第18話
冒険者ギルドの扉が勢いよく開かれた音で、俺は振り返る。
そこには見慣れた冒険者の姿があったが、その後ろで担がれているのは――
「リィナ!」
俺の声が響く。
リィナの体は血まみれで、左腕が変な方向に曲がっている。
顔は青白く、意識がもうろうとしていた。
「おい、誰か治療のできる奴はいないのか!」
担いできた冒険者が叫んだ。
ギルドの中がざわめき始める。
「すぐに回復薬を!」
ギルドの受付嬢が慌てて奥へ駆け込んでいく。
俺はリィナの側へ駆け寄った。
「リィナ、しっかりしろ!」
リィナの瞳がかすかに俺を捉える。
口を動かそうとするが、血が混じった息しか出てこない。
「だ、だめです……強力な魔物が……」
か細い声で、リィナが報告を始めた。
「いつものエリアに……普段いないはずの魔物が……数も多くて……」
言葉の途中で、リィナの体がぐったりと力を失う。
俺は慌てて彼女を支えた。
「おい、回復薬はまだか!」
受付嬢が下級回復薬を持ってくる。
俺はすぐにリィナの口に流し込んだ。
しかし、傷は浅い部分しか治らない。
左腕の骨折と、腹部の深い裂傷はそのままだ。
「もっと上級の回復薬を!」
「申し訳ありません、中級回復薬なら……」
受付嬢が困った顔をする。
俺は中級回復薬を受け取り、リィナに飲ませた。
骨折は多少マシになったが、まだ完全には治っていない。
腹部の傷も塞がりきらず、血が滲み続けている。
「上級回復薬があれば……」
受付嬢が申し訳なさそうに言う。
「いくらだ!」
「5万リラです……」
俺の全財産は3万リラ程度だった。
土木作業で稼いだ金も、リィナの装備代や生活費で大半を使っている。
「足りない……」
その時、リィナが再び口を開いた。
「キイ様……森の奥で……魔物たちが集まって……」
震える声で、リィナが状況を説明する。
「いつもの採取ポイントは大丈夫でした……でも、帰ろうとしたら……」
リィナの呼吸が荒くなる。
俺は彼女の手を握った。
「無理して話さなくていい」
「いえ……これは重要なことです……」
リィナは必死に続けた。
「森の奥に……今まで見たことのない魔物が……大型の個体が複数……」
ギルドの職員たちが集まってくる。
これは緊急事態だ。
「それで、一人で戦おうとしたのか?」
俺の問いに、リィナは首を振る。
「戦いませんでした……逃げようとしたんです……でも……」
リィナの声が途切れる。
俺は彼女の頭を優しく撫でた。
「もういい、後は俺たちが何とかする」
「でも……キイ様に迷惑を……」
リィナの瞳に涙が浮かぶ。
俺は頭を振った。
「迷惑なんかじゃない! お前は俺の大切な仲間だ!」
その時、ギルドの奥から初老の男性が現れた。
ギルドマスターだ。
「緊急事態だな。すぐに騎士団に連絡を……」
「それよりも、彼女の治療を優先してください!」
俺はギルドマスターに向かって頭を下げた。
「上級回復薬を貸してください! 必ず返します!」
ギルドマスターは俺とリィナを見比べる。
「君は確か……土木作業をしている……」
「はい! キイタ・アンクラです!」
ギルドマスターは少し考えてから頷いた。
「分かった。ただし、利子付きで返してもらう」
「はい! お願いします!」
上級回復薬がすぐに持ち込まれた。
俺はリィナに飲ませる。
みるみるうちに傷が塞がっていく。
骨折も治り、血色も戻ってきた。
「リィナ!」
リィナの瞳に光が戻る。
彼女はゆっくりと体を起こした。
「キイ様……」
「よかった……本当によかった……」
俺は思わずリィナを抱きしめた。
もし自分が一緒に行っていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
後悔の念が胸を締め付ける。
「すみません、キイ様……」
「謝るな! 無事で何よりだ!」
俺はリィナから離れて、ギルドマスターに向き直った。
「上級回復薬の代金、必ず返します!」
