第二話 救難信号と罠

元々脱走機会を狙っていたネオンが、一か月分の軍用レーションをコックピット内に積んでいたので、一週間の光速航行でも、二人が餓死してしまうようなことはなかった。


また空気や水についても、シルヴァーナには高性能な生命維持循環システムが、搭載されており、かなりの高効率リサイクルが可能なので、問題はない。


唯一の問題となる生理的対外排出活動により、排出されたものに関してはシルヴァーナにはコックピットの後方に超小型の簡易トイレがあるので、問題はない。


シルヴァーナの開発者であるアレンは、光速航行が可能なARMSを設計した際に、長時間の航行にパイロットが耐えられるように、いろいろ考えたのだが、その機能の恩恵を自分が享受することになるとは、思ってもいなかった。


「人生って本当に何が起きるか分からないな」

「ん?、どうしたの?」


「いや、シルヴァーナに乗る機会があるとは思ってなかったからさ、新鮮な気分なんだよ」

「アレンが作ったのに?」


「シルヴァーナは失敗作だったんだ、前に教えただろ」


アレンは左遷されて前線送りにされるまでは航宙軍の兵器開発技術局に所属していた正真正銘のエリート技術者で、そこでの仕事は次世代のARMSを開発することだった。


アレンは自分の趣味を多分に含んだ最高傑作のARMSを新理論に基づくエンジンの開発から駆動系、内装など何から何まで設計し、図に起こしたのまでは良かったのだが、残念ながら彼の最高傑作を操縦できるパイロットがいないことが判明したのだ。


パイロットがいないARMSなどお笑い種にもならない、大いに反省したアレンは設計図を封印しようとしたのだが、ネオンとの出会いがアレンと最高傑作のARMS”シルヴァーナ”の運命を変えた。


