第29話

 魔物波の報酬を受け取って、ようやく借金の一部を返済できた。

 胸をなでおろしていると、冒険者ギルドの外から騒がしい声が聞こえてくる。


「何だ何だ?」


 窓の外を覗くと、騎士たちが誰かを取り囲んでいるのが見えた。

 捕まっているのは見覚えのある男だった。


「あ、あいつ……」


 狐獣人のリィナを売った違法奴隷商だ。

 ついに捕まったのか。


 ギルドを出ると、野次馬が集まって騒いでいる。


「やっと捕まったのか」


「あいつのせいで何人の獣人が……」


 騎士の一人が大声で罪状を読み上げている。


「違法奴隷取引、獣人の不法売買、偽造証明書の作成……」


 まあ、当然の結果だな。

 これで一件落着──と思っていたら、野次馬の中から聞き慣れた声が聞こえてきた。


「それと、あそこにいる男も共犯だ!」


 え?


 騎士の一人が指差す方向を見ると、俺だった。


「は?」


 周囲の視線が一斉に俺に向けられる。

 何これ超怖い。


「そうだ! あいつが違法奴隷を買ったんだ!」


「狐獣人を連れて歩いてるのを見たぞ!」


 おいおいおい、ちょっと待てよ。

 確かに買ったけど、それは──


「キイ!」


 リィナが慌てて俺の前に立ちふさがる。


「違います! この人は私を助けてくれただけです!」


 しかし、騎士の一人が歩み寄ってくる。


「事情を聞かせてもらおう」


 うわあああああ。

 これヤバくない?


 騎士が俺の肩に手を置こうとした瞬間、突然横から拳が飛んできた。


「このバカ野郎がァァァ!」


 ドゴォォォン!


