第3章

第3章


『どんな世界も、今日だけのパレード』


≪リアナ・フェルシア

ミラクル⭐めぐりあい!

より一節抜≫



『リアナ・シンドローム” ——ただひたすら、次の流転に夢を託す。』


≪リアナ・フェルシア

自伝『私という流星』

帯分より抜粋≫






 私、マリス。24歳。

 この家には、前回の遷流(せんる)で住んでいたことがある。扉を開けて中に入ると、廊下にいたのはリオちゃんだった。

 「まいどー、リオちゃん。」

と声をかけると、彼女はぱっと顔をあげた。


 「あっ、マリスちゃん! おかえりー、久しぶり!」

 「わあ、リオちゃん大きくなったね〜。」

 リオは照れ笑いしながら、前歯を指差して言った。

 「えへへ、あのね、ここの前歯、生えてきたの!」

 「ほんとだ〜、すごいすごい。」

 私はリオの頭を軽く撫でて、二人でリビングに入った。


 「おお、今年もこの家にはコタツがある。」

 「マリスちゃんが置いていったからね。クラスの友達の家に行っても、誰も持ってないんだよ。」

 「珍しくても、優れてるもんは、広めたくなるんだよ。」

 「友達、リオの家にコタツあるから集まろーってなる。」

 「コタツが世界中に広まったらええなぁ。」

  

 ふと、私は尋ねた。

 「今、一人?家の人はいないの?」

 「カロはまだ、仕事から帰ってきてないよ。」

 「……そっか、それは知ってた。わかってて来たんだけどさ。サキ姉の代わりの人は?」

 「ママの代わりに来た人はナイル。来たけど、すぐ出ていっちゃった。」

 「そっか、嫌な人だったの?」

 「そんなことないよ。これくれた。」

 そう言って、リオはリアナ・フェルシアのライブDVDのパッケージを指差した。

 「おお、リアナのDVD……珍しい! いいなあ、これ。」

 「あげるよ。たぶんマリスちゃん喜ぶと思ったから、とっておいたの。」

 「えっ、いいの? ……リオちゃんの心の中には、もうリアナがちゃんといるから、ってこと?」

 「持っててもしょうがないから。」


*マリス*

 それってつまり、“どうせ再分配されるから持ってても仕方ない”って意味なのか。

それとも、本当にリアナに興味がないだけなのか。……どっちなんやろ。

 ……今、私はDVDを“再分配”されたんやな。




⦅遷流歴64年⦆

 ラジオのスピーカーから軽快なイントロが流れてくる。DJの声がリズムに乗って響いた。

 「それでは次のヒットナンバーは、遷流社会が産んだ奇跡、謎に包まれた世界からやってきた元気歌姫。歌い上げるは遷流の運命?——そんなの私には関係ない。

お届けする曲は、リアナ・フェルシアで『ミラクル☆めぐりあい!』。」



🎵ねえ まだ知らないあなたを夢見て

どんな世界も 今日だけのパレード

めぐりあいの奇跡 信じて走るの

私、ここで笑ってるよっ!



⦅現代⦆

 僕は仕事から家に帰った。

リビングをいつものように開けると、リオ以外にもう一人が……

 今は春が芽吹き始めたが、まだ肌寒い季節のコタツにもう一人は居た。

 「おかえりカロ。」

リオの挨拶。

 「まいどー、マリスやでー。」

珍客の方も挨拶してくる。

 住宅街では不釣り合いな登山ルック。黄緑のニット帽。その隙間には赤毛のくせっ毛が覗き、瞳は丸く輝いている。赤のマウンテンパーカーにアースグリーンのカーゴパンツ。なんでも入っていそうな登山リュックサックを側に置いて。僕に家への侵入が玄関でバレないように、ご丁寧に室内にトレッキングシューズを持って上がり込んでいる。マリスだ。


 「っどわー!出たぁー!!マリスが。マリスが出たぞ!!!」

 僕は買い物袋とトートバッグが床に落ちる音を聞いて自分が脱力した事に気づいた。



 「ねぇ、マリスちゃん。カロ帰ってきたから、お土産食べていい?」

 「食べよ、食べよ。」

 私は登山リュックサックから包みを取り出して、彼に突き出した。

 「つまらないものですが……」

 カロはそれを受け取るなり、呆れたように言った。

 「またアカフクかよ。他のも買ってこいよ。」

 「あのね、もらって嬉しいもの渡すの、アカフクよ、アカフク、私はアカフク以外のお土産は認めない。

 いい?この世のお土産という文化はアカフクが始まりなのよ。パインケーキ、ナッツチョコや白いクッキーサンド……アカフクがない代わりに観光地に置いてんの。アカフクに始まり、アカフクを私が食べてそれが終わりよ。」

