第3話 名前を付けました

 家に帰って、スライムに餌をやることにした。保健所に行くのが優先で、朝食は後回しにしていたのだ。


 スライムはゴミでもなんでも食べる。ということだが、ネットの情報ではペットフードを与えるのが推奨されている――主に、飼い主の精神衛生上の問題で。


「きゅきゅー」


 俺が台所に向かっただけで、餌を貰えるとさとったのか、スライムが嬉しそうな顔をする。スライムに目や口はないけど、体表を震わせて感情を表現する。


「ほーら、お食べ」

「きゅっきゅー」


 まだペットフードは買ってないから、食パンの牛乳がけだ。スライムは体を触手みたいに何本も伸ばして、一本は器を固定し、一本はパンをむしり、また一本はストローみたいにして牛乳を啜っている。


 それを眺めながら、俺も朝食だ。食パンに牛乳、プロテイン、コンビニのサラダチキン――忘れるところだった。お盆に並んだ食事を、スマホで写真に撮って、送信。


﨑田:昨日はありがとうございました

﨑田:朝食です


 すぐに、返事が返ってきた。


椚:今日もいい感じですねー

椚:発酵食品を加えたら完璧です

﨑田:納豆や、ヨーグルトでいいですか?

椚:合格です


 ダイエットプログラムの一環で、毎食、食事の写真を砧さんに送っている。以前、同じプログラムを受けたことのある上司の勧めで追加した、月々3000円のオプションだ。『俺のインストラクターは、クールビューティって感じの美人だったんだけどさ~。飲み会で唐揚げなんか食ったりするとさ『はー、そうきましたか』なんて冷たい反応が返ってきてさ。これがいいんだよ~』などと上司は言っていたのだが、俺にそういう趣味はないし、砧さんに冷たい言葉をかけられたこともない。


 それより、報告せねば。


﨑田:保健所に行ってきました

﨑田:無事、登録完了です

椚:お疲れ様です

椚:名前は決まりましたか?


 名前……


﨑田:それがまだなんですよ

椚:決まったら教えて下さいね

﨑田:了解です

椚:では、お昼の報告をお待ちしてます


 名前……一応、候補はある。


『すらたん』


 ふっと、思いついた名前だ。

 そしてそれとは別に、もう一つ。


 我が家ではこれまで何頭も犬を飼っていて、どの子にも数字にちなんだ名前を付けていた。


 一郎、二郎、三郎、四子しいこ、五郎、六助、ナナ、八郎。


 ここまでが、歴代の飼い犬たちの名前だ。スライムは、その次になる。だから――


九助キュースケ


 それが、もう一つの候補だ。

 我が家のネーミングルールに従えば『キュースケ』が妥当なのだが『すらたん』も可愛くて捨てがたい。


 さて、どうしよう……本人に聞いてみるか。


「すらたん」

「きゅっきゅー」

「キュースケ」

「きゅっきゅー」


 どっちでもいいみたいだ。

 さてさて、どうしよう。

 と思ってたら、会社の吉崎という後輩からLINEが来た。


吉崎:お休み中、すみません

吉崎:F社の件で、ちょっといいですか?

﨑田:いいよ


 F社か……そういえば、先日から揉めてる件で、今日回答がくるはずだった。


吉崎:F社からの回答が、かなりお話にならないレベルだったんですよ

﨑田:なるほど

吉崎:それで、有田課長が明日、先輩に詰めてもらえと。その了解をもらうようにとのことなんですけど、よろしいでしょうか?

﨑田:いいよ

吉崎:ありがとうございます

﨑田:ところで、直感で答えてほしいんだけど、すらたんとキュースケだと、どっちが良い名前だと思う?


 返事が来るまでに、三分待った。


吉崎:キュースケがいいと思います


 そうか……キュースケか。


 それから五分ほどしたら、課長(件のオプションを俺に勧めた人)からもLINEが来た。


有田:俺もキュースケがいいと思う


 そうか……キュースケか。


 俺は立ち上がり、家を出た。諸々買い求めるためだ。スライムは留守番。明日からは仕事で1日中家を空ける。いまから一人に慣れてもらわないとな。


 駅前のスーパーでペットフードと水飲み用の皿、それからコンビニで俺の昼食を買った。


 そして、家に帰り――俺は、ダッシュした。


「すらたん!!」


 スライムが形を失い、べっとり床に貼り付いたようになっていたのだ。一番近いのは、脱毛用のワックスを塗り広げた感じで……


 死。


 その一文字が脳裏に浮かんで、俺は、スライムに駆け寄り叫んでいた。


「すらたん!!すらたん!!すらたん!!」


 すると――


「きゅ?」


 声とともに、スライムは形を取り戻していた。後で調べたら分かったのだが、スライムは外敵に襲われるのを防ぐため、単体でいるときは、こういう風に周囲の床や壁に貼り付いて擬態するらしい。つまり、スライムにはよくあることなのだった。


 ところで、俺、いまなんて言った?


『すらたん』


 って、言ってたよな。


 とっさに、何も考えずに叫んでいた――つまり、そういうことなのだ。俺の心のなかでは、スライムの名前は、すでに決まっていたのだ。


 俺は、昼食の写真と共に椚さんにLINEした。


﨑田:今日の昼食です

﨑田:スライムの名前は『すらたん』に決まりました。


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30代からのダンジョンダイエット ~レベルが上がれば基礎代謝も上がる!~ 王子ざくり @zuzunov

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