「5万リラだ。利子込みで6万リラ。いつまでに返せる?」
「3ヶ月以内に必ず!」
ギルドマスターは頷いた。
「分かった。契約書を作成する」
その時、リィナが立ち上がった。
「キイ様、森の件ですが……」
「今はもう話さなくていい」
しかし、リィナは首を振る。
「いえ、これは町の人々の安全に関わります」
リィナは改めて説明を始めた。
「森の奥で、大型の魔物が数十体集まっていました。種類もバラバラで、普通なら同じ場所にいるはずがない組み合わせです」
ギルドマスターの表情が険しくなる。
「それは……魔物波の前兆かもしれない」
「魔物波?」
俺は聞き慣れない言葉に首をかしげた。
「大量の魔物が一斉に人里に押し寄せる現象だ。数年に一度発生する」
ギルドマスターが説明する。
「もしそうなら、すぐに騎士団と王城に報告しなければならない」
リィナは頷いた。
「私も同じことを考えました。だから、急いで戻ろうとしたんです」
「それで追いかけられたのか」
リィナは頷く。
「逃げ道を塞がれて、一体の大型魔物に追い詰められました。あと少し遅れていたら……」
リィナの体が震える。
俺は再び彼女の手を握った。
「でも、最後に別の冒険者パーティーに助けられました。彼らが戦っている間に、私は先に戻ったんです」
「そのパーティーは大丈夫なのか?」
ギルドマスターが尋ねる。
「はい、上級者のパーティーでした。きっと大丈夫だと思います」
その時、ギルドの扉が再び開いた。
騎士が数名入ってくる。
「緊急事態の報告を受けたが」
リィナは騎士に向かって、再び状況を説明した。
騎士たちの顔が徐々に険しくなる。
「すぐに偵察隊を派遣する。詳しい場所を教えてくれ」
リィナは地図を見ながら、魔物を目撃した場所を正確に指し示した。
「この辺りに大型魔物が集結していました」
騎士の一人が地図に印をつける。
「分かった。報告ご苦労だった」
騎士たちは急いでギルドを出て行った。
リィナはホッとしたように息をついた。
「これで町の人たちも安心です」
俺はリィナを見つめる。
彼女は最後まで他人のことを考えていた。
「リィナ、お前は本当に……」
「キイ様?」
「いや、何でもない」
俺は頭を振った。
今は借金のことを考えなければならない。
「6万リラか……」
土木作業だけでは3ヶ月で返すのは厳しい。
夜の店での仕事も増やす必要がある。
「キイ様、私も働きます」
リィナが言った。
「いや、お前はしばらく休んでいろ」
「でも、借金の原因は私です」
リィナの瞳に罪悪感が浮かぶ。
俺は彼女の肩に手を置いた。
「お前のせいじゃない。俺が勝手にやったことだ」
「キイ様……」
「それに、お前が無事でいてくれるなら、金なんて何とでもなる」
俺は笑顔を作った。
リィナの瞳から涙がこぼれる。
「ありがとうございます……」
「よし、今日は家でゆっくり休め」
俺はリィナを支えて、ギルドを出た。
夕日が町を赤く染めている。
「キイ様」
「何だ?」
「私、もう一度あの森に行きたいです」
リィナの言葉に、俺は驚いた。
「何でだ?」
「今度はキイ様と一緒に。そうすれば、きっと大丈夫です」
リィナは俺を見上げた。
「お前、まだ体が完全に回復してないだろう」
「上級回復薬で治りました。でも、心の傷は……」
リィナは胸に手を当てる。
「キイ様と一緒じゃないと、また怖くなってしまいそうです」
俺はリィナの気持ちを理解した。
恐怖を克服するには、信頼できる人と一緒に立ち向かうしかない。
「分かった。でも、今度は慎重に行こう」
「はい!」
リィナの顔に笑顔が戻る。
俺も安心した。
借金は確かに大きな問題だが、リィナが無事でいてくれるなら何とでもなる。
明日からまた頑張ろう。
俺たちは夕日の中を歩いて家に向かった。
リィナの足取りは、もう大丈夫そうだった。
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