第24話
戦いの場に連れて来られた時、俺は正直まだ実感が湧いていなかった。
何しろ、つい先ほどまで冒険者ギルドで狐獣人の違法奴隷問題について相談しようとしていたのだ。
それが魔物波発生の一報で、あれよあれよという間に武装させられて戦場に立たされることになるとは。
しかも、俺みたいな実績皆無の新米冒険者は、当然のことながら重要な戦線から外された配置になっている。
「お前、武器は?」
俺の前に立った厳つい顔の騎士が、呆れたような声で聞いてきた。
「えっと、その……」
実は俺、武器を持っていない。
以前腐毒の森で惨敗した時の武器は、もう売り払ってしまったのだ。
それ以来ずっと土木作業員として働いていたから、武器なんて必要なかった。
「はあ……新米か。 仕方ない、これを使え」
騎士は溜息をつきながら、俺に剣と盾を手渡してくれた。
支給品らしく、刃はところどころ欠けているし、盾も凹みがある。
でも、素手よりはマシだろう。
「ありがとうございます!」
「礼はいらん。 死ぬなよ」
騎士はそう言うと、さっさと重要な戦線に向かって行ってしまった。
残された俺は、支給された武器を手に、指定された場所へと向かう。
俺が配置されたのは、南東側のスラム街近くの場所だった。
城壁の外側ではあるが、作りかけとはいえ一応の防壁がある。
つまり、魔物がそこまで来る可能性は低いと判断された場所だ。
周りを見回すと、俺と同じような新米冒険者が何人かいる。
みんな緊張した面持ちで、手にした武器を握りしめていた。
「おお、懐かしいな」
ふと目を向けると、遠くに見慣れた森が見えた。
腐毒の森だ。
俺が初めて冒険者として向かい、そして見事に敗北を喫した因縁の場所である。
あの時は本当に情けなかった。
スライム一匹倒せずに逃げ帰ったのだから。
でも今の俺は、あの時とは違う。
半年間の土木作業で鍛えられた筋肉と、狐獣人との訓練で身につけた戦闘技術がある。
「今度こそは……」
俺は心の中で呟いた。
今度こそは、ちゃんと戦えるはずだ。
そんな俺の決意を嘲笑うかのように、突然大地が揺れた。
魔物波の開始を告げる合図だった。
遠くから太鼓の音が響いてくる。
戦闘開始の合図だ。
だが、俺たちがいる場所は妙に静かだった。
魔物の鳴き声も、戦闘の音も聞こえてこない。
「あれ? 魔物波って、もっと大変なものじゃないの?」
隣にいた新米冒険者が、首を傾げながら呟いた。
確かに、想像していたものとは違う。
もっとこう、地響きを立てて魔物の大軍が押し寄せてくるものだと思っていた。
「魔物波っていっても、規模はピンキリだからな」
俺たちの後ろから、年配の冒険者が声をかけてきた。
見ると、ベテランらしい落ち着いた雰囲気の男性だった。
「今回のは中規模程度だろう。 お前たちがいるここまで魔物が来る可能性は低い」
「そうなんですか?」
「ああ。 だから気楽にしてろ」
ベテラン冒険者はそう言うと、近くの石に腰を下ろした。
完全にリラックスモードである。
その時、スラム街の方から人の声が聞こえてきた。
見ると、スラムの住民たちが何人か集まっている。
「おい、危険だから避難した方がいいんじゃないか?」
俺は彼らに向かって声をかけた。
魔物波が発生しているのに、のんびりしている場合ではないだろう。
「避難? 何で?」
スラムの住民の一人が、きょとんとした顔で俺を見た。
「だって、魔物波が……」
「ああ、それね。 でも俺たちは逃げないよ」
「え? なんで?」
俺は驚いた。
命の危険があるのに、なぜ逃げないのだろう。
「戦闘が終わった後、魔物の素材が手に入るからさ」
住民の男性が、にやりと笑いながら説明してくれた。
「騎士や冒険者たちが魔物を倒した後、素材を全部持って帰るわけじゃないだろ? 細かい部品とか、価値の低い素材とか、そういうのがおこぼれで手に入るんだよ」
「おこぼれ……」
「そうそう。 それを拾い集めて売れば、結構な小遣いになるんだ」
なるほど、そういうことか。
確かに、魔物の素材は貴重だ。
たとえ価値の低いものでも、お金のないスラム住民にとっては貴重な収入源になるだろう。
「でも、危険じゃないんですか?」
「まあ、多少はね。 でも、こんな機会はそうそうないからな」
住民たちは、まるで祭りでも見物するような気軽さで話している。
俺は少し拍子抜けしてしまった。
魔物波と聞いて、もっと緊迫した状況を想像していたのだが、実際はかなり和やかな雰囲気だった。
特に俺たちがいる場所は、本当に平和だった。
「なあ、あんた新米だろ?」
スラムの住民の一人が、俺に話しかけてきた。
中年の男性で、人懐っこい笑顔を浮かべている。
「はい、まあ……」
「俺はトム。 このスラムで長いこと暮らしてるんだ」
「俺はキイです。 よろしくお願いします」
「キイか。 変わった名前だな」
トムは面白そうに笑った。
「で、キイはどこから来たんだ? 転移者か?」
「ええ、まあ……」
俺は曖昧に答えた。
転移者だということは隠していないが、積極的に話すほどでもない。
「そうか。 最近の転移者は優秀だからな。 きっと色々な知識を持ってるんだろう?」
「いえ、俺はそんなに……」
実際、俺は他の転移者に比べて知識は全然ない。
王城での検査でも、無能の烙印を押されたくらいだ。
「謙遜するなよ。 転移者はみんなそう言うんだ」
トムは楽しそうに笑っている。
「そういえば、キイは今何の仕事をしてるんだ?」
「土木作業です。 城壁の建設工事に参加してます」
