第12話
狐獣人の女の子――リィナと名乗った彼女を家に連れて帰ってきた俺は、いまだに事態を把握しきれずにいた。
なんで俺、奴隷買っちゃったんだろう。
気がついたら全財産はたいて、目の前には獣の耳としっぽを持つ美少女がいる。
しかも奴隷契約済み。
これって完全にやばい展開じゃないか?
リィナは俺の質素な部屋の隅で小さくなって座っている。
ぼろぼろの布切れのような服を着て、痩せ細った体を震わせながら。
「えーっと……」
俺は困り果てた。
何を聞けばいいのかわからない。
奴隷なんて買ったことないし、そもそも現代日本にそんな制度はない。
取扱説明書でもあればいいのに。
「あの、リィナちゃん?」
「はい!」
びくっと体を震わせて、リィナが勢いよく返事をした。
その様子を見て、俺はますます困惑する。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。俺、怖くないから」
「申し訳ございません! わたくし、まだ慣れておりませんで……」
なんか敬語がぎこちない。
というか、この子本当に十七歳なのか?
俺より年上みたいな喋り方してるぞ。
「とりあえず、お腹空いてない?」
「いえ、わたくしは……」
その時、リィナのお腹が盛大に鳴った。
「ぐるるるるる~」
空腹の音が部屋中に響く。
リィナの顔が真っ赤になった。
「うわあああ! 申し訳ございません! お恥ずかしい!」
「いやいや、お腹空くのは当然だって! 俺もお腹空いてきたし、一緒に食べよう」
俺は慌てて食事の準備を始める。
といっても、一人暮らしの男の料理なんて大したものじゃない。
パンと干し肉、それにスープの素を溶かした温かい汁物。
この世界に来て覚えた質素な食事だ。
「はい、どうぞ」
テーブルに食事を並べると、リィナは驚いたような顔をした。
「わたくしも、一緒に食べてよろしいのですか?」
「当たり前じゃん。一人で食べるより、二人で食べる方が美味しいでしょ?」
リィナは涙を浮かべて頷いた。
「ありがとうございます……」
そして恐る恐る食事に手をつける。
最初は遠慮がちだったが、だんだん食べるスピードが上がっていく。
よっぽどお腹が空いていたんだろう。
「美味しい……」
小さくつぶやくリィナを見て、俺の胸が痛んだ。
きっと長い間、まともな食事をしていなかったんだろう。
「おかわりある?」
「え? いいんですか?」
「もちろん! 遠慮しないで」
結局、リィナは三杯もおかわりした。
細い体のどこにそんなに入るんだよ。
食事が終わると、俺は改めてリィナに向き合った。
「それで、リィナちゃんは何ができるの?」
「わたくしは狐獣人ですので、身体能力は人間より高いです。特に聴覚と夜目が利きます。あと、斥候や隠密行動が得意です」
「斥候? 隠密?」
「はい。敵に見つからずに情報を集めたり、先行して危険を察知したりできます。狐獣人は力はそれほど強くありませんが、そういった技能に長けているのです」
なるほど、冒険者向きの能力だ。
確かに俺一人じゃ心もとない戦闘力も、リィナがいれば補えるかもしれない。
「魔法は使える?」
「狐火という、狐獣人特有の火魔法が使えます。威力はそれほどでもありませんが、暗闇を照らしたり、軽い攻撃に使えます」
リィナが手のひらに青白い炎を灯した。
確かに明るいし、なんとなく神秘的だ。
「すごいじゃん! 俺の初級魔法より綺麗だよ」
「そんな……ありがとうございます」
リィナが嬉しそうに微笑む。
その笑顔を見て、俺は何だか暖かい気持ちになった。
「そうそう、装備の話なんだけど」
俺は部屋の隅に置いてある、使わなくなった装備を引っ張り出してきた。
最初に買った安物の革鎧と短剣だ。
腐毒の森で散々な目にあってから、一度も使っていない。
「これ、俺には合わなかったから、リィナちゃんに合わせてみて」
「わたくしが?」
「うん。どうせ使わないし、リィナちゃんの方が有効活用できるでしょ」
リィナは驚いたような顔をして、恐る恐る革鎧を手に取った。
「本当によろしいのですか?」
「全然問題ないよ。むしろ使ってもらえる方が嬉しい」
リィナは着替えのため、部屋の奥のカーテンで仕切られた小さなスペースに入っていく。
しばらくして出てきた彼女は、見違えるほど冒険者らしくなっていた。
「どうでしょうか?」
革鎧は彼女の細い体にぴったりフィットしている。
短剣も腰に下げると、なかなか様になっている。
「完璧だよ! すごく似合ってる」
「ありがとうございます!」
リィナが嬉しそうに微笑んだ。
その時、俺は何だか胸がどきどきした。
あれ? なんで俺、ドキドキしてるんだ?
美少女が目の前にいるからか?
