銀の操縦士と黒の整備兵は、脱走し傭兵団を作る。

龍帝

第一話 脱走

真っ黒な宇宙は、爆炎の色さえ吸い込んでしまうほど深く冷えていた。


戦場はすでに“戦い”ではなく、“崩壊”の段階に入っている。


セレジア共和国航宙軍第二十二艦隊は、敵艦隊の奇襲を受け、致命的な打撃を受けた、戦闘開始から僅か数十分で、艦隊の半数の艦が轟沈した。


俺、アレン・リードが乗るイラストリアス級四番艦も、ほかの艦船と同じように敵艦の砲撃とミサイル攻撃により、航行不能となり、指揮官が叫ぶ声も、船体が裂ける悲鳴も、大気のある艦内部でだけ響き、一歩外の空虚には何も届かない。


そんな混沌とした船内の二番格納庫で、アレンは一機の兵器と向き合っていた。


一見すると艦船に標準配備されている艦載機だが、これは長距離飛行用の飛行形態フライモードであり、格闘形態ファイトモードに変形すれば、全長二十mの巨大人型兵器”ARMS《アームス》”に変わる。


機体名は《シルヴァーナ》、アレンにとって思い入れのある機体だ。


衝撃で歪んだ入り口のハッチが、何かによって×字に斬られて、単分子ブレードを手に持ち宇宙戦闘用スーツに身を包んだ人間が入ってくる。


真っ白な宇宙戦闘用スーツを着る人間をアレンは、一人しか知らず、その人物こそアレンがシルヴァーナと共に待っていた人物だ。


「アレン、無事?」


その表情は無機的に見えるほど静かだが、ヘルメット越しに見る彼女の瞳の奥には心配の残光が揺れていた。


「見ての通り無事だよ、ネオン」


こちらの言葉に、こちらを隅々まで観察したネオンは安堵の息を吐き、抱き着いてくる。


「アレンが無事で良かった」

「俺もネオンが無事で安心した」


ネオンが、この程度の窮地で死ぬタマではないことは分かってはいるが、それでも彼女が生身の人間であることは忘れてはいけない。


「この艦隊はおしまい」

「そうだな」


負けた理由は多々あるのだろうが、一介のパイロットと整備士に過ぎない二人にはどうすることもできない、このままじっとしていれば死ぬ、それだけが唯一の真実だ。


アレンから離れて、単分子ブレードを鞘に納めたネオンは、シルヴァーナを見上げる。


「一緒に逃げよう」

「大いに賛成だ」


「違う」

「ん?」


ネオンはアレンの間違いを訂正する、アレンは首を傾げた、何処かで何かが爆発した音が聞こえ、終焉が近いことを遠回しに教えてくれる。


「軍から逃げる」


ネオンと軍の関係は特殊で、アレンも全てを知っているわけではないが、彼女が軍を好いていないことだけは知っていた。


「…本気か?」

「本気、アレンとシルヴァーナ、私の三人で生きたい」

「衝動的に言ったわけじゃなそうだな」


「ん、ずっと考えてた。私はずっと兵器として生きてきたけど、軍人としての義理も責務も尽きた」


ネオンの声音には軍に対する諦観と疲労が乗っていた。


「アレンには一緒に付いてきて欲しい」


やや不安げな様子のネオンに手を握られる。


その手は緊張で震えていて、とてもシルヴァーナに乗り不可能と言われた数多の任務をこなしてきた伝説的なパイロットには見えない。


「こちとら左遷された天涯孤独の機械オタクだ、美女の誘いを断るほど曇っちゃいねぇよ」

「ふふ、そういう台詞、アレンには似合ってない」

「うるさいな、こっちは気を使ったんだぞ?」


「ん、ありがとう」

「はぁ、そうと決まればさっさと逃げよう」

「ん」


ネオンはシルヴァーナの機体に飛び乗る。


「ネオン、俺は吸着装具アブゾセションを外してくる」

「分かった」


アレンを見送ったコックピットのハッチを開いて中に乗り込み、操縦席に座る。


《パイロット・ネオン・ヴァイク大尉の霊子脳波を確認、シルヴァーナ、起動します》


中性的なAI音声が聞こえ、シルヴァーナの天球型液晶が起動し、第二格納庫の様子がネオンの目に映り、壁面のタッチパネルに近づくアレンの姿が見えた。


《ネオン大尉、今回はどのような任務ですか?》

「任務じゃない、それにもう大尉でもじゃない」

