かわいい/カワイイ/可愛いあなた

藤泉都理

かわいい/カワイイ/可愛いあなた




 明確に七三分けされた短い髪の毛とカールした立派な口髭が共に銀色、丸く小さな鼻眼鏡と深青色の燕尾服を身に着ける長身の男性、セバスチャンは自室にて、真剣な眼差しを向けながら、針を規則的に動かし続けていた。


 チクチクチクチク。

 チクチクチクチク。

 チクチクチクチク。


 時折ゆらめく炎の灯火に照らされながら、少しずつ少しずつ形作っていく。


 チクチクチクチク。

 チクチクチクチク。

 チクチクチクチク。


 白と黒と灰が入り乱れる、やわらかく肌触りのとろける布地を、同じ色の糸で縫い合わせていく。


 チクチクチクチク。

 チクチクチクチク。

 チクチクチクチク。


 ひとはりひとはりにありったけの愛情を注いでいく。

 完璧だと言われている主へと。

 強面で、筋肉隆々の身体つきで、生まれてこの方笑ったところを見た事がなく泣いたところも見た事がない、裏切り者は容赦なく断罪する冷酷無比な男性だと城民は元より、城で働く者たちからも恐れられている主へと。

 三十九年来の幼馴染へと。


 チクチクチクチク。

 チクチクチクチク。

 チクチクチクチク。


 もしかしたら要らぬお節介かもしれない。主の気分を害して城から追い出されるかもしれない。


(主が十四歳の時に城主になってより二十三年。わたくしが世界中の旅に出て、己を鍛えつつ情報収集を行って二十三年が経ち。二年前。城で働かせてほしいと申し出たところ、主はすぐに答えを口に出さなかった。働いてもよいか否か。主から連絡を寄こすのでそれまでは自宅で待機しているようにと言われて、一週間後。働いてもよいとの主からの返事が来た。だが。当然の事ながら、昔話に花を咲かせる事はできず。必要な時に呼び出されて対応するだけ。しかも、茶を淹れろだの茶を淹れろだの茶を淹れろだの………他の事は一切合切要求なし。他国の情勢、自国の情勢を尋ねる事もなければ、わたくしの身体能力を生かした仕事の割り振りもなし。茶淹れ要員。昔のわたくしを知っていれば、まあ、納得だが。それとも、世界中を旅をしたからスパイとして疑われているのか。スパイとしての尻尾を掴むために城で働く事を許したのか。わたくしはただ、)


 チクチクチクチク。

 チクチクチクチク。

 チクチクチクチク。


 心中の不安など外の身体には関係なく、規則正しく縫い合わせていく。

 同じく城で働く針子に鍛え上げられた成果が今、出ているのである。

 有難い事だ。

 セバスチャンは針子に感謝の気持ちとしてアップルパイを作って手渡したが、もう一度贈り物をしようと考えた。


(最近の主の調子の悪さに気付き、主治医に拝み倒して漸く得た情報。アレルギーを発症してしまったのだ。好きで好きで好きで、主の生きる糧と、勇気の糧となっていた動物のアレルギーを発症してしまった。全身防備をすれば触れる事も叶うらしいが、もう直接触れる事は叶わない。ただし、十四歳の時の主の情報だ。今でも糧としているのかは正直不明だが。糧としていなかったら、今。わたくしがしている行為はまったく無意味。どころか、バカにしていると主を憤慨させかねない。下手をすれば、処刑されるやも。だが、)


 チクチクチクチク。

 チクチクチクチク。

 チクチクチクチク。

 もにゅもにゅもにゅもにゅ。

 ふわふわふわふわふわりふわ。

 チクチクチクチク。

 チクチクチクチク。

 チクチクチクチク。


「よし」


 完成したぬいぐるみに目尻を下げたセバスチャン。矯めつ眇めつ、不具合はないかを確認しては、さてとと呟いて椅子から立ち上がり、規則正しく、音を立てずに歩き出した。











「………グリフォン。勝手に野生動物を殺してはならぬと言ったはず」


 森の中で独り、鍛錬を行っている時であった。

 城主である咲楽さくらは契約を交わしたグリフォンがその硬く鋭い嘴で銜えているものを見て返してこいと言ったのだが、グリフォンは背を向ける事なく、咲楽へと近づいては、咲楽の八つに分かれた腹筋へと銜えているものを押し付けた。

 もはや何も感じなかったはずの腹筋が、けれど、溶かされていくような感覚に陥った咲楽。うぬも鍛え直さなければならないようだと考えたにもかかわらず、手はやおら少し距離を開けたグリフォンの嘴の下へと動き出す。動き出しては、グリフォンが銜えている動物へと触れる。


 やわらかい。

 生きている動物ではない。

 死んだわけでもない。そもそも生きてはいない。


 触感から情報を得た咲楽。両手で掴んだそれをじっくりと見ては、グリフォンへと視線を向けて連れて行けと言い、グリフォンの硬い背中に飛び乗ったのであった。






「うぬはただ我に茶を淹れればいい。それだけでいい。このような事をせずともよい」

「………はい」


 セバスチャンが洗濯の手伝いをしている時だった。

 グリフォンと共に天空から地上へと降り立った咲楽から、セバスチャンと共に洗濯物を干していた者は二人きりにしてくれと言われては、ゆっくりと咲楽に背を向けず後ろ歩きをしながらこの場を退いて行った。

 セバスチャンは今にも腰に下げた剣で斬り殺しそうなほどに鋭い視線を向ける咲楽を見て失敗したかと思いつつ、ぬいぐるみを受け取ろうとしたのだが、咲楽はぬいぐるみを両手に持ったままであった。


「ただし、グリフォンが気に入らなければの話。グリフォンがいたく気に入ったようなので貰っておく。ああ。そう言えば、グリフォンが一匹では足りないと言っておった。もっと寄こせとも。ゆえに、うぬを茶淹れの仕事と共に、ぬいぐるみの制作の仕事も言い渡す。よいな」

「………」

「返事はどうした?」

「………あ。は、い」

「うむ………他の城の者の仕事を手伝うのもよいが、うぬの仕事を怠るな。これより、我は執務室に戻る。茶を淹れに来い」

「はいっ!」

「うむ」


 上半身裸の咲楽はマントなど羽織ってはいないにもかかわらず、布地の厚く重く深紅のマントを思いきり翻して背を向けたような感覚に陥ったセバスチャン。じわりじわりと、無感情から驚き、そして喜悦の感情に全身全霊が浸っては拳を作り、咲楽に美味しい茶を飲んでもらうべく急いで、茶室へと向かったのであった。




「………ふん。余計なお世話だが、」


 白、黒、灰の長くやわらかい毛で全身を覆い、全長と同じくらいの長い耳を垂らし、漆黒の円らな瞳のうさぎのぬいぐるみをやわく抱きしめた咲楽は微笑を湛えたのであった。




「ゆえに、うぬを城の中に入れたくはなかったのだ。うぬは我を腑抜けにさせてしまう。まあ、己を強くするためのよい鍛錬でもあるがな」











(2025.12.31)



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