 親方の豪快な右ストレートが騎士の頬を直撃する。

 騎士は宙を舞って、石造りの建物の壁にめり込んだ。


「お、親方!?」


「キイ! 今のうちに逃げろ!」


 親方が俺の背中を思いっきり押す。

 そのまま野次馬の中に突っ込んだ。


「うわああああ!」


 町の人たちが俺を囲むように立ち塞がる。

 騎士たちが近づこうとすると、みんなで壁を作って阻んでいる。


「あ、あそこにいる!」


 誰かが叫んだ。

 騎士たちがその方向に向かう。


「こっちだ! こっちに逃げた!」


 別の人が全然違う方向を指差している。

 騎士たちが混乱している隙に、俺は路地裏に滑り込んだ。


「はあはあ……何なんだよ一体」


 息を切らしながら角の向こうを覗く。

 騎士たちが右往左往している。


「おい! あいつはどこだ!」


「さっきまでここにいたのに……」


 町の人たちが口々に違うことを言っている。

 完全に攪乱作戦だ。


「まさか……俺を守ってくれてるのか?」


 胸が熱くなる。

 でも、今は感動している場合じゃない。


「リィナは大丈夫かな……」


 心配になったが、彼女なら隠密行動のスキルで何とかなるだろう。

 今は自分の身を守るのが先決だ。


 路地を抜けて大通りに出ると、また騎士が待ち構えていた。


「あ」


「いたぞ!」


 またしても逃走開始。

 足に自信はあるが、相手は訓練された騎士だ。

 簡単には撒けない。


「待てー!」


「捕まるもんかー!」


 市場の屋台を縫って走る。

 魚屋のおばさんが騎士の前に魚を投げつけた。


「うわあああ!」


 騎士が魚まみれになって転倒する。

 その隙に俺は次の角を曲がった。


「こっちよ!」


 パン屋のおばあさんが俺の手を引いて、店の奥に引っ張り込んでくれる。


「ありがとうございます!」


「しーっ!」


 おばあさんが指を唇に当てる。

 騎士たちの足音が店の前を通り過ぎていく。


「大丈夫かい?」


「はい、何とか……」


 おばあさんが温かいパンを差し出してくれる。


「お腹空いてるでしょ?」


「すみません、今お金が……」


「いいのよ、困った時はお互い様」


 優しさに涙が出そうになる。

 でも、ここに長居は無用だ。


「本当にありがとうございます」


 パンを受け取って、裏口から外に出る。

 しかし、すぐに騎士に見つかってしまった。


「そこにいたか!」


「うわああああ!」


 再び逃走開始。

 でも、だんだん疲れてきた。

 超健康スキルのおかげで体力は回復するが、精神的にキツイ。


 気がつくと、見慣れない住宅街に迷い込んでいた。

 騎士たちの声も聞こえなくなっている。


「はあはあ……どこだここ?」


 辺りを見回すと、小さな民家が立ち並んでいる。

 その中の一軒から、見覚えのある声が聞こえてきた。


「こっちだ!」


 親方だ。

 家の陰から手招きしている。


「親方!」


 駆け寄ると、親方が俺の腕を掴んで家の中に引っ張り込んだ。


「大丈夫か?」


「はい、何とか……」


 家の中は意外と広くて、家族の写真が飾られている。

 親方の家だったのか。


「とりあえず地下に隠れろ」


 親方が床の板を外すと、地下への階段が現れた。

 こんな仕掛けがあったのか。


「でも、親方まで巻き込むわけには……」


「いいから早く降りろ!」


 押し切られて地下に降りる。

 そこには簡素な部屋があって、水や食料が備蓄されていた。


「ここは?」


「昔から使ってる隠れ家だ」


 親方が階段を降りてくる。

 上から板を閉めると、完全に隠れた状態になった。


「すみません、迷惑をかけて……」


「気にするな」


 親方が椅子に座る。

 俺も隣の椅子に腰を下ろした。


「それにしても、町の人たちが俺を守ってくれるなんて思いませんでした」


「当たり前だろ」


 親方が苦笑いする。


「お前がどんな奴かは、みんな知ってるんだ」


「え?」


「配達の仕事で走り回ってる時も、迷子の子供を助けたり、倒れた老人を介抱したり……」


 そんなことまで知られていたのか。


「土木作業の時だって、危険な場所は率先して引き受けるし、魔法で仲間を助けるし……」


「それは当然のことで……」


「当然じゃないよ」


 親方が真剣な顔になる。


「夜の店での話も聞いてるぞ」


「え?」


「酔っ払いが暴れた時、店の女の子を守ったんだろ?」


 うわあ、そんなことまで。


「乱暴者を取り押さえて、怪我人の手当てをして……」


「それは……」


「みんな見てるんだよ、お前のことを」


 親方が俺の肩を叩く。


「だから、騎士から守ろうって思ったんだ」


 胸が熱くなる。

 こんなにも多くの人が俺を支えてくれていたなんて。


「でも、違法奴隷商から狐獣人を買ったのは事実です」


「それも聞いてるよ」


 親方が頷く。


「あの子が死にそうになってるのを見かねて、全財産で買ったんだろ?」


「はい……」


「そんなの、誰が悪いって言うもんか」


 親方が立ち上がる。


「だが、王に目をつけられちまったからな」


「王に?」


「違法奴隷商と関係があるって疑われてる」


 それはマズイ。

 王に睨まれたら、どんな目に遭うかわからない。


「このままこの国にいても、いつ捕まるかわからん」


