第2話 野球の神様、猫になる
胸の光の消えた巨漢の少年は、バッティングセンターに行くのもやめてしまった。
老人の声は彼に届かない。
ただただ見守るばかり。
学校に行って帰って、母親が男を連れ込むと近所の公園で何をするわけでもなく、時間を潰す。それだけを毎日繰り返している。
なんてもったいない。
人間の可能性というのは、時間が経てば経つほど下がっていく。
もし彼の心に少しでも野球が好きだという気持ちが残っているなら、背中を押してあげたい。
それにしても何か視線を感じる……。
――野良猫。
白黒のハチワレが、塀の上から老人をじっと見ている。
霊体になってわかったが、動物は結構幽霊を感知している。その中でもとりわけ猫は、勘がよくこうやって幽霊となった老人が視える猫も少なくない。
そうだ。
もしかしたら……。
「はあ……」
「そこにょ少にぇん」
「うぇ⁉ だっ誰?」
誰もいない夜の公園で、母親に言われた時間まで何をするわけでもなく時間を潰していたら、暗がりの中に浮かぶ金色に光る眼が少年を見ていた。
「えーと、……そうそう吾輩は、にぇこの身体を借りた野球の神」
「野球の神……さま?」
「左様」
霊感のある猫ならあるいはと思い、ハチワレ猫の体を借りることができた。少々しゃべりづらいが、こうして少年に話しかけることができた。
「少にぇんよ、どうして野球をやめた?」
「だって、僕のご先祖さまが……」
やはり、あの天羽瑠十が言った嘘を信じて気にしている。
「それは違うぞ少にぇん。君には才にょうの欠片がにぇむっておる」
「才能の欠片?」
「うむ、だから野球が好きにゃら、バットを1日1000本振るのじゃ」
「それでうまくなれますか?」
「いや、ただ振るだけでは、うまくにゃらにゃい」
とりあえず、野球の神様だと嘘をついた。
その方が、少年が信じてくれると思ったから。少年に伝えたようにバットを毎日ただ1000回振っただけで、うまくなるならこの世は野球の上手な少年に溢れ返る。ずばりイメージが大事である。老人もまたテレビをずっと見て、ひたすら頭の中で、イメージで具現化させた球界を代表する一流のピッチャーを相手に素振りしながら、対戦していた。それで、50年を超える頃には打率7割、80年超えたあたりから打率9割台に乗った。
「でもテレビを見るとお母さんが……」
この子の場合、母親がそもそも問題。
テレビなんてほとんど見せてくれないのを思い出した。
うーん、なかなか環境が厳しいな。
あっそうだ。
「にゃら、いい方法がある」
「いい方法?」
次の日から少年は、ふたたび小学校の野球部に顔を出すようになった。
練習に参加してもどうせ何もやらせてくれない。基礎練習だけみっちりやって、あとは見学。それもピッチャーの投球だけをずっと観察する。
練習が終わって、家に帰ると、母親が帰ってくる前に宿題と夕飯を済ませて、さっさと家を出て、公園でひたすら素振りを始めた。
バットは、よく通っているバッティングセンターの凹んで使えなくなった金属バットをただでもらった。別にボールを打つわけではないので、凹んでいてもグリップのところがしっかりしていればなんでも良かった。
同じクラスの天羽瑠十君は、小4なのに6年生のピッチャーと肩を並べて、ピッチングをしている。6年生のエースと球速は同じくらいなのにコントロールが抜群によく、際どいコースへ投げ分けているのが、ずっと見ていたから気付いた。6年生の子でも瑠十君の球を打てる子は、ほとんどおらず、来年は間違いなくエースになって、いい試合結果を残せそうだと監督は喜んでいる。
「
猫の姿を借りた野球の神様。
なぜか少年の前に姿を現して、夜の公園でいろいろと教えてくれる。
夕方に公園前で見かけたことがあったが、知らんぷりされて逃げていった。きっと夜だけ神様が猫の体を借りているに違いない。
ただ、猫神様と話しているのは誰にも言っちゃいけないと約束させられた。そうしないと猫神様は二度と少年の前に姿を現せなくなると言われた。
「もし、勝負をすることににゃっても、絶対にバットを振らにゃいこと」
これも最初に言われた猫神様の言いつけの一つ。
なぜそんなことを言うのか少年には理解できなかった。どうせ少年がバッターボックスに立つことなどなく、誰も少年のことなんて気にも留めていない。そう思っていたのに……。
「監督、あの子に打席に立たせてあげてください」
「ふむ、天羽が言うならしょうがない。そこの君、早く来なさい」
2組に分かれた練習試合。
少年はベンチで試合を観戦していたのに、前の回に少年側のチームのピッチャーが、手首を痛めたため、代打を送ることになったが、マウンドから瑠十君が少年を名指ししてきた。
久しぶりの打席。
自分が本当に打てるようになってきているのか試したくなるが、猫神様の言いつけがある。おとなしく見送るつもり。
あれ?
いつもと投げ方が違う……。
足の上がり具合、左肩の開き具合、顎の下がり方。
毎日食い入るように見てきたので、フォームがいつもと違うのに気づいた。
「うわっ!」
「あっ、ごめーん!」
「うっ、ううん、大丈夫です」
危なかった。
頭にまっすぐ飛んできたボール。
いつも投げている球よりも速く、頭に当たっていたら、ヘルメット越しでも危なかった。
帽子を取って、謝ってくる。
彼のフォームの異変に気付いてなかったら、反応が遅れるところだった。
その後は、容赦なくストライクゾーンの角を突いて投げてきて、1度もバットを振らずに三振を取られた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます