第31話
夜が深くなった頃、親方が地下室に降りてきた。
手には小さな荷物袋を持っていた。
「時間だ。行くぞ」
俺は立ち上がって、荷物を受け取った。
中には乾いたパンと水筒、それに少しの銀貨が入っていた。
「親方、こんなに……」
「黙って受け取れ。旅には金がかかる」
親方は素っ気なく言ったが、その優しさが胸に沁みた。
「それじゃあ、行くか」
俺は仲間たちに別れを告げて、親方について階段を上がった。
地上に出ると、外はすっかり暗くなっていた。
月明かりだけが、石畳の道を薄っすらと照らしていた。
「音を立てるな。騎士が巡回してる」
親方は小声で言った。
俺は頷いて、足音を立てないように歩いた。
裏通りを縫うように進んでいく。
時々、遠くから騎士の足音が聞こえてきたが、親方は慣れた様子で別の道を選んでいく。
「親方、詳しいですね」
「若い頃は、俺も色々とやんちゃしてたからな」
親方は苦笑いを浮かべた。
「まさか、この歳になって逃亡の手助けをすることになるとは思わなかったが」
しばらく歩いて、ついに南の城壁に到着した。
城壁は高くて厚くて、とても登れそうにない。
「ここか?」
「ああ」
親方は城壁の一部を指差した。
「あそこに、少しだけ色の違う部分があるだろう?」
よく見ると、確かに他の部分と微妙に違う色のレンガがあった。
言われなければ気づかないくらいの違いだった。
「あのじいさん、器用だったからな」
親方は感心したように呟いた。
「本当に分からないように作ってある」
親方は工事道具の入った袋を取り出した。
中には小さなハンマーと、細い金属の棒が入っていた。
「手伝え」
俺は親方と一緒に、そのレンガを慎重に外していった。
音を立てないように、少しずつ、少しずつ。
しばらくすると、人一人が通れるくらいの穴が開いた。
向こう側を覗くと、スラム街の明かりが見えた。
「よし、通れるな」
親方は満足そうに頷いた。
「向こうに出たら、すぐに東に向かえ。そうすれば迷宮都市に続く街道に出る」
「分かりました」
俺は穴に向かって身を屈めた。
でも、その前に親方に向き直った。
「親方、本当にありがとうございました」
「何度も言うな。照れるじゃないか」
親方は照れ隠しに咳払いをした。
「それより、向こうに行ったら手紙の一通くらい寄こせよ」
「はい! 必ず!」
俺は深く頭を下げた。
「元気でな、キイ」
「親方も!」
俺は穴をくぐって、スラム街側に出た。
振り返ると、親方が手を振っているのが見えた。
本当に良い人だった。
いつか、必ず恩返しをしたいと思った。
スラム街に出た俺は、東に向かって歩き始めた。
スラム街は昼間とは違って静かだった。
でも、完全に人気がないわけではない。
時々、影のような人影が動いているのが見えた。
魔物波の時にここに来たことがあるから、なんとなく道は分かった。
あの時は緊張してて、周りをよく見る余裕がなかったけど。
しばらく歩いていると、前方に人影が現れた。
フードを被った人物が、道の真ん中に立っていた。
やばい。
騎士に見つかったか?
