第3話 外角低め


 1年間ひたすらバットを振り続けた。


 1日1000本、1年間で延べ365,000回になる。


 同級生、天羽瑠十君の球を3球に1球はヒット性の当たりが出るようになった。彼は半年前にチェンジアップを覚えたので、打率は少し下がったものの、それでも最初の頃よりは格段に良くなった。


「皆さん、天羽君は家の都合で来週引っ越しするそうですので、金曜日にお別れ会をやります」


 5年生になっても同じクラス。

 なんだか、4年の時よりも、クラスの女子の自分への当たりが強くなってきたが、あまり気にしていない。家の事情に比べれば、学校でのいじめ行為は少年にとっては些細なことだった。


「非常に残念だが、しょうがない。お別れ試合を行う」


 監督がとても悲しそう。

 今年に入って、チームの調子は上々で、瑠十君が先発で出た試合は全戦全勝。地区で中堅クラスだったのに優勝候補の一角に数えられるほどに成長した。そんなチームの支えである瑠十君の転校は、他のチームメイトもショックを隠せていなかった。










「力まず、当てることだけを考えて振るにょだ!」


 猫神様のアドバイス。

 学校ではずっとバットを振らないように言われていたのにここにきて打ってもいいと許しが出た。


 力まず当てるだけ。

 力を抜くのが、ミートのコツだと昨年から酸っぱく言われているので身に沁みている。その打ち方なら3割くらいの確率でヒットが出るはずなので、試合に出してもらえれば、打てるかもしれない。


 ちなみに金曜日は、レギュラー対補欠。5年生になったので、自分も試合に出られるチャンスは十分にある。


「バシュッ⁉」


 ――あれ?


 今の音……。


「神様、今のスイングどうでした?」


 今までの音と少し違っていた。

 それを確かめるべく、木の上にいる猫神様を見上げたのだが……。


「にゃー」


 また、ただの猫に戻っている。


 最近、野球の神様が猫の体を借りられる時間が少なくなってきている……。


 公園の照明に照らされた白黒のハチワレ猫は、木の上でノビのポーズをした後、木から降りて、草むらの中に消えていった。











 ――金曜日の放課後。


 クラスのお別れ会の後、寄せ書きや花束を持った瑠十君が少し遅れて、グラウンドにやってきた。


「監督、最後だから同級生の子全員と勝負したいです」

「よし、いいだろう。おい、君も準備しなさい」

「はい」


 監督は自分の名前すら覚えていないかも。

 だけど、そんなことは少年にとってはどうでもよかった。


 ――来た。

 本気で対戦できる時が……。


 瑠十君の球はこの1年間、誰よりもずっと見てきた。

 最後の最後に勝負できるなんて、とっても嬉しい。イメトレでは約3割の打率。実戦では、イメージのズレがあるはずなので、2割当たれば良いと思う。


「――っ!」

「ごめん、大丈夫?」


 1打席目は、いきなり初球デッドボール。

 腕だったので、無理に避けようとしなかった。


 2打席目は、ノーストライク3ボールまでカウントが進んで4球目。頭に向かって飛んできたので、どうにか躱した。打ったわけではないが、フォアボールで出塁できた。


 試合は7回まで。

 1-0で瑠十君のチームがリードのまま、7回の裏、2アウトから前の打者がフォアボールで1塁に進んだため、最後の最後で本日3回目の打席が回ってきた。


 今日は、瑠十君は少年に対してストライクを1度も取っていない。1打席目の初球デッドボールを負い目に感じて調子を崩してしまっているのかも……。緊張を解いてもらうために、少年は3打席目をいつもより半歩後ろに下がってバットを構えた。


 ――やっぱりだ。


 ストライクゾーンに入ってくるものの外角低め一杯の厳しい球。


 でも、届く▪▪


 猫神様に口すっぱく言われたように腕を畳んでコンパクトにバットを操り、ボールをバットの軌道に乗せた。これまで散々やってきたイメトレでは、ピッチャーの頭を超えるセンター前ヒットのはず。


 でも、わからない。あまり足は速くないので、センターの返球次第では一塁で刺されてしまう可能性もある。心臓がバクバクになりながら、一塁に頭から滑り込んだ。


 セーフ?

 ――それとも。


 塁審の声が聞こえない。

 1塁のベースを抱きかかえたまま、審判を見上げると審判は別の方向を見ていた。


「おーい、ホームランだぞー」


 同じチームの子達の声。

 何がなんだかわからないまま、立ち上がって、ダイヤモンドをぐるりと回って、ホームベースを踏んだ。


「お前、凄すぎだろ!」

「ボールが、砕けたように見えた」

「わかる、校舎の向こうにボールが消えたの俺初めて見たんだけど?」

「アーチが神憑ってるし」


 チームメイトに言われて、自分が打った球がホームランになったという事実をあらためて確認した。でも、たいした手応えもなかったのに……。


 彼らの話によると、自分が打った球は、飛行機が離陸するように真っすぐ伸びていき、校舎を超えたあたりで、弧を描き始めたそうだ。


 マウンドの上では顔を真っ赤にした瑠十君が、投げ続けているが、完全に調子を崩してしまったらしく、フォアボールやデッドボールを量産してしまい、試合が終わった頃には1対5で、こちら側のチームが勝利した。











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