それとも……
「あの、ご主人様?」
「ご主人様って……そんな呼び方しなくていいよ。キイって呼んで」
「キイ……様?」
「様もいらない。キイでいいよ」
「で、では……キイさん?」
「うん、それでいい」
リィナがほっとしたような表情を浮かべる。
俺も何だか気が楽になった。
「それで、今日はどうしよう?」
「今日、ですか?」
「いや、これから一緒に生活するわけだから、色々決めないといけないことがあるじゃん」
俺は指を折りながら考える。
「寝る場所とか、食事の時間とか、お風呂の順番とか……」
「お風呂?」
リィナが驚いたような顔をした。
「わたくしも、お風呂に入ってよろしいのですか?」
「当たり前でしょ! というか、絶対入って! 清潔にしないと病気になっちゃうよ」
奴隷だから風呂に入れないなんて、この世界はどうなってるんだ。
人権意識が低すぎる。
「ありがとうございます……本当に、ありがとうございます」
リィナが涙を浮かべて頭を下げた。
俺は慌てて手を振る。
「そんなに感謝されると、こっちが困るよ。当たり前のことしてるだけだから」
でも、リィナにとってはそれが当たり前じゃなかったんだろうな。
奴隷として売られてから、どんな扱いを受けてきたのか想像するだけで胸が痛む。
「とりあえず、今日はお風呂に入って、ゆっくり休んで。明日からまた考えよう」
「はい」
リィナが素直に頷いた。
その後、俺は近所の雑貨屋で女性用の服や日用品を買い揃えた。
奴隷を買った時に使った金が全財産だったので、また借金生活に逆戻りだ。
まあ、なんとかなるだろう。
夜になって、リィナがお風呂から出てきた時、俺は思わず目を見張った。
綺麗になったリィナは、本当に美少女だった。
狐の耳と尻尾がピンと立って、何だか生き生きとしている。
「あの、キイさん?」
「あ、ああ! 何?」
俺は慌てて視線を逸らした。
なんか変な気分になってきた。
「寝る場所なのですが……」
「ああ、そうだね。ベッドは一つしかないから……」
俺は部屋を見回した。
本当に狭い部屋だ。
ベッドと机と椅子で精一杯。
「床に毛布敷いて寝るから、リィナちゃんはベッドで寝て」
「そんな! わたくしが床で寝ます!」
「いや、女の子が床で寝るなんてダメだよ。俺は男だから平気」
「でも……」
リィナが申し訳なさそうにしている。
俺は彼女の肩に手を置いた。
「大丈夫。俺、工事現場で鍛えられたから、どこでも寝られるよ」
実際、工事現場での仮眠では、地面に毛布一枚で寝ることもあった。
「超健康」のおかげで、多少無理をしても疲れは取れる。
「ありがとうございます……」
リィナが小さく頷いた。
俺は毛布を床に敷いて、簡易ベッドを作った。
意外と快適だ。
「おやすみ、リィナちゃん」
「おやすみなさい、キイさん」
部屋の明かりを消すと、静寂が訪れた。
でも、リィナの気配を感じて、何だか落ち着かない。
しばらくして、小さな声が聞こえた。
「キイさん……」
「なに?」
「本当に……本当にありがとうございます」
リィナの声が震えていた。
きっと泣いているんだろう。
「わたくし、もう死んでしまうと思っていました。でも、キイさんに助けていただいて……」
「リィナちゃん……」
「わたくし、キイさんのために頑張ります。必ず、恩返しをします」
俺は天井を見上げた。
恩返しなんて、そんなこと考えなくていいのに。
「無理しなくていいよ。普通に生活できればそれでいいから」
「でも……」
「大丈夫。俺たち、これから一緒に生活していくんだから。お互い助け合えばいいよ」
しばらく沈黙が続いた。
そして、リィナの寝息が聞こえてきた。
俺は考えた。
奴隷を買うつもりなんて全くなかった。
でも、あの時のリィナを見て、放っておけなかった。
これからどうなるんだろう。
二人で生活するのは初めてだし、相手は異世界の住人で、しかも獣人だ。
うまくやっていけるのかな。
でも、なんとなく悪い気はしなかった。
一人でいるより、誰かと一緒にいる方が楽しいかもしれない。
俺は目を閉じて、眠りについた。
明日からまた新しい生活が始まる。
今度は一人じゃない。
リィナと一緒だ。
そんなことを考えながら、俺は眠った。
翌朝、目を覚ますと、リィナが朝食の準備をしていた。
「おはようございます、キイさん」
「おはよう。もう起きてたの?」
「はい。朝食を作らせていただきました」
テーブルには、昨日より豪華な朝食が並んでいた。
パンを焼いて、野菜スープも作ってくれている。
「すごいじゃん! 料理できるんだね」
「村にいた頃、覚えました」
リィナが嬉しそうに微笑む。
その笑顔を見て、俺も嬉しくなった。
「それじゃあ、いただきます」
「はい、いただきます」
二人で朝食を食べる。
昨日より美味しく感じるのは、リィナが作ってくれたからだろうか。
「美味しいよ。ありがとう」
「そんな……当然のことです」
リィナが嬉しそうに頬を染めた。
食事が終わると、俺は仕事に行く準備を始めた。
「今日も工事現場に行くの?」
「うん。お金稼がないといけないからね」
「わたくしも、何かお手伝いできることがあれば……」
「そうだね。リィナちゃんは冒険者の仕事、してみる?」
「冒険者、ですか?」
「うん。リィナちゃんの能力なら、きっと冒険者に向いてる。俺より稼げるかもしれないよ」
リィナが目を輝かせた。
「やってみたいです!」
「よし、じゃあ今度一緒に冒険者ギルドに行こう」
俺は工事現場に向かった。
今日からまた新しい生活が始まる。
リィナと一緒に。
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