「そうですね……」


 親方が俺の前に立つ。


「キイ、この国を出るしかない」


「え?」


「他の国に行けば、ここの法律は及ばない」


 そんな……でも、確かにその通りだ。

 ここにいても、いつ捕まるかビクビクして過ごすことになる。


「でも、リィナが……」


「あの子も一緒に連れて行け」


 親方が断言する。


「二人で新しい場所で頑張るんだ」


「親方……」


「俺たちのことは忘れて、新しい人生を歩め」


 親方の目が潤んでいる。

 俺も涙が出そうになった。


「忘れるなんて、できません」


「バカ野郎……」


 親方が俺の頭を撫でる。


「お前はいい奴だよ」


「親方こそ……」


 二人で涙を流していると、上から足音が聞こえてきた。


「あれ? 誰かいるのか?」


 女性の声だ。

 親方の奥さんだろうか。


「おかえり」


 親方が階段を上がっていく。

 俺は一人で地下に残された。


 しばらくして、親方が戻ってきた。


「嫁さんに説明した」


「すみません……」


「気にするな」


 親方が荷物を持っている。


「これは?」


「食料と水だ」


 旅支度か。


「もう行くんですか?」


「暗くなってからだ」


 親方が時計を見る。


「城壁の警備も厳しくなってるだろうからな」


「どうやって外に出るんですか?」


「心配するな」


 親方がニヤリと笑う。


「抜け道がある」


「抜け道?」


「城壁の工事をしてる俺たちが、そんなことも知らないと思うか?」


 確かに、工事をしていれば構造は熟知しているはずだ。


 日が暮れるまで、親方の家で過ごした。

 奥さんも温かく迎えてくれて、美味しい食事を作ってくれた。


「本当にありがとうございます」


「いいのよ、困った時はお互い様」


 パン屋のおばあさんと同じことを言っている。

 この国の人たちの優しさに、改めて感動する。


 夜が更けて、いよいよ出発の時間になった。


「じゃあ、行くか」


 親方が立ち上がる。

 俺も荷物を背負って立ち上がった。


「それにしても、リィナは大丈夫でしょうか?」


「心配するな」


 親方が扉を開ける。


「あの子なら、きっと待ってる」


「どこで?」


「城壁の外だ」


 親方が確信を持って答える。


「獣人の嗅覚と聴覚を舐めるな」


 そうか、リィナなら俺の居場所を探し当てられるかもしれない。


「よし、行こう」


 親方の後について、夜の街を歩く。

 騎士のパトロールを避けながら、慎重に外壁へ向かった。


 外壁に着くと、親方が壁の一部を調べ始める。


「あった」


 石の一部が動く。

 隠された扉だった。


「これは?」


「昔、じいさんが作った抜け道だ」


 工事現場のじいさんか。

 あの人がこんなものを作っていたとは。


「セメントを塗らなかったのは、これを隠すためだったのか」


「そういうことだ」


 親方が扉を開ける。

 狭い通路が続いている。


「ここを通れば、城壁の外に出られる」


「ありがとうございます」


 親方に深々と頭を下げる。


「本当にお世話になりました」


「元気でな」


 親方が俺の肩を叩く。


「必ず幸せになれよ」


「はい!」


 力強く返事をして、通路に入る。

 振り返ると、親方が手を振っていた。


「親方、絶対に忘れません!」


 最後の挨拶を交わして、通路を進む。

 しばらく歩くと、向こうから光が見えてきた。


 出口だ。


 外に出ると、そこには──


「キイ!」


 リィナが待っていた。

 予想通りだ。


「リィナ! 無事だったか!」


 駆け寄って抱きしめる。

 リィナも俺にしがみついている。


「心配しました……」


「こっちも心配だったよ」


 二人で抱き合っていると、リィナが顔を上げる。


「キイ、一緒に冒険に行きませんか?」


「え?」


「この国にいても、もう安全じゃありません」


 リィナが真剣な顔で言う。


「新しい場所で、新しい生活を始めましょう」


 そうだな。

 もうこの国にいる理由はない。


「わかった」


 俺は決意を固める。


「一緒に行こう」


「本当ですか?」


「ああ」


 リィナの顔がパッと明るくなる。


「どこに行きますか?」


「迷宮都市はどうだ?」


 以前から興味があった場所だ。

 大きなダンジョンがあって、冒険者がたくさん集まる街だと聞いている。


「いいですね!」


 リィナが嬉しそうに頷く。


「じゃあ、出発だ」


「はい!」


 二人で夜道を歩き始める。

 振り返ると、城壁の向こうに街の灯りが見えた。


「お世話になりました」


 心の中で呟いて、前を向く。

 新しい冒険が始まる。


「キイ、あの……」


「ん?」


 リィナが恥ずかしそうに俺を見上げる。


「今度こそ、一緒に冒険者になりましょうね」


「ああ、今度は絶対に一緒だ」


 俺も笑顔で答える。


「約束だ」


「約束です」


 二人で手を繋いで、迷宮都市へと向かった。

 夜空に星が輝いている。

 きっと新しい場所でも、俺たちは大丈夫だろう。


 そんな確信を持って、俺たちは歩き続けた。

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