 

 カロはヤレヤレという感じて、台所に立ち、急須や湯呑みの用意を始めた。

 「来るのに大した理由ないと思うけど、どっから来て、何し来たんだ?」

 「ごあいさつだなぁ、もうすぐリオの誕生日でしょ?サキ姉に様子見てきてくれって頼まれたんだよ。」

 「ほぉう。至極真っ当な理由だ。」

 カロは片眉をピクピクさせながらポットのお湯を急須に注いでいる。

  「ママ心配しすぎ、毎日連絡くるのに、宿題したか?歯磨きしたか?ずーっとママが家にいるみたい。」

 「サキ姉の方も、元気そうだったよ。」

 「……ひょっとしてアテネにも行ったのか?」

 「せや、ここの前にヤマト寄ってアカフク買こうて、その前はアテネでサキ姉さんと話して……その前にグリムゼル行って来たわ。」


 さらっと「グリムゼル」と言ってみた。

——カロの反応は?



⦅遷流歴65年⦆

 夜のテレビ局。

 非常階段へ出てくる男女。

 女性はリアナ・フェルシア

 男性はスーツの男

 2人は非常階段の上で強く抱きしめ合いキスをする。

 身体を離し、リアナが涙ながらに強く男性をなじる。

 男性は首を横に振り、再び、さらにリアナを抱いて口付けをする。

その非常階段から大通りを挟んだ雑居ビルの屋上。暗がりの中に一つのクロス光が瞬いている。

 シャッター音が響く。


 リアナと男性のキスがキャプチャーされる。




⦅現代⦆

 マリスはニット帽をかぶり直し、玄関でトレッキングシューズの紐を結んでいた。

リオと僕に手を振る。ドアが閉まるまで、視線を一瞬も外さない。マリスが人懐っこいと言われるのはこういうところだと思う。



*マリス*

 私のこと、ニホンっぽいってよく言われる。

でもちょっと違う。ニホンはもっとスゴい。

 何がスゴいって……そうだな、もはや人を超えてる。人間やめてる。神がかってる。

いや、もはや神。

 だって、AIに頼らず、遷流——つまり人の入れ替えと、機会の再分配をやってのけた。

 すごくない?意味わかんないでしょ?

 今、私たちが生きてる遷流社会の“再分配”ってやつは、AIが人間の代わりに管理して、機会を配ってる。

でも、そのゲルニカの遷流の“もと”って、ニホン発祥とされてるの。

 AIは、人間がやるには足りなかった部分を、補ってるだけ。

つまり……ニホンは、最初からAIなしでそれをやってのけたってこと。

これだけで、ニホンがどれだけスゴいかわかるよね。

 でね、さらにさらに、ニホン式の遷流、それを始めたのが、今から800年も前なんだよ。

ありえないでしょ?何なの?宇宙人なの??

 その、むかーしのシステムは今とは少し違うんだけど、”サンキンコウタイ”とか、”タンシンフニン”って言うらしい。

 

 一時期はやってなかった時期もあるけど、私たちの遷流歴が始まる400年前から、ニホンは戦争してないんだって。

 ニホンのビックリは、まだ終わらない。

しかも、ゲルニカの遷流社会が世界を覆って、いろんな国が国境を解体して、文化も言語も一緒くたになっていくなか、ニホンは、「ヨソはヨソ。ウチはウチ。自分たちのやり方で遷流します。」って宣言したの。でも、その代償に……いや、違うな。


 ゲルニカに対する覚悟?納得させるために、ニホンのルーツでもある紀州一帯をゲルニカの遷流社会にあげちゃったの。

 その時点で、2000年以上歴史がある国が、だよ?

何?それ。なんでそんなことできるの?怖い怖い。

 

 ⦅アスカ事変⦆といわれる、それは——

ニホンで言うところの”オスソワケ”っていう文化なんだって。

そんな文化があるってことは、昔からそんなんだったの?ニホン!?

やけっぱちじゃなくて??