俺は身を隠そうと思ったが、その人影が口を開いた。
「キイ」
その声に、俺は驚いた。
「リィナ?」
フードを取ると、確かにリィナの顔だった。
狐の耳がぴょこんと立って、尻尾がゆらゆらと揺れていた。
「どうしてここに?」
「キイを待ってた」
リィナは短く答えた。
相変わらず、多くを語らない性格だった。
「待ってたって、どうして俺がここに来るって?」
「親方さんに聞いた」
なるほど。
親方がリィナに教えてくれたのか。
「荷物は?」
リィナは背中に背負っていた荷物を下ろした。
俺の武器と防具が入っていた。
「持ってきた」
「ありがとう」
俺は荷物を受け取った。
久しぶりに剣を手にすると、なんだか安心した。
「それで、どうする?」
「一緒に来て」
リィナは迷わず答えた。
「え?」
「キイについて行く」
リィナの目は真剣だった。
「でも、危険だよ? 俺は犯罪者扱いされてるし……」
「関係ない」
リィナは首を振った。
「キイは悪い人じゃない。リィナは知ってる」
その言葉に、俺は胸が熱くなった。
「リィナ……」
「それに、リィナはキイの奴隷」
リィナは当たり前のように言った。
「主人について行くのは当然」
「でも、君はもう奴隷じゃないよ」
俺は慌てて言った。
「あの奴隷商は捕まったし、契約も無効になったはず」
「そうかもしれない」
リィナは小さく頷いた。
「でも、リィナはキイといたい」
「え?」
「キイはリィナを助けてくれた。リィナの命を救ってくれた」
リィナは俺の目を見つめた。
「だから、今度はリィナがキイを助ける」
その真剣な表情に、俺は何も言えなくなった。
「それに」
リィナは少し照れたような表情を見せた。
「リィナ、一人は嫌」
その言葉に、俺の心は決まった。
「分かった。一緒に行こう」
リィナの顔がパッと明るくなった。
「本当?」
「ああ。でも、危険なことになるかもしれない」
「大丈夫。リィナは強い」
リィナは胸を張った。
「それに、キイも強くなった」
「そうかな?」
「そう。魔物波の時、キイは女の子を助けた」
リィナは嬉しそうに言った。
「あの時のキイ、とてもかっこよかった」
「そ、そうか?」
褒められて、なんだか恥ずかしくなった。
「でも、あの時は『俺がお前を守る』なんて言っちゃって……」
「あれはプロポーズの言葉」
リィナがいきなり言った。
「え?」
「この国では、『俺がお前を守る』はプロポーズの言葉」
リィナは真顔で説明した。
「だから、キイはあの女の子にプロポーズしたことになる」
「そ、そうなの?」
俺は慌てた。
そんなつもりじゃなかったのに!
「でも、あの子まだ小さかったよね?」
「うん。だから問題になった」
リィナは頷いた。
「キイは幼女にプロポーズしたロリコンだと思われてる」
「うわあああ!」
俺は頭を抱えた。
そんな理由で犯罪者扱いされてたのか!
「でも、大丈夫」
リィナは俺の頭を撫でた。
「リィナは知ってる。キイは変態じゃない」
「当たり前だよ!」
俺は大声で否定した。
「でも、街の人は分かってくれてたんだよね?」
「うん。でも、王様は分からなかった」
リィナは困ったような表情を見せた。
「王様は、キイが危険人物だと思ってる」
「参ったな……」
俺は溜息をついた。
でも、とりあえず今は逃げることが先決だった。
「それより、早く行こう」
「うん」
リィナは頷いた。
「街道はあっち」
リィナは東の方向を指差した。
「リィナ、道を知ってるの?」
「うん。冒険者の時、何度か通った」
それは心強い。
俺一人だったら、道に迷ってしまったかもしれない。
「それじゃあ、行こう」
「うん」
俺たちは並んで歩き始めた。
スラム街を抜けて、街道に向かった。
しばらく歩いていると、後ろから馬の蹄の音が聞こえてきた。
振り返ると、遠くに松明の明かりが見えた。
「騎士だ」
リィナが小声で言った。
「隠れよう」
俺たちは道の脇の茂みに身を隠した。
しばらくすると、数人の騎士が馬で通り過ぎて行った。
俺たちの方を見ることはなかった。
「大丈夫そうだ」
騎士たちが見えなくなってから、俺たちは茂みから出た。
「でも、油断はできない」
リィナが言った。
「街道に出るまでは、こうして隠れながら進もう」
「そうだね」
俺たちは慎重に歩き続けた。
途中、何度か騎士の巡回に出くわしたが、そのたびに身を隠して やり過ごした。
リィナの鋭い感覚のおかげで、見つかることはなかった。
そして、ついに街道に出た。
幅の広い道で、所々に道標が立っていた。
「ここが街道?」
「うん」
リィナは道標を見上げた。
「迷宮都市まで、三日くらい」
「三日か……」
思ったより遠い。
でも、この国を出られるなら、頑張って歩こう。
「でも、街道は騎士が見回りをしてる」
リィナが心配そうに言った。
「普通に歩いてたら、見つかるかも」
「じゃあ、どうしよう?」
「森の中を通る」
リィナは街道の脇に広がる森を指差した。
「遠回りになるけど、安全」
「分かった。君に任せる」
俺たちは森の中に入った。
月明かりが木々の間から差し込んで、幻想的な光景を作っていた。
「きれいだな」
俺はつぶやいた。
「うん」
リィナも同じことを思っていたらしい。
「でも、夜の森は危険」
「魔物が出るの?」
「出る」
リィナは頷いた。
「でも、リィナがいるから大丈夫」
リィナの耳がピクピクと動いていた。
周囲の音を聞いているのだろう。
「何か聞こえる?」
「今のところは大丈夫」
リィナは安心させるように言った。
「でも、気をつけて」
俺たちは森の中を慎重に進んだ。
時々、遠くで何かの鳴き声が聞こえたが、危険な魔物ではないらしい。
しばらく歩いていると、リィナが急に立ち止まった。
「どうした?」
「何か来る」
リィナの耳が警戒するように立っていた。
「魔物?」
「違う。人間」
リィナは茂みの影に身を隠した。
俺も慌てて隠れた。
しばらくすると、確かに人の足音が聞こえてきた。
複数の人間が、こちらに向かって歩いてくる。
「こんな夜中に、誰だろう?」
「分からない」
リィナは首を振った。
「でも、普通の人じゃない」
「どうして?」
「歩き方が違う」
リィナは小声で説明した。
「訓練された人の歩き方」
兵士か?