《どういうことですか?》

「私はアレンと一緒に軍から脱走することにした」


ネオンの言葉に、AIが驚いたような気配が伝わってくる。


従来の軍機に搭載された戦闘補助AIでは有り得ない反応だ。


《軍からの脱走は重罪です、行動の再検討を推奨します》

「大丈夫、艦隊はほぼ全滅、私とアレン、シルヴァーナが消えても誰にも分からない」

《了解、ネオン大尉、いえ、ネオンに従います》

「ありがとう、シルヴィ」


シルヴァーナの戦闘補助AIであるシルヴィとの会話を終える頃には、吸着装具アブゾセションが外れる音が聞こえて、機体が僅かに揺れる。


吸着装具アブゾセションを解除したアレンは、シルヴァーナの機体に飛び乗り、開いていたハッチからコックピットに入る。


アレンがコックピットに入ると、コックピットが閉まる。


アレンは、ネオンと視線を交わし、前に増設した補助席に座る。


以前ネオンに請われて、整備上の理由という建前で、増設したものだが、まさか自分が座ることになると思ってなかった。


《アレン・リードの搭乗を確認、シルヴァーナ、全システムオールグリーン》

「ん、ハッチを破る」


シルヴァーナの脚部スラスターと背部スラスターが青く膨らむ。


操縦レバーに手を置いたネオンは、引き金を引く。


シルヴァーナの右舷から覗く高エネルギービームライフルの銃口が光を吹き、青色の閃光が、ハッチを貫き、破壊する。


「シルヴァーナ、出る!」


熱光学迷彩を起動し、宇宙空間の漆黒に溶け込みながら、シルヴァーナは最高速度で艦から離脱する。


突然視界の後方で閃光が弾けた、それは二人が乗っていたイラストリアス級四番艦の最期の閃光だった。


数十の敵艦と無数の艦載機は僅かに残った艦船を攻撃するのに夢中で、ギリギリで脱出したシルヴァーナに気付く様子はない。


巨大な軍艦であろうと沈む時は呆気ないものであると、同時にそれなりの時間を過ごした艦にアレンは短い敬礼を送った。


「…さようなら」


アレンの呟きは、戦場ではなく軍人としての過去に別れを告げているように聞こえた。


「ネオン、何処へ行く?」


アレンに問われた銀の少女は、宇宙の漆黒を見つめた。


「分からない。軍から脱走すること以外考えてなかった」

「それなら言い方を変えるよ、これから何をしたい?」


「自由に生きてみたい、誰の命令も聞かず、アレンとシルヴァーナと一緒に暮らしたい。アレンは?」


「俺は、シルヴァーナこいつと一山のガラクタがあれば何でも構わないさ」


《提案です、民間傭兵に転職するのはいいかがでしょう?》

「民間傭兵?」


《はい、ムーランド連邦の公的身分であり、武装していても問題はありません》

「ムーランド連邦か、ここからの所要日数は?」


《シルヴァーナのエルトロンドライブを使用すれば、約1週間で到着します》

「…ネオン、どうする?」


アレン自身はムーランド連邦に行くことに前向きだったが、ネオンの意見を尊重したかった。


「シルヴィ、民間傭兵は何をする仕事?」

《業務内容は多岐に渡ります、宙賊討伐、船舶護衛、資源採掘、物資運搬、星獣討伐など、依頼を達成し報酬を受け取る、簡潔に説明すると何でも屋です》

「ん、分かった。ムーランド連邦に行く」


説明を聞いたネオンは即決した、なんとなくその仕事内容が気に入ったからだ。


《了解。シルヴァーナ、10秒後にエルトロンドライブに移行、目的地はムーランド連邦辺境宙域トラビッシュ、所要時間はおよそ170時間》


飛行形態のシルヴァーナの艦上に生える機動鋼翼が変形し、さらに速度を上げる。


シルヴァーナに搭載されたエルトロンエンジンがフル回転し、生成された超大な量のエルトロン粒子が、空間を歪ませ、航行専用の空間を作り出す。


《エルトロンドライブ、スタート》


光学迷彩が解除され、光速に到達したシルヴァーナは宇宙の漆黒へと消えた。



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