第2話 保健所

「きゅーっ、きゅきゅーっ」


 腕に巻き付いてる乳白色の物体は、明らかにスライムだ。ネットで見たのと同じだから間違いない。動画でも、こんな風に人間の腕に巻き付いていた。


でも動画で見るのと、自分がそんな目に遭うのとは、全く別だ。


 こういう時、人間がどういう反応をするかは2つに分かれる。慌てるか、逆に冷静になるか――実際なって分かったけど、俺は後者の方だった。


「…………(すー、はー)」


 息を深くして、ゆっくりと……ゆっくりと。

 急いで引き剥がすなんて愚の骨頂。スライムによっては、驚くと刺激性の体液をにじませたりするそうだしな。


 スライムを驚かさないように、ゆっくりと……ゆっくりと。腕に巻き付いたスライムの、端をつまんで、ゆっくりと……ゆっくりと。剥がす。でも。


「ありゃ?」


 しかし引っ張れば引っ張るだけスライムは伸び、最後は両手でタオルを広げたような感じになってしまっていた。伸びた分だけ色が薄くなり、半透明になったスライムのタオルだ。


「きゅー、きゅー」


 そのタオルから、声がする。声の発信元は、タオルのあちこちを移動していた。でも発生機関らしきものは見えない。そもそも目も口も無いし。普段はなんの疑問も抱いてないけど、モンスターって、やっぱり不思議生物なんだな。


 それさておき、どうしよう……と思ったら、スライムは自分から俺の腕を離れ、床に着地していた。


「きゅっ、きゅきゅー」


 心なしか、こちらを見上げてるようにも思えるスライムを見下ろしながら、俺は、スマホでLINEを起動していた。


 メッセージの送信先は、あの人だ。


﨑田:これ、拾いました


 続けてスライムの写真を送信――返事は、すぐに来た。


椚:スライムですね

椚:どうしたんですか?


 あの人――俺のダンジョンダイエットのインストラクター、椚さん。相談するなら、俺の知り合いで一番ダンジョンに詳しいこの人しか思いつかなかった。


﨑田:帰ってから見たら、リュックの底に貼り付いてました

椚:あー、稀にあるみたいですね


 稀にあるのか……


椚:探索中に入り込んじゃったんでしょうね

﨑田:ゲートの職員さんも、ちょっと変に思ったみたいだけど、スルーされました

椚:スライムは擬態が上手だし、正体を明かす相手を選ぶんですよ

﨑田:相手を選ぶんですか

椚:そこらへんの情報は、『スライム 擬態 本能』で検索すれば、すぐ出てくると思いますよ

椚:それで、飼うんですか?

﨑田:いえまだ、なんにも考えてなくて

椚;ですよねー。飼うにしても飼わないにしても、保健所に行かなきゃならないですね


 そりゃそうだよな。モンスターだし、無許可で飼ったりするなんて出来るわけないし。


「きゅう?」


 今度は、明らかに俺を見上げているスライム。目が合った……氣がした。スライムに、目は無いけど。俺は訊いた。


﨑田:ちなみに、飼わない場合はどうなりますか?


 答えは、予想通りだった。


椚:処分されますね


 当然、だよな。


椚:引き取り手のないモンスターは、野良犬と同じ扱いになります


 だよな。


椚:ペットとして、密かに人気ですけどね

椚:私も、ペット可の部屋だったら飼ってみたいんですけどね


 うちは、賃貸じゃないからペット可だ。というか実家に一人暮らしなので、お伺いが必要な相手もいない。


「きゅきゅ?」


 再び、スライムと目があった。

 すでに打ち込んでたメッセージを、俺は送信した。


﨑田:じゃあ、飼おうと思います


 そういうわけで、翌日の月曜日、俺は保健所に向かったのだった。



 ネットで調べると、保健所でモンスターを扱うのは、生活衛生課の愛護動物管理担当。予約は必要ないらしいので、会社の上司にLINEして、有給休暇をとらせてもらった。


 昔、犬を飼ってたときに使ってたケージにスライを入れ、家を出る。


 保健所は駅近くで、家から歩いて10分程度。


「……きゅ? ……きゅ?」


 ケージのスライムは、人や車とすれ違ったり、広い道に出たりするたび、体を震わせている。怯えた様子はない。なんとなく分かる。見たことのないものや景色に興味津々といった感じだ。


 保健所に着くと、生活衛生課はすぐに見つかった。カウンターでベルを鳴らすと、職員さんが来た。


 最初にスライムを入手した経緯を聞かれ、答えると、登録に必要な金額を告げられる。


「それでは、12万2千円をお支払いください」


 登録料や税金を合わせると、結構な金額になった。これを聞いて飼育を諦める人もいるそうなのだが、俺の場合、親の遺産があったり無趣味だったり独身で彼女もいなかったりで、この程度なら問題なく払える。


 ケージは、犬用のもので大丈夫らしい。


 もっと希少だったり危険だったりするモンスターだと、GPSやカメラが仕込まれた専用のものが必要になるのだそうけど、スライムなら、犬用のケージに保健所提供のカメラを付けるだけで十分らしい。


「1日に1時間以上、ケージの中ですごさせるようにしてください」


 カメラにはケージ内のモンスターの魔力を測る装置が付いていて、保健所のサーバにデータを送信している。さっき払った12万円には、カメラのレンタル料と、その通信費も入っているらしい。


 終わってみると、全部で1時間もかからなかった。


「じゃ、よろしくな」

「きゅっ、きゅ~」


 ケージ越しにグータッチしてると。


「うふふ……」


 そんな俺達を職員さんが微笑ましげに見ていて、俺は赤面しながら保健所を後にしたのだった。


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