第3話 初めての家族

「いっただっきまーす!」


 心地よい声を姉貴はあげる。目の前には俺の作ったコロッケとその他色とりどりな料理。


 俺たちは二人…………と一匹?で食卓を囲んでいる。


「んんんう~~~~~まあ!やっぱレオくんのご飯は別格だよ!」


「そりゃよかったよ」


 俺も小さく割ったコロッケのかけらを口に入れる。確かに今日は上手に揚げれたかもしれない。


「ふむ。これが『ころっけ』というものであるか」


「?お前、食ったことねえのか」


「左様。我はこういった名の付く飯を食ったことがあらぬ」


 なんだか底知れぬ闇に触れている気がして、それ以上は踏み込めなかった。


「いやあ、それにしてもレオくんが新しい家族を連れてきてくれるなんてねえ~」


「家族?」


 姉貴の発言に、神威は首をかしげる。


「うん!家族だよ! こうやって、おんなじテーブルで、おんなじご飯を食べて、おんなじように笑うの!」


 持っている箸を空中をかき混ぜるようにくるくる回し、目を瞑って姉貴はそんなことを言った。全く、なかなか恥ずかしいことを、真顔で言えるもんだ。


 対する神威は、その小さな口に少しずつコロッケを含みながら、納得したように、もぐもぐもぐもぐ。


 ごくん。と飲み込んで、少しはにかむ。


「なるほど。それが、『家族』であるのか」


 嬉しそうに耳を動かしているのを見ながら、俺は最後のコロッケを頬張った。


 *


「レオくん、レオくん」


 皿洗いを、料理で疲れてるだろうから私がやる!と言って聞かない姉貴にやってもらいながら、俺は神威とソファに座っていた。


 神威は初めて見るテレビに夢中だが、俺はそんな注意力が削がれている状態の神威をじっくりと体中を確認する。


「なに? 姉貴」


「神威ちゃん、眠たそうだよ」


 そう言われて再度神威を見ると、確かに目が少しうつろになり、頭をふわふわと揺らしていた。


「寝かせに行ってあげたら? その間に私もお風呂入っちゃいたいし」


「そーだな……」


 獣を自分のベッドで寝かすのも少し抵抗はあるが、まあ入念に体中洗ったし大丈夫だろう。


 腕に抱えるようにそっと体を持ち上げる。風呂に入ったからか、飯を食ったからか体中がじんわり暖かくて、最初の時より、なんというか「生きている」感覚だ。


 起こさないように運んで、部屋のベッドに優しく乗せてやる。布団も被せてやろうとしたとき、神威は少しうなるように何かを言った。


「寒い……」


 確かにそう聞こえて、俺はなぜか、大嫌いな筈の獣の頭に手を乗せていた。


 *


 神威は夢を見ていた。それは、レオと出会う前の、冷たい記憶。


 「おい、この獣。番号ついてねえのか?」


 狭い鉄の檻の中で、神威は俯いたまま動かない。


 「ああ、そいつはお偉いさんの依頼でな。ボスから直々に受け覆ってんだよ」


 ガラの悪い男二人が、調教用の鞭を持って話していた。


 「しかもよ……そのお偉いさんってのが、イギリスの――」


 突如として、空間が大きく揺れる。まるで砲撃を受けたかのように、神威たち獣が入れられた檻が浮遊した。


 「な、なんだってんだ!?」


 「おい、やべえぞ! 高度がどんどん下がっていやがる!」


 鼓膜を刺激する警報音に、体全体が振動する異常な状態が続く。


 「お、おい。なんか、このの上に居るぞ!レーダーが感知して――」


 男の一人がそう言うと同時か、それより早く「船」の船尾が破壊される。


 「プログラム変換、サーモ式センサから赤外線フィルタに移行」


 破壊したのは、なんともグロテスクな見た目の、エイリアンのような生物だった。


 目は見当たらず、背中からは幾つもトサカが生え、尻尾は鋭く槍のよう。


 人間や獣人ではない。何か別の存在であることは一目瞭然だった。


 「ターゲット、および排除対象を確認。プログラムエラー、識別エラー等の発生確率は3.7%」


 「はっ、はっ、こいつ……一体何なんだ!」


 「命令遵守状態を一時的に保持します」


 そう言った途端、その謎の生物は大きな金属音のような叫び声をあげながら、尻尾で男を一人串刺しにした。


 「う、うわああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!」


 男は脳天を一突きされ、もはや助かっていることなどありえなかった。


 「任務遂行を決定。識別コード『kamui11788814』を確認」


 いきなり、謎の生物は首を捻り、神威を見た。そして、その長い腕で神威の檻を持ち上げ。


 「えっ…………」


 男は驚愕したように神威を見ていた。


 そう、神威の入った檻は、そのまま空中に放り投げられたのだ。


 神威は見た。落ちていく船と檻の隙間から、「スオウ」という街を。


 夜だというのに、燈は絶えず、きらきらと輝いている。


 その景色を最後に、神威の意識は途絶えた――。


 次に覚えているのは、自らを包む陽の光の奥で佇むヒトの少年。


 夢の中であっても、神威は勝手に安心感を覚える。そうして、視界を取り巻いた闇は消え、神威はレオを思い続けている。

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