 その“オスソワケ”された紀州にできた《ヤマト特区》は、ニホンのようで、ニホンとも違う。

 私のオカンとオトンは、ゲルニカの遷流社会からヤマトに再分配されて、そこで出会って、私が産まれた。


 だから、私は全然ニホンをルーツに持ってない。

 でも、こんなフワフワした私のこと、ニホンの人たちは——

「別にニホン人でもいいんじゃない?」

みたいな対応なの。

もうダメ。ニホンアメイジング。





⦅遷流歴65年⦆

 『芸能雑誌のスキャンダル記事』より


見出し:

《リアナ密会スクープ! “世界が見守る恋”の行方は?》


内容:

 芸能界に激震。遷流社会の至宝・リアナ・フェルシアが、テレビ局の非常階段で某国の若き外交官と密会。涙を浮かべた熱い抱擁が写真に収められた。


 遷流紛争から60年、世界はなお「分離」を基本方針としている。AIによる社会制御の是非がグローバルな議論を呼ぶ中で、遷流と外界は文化交流にとどまり、政治的・経済的融合は凍結状態。リアナは遷流を象徴するアイドルであり、外交官はその象徴に触れた“最初の民間人”とされている。


 AI支配への恐れ、情報統制の噂、反遷流デモ…そんな不安定な時代の中で報じられた「禁じられた恋」。2人の選択は、単なる恋愛を超えた「社会の選択」を突きつけている。




⦅現代⦆

 公衆浴場(ハンマーム)のリラクゼーションルームにはマッサージチェアがずらりと並び、全席が大きなテレビジョンに向かっている。

 風呂上がりで頬を赤らめたカロが、藍色の「MEN」と染め抜かれた暖簾(のれん)をくぐって現れた。


 彼は自販機に硬貨を入れて、瓶のコーラを一本取り出し、マッサージチェアのひとつに腰を沈めた。マシーンが低く唸って動き出す。

 瓶の蓋に手をかけた彼は、王冠の栓が抜けていないことに気づく。

 私は黙って栓抜きを差し出した。

「ありがと」とカロ。

「まいど」と私が応じる。


 プシュッ……と栓が抜け、瓶の口から細かな泡がシュワシュワと踊った。

 カロが何も言わないまま口をつぐんでいるのを見て、私は首を傾げた。


「まいど、マリスやでー。」


 振り返ったカロが一瞬たじろいだ様子で口を開いた。

「公共の場だから叫ばないけど……マリスさんですね。」

「なるほど。一応TPOを考えて驚いてるね。」

 私は面白くて顔がニヤけた。

 カロは眉を寄せたまま、ぽつりと呟いた。

 「どこにでも出てくるな。」


 彼の手元のコーラは、まだ飲まれていない。完全に動揺しとるな、と思いながら、私は言った。

 「サキ姉がカロのことも心配しとったさかいなぁ。」

 「心配って……子供じゃないんだし。」

 カロが肩をすくめる。

 それに私は、やや真面目な口調で返した。

 「せやかてな、大人やから。柔軟な子供なら順応できるかもしれんけど、大人の……硬くなった心は割れてしまうんやで……知らんけど。」


 カロがじっと私の顔を見た。

 「おまえ、ヤマト語きつくなってないか?」

 「昨日はリオがおった手前な。子供は大人の言葉聞いて育つんや。あんな過渡期にヤマト語ぎょうさん聞かせたら、言語アイデンティティ崩壊するやろ?せやから、なるだけ標準語で対応しとったんや。」


 ホンマは——

カロと話す時は、素の自分になってまうってことなんやろか。

恥ずかしいのを隠そうとすればするほど、ヤマト語が口をついて出てくる。

……知らんけど。

 

 栓を抜かれたままのコーラは、すっかり気が抜けてしまっている。

完全に、存在を置き去りにされてるな。

 ここらで——ミラーリングをしかけてみよか。


 私は瓶のフルーツ牛乳を手に取って、グビグビと飲み干した。

 ホンマは足を肩幅に開いて、片手を腰に当てるのが作法やけど、この際それは省略で。

 

 「グリムゼル……」

 不意に、カロがつぶやいた。


 グプッ。コイツ、カウンターに来よったな。

 

 「グリムゼル、何しに行ったんだ?」

 私は一瞬ためらったあと、口を開いた。

 「……墓参りだよ。」

 やば。標準語になってもうた。

 「墓参りって、そんなこと望んでるのかな。」

 「だって、誰も行かなかったら寂しがるやん。」

 「寂しがるかなぁ、あの子。」

 「そりゃ、土地に縛り続ける埋葬は不本意かもしれん。けど……ヤマト育ちなら普通、そう思うかな。……別にカロが薄情やとは思わんけど。」


 はっ……薄情……。

もっと、やらかい言い方、あったやろ。私が泣きそうや。


 「ねぇ、私と、一緒に行かない?グリムゼル。二人で、墓参りに。」

 アカン。完全に標準語になってしもた。

 

