第17話
今日も朝から城壁の建設現場で汗を流している。
四層目の城壁建設も順調に進んでいて、俺の仕事も板についてきた。
初級魔法で水や火を出せるおかげで、現場の人たちからは重宝されているし、「超健康」のおかげで疲れ知らずだ。
レンガを積み上げる作業を手伝っていると、隣で作業しているおじいさんが気になった。
七十歳は超えているだろうに、まだ現役で働いている頑固そうな職人だ。
名前は確か……サミュエルじいさんだったか。
「じいさん、そこのセメント、ちゃんと塗れてませんよ」
俺は積み上げた強化レンガの継ぎ目を指差した。
明らかにセメントが足りていない箇所がある。
これじゃあ城壁の強度に問題が出るだろう。
「なんだと?」
サミュエルじいさんが振り返る。
その顔は険しく、眉間にシワが寄っている。
「いや、だから……その部分、セメントが薄くて」
「若造が何を言っとるんじゃ! わしは五十年もこの仕事をやっとるんじゃぞ!」
うわっ、怒られた。
でも本当にセメントが足りてないんだけどな。
城壁の強度に関わる問題だし、放っておけない。
「でも、見てください。明らかに他の箇所と比べて——」
「うるさい! 半年そこらで一人前になったつもりか!」
じいさんの怒声が現場に響く。
周りの職人たちがこちらを見始めた。
あー、これは面倒なことになった。
「サミュエルじいさん、落ち着いて——」
「落ち着くのはお前じゃ! 転移者風情が調子に乗るんじゃない!」
転移者風情って……それは言い過ぎだろう。
確かに俺は異世界から来た転移者だけど、半年間真面目に働いてきたつもりなんだが。
「じいさん、俺は別に偉そうにしてるつもりはないんです。ただ、城壁の安全性を考えて——」
「安全性? 笑わせるな! お前に何がわかるというんじゃ!」
完全に頭に血が上っている。
これは説得するのは無理そうだ。
そこへ親方がやってきた。
俺の直属の上司で、厳しいけど面倒見の良い人だ。
「おい、何を騒いでるんだ?」
「親方、このセメントの塗り方なんですが——」
「キイ、お前も余計なことを言うな。サミュエルじいさんは大ベテランなんだぞ」
親方まで俺の味方をしてくれない。
でも、これは本当に問題だと思うんだけどな。
「でも親方、この城壁は市民の生命に関わるものですよ。手抜き工事は——」
「手抜きだと?」
サミュエルじいさんの顔が真っ赤になる。
あ、これはまずい言葉を使ってしまった。
「いえ、手抜きというわけではなく——」
「わしの仕事を手抜きと言ったな! 許さん!」
じいさんがコテを振り回し始めた。
これは本格的にヤバイことになってきた。
「待ってください! 誤解です!」
俺は両手を上げて降参のポーズを取る。
でも、じいさんの怒りは収まらない。
「五十年の経験を馬鹿にしおって! 若造が生意気な口を利くんじゃない!」
コテが俺の頭上を通り過ぎる。
危ない、危ない。
「身体強化」のおかげで多少の怪我は平気だけど、できれば避けたい。
「じいさん、とりあえず冷静になりましょう!」
「冷静になれるか! お前のような奴がいるから現場の規律が乱れるんじゃ!」
もう完全に収拾がつかない。
周りの職人たちも困った顔をしている。
その時、現場監督のグレゴリーさんがやってきた。
彼は元騎士で、現場の統率を取っている責任者だ。
「何事だ?」
「グレゴリーさん、実は——」
「キイが俺の仕事に文句をつけてきたんじゃ! 手抜きだと言いおった!」
サミュエルじいさんが興奮して説明する。
完全に話が大きくなってしまった。
「キイ、本当か?」
「はい、でも手抜きと言ったわけではなく——」
「セメントの塗り方が不十分だと指摘したんです」
俺は該当箇所を指差して説明する。
グレゴリーさんが近づいて確認した。
「……確かに、この部分は少し薄いな」
「そんなはずはない! わしが五十年で培った技術を——」
「サミュエル、落ち着け。キイの指摘は正しい」
グレゴリーさんの一言で、現場の空気が変わった。
サミュエルじいさんの顔が青ざめる。
「そんな……わしが間違っているというのか?」
「間違いは誰にでもある。問題は、それを指摘されたときの対応だ」
グレゴリーさんの言葉は重い。
サミュエルじいさんは黙り込んでしまった。
「キイ、よく気づいた。この箇所は補修が必要だ」
「ありがとうございます」
俺はホッと胸をなでおろす。
でも、サミュエルじいさんの落ち込みようが心配だ。
「じいさん、俺は別にあなたを責めるつもりはなかったんです。ただ——」
「もういい……」
じいさんは道具を置いて、とぼとぼと歩き始めた。
その背中はひどく小さく見えた。
「キイ、お前も言い方を考えろ」
親方が俺の肩を叩く。
「でも、城壁の安全性は——」
「それはそうだが、相手のプライドも考えないと」
確かに、俺の指摘の仕方は配慮が足りなかったかもしれない。
五十年のキャリアを持つ職人に対して、もう少し丁寧に話すべきだった。
「サミュエルじいさん、大丈夫でしょうか?」
「あの頑固じいさんのことだ。そのうち立ち直るだろう」
親方は苦笑いを浮かべる。
でも、俺は何となく罪悪感を感じていた。
昼休憩の時間になった。
いつものように職人たちと一緒に食事を取る。
でも、サミュエルじいさんの姿はなかった。
「じいさん、今日はどうしたんだ?」
「さっきのことで落ち込んでるんだろう」
「キイも悪気があったわけじゃないんだがな」
職人たちが心配そうに話している。
俺も同じ気持ちだった。
