第4話 糞餓鬼

 「目標確認しました。こちらから撃ってしまってもよろしいですか?」


 「かまわんッ。奴はそんな麻酔銃では死なんよォッ!」


 スコープを月光が照らし、あるマンションの一室を覗いていた。


 「了解。射撃準備、3、2、1……」


 「ばん!ってか?」


 1mほどある巨大な銃身に身を寄せて、スコープを覗きながらトリガーに指をかけていた男のすぐ後ろ。耳元で声がした。


 ここは向かいのマンションの屋上。普通の人間は立ち入れないし、そもそも音もなく彼の背後に立つことは、ほとんど不可能である。


「っッツ――!」


「はい、こっちがバン!」


 サプレッサー付のハンドガンを構えた男。しかし、彼の背後の「レオ」もまた同じ銃を構えていたのだ。


 スナイパーの男は脳天に銃弾を受け、黒っぽい血を垂れ流している。


 レオの手の銃は、なぜか粘性のある液体のようにドロドロと流れ、血と混ざっていく。


 レオは、息のない男の体から何かを探すように、月明かりの元まさぐっている。


「蛇の印か……。これを見ると、印のスペシャリストが結んだってよりは、魔術とかの専門臭いか?」


 確かに蛇のしるしが男の首元にはあった。レオは怪訝そうにそれを見つめる。


「クソジジイは関係ないとして、印なんて馬鹿古い手法使う奴か……。それに、なんであの獣を狙う?」


 そんなレオの目の前を、突然何かが飛びぬけて行った。


 それはまさしく光のような速さで、風のように俊敏である。


「ん?んだありゃ」


 レオの目線の先に、何かが浮遊している。いや、羽ばたいている。


 『それはッッッッッ!!ワイバーンだよッッッッッ!!!』


 ノイズのような音と共に先の男のトランシーバから声が聞こえた。


「あ?」


 レオのそんな声が響くと同時に、巨大な火球がレオの立っていた場所に落ちる。


「ギャャャャャャャャャャァァァァァァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 周囲の窓ガラスは震え、街灯はあらゆる向きに揺れる。地面は所々が割れているようにも見える。


 天災であるかのような状況であった。


 レオのいた場所は、もう跡形もなく消え去っていた。えぐれているというより、そのまま切り取ったように見える。


 何度か叫び、ワイバーンは空にまた火を放つ。それは勝利の花火のよう。


 満足したようにその場を離れるワイバーン。翻した先には山々が映る。


「てめえ、これで終わりかよ?」


 ワイバーンは本能的に火を放った。それは仕留めたはずの獲物の声だ。


 ぎょろ、とその巨大な目玉を動かせども、獲物は映らない。


「ここだよ、くそったれ爬虫類。てめえらは自分の痒いところも満足に掻けなさそうな視界だな」


 ぐりんと体を何回転もして、背中からする声を落とそうとする。が、声は止まらない。


「マジでよ、人間でよかったぜ俺は。だってよ、獣なんかに生まれちまえば、みたいに奴隷になるかもしれねえんだぜ? そんなの最悪じゃんかよ」


「グ、グァァァァァァァァァァァアアアア!!!!!!!!!!!!」


 徐々にワイバーンはおびえ始める。それは、自分より恐ろしい、何かがいるということの恐怖。


 ワイバーンは龍という種族の中では最高峰の魔力と力を有している。そもそも、龍と言う種族が獣界では上澄みの存在であるからして、その中でも最強となれば、それはもう彼らの強さが分かる事であろう。


 だからこそ、自分より強い存在と言うことが、何よりの恐怖なのである。


 レオはイラついたように足でワイバーンの頭をリズムよく踏み続ける。


「なァ、聞いてっか?てめえに行ってんだ、よォ!!!!!!」


 ドォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!!!!!!!と爆音、轟音。それは焔であり、それは先のワイバーンの放った火球と全く同じである。


「なあ、自分で打った火球は怖えか? ッはははハハハハハハハハハハ!!!!!!!」


 狂ったようにレオは笑う。それに呼応してワイバーンは恐怖して、ついには涙を流す。


「はあああああああああ、もーーいいわ、飽きた」


 少しずつ、少しずつ、なにか巨大な魔力が練り上げられてゆく。


「ま、てめえも望んどけよ。叶うかは知んねえけど」


 突然、ワイバーンの目の前を、赤く熱を持ったものが包む。


「来世は、人間にしてくださいってなァ!」


 それは、ワイバーンの放った炎の何倍もの大きさの、巨大な火球であった。


 *


 俺は焦げ臭くなった服を、捨てなきゃなとか考えながら、炎を使って空に浮いている。


 周りには爆散した汚ねえ爬虫類の肉片が落ちていく。


 割れた地面に足を付ける。あ、てか絶対これサツ来るよな、早めに逃げよ。


 「んんんんんんんぁああやるねえ!!!!!! キミィィィィィィィッッ!!!!!」


 持ってたトランシーバからとんでもない声量で、男の声が聞こえた。


 「うるせえよ、今何時だと思ってんだ近所迷惑とか知らんガイジですかぁ?」


 「キミのその強さッッッッッ!! まさしくね、私は惚れたよッッッッ!!! だからねッッッッッ!!、あの獣はッッッッッ、キミにひとまず預けておくよッッッッッ!!!」


 「おっさんに惚れられても、困るし俺はノンケだ。残念だったな、ゲイジジイ。それに、預けるのはいいが、返す気はさらさらねぇーよ」


 「キミッッッッッッ!!! 名前はッッッッッ!?!?!?!?!?」


 話聞かないタイプのジジイだ。いるよな、こういう奴。電車とかより、病院とかで見るタイプの老害。さっさと死ねって常々思うタイプ。


 「そーだな。俺の名前ねェ…………」


 バキバキバキバキバキバキバキとトランシーバをゆっくりつぶしながら俺は笑う。


 「お前を殺す、糞餓鬼だよ!」


 アスファルトにたたきつけ、思いっきり右足で踏みつぶす。


 勢い余って少しアスファルトを割っちまった。ま、こんな有様じゃ今更だけど。


 月光の元、俺は「コンビニでアイス買ってこ」とひとり呟いた。

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