「私はシルヴァーナとネオンに会えて幸運だった」

「俺はネオンのような強化人間を造った兵器開発技術局の生物開発部門には嫌悪感たっぷりだったよ」


「アレンは機械バカだもんね」

「オタクな」


強化人間製造計画、遺伝子組み換えにより最高の兵士を作り出すこの計画により、産まれたのがネオン・ヴァイクという女だ。


平時だったら許可されなかったであろう計画だが、戦争の勝利という免罪符があれば人は人の姿のまま怪物へと変貌する、アレンはそれを思い知った。


計画の成功者がネオン・ヴァイクただ一人であったことも、この計画の醜悪さを強調している。


それでもその醜悪な計画のお陰で、アレンの最高傑作ARMSがこの世にロールアウトされたのだから、当時は複雑な気持ちになったものだ。


「ん、過去は過去、アレンとシルヴァーナがいる私は幸せ、それに未来のことを考える方が楽しい」

「それは同感だ、これからは少なくともいけ好かない上官の命令で、戦うこともなくなるわけだ」

「ん、それは大事」


アレンとネオンの雑談は絶えることはなかった。


二人の付き合いは長いが、このように面と向かって、話す時間は、何気に初めてだった。


《お話中失礼します、あと10分でドライブアウトし、ムーランド連邦辺境宙域トラビッシュに到着します》


シルヴァーナの戦闘補助AIであるシルヴィの言葉に、二人は、準備をする。


準備をすると言っても、緩めて過ごしやくしていた宇宙スーツをちゃんと着て、ヘルメットを被って、ベルトを閉めただけだが。


《まもなくドライブアウト。5、4、3、2、1、ドライブアウト》


シルヴィの通達と共に、それまで鈍色の世界を映していた天球型ディスプレイが、宇宙の漆黒と無数の岩石群を映した。


《エルトロンドライブ終了。近域探査中…救難信号を受信しました》

「何?」


シルヴィの言葉にアレンは声を上げ、ネオンと顔を見合わせる。


「シルヴィ」

《距離およそ5万5000、船舶名はロトニー。それ以上の情報はありません》

「行く」

《了解》


操縦レバーを握ったネオンに従い、スラスターを膨らませたシルヴァーナは加速する。


「ネオン」

「怪しいけど、様子を見に行かないことには罠か、本当かも分からない」

「確かにな、その辺の判断はネオンに任せるよ」

「ん」


数十分で、救難信号が発信された地点に近付いたシルヴァーナ、ネオンは機体に内蔵された光学望遠レンズで、目標を確認する。


「船が見える、見たところ動いていない、シルヴィ」

《船内スキャンを行なうには、あと1000ほど接近する必要があります》


シルヴィの声を聞きながら、ネオンは、シルヴァーナを、飛行形態フライモードから格闘形態ファイトモードに変形させる。


全長18mの人型兵器に変貌したシルヴァーナは、まるで天使の翼のような機動鋼翼を広げる。


《小惑星裏に敵…!》

「そこ」


シルヴィより先に反応したネオンは、引き金を引き、放たれた高出力ビームライフルの粒子光が、小惑星の影に潜んでいた戦闘艇を、小惑星ごと貫く。


《敵影5、小惑星の影に潜んでいます》


ネオンが操縦レバーを引くと共に、シルヴァーナはスラスターの蒼き残光を引きながら加速する。


それに呼応するように、小惑星の影から5機の高速戦闘艇が現れる。


『おい!、ディビットの野郎がやられたぞ!?』

『ラーキーパンチが当たっただけだ!、いつも通りやれ!』


通信回線が脆弱過ぎて、敵船同士の会話がこちらに垂れ流しのような形になっている。


ネオンは気にせず、追ってくる敵船から逃げる。


敵船のビームがシルヴァーナを狙うも、シルヴァーナの高機動マニューバに振り回されて、かすりもせず、宇宙の漆黒に吸い込まれるか、小惑星に当たってしまう。


『クソ!?、速ぇ!』


逃げながら、前転し、逆さまになったシルヴァーナの高エネルギービームライフルの閃光が、敵船を貫き爆散四散させる。


あまりに柔らかすぎるが、相手の高速戦闘艇程度の装甲とシールドでは、シルヴァーナの持つビームライフルの威力に太刀打ちできないのだろう。


そのまま飛行形態フライモードへ変形したシルヴァーナは、逆噴射し、急制動をかけると逆に追ってくる敵船たちに突っ込む。


動揺した敵船たちは、それぞれ回避行動を取るが、それよりも小惑星の間を縫って接近するシルヴァーナの方が速い。


特殊な合金により、ネオンの思考によって様々な形に変形する変幻自在の機動鋼翼が、戦艦の装甲すら容易く斬り裂くブレードへと変わり、すれ違いざまに敵船を両断する。


さらに回転しながら軌道を変更したシルヴァーナの高エネルギービームライフルの光が、敵船を葬る。


一分も経たずに、仲間の3分の2を失った残りの敵船は、撤退を始めた。


「逃がさない」


ネオンの瞳には、怜悧な狩人の色が宿り、シルヴァーナは、二隻の敵船を追って加速する。


熱光学迷彩を起動し、一時的に敵船のレーダーから消える。


『消えた!?』

『バカ言うな!、急に消えるわけねぇだろ!』


シルヴァーナの熱光学迷彩は、レーダーを無効化するステルス機能もあり、従来の装甲を一時的に切り替えることで、使用できる隠密任務用の兵装だ。


しかしネオンは、それを戦闘中に使用する。


敵船の真上に現れたシルヴァーナは、格闘形態へと移行し、高エネルギービームライフルを放つ。


一隻をスペースデブリに変えたシルヴァーナとネオンは、残り一隻に照準合わせる。


『待て待て!、降参だ!、降参!、命だけは助けてくれ!』


本来の通信回線ではなく、オープン回線を使って、唯一残った敵船は、ネオンに命乞いをしてきた。


それを聞いたネオンは、ライフルの銃口を向けたまま、敵船に接近する。


「虫が良すぎる」

『え?』

「お前は一度でも命乞いに耳を貸した?」

『そ、それは…!』


「立場が変わっただけ」

『待っ!』


ネオンは高エネルギービームライフルの銃身の下に折りたたまれた近接ブレードを展開し、丁寧にかつ確実に操縦席部分を破壊した。


シルヴァーナを待ち伏せした6隻の戦闘艇は5分と経たず、全滅した。

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