第23話
朝になって、俺は重い気持ちで目を覚ました。
昨夜のリィナの告白が頭から離れない。
違法奴隷。
そんな重大な問題を抱えていたなんて。
「おはようございます、キイさん」
リィナが いつものように挨拶してくれる。
だが、その表情にはどこか不安な色が浮かんでいた。
「おはよう、リィナ。よく眠れた?」
「はい、大丈夫です」
嘘だな。
目の下に薄っすらとクマができている。
きっと俺と同じように、一晩中考え込んでいたのだろう。
「今日は冒険者ギルドに相談に行こう」
「はい」
簡単な朝食を済ませると、俺たちは冒険者ギルドへ向かった。
違法奴隷の件をどう相談すればいいのか。
正直に話して大丈夫なのか。
頭の中でシミュレーションを繰り返していた。
ギルドの建物が見えてきた時、俺の心臓が大きく跳ねた。
ここで相談すれば、何かしらの解決策が見つかるはずだ。
そう自分に言い聞かせながら、扉に手をかけた。
だが、扉を開けた瞬間、俺の期待は粉々に砕かれた。
「魔物波発生! 南方より大規模な魔物の群れが接近中!」
ギルドの中は大混乱だった。
冒険者たちが慌ただしく動き回り、受付嬢が甲高い声で叫んでいる。
「え? 魔物波って何?」
俺は隣にいた冒険者に尋ねた。
「知らないのか? 魔物が大挙して人間の居住地を襲う現象だ!」
「マジで?」
「しかも今回は南方からだ。城壁の建設が完了していない方角だぞ!」
俺の血の気が引いた。
南方と言えば、俺が工事に携わっていた場所だ。
確かに、まだ完成していない。
「全冒険者に告ぐ! 魔物波迎撃のため、即座に出撃せよ!」
ギルドマスターの威圧的な声が響いた。
「城壁内への避難は許可しない! 全員が戦闘に参加することを義務とする!」
「えええええ!?」
俺の声が裏返った。
城壁内に逃げられないって、どういうことだ?
「冒険者は街を守る義務がある」
リィナが小さく呟いた。
「だから、魔物波の時は全員参加が基本なんです」
「そんなルールがあったのか!」
俺は慌てふためいた。
冒険者として実績のない俺が、魔物波の迎撃なんてできるわけがない。
「君たち、実戦経験は?」
ギルドの職員が俺たちに尋ねてきた。
「え、えーっと……」
俺は口ごもった。
腐毒の森で惨敗したことしかない。
「実戦経験なし、ですね」
職員は呆れたような表情を浮かべた。
「では、南東地区の城壁付近に配置します」
「城壁付近?」
「建設中の城壁の近くです。比較的安全な場所ですので」
職員は地図を指差した。
「ここは主に避難が遅れた住民の護衛が任務です」
「あー、なるほど」
つまり、戦力外通告ってことか。
まあ、実際その通りだから文句は言えない。
「武器は持っていますか?」
「持ってません」
「では、こちらをどうぞ」
職員は倉庫から剣と盾を持ってきた。
安物だが、何もないよりはマシだ。
「リィナ、君は?」
「短剣と弓を」
「では、こちらを」
リィナには軽装の装備が支給された。
彼女の方が俺よりも戦闘経験豊富だから、当然だろう。
「それでは、出発してください」
俺たちは慌ただしくギルドを後にした。
街の中は既に避難命令が出されており、人々が城壁内に向かって移動している。
「なんか、すごいことになってるな」
「はい。でも、これが冒険者の仕事です」
リィナは落ち着いていた。
さすがは元冒険者だ。
南東地区に到着すると、確かに城壁の建設が進んでいた。
俺が働いていた現場だ。
懐かしい気持ちになる。
「おお、キイじゃないか!」
声をかけられて振り返ると、工事現場の同僚たちがいた。
「みんな、なんでここに?」
「避難が遅れた住民の手助けをしてるんだ」
