第21話

 朝の配達の仕事で街を駆け回っていると、いつもとは違う空気を感じた。

 王城の周りが妙に慌ただしいのだ。


 荷物を届けた先の商店で、店主のおじさんが心配そうに空を見上げている。


「どうしたんですか?」


 俺が声をかけると、おじさんは振り返った。


「ああ、キイか。 騎士団が遠征の準備をしているらしいんだ」


「遠征?」


 俺は首をひねった。

 騎士団が遠征するなんて、よほどのことがあったのだろう。


「詳しいことは分からないが、大きな荷馬車が何台も城から出てきたのを見たよ。 武器や食料をたくさん積んでいた」


 おじさんの話を聞いて、俺の胸に嫌な予感がよぎった。

 もしかして、リィナが報告した魔物の異常行動と関係があるのではないか。


 配達を終えた俺は、土木作業現場に向かった。

 現場では、いつものように親方が大声で指示を出している。


「おい、キイ! 今日も頼むぞ!」


 親方が手を振って俺を迎えてくれた。

 この半年で、俺は現場でも信頼される存在になっている。


 作業を始めながら、俺は同僚の職人たちに騎士団の件を聞いてみた。


「ああ、それか」


 年配の職人が汗を拭いながら答えた。


「狐獣人の子が持ち帰った情報で、騎士団が偵察隊を送ったらしいんだ」


「偵察隊?」


「そうだ。 森の奥で魔物の様子を調べに行ったんだが、その結果がよろしくなかったらしい」


 職人は声を潜めて続けた。


「魔物の動きが明らかにおかしいそうだ。 普段は縄張り争いをしているような種類の魔物が、なぜか群れを作っている」


 俺の背筋に冷たいものが走った。

 リィナの報告は正しかったのだ。


「それで、大規模討伐隊を組織することになったんだ。 近々出発するって話だぞ」


 職人の言葉に、俺は思わず作業の手を止めた。


 大規模討伐隊?

 それって、相当危険な状況だということではないか。


 俺は急に心配になった。

 リィナはまだ完全に回復していないのに、もしも冒険者として駆り出されたらどうしよう。


 そんなことを考えながら作業を続けていると、親方が俺の横にやってきた。


「キイ、お前の顔色が悪いぞ。 何か心配事でもあるのか?」


 親方の優しい言葉に、俺は思わず本音を漏らした。


「実は、狐獣人の子のことで…」


 俺はリィナのことを簡単に説明した。

 親方は真剣な表情で聞いてくれた。


「なるほど、それは心配だな。 だが、冒険者ギルドも無茶はしないはずだ。 怪我人を危険な任務に送ったりはしないだろう」


 親方の言葉に、俺は少し安心した。

 でも、完全に心配がなくなったわけではない。


 夕方、土木作業を終えた俺は、急いで夜の店に向かった。

 この店では、街の様々な噂が飛び交う。

 もしかしたら、討伐隊についてもっと詳しい情報が聞けるかもしれない。


 店に入ると、いつものように賑やかな声が響いていた。

 俺は火起こしの仕事をしながら、客たちの会話に耳を傾けた。


「おい、聞いたか? 騎士団が本格的に動き出すらしいぞ」


「ああ、森の魔物が暴れているって話だろう?」


「それだけじゃない。 どうも、違法奴隷商が関わっているらしいんだ」


 俺は思わず手を止めた。

 違法奴隷商?