それとも冒険者か?
足音はどんどん近づいてきた。
そして、ついに人影が見えた。
三人の男性だった。
黒い服を着て、顔も隠していた。
「盗賊?」
俺は小声で聞いた。
「たぶん」
リィナは頷いた。
「でも、普通の盗賊じゃない」
「どういうこと?」
「動きが良すぎる」
確かに、その三人の動きは洗練されていた。
ただの盗賊にしては、あまりにも統制が取れている。
「何を探してるんだろう?」
「分からない」
その時、三人のうちの一人が口を開いた。
「この辺りのはずだが……」
「もう少し先だ」
別の男が答えた。
「急げ。夜明けまでに終わらせなければ」
三人は俺たちの前を通り過ぎて行った。
しばらくして、足音が聞こえなくなった。
「何だったんだろう?」
「分からない」
リィナは首を振った。
「でも、関わらない方がいい」
「そうだね」
俺たちは別の方向に向かった。
しかし、しばらく歩いていると、今度は別の気配を感じた。
何か大きな動物が近づいてくる気配だった。
「今度は魔物だ」
リィナが緊張した声で言った。
「やばい?」
「分からない」
リィナは武器を構えた。
「でも、逃げられない」
茂みの向こうから、大きな影が現れた。
熊のような体に、鋭い牙を持った魔物だった。
「でかい!」
俺は思わず声を上げた。
「シッ!」
リィナが俺の口を押さえた。
「音を立てちゃダメ」
でも、もう遅かった。
魔物は俺たちに気づいて、こちらに向かってきた。
「逃げよう!」
俺たちは森の中を走り始めた。
後ろから、魔物の重い足音が追いかけてくる。
「こっち!」
リィナが木々の間を縫って走る。
俺は必死についていった。
「超健康」のおかげで、息切れすることはなかった。
でも、魔物の方が速い。
「このままじゃ追いつかれる!」
「大丈夫!」
リィナが振り返って言った。
「あともう少し!」
「何が?」
「川がある」
確かに、水の流れる音が聞こえてきた。
「川を渡れば、魔物は追ってこない」
「そうなの?」
「あの魔物は水が嫌い」
リィナの知識に頼るしかない。
俺たちは川に向かって走り続けた。
そして、ついに川岸に到達した。
「飛び込んで!」
リィナは迷わず川に飛び込んだ。
俺も続いて飛び込んだ。
水は冷たかったが、「身体強化」のおかげで平気だった。
川の流れに身を任せて、対岸に向かった。
後ろを振り返ると、魔物が川岸で立ち止まっていた。
リィナの言った通り、水を嫌がっているようだった。
「やったね!」
俺は安堵の声を上げた。
「うん」
リィナも微笑んだ。
俺たちは対岸に泳ぎ着いて、岸に上がった。
服は濡れてしまったが、命には代えられない。
「火を起こそう」
俺は初級魔法で火を起こした。
服を乾かして、温まった。
「これで一安心だね」
「うん」
リィナは火にあたりながら言った。
「でも、まだ油断はできない」
「そうだね」
俺たちは服が乾くのを待ってから、再び歩き始めた。
森を抜けて、街道に戻った。
もう夜明けが近づいていた。
「疲れた?」
リィナが心配そうに聞いた。
「大丈夫」
俺は微笑んだ。
「君と一緒なら、どこまでも歩けるよ」
リィナの顔が少し赤くなった。
「ありがとう」
朝日が昇り始めた。
新しい一日の始まりだった。
俺たちは手を取り合って、迷宮都市に向かって歩き続けた。
新しい冒険が、今始まったのだった。
生成AI版 健康、健康、超健康! 出井啓 @riverbookG
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