「俺、じいさんに謝りに行こうかな」
「やめておけ。今は一人にしておいてやれ」
親方の言葉に従って、俺は午後の作業に戻った。
でも、どうしても気になって仕方がない。
作業を終えて帰る時間になった。
リィナが迎えに来てくれている。
彼女は最近、冒険者として順調に活動している。
「お疲れ様でした、キイ」
「ああ、お疲れ様」
俺は複雑な気持ちでリィナと一緒に帰路についた。
今日の出来事を話すべきか迷っている。
「何か嫌なことでもあったのですか?」
リィナが心配そうに俺を見上げる。
彼女の直感は鋭い。
「実は……」
俺は今日あったことを話した。
サミュエルじいさんとの一件、そして自分の対応について。
「キイは正しいことをしたと思います」
「でも、じいさんを傷つけてしまった」
「城壁の安全性は多くの人の命に関わります。指摘しなければ、もっと大きな問題になったかもしれません」
リィナの言葉は理屈では正しい。
でも、人間関係はそう単純じゃない。
「明日、じいさんと話してみよう」
「それがいいと思います」
家に帰って夕食を取りながら、俺は考えていた。
技術的な正しさと人間関係の配慮。
どちらも大切なものだ。
でも、今回のことで一つ気づいたことがある。
俺は確実に成長している。
半年前なら、技術的な問題に気づくことすらできなかった。
「リィナ、最近調子はどう?」
「おかげさまで、順調です。明日も依頼があります」
「気をつけて行けよ」
「はい」
リィナは微笑んで答える。
彼女の成長ぶりも目覚ましい。
もしかしたら、俺よりも稼いでいるかもしれない。
そんな思いを抱きながら、俺は今日という日を振り返っていた。
明日はサミュエルじいさんと話してみよう。
きっと、何かしらの解決策が見つかるはずだ。
翌朝、俺は早めに現場に向かった。
サミュエルじいさんの姿を探すためだ。
でも、彼の姿は見当たらない。
「じいさん、今日は来てないのか?」
「ああ、体調が悪いって連絡があった」
親方が答える。
本当に体調が悪いのか、それとも昨日のことが原因なのか。
「親方、俺がじいさんの家を訪ねてもいいですか?」
「そうだな……夕方、仕事が終わったら行ってみるか」
俺は一日中、そのことが気になっていた。
作業に集中しようとするが、どうしても心ここにあらずだった。
そして夕方。
親方と一緒にサミュエルじいさんの家を訪ねた。
小さな家だったが、きれいに手入れされている。
「じいさん、いますか?」
扉を叩くと、しばらくしてじいさんが出てきた。
顔色は悪くないが、元気がない様子だった。
「何の用じゃ……」
「昨日のことで、お話があります」
俺は頭を下げた。
「俺の言い方が悪かったです。申し訳ありませんでした」
「……」
じいさんは黙っている。
でも、俺は続けた。
「でも、城壁の安全性については譲れません。多くの人の命がかかっているからです」
「若造が生意気な……」
「生意気でも構いません。正しいことは正しいと言います」
俺は真っ直ぐじいさんを見つめた。
彼の目に、少しだけ光が戻ったような気がした。
「……昔のわしを見ているようじゃ」
「え?」
「わしも若い頃は、お前のように頑固だった。間違いを指摘されると、すぐに怒っていた」
じいさんの表情が少し和らいだ。
「でも、本当に大切なのは何か。それを教えてくれたのは、わしの師匠だった」
「師匠?」
「『技術は人のためにある』……それが師匠の教えじゃった」
じいさんは遠い目をして続けた。
「わしは長年の経験にあぐらをかいていたのかもしれん。昨日のお前の指摘は正しかった」
「じいさん……」
「すまなかった、キイ。わしの方こそ謝らねばならん」
じいさんが頭を下げる。
俺は慌てて手を振った。
「いえいえ、そんな! 俺こそ配慮が足りませんでした!」
「お互い様じゃな」
じいさんが苦笑いを浮かべる。
その笑顔を見て、俺もホッとした。
「明日から、また一緒に頑張りましょう」
「そうじゃな。わしもまだまだ現役じゃ」
帰り道、親方が俺の肩を叩いた。
「よくやった、キイ」
「ありがとうございます」
「お前も成長したな。半年前とは大違いだ」
確かに、俺は変わった。
技術的な知識だけでなく、人との接し方も学んでいる。
家に帰ると、リィナが心配そうに待っていた。
「どうでしたか?」
「うまくいったよ」
俺は今日の出来事を報告した。
リィナは嬉しそうに微笑んだ。
「よかったです」
「ああ、本当によかった」
でも、心の片隅で別のことを考えていた。
リィナは毎日冒険者として活動している。
それに比べて、俺は土木作業ばかりだ。
本当は俺も冒険者になりたかったのに、あの腐毒の森での失敗がトラウマになって、踏み出せずにいる。
「リィナ、明日の依頼は大丈夫?」
「はい、近場の魔物退治ですから」
「気をつけて」
「もしよろしければ、キイも一緒に——」
「いや、俺はまだ……」
俺は曖昧に答えた。
リィナは少し寂しそうな表情を見せたが、それ以上は言わなかった。
俺はいつまでこの状況を続けるつもりなんだろう。
土木作業は確かに大切な仕事だし、やりがいもある。
でも、これが本当に俺のやりたいことなのか。
そんなことを考えながら、俺は眠りについた。
明日はまた、サミュエルじいさんと一緒に城壁を作る一日が始まる。
でも、いつかは決断しなければならない時が来るだろう。
そのことを、俺は薄々感じ始めていた。
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