「なんでも、魔物を操る薬を使って、奴隷を捕まえているらしい」


「それで魔物の動きがおかしくなったのか?」


「そういうことらしいな。 騎士団も本腰を入れて捜査を始めたそうだ」


 客たちの会話を聞いて、俺は背筋が寒くなった。

 違法奴隷商…。

 それって、リィナを売った奴らのことじゃないか。


 店の仕事を終えた俺は、急いで家に帰った。


 アパートの扉を開けると、リィナが心配そうな顔で俺を迎えてくれた。


「キイ、お疲れ様。 今日は遅かったね」


「ああ、ちょっと気になることがあってな」


 俺はリィナに今日聞いた話をすべて話した。

 騎士団の遠征準備、魔物の異常行動、そして違法奴隷商のこと。


 リィナは俺の話を真剣に聞いていたが、違法奴隷商の話になると、顔が青ざめた。


「リィナ、お前に聞きたいことがある」


 俺は慎重に言葉を選んだ。


「お前を売った奴らのことなんだが…」


 リィナは小さく頷いた。


「私も、その話を聞いて思い出したことがある」


 リィナは重い口を開いた。


「私を売った奴らは、確かに違法奴隷商だった。 村の人たちを騙して、私を連れ去ったの」


 俺は拳を握りしめた。


「でも、それだけじゃない」


 リィナは震え声で続けた。


「あの人たちは、魔物を使って村を襲わせていた。 村の人たちが困っているところに現れて、『この子を渡せば魔物を退治してやる』と言ったの」


 俺は愕然とした。


「つまり、自作自演だったってことか?」


「そう。 でも、村の人たちはそれを知らなかった。 私を犠牲にすれば村が救われると思って…」


 リィナの目に涙が浮かんだ。


「私は、村の人たちを恨んでいない。 あの人たちも被害者だから」


 俺は立ち上がった。


「許せない! そんな卑劣な奴らが…」


「キイ、落ち着いて」


 リィナが俺の手を握った。


「私は、今とても幸せ。 キイに出会えて、本当に良かった」


 リィナの言葉に、俺の怒りは少し和らいだ。

 でも、許せない気持ちは変わらない。


「それで、その奴らは今どこにいるんだ?」


「分からない。 でも、もしかしたら、まだこの辺りで活動しているかもしれない」


 リィナの言葉に、俺は背筋が凍った。


「だったら、騎士団に情報を提供した方がいいんじゃないか?」


「それは…」


 リィナは躊躇った。


「私は違法奴隷だから、騎士団に関わるのは危険」


 俺は思わず声を荒らげた。


「何が危険だ! お前は被害者だろう!」


「でも、法的には私は犯罪者と同じ扱いなの」


 リィナの言葉に、俺は言葉を失った。


 確かに、この国では犯罪者の奴隷化しか合法ではない。

 リィナのような違法奴隷は、法的には存在しないことになっている。


「だったら、俺が代わりに…」


「だめ!」


 リィナは強く首を振った。


「キイが騎士団に関わったら、私との関係がばれてしまう。 そうなったら、キイも巻き込まれてしまう」


 俺は頭を抱えた。


 どうすればいいんだ?

 違法奴隷商を野放しにしておくわけにはいかない。

 でも、リィナの安全も守らなければならない。


 そんな俺の心境を察したのか、リィナは優しく微笑んだ。


「キイ、私は大丈夫。 今は、キイと一緒にいられるだけで幸せだから」


 リィナの言葉に、俺は胸が熱くなった。


 そうだ。

 今は、リィナを守ることが最優先だ。

 違法奴隷商のことは、騎士団に任せておけばいい。


 でも、心のどこかで、このまま何もしないでいいのだろうかという思いがくすぶっていた。


 その夜、俺は眠れずに天井を見つめていた。


 隣で眠るリィナの寝顔を見ながら、俺は決意を新たにした。


 絶対に、この子を守ってみせる。

 どんなことがあっても。


 そして、いつか必ず、違法奴隷商を捕まえてやる。


 朝が来たら、もう一度冒険者ギルドに行って、情報を集めてみよう。

 リィナに危険が及ばないように、慎重に行動しなければならない。


 俺は静かに拳を握りしめた。


 この街で、俺たちの平穏な生活を脅かす者がいる限り、俺は戦い続ける。


 それが、リィナへの恩返しであり、俺自身の責任でもあるのだから。

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