第15話

 俺がいつものように建設現場で汗を流している頃、リィナは今日も元気に冒険者として活動していた。

 もう完全に健康を取り戻して、装備もそれなりに整えた彼女は、俺の稼ぎをあっという間に追い抜きそうな勢いで成長している。


 朝、俺が現場に向かう準備をしていると、リィナがひょこっと顔を出した。


「キイ、今日もお疲れ様です」


「ああ、リィナも気をつけてな」


 俺は適当に返事をして、作業着に着替える。

 リィナは軽装の冒険者装備に身を包み、小さな背負い袋を肩にかけていた。

 昔の俺が使っていた装備を彼女のサイズに合わせて調整したものだ。

 意外にも、俺の体が小さかった頃の装備がリィナにはジャストフィットしている。


「それでは、行ってきます」


 リィナは軽やかに部屋を出て行く。

 俺も遅れて外に出ると、彼女の姿はもうどこにも見えなかった。

 狐獣人の身体能力の高さを改めて実感する。


 建設現場に到着すると、親方がいつものように大声で指示を出していた。


「おい、キイ! 今日は西側の基礎工事だ! 例の魔法で水を出してくれ!」


「はい!」


 俺は返事をして、指定された場所へ向かう。

 半年前とは打って変わって、今では現場のエースとして頼りにされている。

 超健康のスキルのおかげで疲れ知らずだし、初級魔法で水や火を出せるのは本当に重宝がられているのだ。


 作業を始めてしばらくすると、同僚のジムが話しかけてきた。


「キイ、最近狐獣人の嬢ちゃんの稼ぎがすごいらしいじゃないか」


「ああ、そうなんだ」


 俺は水魔法でコンクリートを練りながら答えた。

 実際、リィナの収入は日に日に増えている。

 最初は小さな魔物の討伐や薬草採取程度だったが、今では中級者向けの依頼もこなしているらしい。


「なんだか複雑だな」


 正直な気持ちだった。

 リィナが成長するのは嬉しいが、同時に自分が取り残されているような気もする。

 俺が土木作業で汗を流している間に、彼女は冒険者として活躍している。

 元々俺がやりたかった仕事を、彼女がやっているのだ。


「キイ、魔法の威力が落ちてるぞ! 集中しろ!」


 親方の叱咤で我に返る。

 確かに、ぼんやりしていて魔法の出力が不安定になっていた。


「すみません!」


 俺は気持ちを切り替えて作業に集中した。

 今は目の前の仕事に専念するべきだ。


 昼休憩の時間になると、同僚たちと一緒に弁当を食べる。

 リィナが作ってくれた手製の弁当は、この現場でも評判になっている。


「キイの奥さんは料理上手だな」


「奥さんじゃないって何度も言ってるだろ」


 俺は慌てて否定するが、みんなニヤニヤしている。

 こういう冷やかしにも慣れてしまった。


 午後の作業中、俺は自分の将来について考えていた。

 このまま建設現場で働き続けるのも悪くない。

 安定した収入があるし、仲間たちとの関係も良好だ。

 でも、本当にこれでいいのだろうか?