「なるほど」
確かに、この辺りには貧困層の住民が多い。
避難するのも一苦労だろう。
「それにしても、まさかキイが冒険者として戻ってくるとはな」
「いやー、実は冒険者になったのは最近で」
「でも、装備を見る限り、新人同然だな」
同僚の一人が苦笑いした。
「まあ、頑張れよ」
その時、遠くの方から太鼓の音が聞こえてきた。
魔物波の接近を知らせる合図だ。
「来るぞ!」
誰かが叫んだ。
俺の心臓が激しく鼓動を始めた。
しかし、しばらく待っても何も起こらなかった。
拍子抜けするほど静かだ。
「あれ? 魔物はどこ?」
「まだ遠くにいるんじゃないか?」
冒険者たちがざわめいている。
俺も首を伸ばして遠くを見つめた。
その時、森の向こうから煙が立ち上っているのが見えた。
あの懐かしい森。
腐毒の森だ。
「あー、あの森から来てるのか」
「腐毒の森から? 珍しいな」
「普通は北や東から来ることが多いのに」
冒険者たちが話し合っている。
どうやら、南方からの魔物波は珍しいらしい。
「でも、この辺りは比較的安全だから」
「そうだな。メインの戦場は西門の方だろう」
なんだか緊迫感がない。
俺は少し拍子抜けした。
「キイさん、大丈夫ですか?」
「ん? 何が?」
「顔が真っ青ですよ」
リィナが心配そうに見つめている。
「あー、緊張してるんだ」
「無理もありません。初めての実戦ですから」
その通りだ。
腐毒の森での件は、実戦と呼べるレベルではなかった。
「でも、ここなら大丈夫です」
「そうかな?」
「はい。私がキイさんを守りますから」
リィナの言葉に、俺は少し安心した。
彼女がいれば、何とかなるだろう。
それから数時間が経った。
太陽が傾き始めても、魔物の姿は見えない。
周りの冒険者たちも、だんだん緊張感が薄れてきた。
「なんか、拍子抜けだな」
「こんなもんじゃないか?」
「俺たちがいるのは安全地帯だからな」
そんな会話が聞こえてくる。
俺も同じような気持ちだった。
「魔物波って、もっと大変なものかと思ってた」
「場所によりけりです」
リィナが答えた。
「メインの戦場では、きっと激しい戦闘が行われているはずです」
「そうか」
確かに、遠くの方では時々爆発音のようなものが聞こえてくる。
あっちは大変なことになってるのかもしれない。
「でも、こっちは平和だな」
そう言った瞬間、地面が微かに震えた。
「ん?」
「今、揺れませんでした?」
リィナが首をかしげた。
「地震かな?」
だが、それは地震ではなかった。
遠くから、大きな影がこちらに向かってくるのが見えた。
「あれは……」
俺の目が点になった。
影の正体が分かったからだ。
「魔物だ! 魔物が来るぞ!」
誰かが叫んだ。
一気に辺りが騒然となった。
「え? こっちに来るの?」
「安全地帯じゃなかったのか?」
冒険者たちが慌てふためいている。
俺も同じような気持ちだった。
「準備しろ! 戦闘開始だ!」
ベテランらしき冒険者が指示を出した。
俺は慌てて剣を抜く。
手が震えていた。
いよいよ、本当の戦いが始まるのか。
「キイさん、落ち着いて」
リィナが俺の肩に手を置いた。
「大丈夫です。私がついています」
「ありがとう」
俺は深呼吸をした。
リィナがいれば、何とかなる。
そう自分に言い聞かせた。
魔物の群れが、だんだん近づいてくる。
その数は想像以上に多かった。
「うわあああああ」
誰かの悲鳴が聞こえた。
俺の心臓が激しく跳ねる。
ついに、俺の冒険者としての本当の試練が始まろうとしていた。
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