「おお、そうか! あの工事の人か!」
トムの目が輝いた。
「実は俺も、たまにあの工事を手伝わせてもらってるんだ。 日雇いでね」
「そうなんですか?」
「ああ。 もしかしたら、現場で会ったことがあるかもしれないな」
確かに、工事現場には色々な人が出入りしていた。
トムと会ったことがあるかもしれない。
「あの工事、大変だろう?」
「まあ、体力的にはきついですけど、やりがいはありますよ」
「そうだな。 あの城壁ができれば、俺たちスラムの住民も少しは安心して暮らせるようになる」
トムは真剣な表情で言った。
「今は城壁の外だから、魔物が出た時とか、盗賊が来た時とか、結構危険なんだ」
「そうですよね……」
俺は改めて、自分が参加している工事の意味を考えた。
単なる土木作業だと思っていたが、実際は多くの人の生活に直結する重要な仕事だったのだ。
「だから、俺たちはキイみたいな人に感謝してるんだよ」
「いえ、そんな……」
俺は照れながら頭を掻いた。
感謝されるほど立派なことをしているという自覚はない。
「本当だよ。 あの工事に参加してる人たちは、みんな俺たちの英雄だ」
トムの言葉に、俺は胸が熱くなった。
自分の仕事が誰かの役に立っているという実感が湧いてきた。
そんな和やかな会話を続けていると、突然遠くから大きな音が聞こえてきた。
魔法の爆発音だ。
「おお、始まったな」
ベテラン冒険者が立ち上がった。
「本格的な戦闘が始まったようだ。 お前たちも一応警戒しておけ」
「はい!」
俺たちは慌てて武器を構えた。
でも、こちらの方に魔物が来る気配はない。
「大丈夫だ。 メインの戦闘は北側で行われてる。 こっちまで来ることはないだろう」
ベテラン冒険者の言葉に、俺たちは少し安心した。
「それにしても、今回の魔物波は小規模だな」
「小規模?」
俺は首を傾げた。
遠くから聞こえてくる爆発音は、結構激しいものに思えるのだが。
「ああ。 本当に大規模な魔物波だったら、この辺りにも魔物が流れてくる。 でも今回は、メインの戦線で食い止められてるようだ」
「そうなんですか」
俺は少し複雑な気持ちになった。
戦闘がないのは安全で良いことだが、同時に少し物足りない気もする。
せっかく武器を持って戦場に来たのに、戦う機会がないのは少し寂しい。
「まあ、新米にとっては良い経験だ。 実際の戦場の雰囲気を味わえるからな」
ベテラン冒険者は、俺の心境を察したような声で言った。
「戦闘がないなら、それに越したことはない。 人が死なずに済むからな」
「そうですね……」
俺は頷いた。
確かに、戦闘がないということは、誰も怪我をしないということだ。
それは良いことだ。
でも、心のどこかで、少しだけ戦ってみたいという気持ちもあった。
半年間の訓練の成果を試してみたいという気持ちが。
しかし、そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、運命は意外な展開を用意していた。
突然、近くで大きな音がした。
振り返ると、城壁の一部が崩れているのが見えた。
「おい、何だあれは?」
スラムの住民の一人が指差した。
崩れた城壁の隙間から、何匹かの魔物が姿を現していた。
「まずいな……」
ベテラン冒険者の表情が変わった。
「あの辺りの城壁は、まだ建設中だったはずだ。 強度が足りなかったんだろう」
魔物たちは、崩れた城壁の隙間からスラム街の方に向かって来ている。
その姿を見て、俺は息を呑んだ。
紫色の体液を滴らせた蜘蛛のような魔物。
毒々しい緑色の霧を吐き出すトカゲのような魔物。
明らかに状態異常系の魔物だった。
「腐毒の森の魔物か……」
俺は呟いた。
見覚えがある。
以前、腐毒の森で出会った魔物たちと同じタイプだ。
「おい、スラムの連中、逃げろ!」
ベテラン冒険者が大声で叫んだ。
「魔物が来るぞ!」
しかし、スラムの住民たちは慌てる様子もなく、むしろ興味深そうに魔物を見ている。
「おお、状態異常系の魔物か。 珍しいな」
「素材の値段はどのくらいだ?」
「毒袋が取れれば、結構な値段で売れるぞ」
彼らは魔物を見て、素材の値段を計算している。
危機感がまったくない。
「おい、危険だから逃げろって言ってるんだ!」
俺も大声で叫んだ。
でも、住民たちは聞く耳を持たない。
「大丈夫だ。 あの程度の魔物なら、冒険者が倒してくれるだろう」
「そうそう。 俺たちは安全な場所から見てるだけだ」
楽観的すぎる。
魔物は確実にこちらに向かってきているのに。
「おい、新米ども!」
ベテラン冒険者が俺たちに向かって叫んだ。
「あの魔物を食い止めるぞ! スラムの住民を守るんだ!」
「は、はい!」
俺たちは慌てて武器を構えた。
いよいよ、実戦だ。
魔物たちは、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
その様子を見て、俺の心臓がドキドキと鳴り始めた。
緊張と恐怖、そして少しの興奮。
様々な感情が入り混じった状態で、俺は初めての実戦を迎えようとしていた。
半年間の土木作業で鍛えた体。
狐獣人との訓練で身につけた技術。
そして、超健康スキルによる圧倒的な回復力。
今度こそは、以前の腐毒の森での屈辱を晴らす時が来た。
俺は剣を握りしめ、魔物たちと対峙する準備を整えた。
戦いが、始まろうとしていた。
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