 夕方、作業が終わって家に帰ると、リィナが既に帰宅していた。

 今日も無事に依頼を完了したようで、機嫌が良さそうだ。


「お疲れ様でした、キイ」


「ああ、お疲れ様。今日はどうだった?」


「スライムの討伐を五体と、薬草の採取を完了しました。収入は銀貨三枚です」


 銀貨三枚。

 俺の一日の稼ぎとほぼ同じだ。

 そして、リィナの収入は日々増加している。

 このペースで行けば、近いうちに俺の収入を上回るだろう。


「すごいな」


 素直に感心する。

 半年前、ぼろぼろの状態で俺に買われた彼女が、今では立派な冒険者として活躍している。

 俺としては嬉しい限りだ。


「キイのおかげです」


 リィナは頭を下げる。

 いつものように控えめな態度だが、以前より自信に満ちているのがわかる。


 夕食の準備をしながら、俺は自分の状況を客観視していた。

 リィナは冒険者として成長している。

 俺は建設現場で働き続けている。

 これはこれで良いバランスなのかもしれない。


 食事中、リィナが提案してきた。


「キイ、もしよろしければ、私の戦闘訓練に付き合っていただけませんか?」


「戦闘訓練?」


「はい。一人で練習するより、相手がいた方が効率的だと思うのです」


 リィナの提案に、俺は少し考えた。

 確かに、俺も運動不足だし、戦闘技術を身につけておいて損はない。

 それに、リィナと一緒に訓練するのは楽しそうだ。


「わかった。時間があるときに付き合うよ」


「ありがとうございます!」


 リィナの表情が明るくなる。

 こういう時の彼女は、年相応の少女らしさを見せる。


 その夜、俺は一人でベッドに横になりながら考えていた。

 冒険者になるという夢は、まだ心の奥底にくすぶっている。

 でも、腐毒の森での惨敗が頭をよぎると、なかなか踏み切れない。

 建設現場での仕事は安定している。

 リィナも元気に冒険者として活動している。

 今のままでも十分幸せなのかもしれない。


 翌日からは、時間があるときにリィナと一緒に訓練をするようになった。

 アパートの屋上で、簡単な身体能力の向上や、基本的な剣術の練習をする。

 リィナは既に実戦経験があるだけあって、動きに無駄がない。

 対する俺は、建設現場で鍛えた体力と筋力はあるものの、戦闘技術は素人同然だ。


「キイ、もう少し腰を低くしてください」


「こうか?」


「そうです。それと、剣の握り方も——」


 リィナの指導は的確で、俺の技術は少しずつ向上していった。

 意外だったのは、俺が思っていたより戦闘に適応できることだった。

 建設現場で鍛えた体力と、身体強化のスキルの効果もあるのだろう。


「キイは飲み込みが早いですね」


「そうかな?」


 リィナに褒められると、素直に嬉しい。

 この半年間、彼女と一緒に生活していて、俺の中でも変化があった。

 最初は奴隷として買った彼女だったが、今では大切な家族のような存在になっている。


 訓練を重ねるうちに、俺は自分の戦闘能力に少し自信を持つようになった。

 超健康のスキルがあるおかげで、多少の怪我はすぐに治る。

 初級魔法も、実戦で使えば意外と有効かもしれない。


 ある日の訓練後、リィナが提案してきた。


「キイ、今度一緒に冒険に行きませんか?」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓が跳ね上がった。

 冒険者になるという夢。

 それは確かに俺の中にまだ残っている。

 でも、同時に腐毒の森での惨敗も思い出す。

 あのスライムにすら勝てなかった自分。

 毒蛇の攻撃に防具を溶かされて、命からがら逃げ帰った記憶。


「うーん、まだ早いかな」


 俺は曖昧に答える。

 リィナの表情が少し曇るのがわかったが、それでも笑顔を作った。


「そうですね。もう少し訓練を積んでからの方がいいかもしれません」


「ああ、そうしよう」


 俺は安堵の表情を浮かべる。

 まだ冒険者になる準備ができていない。

 もう少し、建設現場での仕事を続けよう。

 そう自分に言い聞かせた。


 その日の昼休み、建設現場でいつものように弁当を食べていると、年配の職人のおじいさんが壁の補修をしているのが見えた。

 よく見ると、強化レンガを積む際のセメントの塗り方が雑だ。

 一部にちゃんと塗れていない箇所がある。


「おじいさん、そこのセメント、もう少し丁寧に塗った方がいいんじゃないですか?」


 俺は親切心から声をかけた。

 しかし、おじいさんは振り返ると、不機嫌そうに俺を睨んだ。


「何だと? 小僧が偉そうに! わしは君より何十年も長くこの仕事をやってるんだ!」


「いや、でも——」


「黙れ! 君みたいな新参者に指図される筋合いはない!」


 おじいさんは怒鳴って、俺に背を向けた。

 周りの職人たちもちらちらとこちらを見ている。

 俺は何も言えなくなって、黙々と弁当を食べ続けた。


 午後の作業中も、おじいさんの態度は変わらなかった。

 俺が近づこうとすると、露骨に嫌な顔をする。

 親方に相談しようかとも思ったが、波風を立てるのも良くないだろう。


 夕方、作業が終わって家に帰ると、リィナが心配そうに俺を見つめていた。


「キイ、今日は元気がありませんね」


「ああ、ちょっと職場で嫌なことがあってさ」


 俺は今日の出来事をリィナに話した。

 彼女は真剣に聞いてくれて、最後に頷いた。


「キイは正しいことをしたと思います。でも、人は時として正しいことを言われるのを嫌がるものです」


「そうなのかな」


「はい。特に、プライドの高い人ほど、そうなりがちです」


 リィナの言葉に、俺は少し気持ちが楽になった。

 彼女は人間関係については俺より理解があるようだ。


「明日も頑張ろう」


「はい。キイなら大丈夫です」


 リィナの笑顔に励まされて、俺は気持ちを切り替えた。

 建設現場での仕事も、冒険者への道も、まだまだ先は長い。

 焦らずに、一歩ずつ進んでいこう。


 その夜、俺は窓から外を見ながら考えていた。

 リィナは確実に成長している。

 俺も建設現場での仕事に慣れて、技術も向上している。

 でも、何かが足りない。

 それが何なのか、まだはっきりとはわからない。


 明日もまた、同じような一日が始まるだろう。

 建設現場での仕事、リィナとの訓練、平穏な日常。

 それはそれで悪くない。

 でも、俺の心の奥底では、まだ何かが燻っている。

 冒険者になるという夢が、完全に諦めきれずにいるのだ。


 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、リィナは今日も元気に冒険者として活動していく。

 彼女の成長を見ていると、俺も何かを始めなければならないような気がしてくる。

 でも、まだその時ではない。

 そう自分に言い聞かせながら、俺は眠りについた。

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