体系ではないんじゃないか? こちらのほうが遥かに優れた技術ということもあり得る。

 というのは、ワンチャンこの世界が暁の騎士の世界という可能性もあるからだ。まだチュートリアルしか見ていないので、こいつらの世界を把握していなかったから判断がつかない。


「なあ、ここは君たちのいた世界か?」

「いいえ、違います」

「違うんかい」


 あっさりとした否定。まあそうだよな。


「わたくしの世界では、月はひとつですから」


 窓の外を見る。なるほど確かに月が見えた。赤っぽい大きな月と、白っぽい小さな月。これは明らかに地球ではない。


「そうでなくとも、なんとなくわかるのです。ここが元いた場所ではないと」

「そういうものか」

「ええ、なので、最早わたくし達には戦う理由がありません。祖国を取り戻し混沌軍を駆逐するのが使命でしたが、事ここに至っては無意味でしょう」

「かもなぁ」


 祖国の為に異世界でできることはない。取り戻す土地も無ければ仇の混沌軍もいないのだ。


 そもそもこいつらのいた暁の騎士世界も実在するのだろうか。僕には世界5分前仮説にしか思えないのだが。それを言ったら僕もか。地球なんて本当に存在したかもわからない。


「ですので、ここで建国を目指すことにいたしました」

「はい?」


 建国? 建国記念日の建国か? 建国記念ってことは国が建った日であり、つまり日本が生まれた日のことだ。

 え? 国って作れるの?


「国興しです。適当な土地を領有し、植民し、開墾し、軍備を整えます」

「ま、待て待て待て」


 さすがに先走りすぎだ。

 だって国だぞ。そんなの作れるのかよ。国の条件は中学校で習った。国民、領土、主権だ。国民は……この二人と僕を合わせても3人。領土はまだ無い。主権は……主権って何だよ。


「主権って何だろ……」

「武力のことです」

「ああ、そうなんだ……」

「古代の言葉はご存知ですか? 國という字は、土地を表す一の棒の上に、人間を表す口があり、それから戈(ホコ)……つまり武器でできています。それらが囲いの中にある。これが国の定義です。領土、国民、主権ですね」


 漢字を持ち出すのは、やっぱり暁の騎士物語が中華ゲーだからか。口が人間……人口ってことか。矛? そんな字だったか?


「戈? 主権じゃないの?」

「主権とは、自分のことを自分で決める権利のこと。つまりは概ね武力のことです」

「弱いと自決もできない、ってこと?」

「自決というと自死みたいですね。裁量権と言いましょうか。武力の無い国は他者の都合に振り回されるものであり、自由とは戦って勝ち取るものなのです。それの無い国は国ではない」


 真面目な顔でそう言った。さっきから僕の背筋は凍りっぱなしだ。この子は為政者として育った人間。僕とは視点が違う。違いすぎる。


「訓練中に兵士からいろいろ聞いてきたのですけれど、国境付近や前線辺りは領土の所有権が曖昧だそうですし、山や森の奥は、誰の領土にもなっていない場所があるとか。まあ、おおむね危険な場所ですが」

「へえ」

「なので、土地を切り開けばそこは我が領土。入植し、迫りくる敵は駆逐する。周りの国を味方につける。そうすれば国の仲間入りです」

「そんなの、言うはヤスシ行うはタカシだろう」

「ええ、まあ。それでもここよりはだいぶマシです」

「そんなに酷いか、ここは」

「褒めるところがありませんもの。さっさと出奔しましょう」


 辛辣な物言いだった。同感だ。訓練の間、なんか調べ物とかしてたらしいけど。


「そのために訓練ではわざと負けたのです。ご主人様、ここは駄目です。囲われる前に逃げましょう」

「いや、しかし……」

「理論武装であれば十全ですので、どう抗弁しても最終的には無意味になりますわ。それでもと仰るなら続けてもよいですが。具体的にどう駄目なのか聞きたいですか?」

「…………」


 ハッタリではないのだろう。それでも確かめてみたかった。


「例えば、僕がここから出たくないと言ったら?」

「現状を受けいれるのですか? 誘拐されて、戦いを強要されている今を」

「いや。でもここには僕を喚んだ手段がある。だから反対に帰す手段もあるだろう。ここにいたほうが帰還の可能性は上がる」

「帰りたいのですか? そうは思えませんが、それなら帰りたくなくなるような手段を採ります」

「具体的には?」

「未来です。わたくしの名に賭けて栄達を約束します。元の世界では考えられない程の。最低限、今ならわたくしとフェイがついてきます」

「お、おう」


 フィラルムは前屈みになり、襟を引いてちらりと胸元を覗かせた。ソシャゲキャラの宿命として彼女の胸元は大きく開いているから、それはもう絶景だ。僕は別に巨乳好きではないが、現実離れした巨乳美人のそんな仕草に目を引かれないなら本能が壊れている。