 カロはマッサージチェアの背に身を沈めて、天井を見つめたままぽつりとこぼした。

 「会いに……か。」


 首振り扇風機の音だけが、沈黙のなかに時間を刻んでいた。

 アカン、アカンでぇ。取りつくシマもない。完全な沈黙やぁー。

どないせぇちゅうねん!カンニンやー。

 

 前方のテレビジョンから、リアナの昔の映像が流れ始めた。

ちょうど三十代のリアナが、優しく染み入るように歌っている。


🎵流されてー 愛されてー 見失ってー


 その旋律が空気を緩めたのか、カロが再び口を開いた。

 「会いにいくって、どんな気持ちなの?」

 「ん? 会いにいく? そりゃまあ……」

 なんて答えたらええねん。

助けて、リアナ。


 「会いにいくのは、マリスの専売特許だろ。」

 カロは遠い記憶を辿るように語った。

 「中学でマリスと出会って、15歳で遷流して……15歳から20歳の間、年に2回は来てたろ。こっちはハノイに居るのに、モスクワから来たのはマリスだろ。」



⦅遷流歴95年⦆

 リアナ・フェルシア没後3年に作成された彼女のドキュメンタリー番組。

 暗く照明が落とされ、スリットに走る一筋の光が、彼女の41歳の時に出版されたエッセイに当たっている。


 照らし出されたエッセイの表紙に写るリアナは、かつての若い光はもうないが、口紅はそこだけに色が灯るように、赤々と咲いていた。


 その傍に、ダットテープの再生機が回り、生前の彼女の記録音声が流れている。

________________________________________

 「当時は愛なんてなんなのか考えてる暇もなかった。

時代と寝ていたのかもしれない。

私のそばで、AI(ゲルニカ)に問いかけていたわ。

今思えば、彼は私ではなく、遷流社会に魅了されていたのかもしれない。

こんな言い方、残酷で寂しい言い方なのかな……」

________________________________________

 「私と来たら、再分配の度にあの人のために新曲を出し続ける。

今度こそ会えるんじゃないかって。

諦めかけてるけど、新曲を出さないとすべてが粉々になりそうで。

……彼は生きてるのかって?

ろくに返事もしないけどね。つくのよ、既読がね。

でももう、終わりにしたいの。

もう私自身に魅力がないことも、わかってる。」

________________________________________

 「こんなになってまで、会いたくなんか……会いたくなんかないよ。」

(涙声)

グラスを机に置く音が響く。

________________________________________

 「もう待たないの、これでおしまい。もういいでしょ。」

ドアを閉める音が、静かに、響く。




⦅現代⦆

 リラクゼーションルームの大画面でリアナが華麗にステージで揺れているのを眺めながら私は言った。

 「リアナは、歌い続けて待ったでしょ。私はさ、リアナの歌が好きだよ。でも……私はリアナみたいに待てないの。その人のこと考えてたら、居ても立っても居られないの。……でも、リアナが待ったことも、尊いことだと思ってる。」


 一呼吸おいて、目を伏せながら続けた。

 「……何言ってんのか、もう自分でもようわからん。」

 

 カロが少しだけ笑った。

 「うん、マリスが言いたいこと、なんとなくわかった。」

 

 「おおきにやで。」


 笑顔を返したけど、内心は騒がしかった。

……えっ!? 会話、終わった? で!? 一緒にグリムゼル行けへんの? 行くの? どっちなん?

 これ、私、待たされてんのか? 返事待たなあかんのか? 助けてリアナぁ……!!

 



*カロ*

 再分配制度——つまり「機会」は、すべての人に等しく与えられている。

どこに飛ばされたって、そこから何かを選び取る自由は、奪われてなどいない。

ゲルニカは管理しても、行動を制限はしない。


 誰が、どこに移動して、何を得て、何を失っても関係ない。ただ、次の再分配が起こるだけ。人は、なにも縛られてなどいない。

本当の隔たりは、距離じゃない。高さでもない。

モスクワからハノイまで、会いに来たマリスを見ればわかる。

 

リアナの時代——

人と人との隔たりは、人だったんだろう。



第3章 完

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