「……じゃあ、戦闘能力を身に着けるまで保留したいと言ったら?」

「しかし、もう気付いてらっしゃいますよね」

「うん」


 簡単な話だ。

 僕がスマホを確認した時、それはもう僕のスマホではなくなっていた。もともとは多数のソシャゲが入っているはずなのに、アプリケーションは一つだけだった。電話もネットも無かったんだ。

 暁の騎士物語。この二人が出てくるゲームだ。

 開いてみると、特にオープニングも無く待機画面になる。そこにはフェイの立ち絵があって、それは元のイラストだ。


「きひッ……」


 笑ってしまう。待機画面は元のゲームそのままで、選べる項目は情報、陣営、強化、それから……英雄召喚。つまりガチャだ。

 ガチャがあるのだ。


「フェイを絵にするとこうなるのですね。いえ、この絵を現実にするとフェイになるのかしら。胡蝶の夢……かしらね。

 さて、英雄召喚は後回しにして、とりあえずこちらを」

「ん」


 フィラルムが言うのは、ちょっとしたアイテムや素材の手に入る無料のデイリーガチャだ。一日一回、午前四時に更新されるらしい。

 まあ、そうだよな。まずはこっちで運試しだ。場合によってはこのデイリーガチャに排出率の低い最高レアが仕込まれていたりする。このゲームは知らないが。

 タップして回す。スキップ。金貨袋が1つ、☆1の装備が2つ、好感度アイテムが4つ。回復ポーションが2つ。まあこんなものか。


「それ、取り出せますか?」

「ん……」


 チャリンと音がした。

 応接テーブルの上に、金貨が1袋、ショートソードがひとつ、小さな盾がひとつ、ポーションが2つ、それとケーキが2つ、マカロンが1つ、筆記用具がひとつ、現れる。


「我が国の金貨、ね……」


 フィラルムは袋から取り出したコインをつまんで言った。比率がわかるのだろうか。このコインの流通していた世界の為政者なのでわかってもおかしくはないが。


「一袋に1000枚、1000G。この程度の枚数ならば流しても問題はないでしょう。鋳潰す必要はあるかもしれません」

「面倒だな」

「この金の稲穂紋のコインは我が国……異世界の物ですので、このまま使えば出処を疑われます。具体的にいくらになるかは不明ですが、最悪これだけあれば生きていける能力ですからね。主様を拉致監禁してもお釣りがきますよ」

「ああ、そういう心配もあるのか。ケーキは?」


 ケーキを見る。皿とフォーク付き。こういうのが文明レベルと明らかに乖離した食材だ。生クリームのケーキは冷蔵庫前提だろう。


「ん、うめえ」

「あ、わたくしも……美味しいですね」

「あー! 自分も食べたいであります!」

「後になさい。これも売れますね。武器は……そこそこの出来です。本当にそこそこ」


 強奪したケーキを食べながらコモンソードという名前の武器を見て、ためつすがめつしている。


「こっちで性能見られるよ」

「え? なるほど」


 情報の項目でステータスを確認できる。そのまま強化画面にも行けるようだ。


「強化というと、巻物でしょうか? 強化の巻物はお持ちですか?」

「んー、今日は出てないな。でもいくつか持ってる」

「使うことは?」

「できる。使っていいのか?」


 強化アイテムは事前登録のおまけでいくつかついてきた。

 フェイのキャラクター画面に強化の項目があって、そこで使用するようだ。強化アイテム1つでレベル8まで上げられる。ステータスも上がるはずだ。チュートリアルでフェイに使ったので、今のフェイはレベル8。


「まだ待機です」


 フィラルムはきっぱりと言った。


「気付いていると思いますが、我々は監視されています」

「だろうね」

「強さを把握し、弱点や為人を探る目的だと思われます」

「うん」

「今は雌伏の時。しばらくは情報収集をします」


 そういうことになった。

 困惑とワクワクが半々。現状は新作リリース前の気分だ。

 ああ、寝たら夢も終わってしまうのだろうか。






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原作ゲーム内におけるキャラクター設定

名前:フィラルム

年齢:17歳

身長:158cm

体重:45Kg

B:94

W:56

H:86

武器:懐剣

好物:本

趣味:盤上遊戯

キャラクター説明:ヴァルハイム王国第一王女。ヴァルハイムの誇る三美姫の長女。本名をフィラルミリア・アンナマリア・アイゼンクライト・ヴァルハイム・キーン。

王族としての教育を受けており、長期的な計画立案に長ける。思考の深さには自信があるが瞬発力が無いことは自覚があり、咄嗟の時は事前に組み立てたパターンから選ぶため分かりにくいが想定外のことに弱い。

本人としては上に立つよりも傍らで支える方が得意だしそうありたいと思っているが、妹が脳筋と魔術馬鹿のため自分が王になるしかないと思いつつ、いつか誰かに侍ることを空想していた。

祖国が滅ぼされて落ち延び、主人公と出会った。その器を見抜き、王佐の才を活かす場所を見付ける。

体重の約2割が胸の重さで、そのためバランスが悪く運動は苦手で戦闘能力は皆無。視線には敏感だが胸元の開いた服を好む。その方が油断してくれると経験的に知っているので見られても悪い気はしていない。












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